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186 神斧大祭 下

 遂にこの日がやってきた。

 ボクは神斧大祭の本選への出場を果たし、勝ち抜き戦での優勝を目指すのだ。


 早速それに先立ってダイロスが口上を述べた。

 彼はセイ様らの居る貴賓席よりも更に上に設けられた雛壇から、闘技場に居る七人に対して大きな声を張り上げた。


「よくぞ、この場所に来られた。英雄達よ。これより、神斧大祭を始める。真の強者達よ。今こそ、その持てる力を全て発揮し、神斧ベリエスティリアスを手にするがよい!」


 彼は銀色に輝く片刃の斧を掲げた。

 斧はゆっくりと浮かび上がると、闘技場の端に高速で回転しながら突き刺さった。


 踏み固められた土の戦場に神の斧が降臨すると、居並ぶ戦士達から、ため息に似た吐息が吐き出された。


「美しい……。その全てがミスリルで作られた四大神器の一つ、地のベリス」

「まさしく」


 ボクの隣に居たヒューマンの男が、目を細めて斧を見やった。

 彼の独り言とも取れる呟きに同意したのは、オークの男だった。


「やあ、スティグ。また君と戦えるのは光栄だ」

「俺もだ。ギネメス。火の迷宮の走破者、ギネメス=タウクーン」

 

 あのヒューマンは火の迷宮を攻略した事があるのか。

 彼は長い栗色の髪を乱雑に麻布で縛り、左に鉄の手甲を付けただけの軽装の青年で、斧というよりも金属の板に申し訳程度に柄の付いた武器を背負っていた。


 オークのほうは三十は超えていそうな隻眼で、彼は小型の斧を腰に四本下げていた。


 それ以外の戦士達もまた、それぞれの思惑を胸に秘め、自らの栄光を渇望していた。


 ダイロスの後を継いで大会の規定を説明するレイオーは、いつもの余裕など無い様子で、緊張した面持ちだった。

 彼ほどお仕着せが似合わない人も珍しいな、と思ったら少し緊張が和らいだ。


「二神の御前であると思い、正々堂々と戦う事。試合時間は半ザン。延長は認められない。引き分けた場合は双方脱落。死ねば敗北。投了しても対戦相手がそれを認めなければ試合続行。武器を失っても闘志を失わなければ試合続行。以上!!」


 彼が規定を話し終わると同時に、四名の審判員が入場した。

 彼らによって木製の箱が二つ持ち込まれ、一人ずつ籤を引くよう促された。


「イスティリ殿は、『右』の赤い箱です」

「はい」


 籤を引くと、星が二つ刻印されていた。

 

「イスティリ殿、二!!」


 赤い箱に残りの三人も次々と手を突っ込む。

 

「ガガッテ殿。一!! ギネメス殿、三!! ラルガーザ殿、四!! これにより、一回戦はイスティリ殿対ガガッテ殿となります」

「ああーッ。畜生!! 俺はギネメスと闘いてえんだ!! やりなおせ!!」


 乱杭歯のドワーフが審判員に食って掛かった。

 

