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185 神斧大祭 中

「さて、中に入り込めたな」


 私が歩みを進めると、警備の連中が現れて通路を前後から塞いだ。

 彼らは明らかに震えてはいたが、それでも恐る恐る私に問う。


「貴方が、ユノールザード様でございましょうか?」

「いかにも。所で、闘技場内部へは何処から入るのだ?」

「……お引取り、願えませんでしょうか? ダイロス様よりの命でございます」

「それは無理だ。教えてくれなくとも構わない。ただ、願わくば、私の歩みを止めないでくれ。神前での無益な殺生は好まない」


 警備達は無言で道を空けた。

 と、唐突に彼らは次々と意識を失っていった。 


「う……!?」


 一瞬視界が狭まる。

 意識阻害系の呪文が打ち込まれたのだ。

 何と言う呪文錬度だ。

 私が、誇り高き『鎖』であるこのユノールザードが、抵抗に失敗しかけるなどあってはならない事だった。


「何者だ!!」


 その言葉に、巻き角の魔族が陰鬱な表情で姿を現した。

 確か、セイに付き従うラビリンスの主だったか。

 そいつは無言のまま震える指先を私に向けると、呪文を連打し始めた。

  

「……ッ!? 小癪な!」


 斧を振りかぶり、切り裂こうとしたが、通路が狭く壁が邪魔をして、敵の二の腕を薄く傷付けただけだった。


「きゃ!?」

「小娘ッ。何故に邪魔をする!! セイの命令か? ぐっ……。こやつめぇ!!」

「あああっ!?」


 私の問いかけなど無視して、そいつは執拗なまでに呪文を連打した。

 壁ごと横に薙いで頭を狙う。


 ゴッ!!


 魔族の角が片方折れ飛び、床を転がっていった。

 そのまま床に突っ伏し、頭から血を流す敵を見下ろしながら、止めを刺そうと上段に構えた。

 だが、そいつはそんな状態になりながらも、必死の形相で私に向かって呪文を唱え続けた。


「う……、何、だと……?」


 私はあろう事か武器を取り落とし、片膝を付いた。

 朦朧とするなか、自らの手甲で顔面を殴り、意識を保つ。

 そんな中でも、蛇のようなしつこさで、魔族は攻撃の手を緩めなかった。


 敵が、短剣を構えたのが見えた。


「フーッ。フーッ。フーッ」


 荒い息を繰り返し、震える手を掲げ近づいてくる。

 が、この女は戦いを知らない。

 繰り出された短剣を手甲で弾くと、素早く組み敷いた。


「残念だったな!! セイの命令か!! お前のような者を単独で運用する、愚かな主を恨みながら冥府へと旅立て!!」


 鉄の手甲の威力はこいつも知っている事だろう。

 大きく振りかぶり、叩きつける。

 女は腕を交差し、身を庇ったが、両腕が折れる音を確かに聞いた。


「ごめんなさい。イスティリ……」

「……!!」


◇◆◇


「そこまで!! 勝者グンガル=ザイシュレン!!」


 俺たちはその宣言に大きな拍手をした。

 これで予選も終わり、本選出場の七人が決定したのだ。


「グンガルもやりますね。コモン様」

「ああ。あれだけイスティリの訓練に付き合ったんだ。技量も随分と上がってる気がするな」 


 コモンとブルーザが話す中、俺はウシュフゴールがまだ来ない事に少しの不安を覚えた。

 メアから、「後で来る」とは聞いていたが、あれだけ仲の良かったイスティリとの喧嘩がここまで大きく響いている事に驚いた。


 この一件に関して、アーリエスは完全に蚊帳の外で、何も知らされていないらしく俺の質問には全て首を横に振るような状態だった。

 

「まあ。この大祭が終わればまた機会を設けて、仲直りさせよう。所で、あの轟音はどうせユノールザードが派手に進入してきたのだろう。ダイロスも本選出場者を七人に絞っている事から推測するに、これは最早予定されていたのだろう」

