174 復権 ⑧
ボクが設置した破城槌を乱暴に退かせて、牛の戦士達が寺院の門を抜けて来る。
最初に突破してきた奴を弩で倒した。
ボクの異能<秘密格納>から取り出した弩だ。
その数は三基。
矢を放った直後、その弩にダルガとパルガが飛びついて、次の矢を装填してくれる。
ギュック達が衝撃波を放ち、牛達の突撃を食い止めてくれる。
ボクと双子の戦士達が弩でもう一人敵を倒した所で、門を抜けた奴らが左右に分散しながら位置取りを模索し始めた。
「ゆけ!! 我らが……ゴボォ!?」
一番上等な鎧を着込んだ牛が、最後に門を潜り、格好良く決め科白を吐こうとした所に、双子の矢、それからギュック達の衝撃波が飛んで彼は盛大に転びながら門の外に押し返された。
転々と血が筋になっている所を見ると、矢傷も深いんじゃないかと思った。
『妹』が戻ったのか視界が急に全方位になり、ヘラルドがブルーザに補助魔法を掛け始めた。
ヘラルドは呪文を唱え終わると、ボクらを包囲しようと散開する敵集団に<稲妻>と立て続けに唱えた。
流石に即死する者はいなかったけど、そこにコモン隊が襲い掛かると、感電していた奴らはあっさり落ちた。
「総員!! 深追いせず、戦列を整えよ!!」
『ハッ!!』
コモンが号令を飛ばしながら、目の前の牛を、その両手剣で袈裟切りにした。
良く見ると、アーリエスとゴーちゃん、それにトウワさんは一箇所に纏まっていて、護衛にトルダールが付いていた。
そのアーリエスがボクに大声を張り上げる。
「イスティリ!! 例の女戦士が見えん。警戒を怠るな!!」
「うん!!」
そこに、銀色に輝く鎧に身を包んだ例の女戦士が、悠々と門を潜って現れた。
双子達が矢を放つが、敵は手の甲を使って素早く左右に弾いた。
続くギュックの衝撃波にも動じる事も無く、ゆっくりと歩を進めてくる。
「例の女戦士、ね……。何処まで漏れてるのか知らないけれど、そんな格好の悪い呼ばれ方はしたくないわ」
「ユノー!! 何をしておる。早く戦わんかぁー!!」
「……折角の場面が台無しじゃない。まあ、いいわ。私の名はユノールザード。誇り高きオーガの『鎖』が一人。辺境の地ユノーの君主、ユノールザード=スレン」
牛達はユノールザードと名乗った者が口上を言い切るまで、戦いを挑んでこなかった。
フロストキンの兵士達にとっては、頭領であるらしい上等鎧の牛よりも、彼女のほうが明らかに格上だと認識されている事は明白だった。
「さて、と」
トンッ、と彼女は跳躍すると、ザッパに切りかかった。
「ぐぅあ!?」
「なんだ、拍子抜けだな? 雑兵相手に無双出来ても、所詮はこの程度か」
「てっめえぇぇぇ!!」
ザッパは辛うじて致命傷こそ避けたが、右腕を切り落とされた。
もし、メアが補助魔法を掛けていなかったら、『妹』が鳩を飛ばしていなかったら、確実にザッパは死んでいただろう。
ボクはユノールザードに突撃する。
彼女の左側面から渾身の一撃を入れる。
「なんだっ。少しは骨のある奴が居るじゃないか。こいつは私の獲物だ!! フロストキンよ、残りを駆逐せよ!!」
『ヴォォォォ!!』
「真の戦士ならば、この一撃を受け止めて見せよっ」
彼女は真っ向からボクに向かって斧を振り下ろした。
この攻撃は避けることを許されない。
ボクは戦士としての誇りに掛けて、この一撃に耐えなければならないのだ。
その一撃を水平にした斧の柄で受け止めると、余りの衝撃に両掌の皮が裂け、パッと鮮血が迸った。
腰に激痛が走り、膝が震える。
メアの補助があってこれなのだから、その力量にボクは驚愕するしかなかった。
「くっ!!」
「ははっ。戦士の礼節を知る者よ。なかなかやるな!! そなたの名をお聞かせ願えまいか!」
ボクは斧を水平に薙いで反撃する。
ユノールザードはその攻撃を容易く防御すると、改めて上段の構えを見せた。
「ボクの名はイスティリ=ミスリルストーム!! いざ、尋常に勝負!!」
「そうか。そなたがイスティリか!! 磨かれぬ宝玉の原石よ、来るがよい!!」
裂けた手の痛みなんて、もう意識の外だ。
ユノールザードの上段からの一撃を受け流すと、反撃とばかりに切り掛かり、彼女はそれを容易く受け止める。
