173 復権 ⑦
マーダットの兵とダイロスの騎士たちが激突する。
フロストキンの斧が騎士の頭蓋を割り、騎士の長剣がフロストキンの心臓を貫いた。
血を血で洗う狂乱の戦いの中、銀の甲冑に身を包んだ少女ユノールザードが、その身の丈に釣り合わない巨大な斧を振り回し、フロストキン達を援護した。
「ははっ。ダイロスはこの程度の技量しかない者に拍車を授けたか!!」
「なにをっ!!」
その彼女の挑発に乗り、一人の騎士が挑みかかったが、即座に倒された。
ユノールザードは小手先の技など使わなかった。
ただ、その豪腕を持って天から地へと刃を振り下ろし、盾を構えた騎士を、その盾ごと粉砕した。
「異能の一つや二つ無くったってね!! 誇りある『鎖』である私が!! このユノールザードがッ!! 負ける筈無いでしょうがっ!!」
そこに新たな騎士が立ちはだかる。
だが、その者も一瞬で首を切られ、物言わぬ骸と成り果てた。
僅かな時間で、フロストキンは七名を失ったが、それ以上に騎士達は消耗し、約半数へと数を減らした。
「ひっ、退け!! 一旦退くのだ!!」
騎士達に当初の威勢の良さなど、最早微塵も無かった。
彼らは撤退の号令で我先にと撤退を始めた。
その中で、唯一名乗りを上げたモス=モーリスという騎士だけが、殿として残り、仲間の逃亡を手助けした。
「その意気や、良し」
少女はその騎士に突撃を敢行しようとしたフロストキン達を手で制すと、彼を見逃した。
モス=モーリスは唇を噛み、フロストキン達を睨みつけた後、踵を返した。
「ユノー!! 何故あやつを見逃した!? お前ならば蚊を潰すようなものだろうが!!」
「貴方には分からないのかもしれないけれど、ここは彼の死に場所じゃないわ」
「……」
こうして、戦いは一旦幕を引いた。
だが、この消耗は痛い。
そう、ユノールザードは思った。
僅か五十の手勢のうち、七名を失ったのだ。
これが決め手とならなければ良いのだが……。
「これより寺院へ向かう!! 建物内部に居る者は出来る限り拘束せよ!! 肉の盾とせよ!! 生きる壁とせよ!! 私に続け!!」
『ヴォォォー』
ユノールザードの実力を目の当たりにした牛の戦士達は、彼女の命令を金言として捉えた。
マーダットはそれを苦虫を噛み潰したような顔で見ていたが、それも彼の内側に蔓延しつつある狂気によって、その表情も次第に薄れていった。
フロストキンの首領、マーダット=ラ=キルギの意識は混濁し始めていた。
狂気を内包したまま彼は邁進する。
彼を駆り立てるのは、狂った殺戮衝動だけとなりつつあった。
◇◆◇
市街へと入り込む中、『妹』には『兄』とブルーザを護衛につけて、大きな建物の屋上から鳩を飛ばして貰う。
ヘラルドとディーも姿を消し、斥候として情報収集に当たりだした。
他の者達はセラの中で待機しながら、出番を待ち構えていた。
そこに『兄』が戻ってきて報告を上げた。
「セイ殿。軍師殿。妹が敵集団を捉えました。西の丘に向かっている模様です」
「何と!! 外へ出て来たか!!」
「はい。敵は首領マーダットを含むフロストキン五十と……例の女戦士です」
「くっ。やはり来たか。セイ殿!!」
「ああ」
アーリエスは立ち上がると、「総員!! 戦闘準備!!」と号令を掛けた。
威勢の良い掛け声が辺りに木霊する中、ヘラルドが飛び込んできた。
「ぐ、軍師殿。牛と騎士たちが交戦状態になったが、騎士達は一瞬で瓦解し逃走した。あ、あの女、な、何者だ!? ハイ卿が危険だと言う理由が分かる!! 重装甲の騎士を盾ごと縦に切り裂いた!! いや、冗談じゃないぜ!?」
「それ程なのか……。だ、だがここで立ち止まる訳にはいかん。女戦士とは正面から対峙せず、やむを得ぬ場合は、必ず複数人で当たれ!!」
『ハッ!!』
アーリエスは思案している様子だった。
顎に手をかけ、尾を左右に振りながら目を瞑ってブツブツと呟いていた。
「……ダイロス側の騎士達が出てくるならば、出来れば連携を取りたかったが。ここに来て出張ってきたのが悔やまれるな。惜しい。しかし、フロストキンは何故西の丘を目指している。罠なのか、それとも何か理由があるのか?」