「まあ、焦らずとも、貴方様が勝ち残ればいずれお目当ての方とも対戦できますよ?」

「うるせぇ!! こんなヒョロい魔族と戦ったって、何の名誉にもなんねぇんだよっ」


 ボクはため息を付いた。

 この男の筋肉の動きを見ても、半端な鍛錬しか積んでいない事は明白だったし、ボクとしては火の迷宮の走破者ギネメスと戦いたかった。

 もう一度、肩を落として落胆した所で、そのガガッテとかいうゴロツキがボクに矛先を向けた。


「あぁん? そこのチビ!! その態度は何だ!! 今からボコボコにしてやるから覚悟しとけ!!」

「あー。はいはい」

「ははは!! ガガッテ。同じギルドのよしみで教えておいてやるが、その子はきっと強いぞ。用心してかかれよ」

「うるせぇ!! お前にゃ恨みがあるんだからな!! 俺と戦うまで生き残ってろよ!!」

「ははは」


 ギネメスは終始余裕の笑みを浮かべていた。

 彼の対戦相手はリザードマンで、緑の鱗の上から緑の鱗鎧を付けた悪趣味な男だった。

 そのリザードマン終始無言だった。

 もしかしたら、単純に共通語が出来ないだけなのかも知れない。


「では、『左』の青い箱を、グンガル殿」

「おう!! ……星七」

「グンガル殿、七!!」


 次々と籤が引かれる。


「スティグ殿、五!! エトー殿、六!! 残り籤は八!!」

『おおっ』


 場内にどよめきが起きる。

 そう、グンガルがユノールザードと対戦することになるのだと、全ての者が理解した瞬間だったのだ。


「グンガル!!」

「はは……。来ましたね」


 けど、グンガルだって歴戦の戦士だ。

 ここで逃げ帰るような意気地の無い男でない事を、ボクは知っていた。


「決勝戦で会おうね!!」

「そうですね!! お互い、頑張りましょう!!」


 そこに、頭からつま先まで全身金属鎧のヒューマンが寄ってきた。


「ご愁傷様。我らの為に、せめてあの化け物を疲労させておいてくれよ」

「馬鹿か、お前は。俺の名はグンガル。栄えあるコモン隊の戦士にして、セイ親衛隊が一人!! このグンガル、敗北を前提に戦った事など一度も無いわ!!」

「おーおー。口上だけは一人前。精々頑張れよー」

「うるせえよ、亀が」


 亀、というのは鎧の影に隠れた臆病者の意味がある。

 この大会でもっとも重装甲のこの男は、顔を真っ赤にして斧を構えた。


「挑発した側がキレてどうすんだ、エトー」

「スティグ!!」


 隻眼オークが割って入ってくれた。

 彼は呆れ顔をしていたが、審判が二人引き上げ、残りの二人が定位置に付くと戦士の顔になって行った。

 審判が交互に口上を述べた。


「では、これより『神斧大祭』本選を開始する。各々、神前である。誇り高く戦われよ!!」

「第一回戦!! イスティリ=ミスリルストーム対、ガガッテ=ロング!!」


 場内に歓声が沸き起こった。

 いつの間にか、席は観客で埋まっていた。

 

「おうさ!!」


 ガガッテが勢いよく中央に踊り出た。

 残りの戦士たちは、闘技場と観客席を隔てる煉瓦組みの壁にまで移動していった。


 ボクは目前の戦士ガガッテを軽んじる事を止めた。

 呼吸を整えつつ、この男がユノールザードと同等の強さを持つという想定の元、歩みを進めた。


「なぁんだぁ!? ビビってるのか、小娘!!」

「……」


 安い挑発など、最早何の意味も持たない。

 冷静に。

 冷静に……。


「各々方、用意は良いか!?」

「はい」

「おうさ!!」

「では、神斧ベリエスティリアスの名の下に!!」

『始めッ!!』


 斧を横薙ぎに払う。


「くっそ!! はや……」


 ガガッテはその攻撃をギリギリ斧を差し込んで防いだが、そこまでだった。

 そのまま彼の斧の柄を寸断し、ボクの斧はそれでも勢いを止めず、彼の右腕を二の腕から切断した。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!? お、俺の、俺の腕が!! 腕がぁぁぁぁっ!?」


 血を噴出しながら転げまわるガガッテ。

 彼には、覚悟が足りなかった。

 ボクなら、腕一本を犠牲にしてでも、攻勢に転ずる。 


「そこまで!! 勝者、イスティリ=ミスリルストーム!!」


 ワアァァァァ!!

