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187 ユノールザードの敗北 上

 肩口から出血するギネメスに対して、医務班が現れ簡単な処置に入った。

 確かガガッテの時はタンカが来て、落ちた腕ごと回収して行ったのだけれど、ギネメスは血が止まったのを確認すると、ボクに握手を求めた。


「強いな。流石は魔王種。……いや、種族は関係無いな。これは日々の鍛錬の賜物だ」

「ありがとうございます」

「楽しかったよ」


 賞賛の拍手が鳴り止まない闘技場。

 彼は観客に対して軽く手を振ると、壁際にもたれ掛かって次の試合を観戦する姿勢に入った。

 

「これにより、『右』の勝者はイスティリ=ミスリルストームと相成った!!」

「次いで、『左』の試合を始める!!」


 審判員が手早く入れ替わる。

 惜しみない拍手に手を振りながら、ボクもまたギネメスのように闘技場の端で、『左』の試合を見届ける。


「流石ですね」

「グンガル」

「さて、俺ももうすぐですね……。カッコイイ所、見せなきゃ」


 グンガルと軽く会話しながら、彼が「亀」と呼んだ男が鈍重な動きで歩みを進めるのを見ていた。


「第一回戦!! スティグ=タカ対、エトー=ワシレイデン!!」


 隻眼のオーク、スティグが颯爽と躍り出ると、場内は歓声に包まれた。


『スティグ!! スティグ!! スティグ!!』

「今度こそ、優勝するんだぞー!! スティグ」

「タカさまーッ!!」


 グンガルが教えてくれる。


「彼は俺の知る限りでも準優勝一回。四つ手の銀斧、スティグといえばここらじゃ有名な名士ですよ。その堂々とした戦いは見ていて気持ちが良いです」

「この声援を聞く限り、戦士としての魅力がある人なんだろうね」

「ええ。前回スティグは決勝で目を失いました。が、その相手の行いは勝ちに括った卑劣な手でしたので、ベリスは優勝者の胴に一撃を見舞った上で、そいつを拒否したんです」

「はー。そうだったんだー」


 そのスティグが位置に付くと、場内は彼の邪魔だけはしまい、とばかりにシン……と静まり返った。

 

「各々方、用意は良いか!?」

「おお!!」

「無論」

「では、神斧ベリエスティリアスの名の下に!!」

『始めッ!!』


 エトーがその装甲を盾にして突撃した。

 スティグは腰の斧を二本掴むと、左右の手に一本ずつ持った。

 その小型の斧を流れるように振ると、エトーの左腕の装甲に二本の亀裂が入った。


「なっ!? 鋼とミスリルの合金だぞ!!」

「何だ!? 貴様、本当に『亀』と呼ばれたいのかっ!!」


 スティグはエトーの発言に激昂した。

 彼はエトーの大腿に斧を叩きつけると、そのまま斧は二本ともエトーの装甲に残し、残りの斧を手に取った。 

 

「ぐぅ!!」


 エトーは微妙な位置に斧の重さを感じつつも、迎撃の姿勢を取った。

 が、スティグはエトーの側面を取り、今度は胴に斧を叩き込むと、次はその二本を残し、素早く離脱した。


「がぁぁぁぁ!! てめえ!! だ、だが、これでお前は獲物無しだぁ!!」

「そうかな?」


 いつの間にか、魔法のようにスティグの腰には四本の斧が装着されていた。

 そして、エトーには四本の斧が突き刺さったままだった。


「う……。何だ、それ!?」

「そんな下調べもしてこなかったのか? 端から端まで残念な男だ」


 グンガルが耳打ちしてくれる。

 異能<武器練成>使いのスティグ=タカは、自由自在に武器を出現させる事が出来るのだと。

 エトーの心は折れた。


「俺の、負けだ……」

「そこまで!! 勝者、スティグ=タカ!!」


 ワァァァっと歓声が上がると、その歓声はうねりを上げ、彼の名を連呼し始めた。


『スティグ!! スティグ!! スティグ!!』


 隻眼のオーク、スティグ=タカは歓声に手を振りながら、エトーのほうをチラリと見た。

 エトーの体に突き刺さった斧が四本とも掻き消え、スティグの腰にジャラリとぶら下がった。

 計八本の斧をぶら下げて、スティグは引き上げてくる。


「続いて、グンガル=ザイシュレン対、ユノールザード=スレン!!」


 審判員が大声を張り上げる。


「では、行ってきます!!」

「グンガル、頑張って!!」

「はい!!」


 場内にどよめきが起こるが、戦いの場に出たのはグンガルだけだった。

 中央に子供ほどもある砂時計が持ち込まれた。

 

「規定により、この砂が全て落ち、対戦相手が現れなかった場合、グンガル=ザイシュレンの不戦勝となる!!」


 ザワつく場内で、グンガルは独り待ち続けた。

 そして、遂に砂時計から最期の砂粒が落ちようとした瞬間。

 ……彼は、その砂時計を斧で持ってして叩き壊した。


『おおっ!!』


「このような物に何の意味があるというのだ。俺は、待つ。審判員!!」


 グンガルが審判員に声を掛けた瞬間、轟音が響き渡った。

 閉じられていた扉を蹴破り、銀色の甲冑に身を包んだ女戦士が現れたのだ。


「待たせたな、誇り高き戦士よ!! 我が名はユノールザード。栄光あるユノーが君主、ユノールザード=スレン!!」

 

