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181 束の間の休息 中

 俺はルーリヒエンと一緒に買出しに出る事になった。

 イスティリとトウワが同行してくれる事になったが、何故かトーラーも付いて来た。


「ええーっ!? 何でお姉さんも付いてくるの? セイ様の護衛はボクだけで十分だよっ」

「いや。暇だしな。……それに、その荷物水母について知りたいんだ」

「え、トウワさんについて?」

「ああ。私の荷物水母は愚鈍で殆ど会話は成立しない。だが、お前達の荷物水母はコーウすら熟練しているのが不思議なんだ」

「トウワさんは荷物水母って呼ばれる事を好んでないよ? ちゃんとトウワズベリキギグイネイガタリダロンって名前があって、ボクらは愛称で呼んでるんだ」

「そ、そうか。悪かった。トウワ……殿」


 イスティリを頭上に載せたトウワは、触手をヒラヒラさせて返した。

 しかし、イスティリはトウワのフルネームをよく噛まずに言えるし覚えている物だな。

 

(あの子は九世代位かな? もう話しかけても『うん』『ううん』しか言わないし、名前も覚えてないらしい)

「そっか。確か株分けするごとに知能が低くなってくるんだったな。水神の眷属で無くなった代価か」

(そうだぜ。悲しいかな、俺達は亜神の庇護を失った瞬間から、獣へと堕ちて行く定めなのさ。ってかセイはよく知ってるな!)

「まあな」


 俺とトウワの会話にトーラーは興味深く耳を傾けていた。

 

「すまない。セイは、その……水母語が話せるのか?」

「ええ。種を明かすと《完璧言語》って祝福なのですが」

「あー。そういえば、祝福持ちだったな」


 そこで目的の肉屋に到着したので話は打ち切りになった。

 俺はルーリヒエンにダークエルフ語で語りかけた。


「ルーリヒエンさん。材料費は自由に使ってくださって構いません。うちは戦士が多いので、肉料理を大目にして下さると喜ぶと思います」

「はい。でも、沢山買ったら重たいですよ?」

「重たくなったらセラの世界に置いていけば良いので、気にしなくて大丈夫ですよ」

「あ! なるほどです」


 俺のポケットからセラがヒューっと出てきて、ルーリヒエンの周りをクルリと廻った。

 ルーリヒエンが笑顔を作って、「今の水晶の精霊がセラ様?」と聞いた。


「ええ。精霊ではなく天使なのですが」

「天使様でしたか。あの清い空間にお肉を置くのは少し気が引けますが」

(うふふ。食べて生きる事は尊い事ですよ。美味しいご飯で皆様のお腹を一杯にするのです!)


 俺がセラの言葉を訳すと、ルーリヒエンは晴れやかな顔で食材を選び始めた。

 ふと横に居たトーラーを見ると、彼女は気絶しそうな顔で俺を凝視していた。


「い、今。天使が、い、居たよな?」

「はい。名はセラ。この世界とは別の世界の天使ですよ」


 セラはトーラーの眼前まで出てくると、コココッと挨拶した。

 トーラーは慌てて会釈を返すと、右手で頭を抱えて呻いた。


「祝福持ちの異世界人に天使。朗らかで陽の気を発する魔王種。聡明な水母……。うーむ、お前は何者なんだ?」

「さあ? 俺にも分かりません」

「しかし、その天使は召還では無さそうだな。滞在上限が無いのは羨ましい。私のマウルリールは、八ヵ月に一度、半ザン程しか地上に降りて来れないからな」


 そんな会話をしていると、イスティリが俺の口にベーコンの欠片を放り込んだ。

 どうやら構って欲しいらしく、肉屋の店主に貰った試食を片手にシシシッと笑っていた。

 俺はイスティリの手を取って、大きなフックで吊り下げられた肉や、燻製肉、ソーセージの類を見て廻った。


「セイ様。さっきのお肉美味しかったでしょ?」

「うん」

「あれをブツ切りにして、ジュウジュウ焼くだけでもボク良いかも!!」

「ははは」


 ルーリヒエンが大量の肉を油紙に包んで貰い始めた。

 イスティリが美味しいと言ったベーコンの塊も当然のように買っていた。

 俺とトウワが早速セラの中を出入りすると、肉屋は驚いていたが、トーラーは歯を食いしばって、「もう驚かないぞ」と自分に言い聞かせるように呟いていた。


 それからパンや野菜、香辛料なんかも買っていると、道中の果物屋でマルガンと出会った。

  

「やあ。マルガン」

「これはセイ様」

「何をしてるんだい?」

「はい。仲間達の為に果物を買っております。あと蜂蜜も」

「そうだったのか」

「はい」

  