彼女の攻撃は、一瞬でも気を抜けば即、死に繋がる痛恨の一撃だ。
ボクは辛うじてそれらを避け、受け流し、ありとあらゆる手を使って凌いだ。
唯一、ユノールザードに弱点があるとするならば、彼女はその自信の表れからか、小手先の技を使わず、常に大きく振りかぶり、全力で持って斧を叩きつけてくる所だけだ。
彼女が渾身の一撃を叩きつけてくるその瞬間に狙いを定め、一歩前に出てそれを紙一重で交わす。
そうして、ユノールザードの背後を取ると、斧の石突で後頭部を狙った。
当然その攻撃は容易く避けられる。
そんな攻防の中で、ボクはこの戦士に勝てる術を探す。
「コモン!!」
「おうさッ」
コモンと目が合った。
彼は意図を理解し、即座に配下に命令を下す。
「ダルガ、パルガはイスティリを援護せよ!!」
『ハッ!!』
ボクは死ぬ訳には行かない。
セイ様たちとこの世界を救い、幸せで暖かな家庭を築くのだ。
その未来の為に、ボクはどんな手でも使う。
「なんだ!! 勝てぬと分かったらもう徒党を組むか!? ……少し、買いかぶりすぎたか?」
「何とでも言えっ。ボクはこんな所で死ぬ訳には行かないんだ!!」
「よかろう。幾人だろうと掛かって来るが良い。私との実力の差を見せ付けてやろう!」
戦いは三対一になったけど、ユノールザードの優勢は覆せない。
けれど、彼女からの渾身の一撃は格段に減った。
ボクの思った通りだ。
一対一の戦闘では無類の強さを誇っても、小回りが利かないあの戦法では複数人を捌き切れない。
「ははっ。瞬時に私の弱点を見抜くとはな。だが、気を抜けば冥府がお前達を誘うぞ!! 心して掛かれよッ!!」
鳩の視界確保を頼りに、戦況を把握する。
コモン隊と剣歯虎に変身した『兄』、更にはレイオーがフロストキンたちを圧倒していた。
ザッパは一旦下がり、『妹』に止血を受けていたけど、脂汗をかきながらも戦線に復帰した。
ウシュフゴールが<睡眠>を乱打し、コモン隊を援護する。
ヘラルドが<雷撃>を的確に落として行く。
ディーリヒエンはいつの間にか門の外に出ていて、興味本位で近づいてくる野次馬を追い散らしていた。
「あっ! 危ないっ」
隙を見てアーリエスに突撃してきた牛に、『妹』が気付いて声を上げた。
素早くトルダールが一撃を入れ、『妹』が猪を喚びだして槍を受けた牛に突進させた。
アーリエスが硬貨を地面にバラバラと落とした。
その硬貨はまるで生きているみたいにカタカタと動き出し、牛達の目を狙って宙を舞い始めた。
「ようやく、一つ制御出来たか……」
アーリエスの言葉の意味は理解できなかったけど、目の前にユノールザードの斧頭が見えてそれ所ではなくなった。
「何だっ!! よそ見する余裕があるのか?」
「うあっ!?」
避けたつもりだったけど、肘を微かに切り落とされ、血が大地を塗らした。
ダルガがユノールザードの足に切り掛かった。
彼女はそれを避けつつ、拳でダルガのこめかみに一撃を見舞った。
「……!!」
「兄貴っ!!」
ダルガが倒れた。
パルガがユノールザードの背後に回り込むと脊髄に狙いをつけ、ボクはそれに合わせる形で、正面から上段を叩き込んだ。
「ユノールザード様!!」
牛の一人がパルガに体当たりした。
パルガと牛は転倒しながらも組み合いになった。
上を取ったパルガが、肩口から隠し短剣を引き抜くと、牛の喉笛を欠き切った。
「余計な真似を!!」
ユノールザードはボクの上段に斧を合わせて弾くと、パルガに斧を振り下ろした。
今度はボクがユノールザードに体当たりする。
彼女は斧の軌道を曲げられ、斧頭はパルガでは無く牛の肋骨に埋没した。
パルガは短剣をユノールザードに投げるが、それは手の甲で弾かれた。
剣を取り、立ち上がろうとするパルガに鉄靴の蹴りが炸裂した。
「がぁ!?」
彼はそのまま昏倒してしまったのか、微動だにしなくたってしまった。
ユノールザードが牛の肋骨から斧を引き抜くその僅かな瞬間に、ボクは勝機を見た。
「そこだっ!!」
「甘いっ!!」
お互いの一撃が交差し、双方の斧がぶつかり合った。
ボクの斧は斧頭が粉々に砕け、ユノールザードの斧頭もまた、幾つかの破片となって崩れ落ちた。
