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178 復権 ⑫

 遂に俺たちはフロストキンを打ち倒し、ユノールザードを撤退に追い込んだ。

 しかし、極限の戦いだったように思う。

 あのコレトー砦での戦いのように、常に生死を分かつのは、ほんの僅かな差でしかないように思われた。

 

 イスティリは疲労の余り膝をつく。

 彼女の元へと『妹』が寄って行くと、手早く包帯を取り出し、イスティリの肘に巻く。


「ありがとう」

「いいえ。貴女は本当に強いのね。私も祖先は魔王種なのに……」

「でも、ボクは『妹』さんが呼び出した鳩のお陰で、こうやって息をしてるんだと思うよ?」


 イスティリのその言葉に、『妹』は柔らかく微笑んだ。

 『兄』は剣歯虎への変身を解除すると、その様子を暖かな眼差しで、目を細めて見ていた。 


 ペイガンとレキリシウスが回復薬を持って往復し始める。

 彼らは負傷した者達にそれを手渡しながら、セラの中を出入りした。


「中の様子はどうだ?」


 アーリエスがペイガンに声を掛けると、彼は問題無い、といった体で頷いた。

 どうも退避させたフロストキンも大人しくしているようだった。


 メアが俺の横に来て、頬にキスをした。

 もう片側の頬にはウシュフゴールがキスをし、俺は彼女らの髪を優しく撫でた。


「疲れただろう?」

「ええ。でも、わたくしはセイの為にならまだ頑張れます」


 メアはそう言ったが、俺が「今日はもうゆっくり休もう?」と囁くと、「じゃあ、今夜は一緒にお風呂に入りましょう?」と表情を綻ばせた。

 ウシュフゴールは、「じゃあ、明日は私の番ですね。乗り遅れたイスティリは明後日です……」と最後は尻すぼみになりながらも言い切った。

 俺は彼女らの髪をサラサラと撫でると、他の戦士たちの様子を見に行った。


 グンガルは脱臼した肩を仲間に填めて貰っていた。

 トーラーが僧侶達を連れくる。

 彼らは、ザッパの切り落とされた腕を繋ぎ合わせる為の処置に入り始めた。


「成功率は五分五分でしょう。覚悟はして置いてください」

「ああ……」


 僧侶の一人がザッパに声を掛けると、彼は悔しそうにしながらも、少しずつ癒着し始める腕を見続けた。

 そのザッパの横で、トーラーは自身の小指に包帯を巻き、幾つかの呪文を唱えていた。 


「セイ殿!! 兄貴が目を醒まさねぇ!! やべえ……やべえよっ!!」

「何っ!!」


 意識を快復したパルガが大声を張り上げる。

 見ると、ダルガがいびきをかきながら昏睡状態に陥っていた。

 この症状は……脳溢血か?

 慌ててトーラーが飛んでくるが、「危険だ……」と呟いた。

 

「お、俺はいいよっ!! さ、先に、先にダルガを!!」


 ザッパが治療中の腕を支えたまま、ダルガに向かってこようとしたが、それは周りの僧侶に止められてしまった。


「アーリエス!!」

「無論だ!!」


 アーリエスはシオの石を小さく割ると、水に溶かしてパルガに渡した。

 パルガは泣きそうになりながら、その水をダルガの口元へと運んだ。


「ガハッ!? ゴホッ!! ゴホ……」

「あ、兄貴ぃ……」


 ダルガは生死の淵から生還し、朦朧としながらも、戦いに勝利した事を理解し始めた。


「勝った、のか?」

「ああ。勝ったさ。敵は全滅し、あの女戦士も撤退したんだ。兄貴!!」

「そうか。俺は……? う、む。少し……?」


 どうもダルガの記憶は少し飛んでしまったらしかったが、それも時間の経過と共に、徐々に戻っていった。

 パルガは俺とアーリエスの手を取って感謝し続けた。


「パルガ殿。あたしはこの石の使い所を間違えるつもりは無い」

「軍師殿……」


 トーラーはアーリエスが懐から取り出したシオの石を凝視していたが、何も言わずに詠唱を開始した。

 光の雨が燦々と寺院の中庭に降り注ぎ、その光が俺たちの体に触れると、パパッと弾け飛んだ。

 光が弾ける度に、俺たちの疲労が掻き消えていくのが分かった。


 その光の雨の中、トーラーに付き従っていた天使が、少しずつ、霞むようにして消えてゆく。

 

「次に会うのはいつかな? マウルリール。次に召喚する時には、お前が好きな、甘い焼き菓子を用意しておくよ」


 天使はそのトーラーの言葉に、初めて相好を崩し、笑顔を見せた。

 そうして、天使マウルリールは姿を消した。


「さて、お前達に色々聞きたい事はあるが、まずは感謝を。あのフロストキン達の進入を防ぎ、民を守ってくれた事には礼を言おう」

「こちらこそ。あの悪魔を退治してくださって助かりました」


 俺はトーラーと握手をする。

 が、彼女の穴だらけの僧服から、白い柔らかそうな肌が見え隠れして、どうにも視線が泳いだ。

 その挙動不審な俺の動きを見て、彼女は初めて女性らしい反応を見せ、胸の前で両腕を交差させると、顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。