メアはイスティリやシン、当然コモン隊にも多種多様な補助呪文を掛け始めた。
彼らは淡い燐光に包まれるが、それでも心配なのか、メアの顔は心なしか青ざめていた。
彼女はイスティリを呼び止めて、諭すように語りかけた。
「決して、正面には立たないよう。もし身の危険が迫ったらセラさんの中に逃げ込むのですよ?」
「分かってるって!! メアは心配性だなぁ。でも、ボク本当はその人と戦いたいかも? 斧使いのハーフドワーフ。うん。ボクはその人を超えないと神斧に触れる資格も無いと思うんだ」
「駄目です!!」
「ちぇー。でも、これは個の戦いじゃないもんね。集団対集団だから、輪を乱す訳には行かないかー」
イスティリが納得した様子を見せると、ようやくメアは微かに笑顔を見せた。
それからメアは大きな声で仲間たちに呪文の効果時間について説明し始めた。
「強化呪文は一ザンしか持ちません。適宜、更新していきますが、乱戦になった場合は注意してください」
『ハッ!!』
ディーも偵察を切り上げて戻ってくる。
彼女は苦虫を噛み潰した顔をして報告を上げてくる。
「駄目だ。奴ら最初西の丘に向かってたんだけド、シュアラ派の寺院に向かい始めたヨ。早く行かなきゃ、中に居る人達が危険ダ」
「……人質を取り、戦いを有利にするつもりか。セラ殿、南へと進路をとってくれ!! 高所より視界を取れば寺院が見えるはずだ」
セラが一際大きな音で応えた。
ディーが更に畳み掛けるように、アーリエスに意見を求めた。
「アーリエス軍師はこれをどう見ル?」
「この迷走っぷり、無策っぷりを見る限り、フロストキンは餌だな。撒き餌だ。例の女戦士が何かを企んでいる気がする」
「かも知れない。何で有利な根城を捨ててまで市街に出張ル? 何で雇った傭兵の到着を待たないんダ?」
「そこだな。……皆の者!! フロストキンの首領を倒したら一旦撤退する!! 深追い無用だ!!」
『ハッ!!』
アーリエスはフロストキンの殲滅に括らず、安全策を取った。
そもそも、敵勢力の殲滅ともなればあの女戦士がネックだろう。
無理をすればそれだけ俺たちへの負担は増し、悠長に構えてたら死人が出ました、では駄目なのだ。
「セイ殿。一つ案がある。聞いてくれるか?」
「ああ」
「恐らく寺院には祈りを捧げる者達が大勢居よう。何せ、ラザはこの荒れようだからな。そこで、あたし達が敵の注意を引き付けておく。その間にセイ殿は敵の目を盗んで人々をセラ殿の中に招き入れていって欲しいのだ」
「分かった。人々を救出すればこちらも動きやすいか」
「セイ殿にはシンとメア卿に付いて貰おう。……メア卿、行ってくれるか?」
あの女戦士の居る戦場の真っ只中に、アーリエスはメアを送り込もうとした。
だが、メアは気丈にも頷くと、俺と自分自身にも強化呪文を立て続けに唱えた。
その時、セラがココッと鳴ると、(セイ。まだ牛さんたちは寺院に到着していません!! 今ならお祈りしている人達だけです!!)と伝えてくる。
「でかしたっ、セラ!!」
俺はフロストキンより先にセラが寺院に到着した事を伝える。
アーリエスは即座にプランの変更を宣言する。
「これより、寺院での防衛戦に入る!! セイ殿は人々を聖域へ退避させよ!! シンとメア卿はセイ殿の補助に徹せよ!! 戦士達は防衛線を張れ!! 時間を稼げ!!」
『ハッ!!』
「マルガン殿、ギュック達を出せるか!?」
「もちろんでございます!」
「残る皆様方にお願いしたい!! これより市民をここに退避させる。彼らが混乱せぬよう、宥め、そして落ち着かせては下さらんか!!」
「はいっ」
娼婦たちは自分達にも出番が出来たと目を輝かせた。
次々と仲間達がセラの中から飛び出してゆく。
俺も飛び出すと、そこは寺院の中庭だった。
もう迷わなかった。
手当たり次第、人々に『許可』を出して、有無を言わさずセラの中に文字通り、放り込んだ。
「セラ!! 敵はどっちから来る!?」
(大きな門がある側からです!! セイの左手側に見える門です!!)