 マルガンはゾロア達の為にオヤツを用意しているらしかった。

 彼は木製の器を何十枚と重ねた物を、麻糸で腰から吊るしており、準備は万端のようだった。


「もう買出しは終わったのか?」

「はい。支払いを済ませた所です。今からセラ様経由で帰還しようと思っていたのですが、ここにいらっしゃるのでしたら、荷物だけ置いてお供します」


 マルガンは身軽になると、俺たちの後をゆっくり付いて来始めた。

 彼は歩きながらも自分用に買ったらしい梨を、器用に食べ始めた。


「マルガンさんー、買い食いーッ」


 イスティリが囃し立てると、彼はセラの中からもう一つ梨を持って来た。


「口止め料です」

「やったー!」


 ルーリヒエンが、「イイナー」と言いながら自分の人差し指を噛んだ。

 マルガンはワシャシャシャっと笑うと、結局トウワ以外の全員が梨を齧りながら岐路に着く事になった。


 屋敷に戻ると、外出していた者達も皆戻ってきて、一同でルーリヒエンの作った夕食に舌鼓を打った。

 イスティリは芋の皮むきを手伝ったとかで、しきりに芋料理を勧めてきた。


「いつものバアさんより旨めえぜ!!」

「お、おかわりー!!」

「おい、ルーリヒエンさんは忙しいんだ。自分でよそって来いよ」

「ハイハイ。オカワリ?」


 次々と料理を平らげるコモン隊の為に、ルーリヒエンはニコニコしながら走り回った。

 ディーも姉の為に駆け回る。


「オカワリ、ハ?」

「あ、頂きます。ルーリヒエンさん」


 俺の皿が空になったのを見て、ルーリヒエンが手を差し出した。

 彼女はニコッと笑いながら、「ルー、デ、イイデス」と耳元で囁いた。


「あ、はい。ルー」

「ハイッ」


 その後も和やかな雰囲気のまま食事は終了し、お開きとなった。

 三々五々自室に引き上げるコモン隊と魔術師達。

 当直であるらしいトルダールとグンガルは残ったが、彼らは早速屋敷外と屋敷内に別れ、見回りに行ってしまった。


「さ、やっとお風呂ですね」

「お風呂ですよ」


 メアとウシュフゴールが満面の笑みで俺の左右から手を取った。

 イスティリは諦め顔で、「いってらっしゃーい……」と言いながら、ルーに果物を切って貰っていた。

 どうも話は付いているらしかったが、「明後日はボク一人だかんね!!」と最後に爆発していた。

 

「ふふ。今日はわたくしがお背中を流します。ウシュフゴールは一緒に来るだけです」

「はい。明日は私がお背中を流します。メアは来るだけです。ちょっとズルですね。二日連続、セイ様とお風呂なのです」


 アーリエスも来るのかと思ったら、どうもディーと話し込んでいる様子で、メアに手を合わせて目で、「すまん!!」とやっていた。

 この時、アーリエスはディーを口説いていたのだと後から聞いた。

 どうも、ディーを仲間に引き込む為に説得工作をしていたらしい。


「美味い食事だったよ。少し話したい事があったんだが、夜も遅いのでまた明日にでも改めて来よう。今日はこの辺でお暇するよ。後でこれを読んでおいてくれないか?」

「分かりました」


 トーラーが封蝋が押された手紙を手渡してくる。

 彼女は俺の左右を見て、少しムッっとした表情をした。


「所で、今から風呂と聞こえたが。その二人と入るのか?」

「え、ええ。まあ」

「なんとふしだらな!! 伴侶は普通一人だろう? お前、どっちと結婚するんだ」

「えっ!?」


 トーラーの爆弾発言に、イスティリが飛んでくる。

 彼女は俺とウシュフゴールの間に体を捻じ込んでくると、トーラーに向かってイーッっと歯を見せた。


「ボクはもう指輪貰う約束してんだ!! あとちょっとで成人だかんねっ!!」

「えっ!?」

「ええっ!?」

「なんだと!!」


 左右からの鋭い視線が俺を射抜いた。

 トーラーは眉を吊り上げて怒髪天状態になった。

 そこにアーリエスまでもがディーとの話を打ち切って飛び出してきた。


「待て待てっ。あたしもこんなナリだが、あと八・九年待てば十分食べごろだぞ!! その時セイは四十手前!! 全然イケる!!」

「たっ、食べごろって……」


 トーラーは絶句した。

 ディーとルーは二人でヒソヒソ話し始めた。


「これって、アタイにも……」

「これって、私にも……」

「えっ!」

「えっ!?」


 遠すぎて話し声は殆ど聞こえなかったが、二人は顔を見合わせてクスクスと笑い始めた。

 トーラーはぐるりと見渡すと、ため息を付いて、「本当にお前は何なんだ……」とぼやいた。

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