「ちょっと待て。どこまで見た? あの全裸ローブの変態並に見えたのか!?」

「あ、いや。そこまでは見てない!! あ、いやいや、何も見てないから!! 柔らかそうな肌だとは思ったけど!!」


 トーラーは急に反転すると、そのまま一回転して俺に平手を叩き込んだ。

 盛大な音と共に、目一杯の平手打ちを入れると、彼女は、「これで勘弁してやるよ!」と笑いながら踵を返した。

 俺はキョトンとしてしまったが、そこにディーが戻ってきて、「あの顔は『惚れた!!』って顔だゼ?」と囁いた。

 何故そうなるのかは全くもって分からなかったが、俺が痛む頬を押さえながらトーラーの後姿を見ていると、ディーは眉を吊り上げて、「アンタ、モテ過ぎじゃネ?」と何故か怒り出し、俺の耳を引っ張り上げた。


「セイ様ぁぁぁぁ!!」

「わっ!!」


 そこにイスティリが突貫してきて抱きついた。

 俺はバランスを崩して仰向けに転がってしまう。


「ボクの活躍!! 見て!! 頂け!! ましたで!! しょうか!!」

「ああ!!」


 俺はそのままイスティリを抱きかかえて天を見上げた。

 ト-ラーの唱えた光の雨は止み始めていた。

 イスティリは俺にキスの雨を降らせた。


◇◆◇


「ユノールザード様!!」


 <転移>で帰還すると同時に、レガの配下が駆け寄ってきた。

 こういう時の為にレガの屋敷への座標指定をしていた訳ではなかったが、今回に限っては助かった。

 他の『鎖』達に満身創痍の私を見せるのは避けたかったし、回復と補助特化であるレガの部署であればこの傷も手早く癒せるだろう。


 硬貨で傷ついた側の目は異能<一騎当千>が復帰すると共に徐々に再生しつつあったが、奥まで短剣を突き入れられた左目は全く回復する気配が無かった。


「毒か? いや、<一騎当千>復帰後に付いた傷であれば毒は無効化するはず。なら、<封印>といった類か」


 オロオロしながら私の様子を伺うレガの配下が、恐る恐る声を掛けた。


「ユノールザード様。そのお怪我は一体? 貴女様に傷を負わせられる者がこの世に居るのですか……」

「ああ。割と楽しかったよ。さて、少しばかり回復を頼めるかな? 後、レガは居るか」

「は、はい。レガールード様は後二ザン程で戻られます。テオルザード様との会合の予定がありますので」

「そうか。テオが来るなら好都合だ。是非とも聞きたい事があるのでな」


 レガから与えられている部屋に行こうとしたが、視力が殆ど無かったので諦めてその場で鎧を脱ぐ。

 先ほど声を掛けてきた者が、慌てて数人の女性を連れてきたらしかった。 

 その中に、いつも小うるさいメイド長が混じっていたので、私はより疲労してしまった。


「ユノールザード様! 貴女様も女性なのですから、恥じらいという物をですね!」

「あー。はいはい。分かった。分かったから……」


 私はウンザリしながらその言葉を右から左に流し、鎧下をブン投げて下着を外した。

 全裸になった所で、傷に直接触れて、具合を確かめる。

 腕の切り傷と大腿の刺し傷はそれほど深くは無い。

 それよりも、拳の骨折が最も酷いように思われた。

 

「ユノールザード様!! 淑女たるもの、その様な事をすべきではありません!」

「……はいはい」


 メイド長が高速でガウンを私に羽織らせた。

 そこに、僧侶が五名現れて、私の治療に入った。

                         

 しかし……楽しかったな。

 あのイスティリという魔王種の事を思い出すと自然に笑みが零れた。

 ガッドがあいつを洗脳したら、上手い事言って自身の近辺に置けない物か、とまで考えた。


 ようやく片目の視界が戻ると、もう片方の目には何か魔法が掛かっているのでは? と僧侶に伝える。

 彼らが慎重に解析を進めると、案の定、<阻害>が掛けられていたらしく、数回の<呪い除去>の後に解除できた。


「あの女、何者だ? しかし、声しか聞けなかったのは残念だ。せめて顔くらいは見ておきたかったな」

「ユノールザード様。お顔と拳に直接触れます。許可、頂けますでしょうか?」

「あ、ああ? 目はともかく、やはり拳のほうも重症なのか?」

「はい。今、回復薬も用意させます」


 私がため息をつきながらも大人しくしていると、ようやく痛みも和らぎ、視界も完璧に戻り始めた。

 やはりレガの配下は優秀だ。


 さあ、ひと段落着いたら、テオにあのガリアスの事を聞かねばな。

 ガルゼに<狂気>についての報告をしなくちゃあならんか。


 それから……リエン様に瓜二つのあの詩人……。

 これについても調べたい。


 問題は山積みな上に、そもそもの任務である神斧ベリスの取得がまだである事に一抹の不安を覚えつつも、私は用意された椅子でそのまま寝入ってしまった。

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