 遂に、遂にユノールザードが姿を現した。


◇◆◇


「待たせたな、誇り高き戦士よ!! 我が名はユノールザード。栄光あるユノーが君主、ユノールザード=スレン!!」


 わたくしは、ユノールザードが来た事で、セラとの打ち合わせ内容を改めて反芻し始める。


 ウシュフゴールがセラの中から飛び出していったあの夜、わたくしはイスティリを慰め、セイの隣で寝かしつけた。

 そうしてから、一人セラの聖域へと舞い戻ったのだ。


「セラ?」


 コココッ、と大気が鳴動し、セラが返事をしてくれる。


「この事はセイに秘密です」


 コココココ……、と躊躇うような振動が空気を揺るがした。


「ええ。大事を取ればセイやアーリエスに全てを話し、イスティリを大祭に出さないようすべきなのでしょう。ですが、それではイスティリは納得しないでしょう」


 ココ、と返事があった。

 わたくしはセラに自身の作戦を伝える。

 不安そうに大気が鳴動する中、それでも、彼女は納得したのか、折れてくれたのか、明瞭な響きで返事を返してくれた。


「ありがとう。セラ」


 誰かの為に、別の誰かが犠牲になる。

 それが、セイの為?

 それが、わたくし達の未来の為?

 それが、世界を救済する為?


 そんな未来は嘘だ。

 わたくし達が自己犠牲と献身で血塗られた階段を昇る運命なのだとしたら、それを変えてみせる。

 

「わたくしの名は、ハイ=ディ=メア。わたくしは、運命に抵抗する」


 セイの為? いいえ、わたくしの為。

 イスティリの未来の為? いいえ、わたくしの未来の為。

 ウシュフゴールの世界の為? いいえ、わたくしの世界の為。


 未来を変えてみせる。

 わたくしの……そう、わたくしの為に……。


◆◇◆


 俺は、砂時計の破片が撤去される間、ユノールザードを捉え続けた。

 

「お前、見た事があるぞ。確かセイの配下だな」

「ああ。俺の名はグンガル=ザイシュレン」

「……お前は、今日の一件を知っているのか?」

「今日の一件? 何の話だ」

「……いや。戦う前に余計な質問をした。済まなかった」


 恐らく、ここに来るまでに、この女は妨害にあったのかも知れない。

 ユノールザードは、若干疲労しているように思えた。

 だが、俺の目を見て、彼女は納得したようだった。


「各々方、用意は良いか!?」

 

 準備が整ったようだ。


「何時でも構わん」

「ああ」

「では、神斧ベリエスティリアスの名の下に!!」

『始めッ!!』


 俺はユノールザードの戦法を知っていた。

 一撃貰えば死ぬが、その軌道は読み易い。


「うぉ!?」


 そうは思っていたが、回避が間に合わない。

 肩の肉が削げ落ちた。

 血が滴るが、そんなのには構ってられない。

 彼女が斧を振り上げるその瞬間に狙いを定め、反撃に転ずる。


「はっ!!」

「やるなっ!! グンガルとやら!!」

「抜かせっ」


 敵の装甲を擦り、斧から火花が散った。

 数合打ち合うが、僅かな落ち度も許されない、緊迫した瞬間の連続だ。

 だが、遂に敵の強襲を避けきれず、右手が宙を舞った。


「ぐ……あぁぁぁぁ!!」


 即座に左手だけで、渾身の一撃を放った。


 せめて、一矢報いたい!

 この一撃に、俺は命を賭ける!!


 ゴガン!!


「くっ!!」


 斧は敵の胴鎧にぶち当たった。

 初めて、ユノールザードの苦痛の声を聞いた。

 敵の上体が一瞬泳いだ所に、追撃を入れようと足を踏み出した。

 が、その足を狙われ、俺は右足を失う。

 なぎ払われた場所から、ズルリと足が大地に傾いだ。

 

「う、おぉぉぉぉ!!」


 大地に伏すまでの一瞬で、もう一度、斧を……叩き……。

 だが、その願は叶わず、俺の斧頭は彼女のつま先に埋没した。 


「そこまで!! 勝者……」


 俺が覚えているのはそこまでだ。

 次に意識を取り戻した時、俺は医務室に居て、包帯で簀巻きにされていた。

 自分の為、と言いつつも自らの自己犠牲と献身から抜け出せないハイ=ディ=メアは、運命を変えられるのか!?

 

 一矢報いたグンガル。

 そして、隻眼のオーク、スティグ対ユノールザード。

 決戦の時は迫りつつあった。


 次回、「ユノールザードの敗北 下」

 強者ユノールザードの敗北の先に見えるものは、希望か、絶望か。


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 出張で少し日が開きます。

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