 木霊する大歓声の中、ボクはセイ様に手を振った。

 一瞬、ウシュフゴールを探した……。


「てっめぇ!! 殺す!! 殺してやる!! お、俺はまだ戦えるッ。審判ども、俺はまだ戦えるんだァ!!」


 ようやくガガッテが起き上がると、ボクに柄の短くなった斧を構えた。

 ボクは彼を少し見直した。


「よし!! では、潔く戦われよ!! ガガッテ=ロングの申し立てにより、これより再試合を行う!!」

「なっ!?」


 激しく動揺するガガッテ。

 だが、観客は総立ちで彼を祝福した。

 

「では、神斧ベリエスティリアスの名の下に!!」

『始めッ!!』  


 彼は場の空気に呑まれ、フラフラとした足取りで攻撃を仕掛ける。

 その斧を渾身の一撃で叩き壊すと、素早く上段に構えなおした。


「ま、参った!!」

「そこまで!!」


 何とも拍子抜けだったけど、これで勝ちか……。

 ボクは観客に手を振ると、壁際にまで下がった。

 グンガルが無言で拳を突き出した。

 ボクはその祝福に、自身の拳を合わせた。


「続いて、ギネメス=タウクーン対、ラルガーザ=ヒヴィ!!」


 ギネメスが飛び出すと、ラルガーザも悠々と歩みを進めた。

 この試合もそれほどは長引かなかった。

 火の迷宮を攻略した猛者ギネメスは、ラルガーザを圧倒し続けた。

 彼はその大きな鉄板に柄が付いたような武器を、まるで木の枝のように扱った。

 強靭な筋力に裏打ちされた直角的な動きは、予測できても対応は難しい。


「そこまで!! 勝者、ギネメス=タウクーン!!」


 ギネメスが息を整えながら、ボクに手の甲を下に向け、手招きした。


「さあ、そのまま、『右』の勝者を決めようではないか!!」

「望む所だ!!」


 審判はギネメスの呼吸が落ち着くまで、沈黙していた。


「では、神斧ベリエスティリアスの名の下に!!」

『始めッ!!』   

  

 ボクの繰り出す攻撃を、ギネメスはその鉄板で正確に防ぐ。

 その防護の合間を縫うようにして、彼は鋭い突きを放つ。

 独特の、本当に独特の戦闘方法だ。

 初見だと翻弄されただろう。

 ボクは籤運の良さに感謝した。


「やるなっ!! だが、これは見切れまい!!」


 彼は独楽のように、自身を軸にしてグルグルと回り始める。

 鉄板を上下させ、軌道を変えながら攻撃を繰り返した。

 高速で回転し、残像からまるで本物の独楽のように見えるギネメスを捌くのは難しかった。   


 意を決し、ボクは真っ向からの勝負に出た。

 彼の繰り出す鉄の一撃に、渾身の斧を合わせた。


 ギィン!!

 ギィン!!

 ギャッ!!


 何度か弾かれたが、遂にボクの斧がギネメスの鉄板にめり込んだ。

 

「うおっ!!」


 無理やりに回転を止めた。

 彼がたたらを踏んだ所に、もう一度斧を叩き付けた。

 その一撃は、ギネメスの鉄板を突き抜け、斧頭が彼の肩口に突き刺さった。


「み、見事!!」

「そこまで!! 勝者、イスティリ=ミスリルストーム!!」

 

 ボクは『右』を勝ち抜け、決勝へと駒を進めたのだった。


「さあ、来い。ユノールザード。ボクは逃げも隠れもしないぞ!!」


 真の戦いの幕開けは、迫っていた。

 オリヴィエ=ソランと同時に、「勇者候補」を脱落したギネメス。

 彼はオリヴィエのように狂乱する訳でもなく、我が道を行く自由なキャラクタです。

 これからも時々登場する予定です。


 次回、「ユノールザードの敗北 上」

 グンガルはユノールザードと渡り合えるのか。

 ウシュフゴールの生死はいかに。

 メアとセラの秘策とは。


 乞うご期待を。

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