お互いが持つ獲物はもう斧では無くなってしまった。
単なる鉄の棒だ。
ふと、視界の端に光の翼を持った女性が現れた。
その後ろから、セイ様たちが駆けてくるのが見えた。
「はははははははっ!! 楽しい! 楽しいぞ!! イスティリと申したかッ。確かにガッドがお前を欲しがる理由が分かるわっ」
ボクにはその言葉の意味は分からなかったが、何か嫌な予感がした。
セイ様たちが到着すると、ユノールザードは壊れた斧を投げ捨てて、寺院の外壁にまで跳躍した。
「さあ、お遊びはここまでだ。マーダット。あるいはかつてマーダットであった者よ!! 同族の血。同胞の死。一族の贄を受けて目覚めよ!! 狂気の最果てで得た力をここに解き放つのだ!!」
その言葉が後なのか先なのか。
あの上等鎧の牛が口から泡を吹きながら突進してきて、近くに居た『同族』の喉笛にその湾曲した角の先端を突き刺した。
「なっ!!?」
「マーダッ!? ばだじでず!! ブゴーッドでず!?」
刺された牛は必死に弁明しようと試みたが、そのまま押し倒されて白目を剥いて沈黙した。
上等鎧は突き刺した牛を組み敷くと、なんと、ゴリゴリと音を立てながら肉を咀嚼し、吹き出る血を飲み始めた。
ボクたちは余りの出来事に一瞬思考が停止してしまった。
◇◆◇
私、ユノールザードの今回の任務は、只一つ。
神斧ベリエスティリアスを持ち帰る事だけだった。
だが、それとは別に二つの用があった。
一つは親愛なる我が友、レガールードの為に、セイの配下である魔王種イスティリを捕縛して帰還する事。
そしてもう一つは、フロストキン達を使った実験だった。
これはピアサーキンの『鎖』である、ガルゼムードからの依頼で遂行していた。
『ユノールザード様。この<狂気>と称される呪文は、自身の血、同胞の死、一族の生贄で完成します。半ば強制的に輪廻の円環を抜け出し、その狂気の最果てで異能を得る呪文なのです』
『それをフロストキンに使うと言うの?』
『はい。彼らは我々の配下ではなく、一時的に手を結んだにしか過ぎませんので』
『理解したわ。我らの駒を減らさず<狂気>がどの様な変化をもたらし、どの様な異能を引き出すのかを知りたいのね』
『その通りです。私が捕縛したガイネ=ソランから引きずり出したこの呪文、恐らくはソラン氏族の強さの一つでしょう。かのソランの王は、幾度となくこの呪文を使用し、無理やりに異能を得たのだとガイネは申しておりましたので』
『なるほどね。しかし、おかしいわ。エルフは多産ではないのに。そんなに同族を殺してしまっては血脈が絶えるのでは無いの?』
『後宮にて、妾腹に産ませた子らを贄とするのだとか……』
『勇猛なるガルゼが言葉を濁す、と言うのは不思議な光景ね。そのエルフの王はそれ程の屑なの?』
『……聞かないで下さい。ただ、この呪文で力を得た者は二度と転生出来ません。まさしく狂気の沙汰なのです。それを複数回使用したソランの王が正気である訳が無いのです』
先日の会話を思い出しながら、マーダットが雄叫びを上げてフロストキンに、同族に齧りつくのを寺院の外壁の上から見ていた。
「さあ。どんな異能が発現するの? 楽しみだわ」
私がその光景を見下ろしていると、<転移>だろうか、リーケンを持った女性が忽然とセイの真横に現れた。
確か、彼らの仲間に一人吟遊詩人が居ると報告があったな、と思い出すとそこで興味を失っていった。
だが、どうしても気になって、もう一度その詩人を見た。
「……リ、リエン様!? いや……!?」
その詩人の顔は、私が心より敬愛するオーガの姫君、リエン様に瓜二つだったのだ。
二十六年も前に忽然と姿を消した、我らが主の第二子、リエン=キーラ=エルゼビュート様と生き写しだったのだ!!
私は動揺した。
最早マーダットの事など、どうでも良くなってしまった。
何故、あの詩人はリエン様と生き写しなのか。
私の思考は、ただ、ただそれだけを反芻し始めていた……。
ハーフオーガのリーン。
妾腹の子らに与えられるカライの氏族名。
『鎖』たちの主であるだろう、オーガの『飼い主』。
これらの謎が少しずつではありますが、表に出始めます。