「ええ」

「所で、イスティリにはちゃんと言ってくれたか?」

「ええ。もし万が一の場合はセラの中に退避する。それを守る事を条件に大祭に参加する。斧よりイスティリの命ですからね」

「無論だ。反則負けにはなろうが、あの子を斧一本の為に失う事には、価値を見出せない。あの子は、この世界に絶対に必要な子だ」


 予選が終わると、早速本選の対戦表が張り出された。

 読み方が分からなかったが、二つのブロックに分かれていて、勝ち上がり形式らしい。


 アーリエスが、「右」と呼んだ側には、イスティリに加え、ギネメス、ラルガーザ、ガガッテという人物が書かれており、「左」と呼んだ側にはグンガル、エトー、スティグという人物が書かれていて、一つ空欄があった。

 

「ここまで露骨だと、ダイロスも参加を黙認しているようなものだが、下手に拒否して荒らされるよりはマシなのかもな……」

「かも知れませんね」

   

 俺たちのその様子をメアは無表情で見つめていた。


「どうした? メア」

「いえ。何でもありませんよ。ちょっとウシュフゴールが遅いかなぁ、と」

「そっか」


 俺はその時、悪い意味で戦いに慣れ始めていた。

 次々と襲い来る敵を退けつつも、今まで誰一人死者も脱落者も出ていない。

 ルーメン=ゴースとディバが俺の側に付いてから、《悪食》も制御できつつあると錯覚していた。

 様々な祝福や力場、異能を手に入れた俺は、安易に物事を考え始めていた。


「この調子だと、いずれは世界を救って、のんびりした生活が出来るかな?」


 しかし、それは満心でしかなかった。

 俺がエールで喉を湿らしている間、人知れずウシュフゴールは、あのユノールザードと戦い血を流していたのだ。


 俺のその満心の代価は、ウシュフゴールが支払ったのだ。

 メアもまた俺の為に心を砕き、疲弊している事に気付けなかった。

 

 そして、イスティリは……。


◆◇◆


「ごめんなさい。イスティリ……」

「……!!」


 私は更に振りかぶった手を、魔族の眼前で止めた。

 イスティリ?

 何だ? この女はあのイスティリの為に私と対峙したというのか!?


「お前……。何故だ!? 何故勝てないと分かっていながら……」


 魔族は血塗れの頭を少し持ち上げ、吐息のような小さな声を出した。


「……あなたがこの大祭に出さえしなければ、イスティリはセイ様と一緒に居られるの」

「何だ!? その為だけにお前はこの死地へと赴いたのか!! 僅かな数刻の時間稼ぎの為に、お前は自らの命を捧げようと言うのか!?」

「時間稼ぎなんかじゃない!! 私は、あなたが大祭に参加できないよう、私達のところへ二度と来ないよう、今から殺すの!!」


 この女がどこまでを知っているのかは分からなかったが、その本質を見抜いた発言に驚いた。

 そして、それを実行すべく、この者は私に単独で挑みかかったのだ。


「はははははははっ!! 何と!!」

「何を笑う!! 私は今からあなたを殺す。イスティリの未来の為に!!」

「……!!」


 背筋に稲妻が流れる。

 この者の意志の強さに圧倒された。

 私は立ち上がると、武器を手に取った。


「……失礼した。非礼を詫びよう。我が名は、ユノールザード=スレン。そなたの名を、お聞かせ願えまいか?」 

「ウシュフゴール=ナイトメアソング」

「……ウシュフゴールよ!! 夜の歌の二つ名を持つ高潔なる者よ!! さあ、挑まれるがよい!!」


 ウシュフゴールは立ち上がると、両手をダラリと下げたまま、呪文を乱打した。

 

「ぐ……うっ……。……き、貴様の、本気は、そんな物かぁぁぁぁ!!」

「う……う……」


 唐突に彼女は鼻血を出し、急速に全身から生命力が消えてゆくのが分かった。

 遂に、遂に魔力が枯渇したのだ。

 彼女は自身の命の灯火を消費し、呪文を唱え始めた。

 

「ああああああッ!!」


 最後に唱えられた呪文は、最早魔術と言える代物ではなかった。

 ヒューヒューという呼吸音だけが、ウシュフゴールが生きている証であった。

 ただ、立っているだけの、藁人形。


「……よくぞ、ここまで戦った」

「……」


 私は、斧を改めて上段に構えた。


「イスティ……リ……」


 ウシュフゴールは、最期の吐息まで、自らの仲間の名を呼んだ。

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