「よし!!」
俺は門に駆け出しながら、敵が来る方向をコモン達に教える。
その時、開け放たれた門の外から土埃が見え始めた。
「早く寺院の中へ!! フロストキンが攻めてくるぞ!!」
ザッパが機転を利かせ、門の付近に居た人々に声を張り上げた。
人々は猛然と歩み寄ってくる牛の戦士団を見てギョっとした後、慌てて寺院へと、あるいは路地裏へと逃げていった。
俺は寺院の門を潜った人達を片っ端からセラの中へと送り込んだ。
門の付近には最早誰も居なくなった所で、イスティリが丸太に天幕が付いたような兵器を、その門の前に複数、乱雑に出現させ始めた。
その兵器は破城槌というのだと後で知ったが、その時は即席で門を封鎖する為に使っていた。
レンガを組んだ外壁と、門に置かれたその丸太が侵入者を拒む。
入り口を封鎖されたと知ったフロストキン達は怒声を上げた。
『ガゥォー!!』
兵器と兵器の隙間から僅かに垣間見れる外の状況から察するに、フロストキン達は兵器を力づくで押し退けているらしかった。
「俺は寺院の奥を見てくる。イスティリ!! コモン!! ここは任せた!!」
「はいっ!!」
「心得た!!」
俺はメアとシンを連れ、寺院の奥へと駆け出した。
その時、『妹』とブルーザが舞い戻った。
「セイ様!! 鳩を出します!!」
「頼んだ!! ブルーザは正面を援護してくれ!!」
「おうさ!」
背後からアーリエスの声が聞こえた。
「イスティリ殿!! 弩を出せるか!? マルガン殿!! 先刻のようにギュックでの援護を頼む!!」
「まっかせて!!」
「お任せ下さい!!」
騒ぎを聞きつけて、本殿なのだろうか、一際大きな建物から僧侶達も出てくる。
祈りを捧げていただろう人たちも何事だろう? といった様子で建物から出てき始めた。
俺はそこに辿り着くまでに十名近い人々をセラの中に送り込んだ。
だが、それは傍から見ていた人達にとっては恐怖でしかなかったらしい。
悲鳴を上げながら一目散に逃げ出す者、僧侶の後ろに隠れようとする者、反応は様々だが、その顔は引きつり、生気を失っていた。
「何者だ!! 私はシュアラ学派の僧、トーラー!! 襲撃者よ。何をしておるのだ!! 民をどうする気だ!!」
足まで届きそうな長い黒髪の女性が、俺に激しい口調で詰問した。
俺は立ち止まると、彼女の前で必死に弁明した。
「門の外にフロストキン達が迫ってきているんだ!! 仲間が阻んでいるが、突破されてしまえば市民が傷つく!! 俺は市民を助けたいだけなんだ!!」
「よし!! ならば誓え!! その言葉に嘘偽りが無いと、今、ここで、誓えッ」
彼女の髪が逆立ち、周囲に紫電を放つ。
素早く紡がれる詠唱、そして俺に放たれる電光の矢。
『この者が嘘偽りを吐くならば制裁の矢を与えよ!! 真実を伝えるならば花冠で祝福せよ!!』
俺はその呪文が放たれる意味を知りえた。
目を瞑り、その矢が刺さるのを待った。
次の瞬間、俺の胸に突き刺さった光の矢は弾け、淡い花びらのとなって舞い散った。
「皆の者!! この者は真実を話しておる。本殿へと駆けよ!! 僧達は民の為に駆けよっ。全ての者を本殿へと入れるのだ!!」
「トーラーさん!!」
「何だ!! お前が魔法で民を避難させて居るのは分かった。だがな、ここは我らが寺院。そして我らは民を守るために存在するシュアラの僧である!!」
彼女はそれだけ言い切ると、光の輪を作り出し、その輪の中から小柄な女性を呼び出した。
「天使マウルリール!! そなたの出番である!! 民を守るために、今こそ、その力を振るえッ!!」
小柄な女性だと思ったが、それは天使であるらしかった。
天使は物言わぬまま軽く頷くと、背中から光る粒子で出来た翼を展開し、宙を舞った。
背後から怒声と、金属がぶつかり合う音が響き渡った。
それは、フロストキン達が門を突破し、戦いの火蓋が切って落とされた事を意味していた。
読んで下さる皆様に、心からの感謝を。
ある人に、「文章はゴミだけど、ストーリーは良い」と言われる。
確かに文章酷いなぁ、一からやり直したいなぁ、と思う今日この頃です。




