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172 復権 ⑥

 俺がセラの世界に降り立つと、イスティリとメアがソッと寄り添った。

 彼女達はほんの少し眉をひそめ、俺を心配そうに見上げた。


「セイ様……」


 イスティリが今にも泣きそうな顔をするので、微笑みかけた。

 彼女達は明らかに俺の心境を理解している様子だったが、それでも仲間に心配をかけまいと言う俺の意図を察したのか、それ以上は何も言わずに居てくれた。


 メアが素早く俺にキスをすると、何事も無かったの様に俺から離れ、誰かが熾した焚き火へと向かっていった。

 イスティリは気持ちを切り替えられないのか、少しの間メアを恨めしそうに目で追っていたが、俺が彼女の髪をサラリと撫でると、小さく笑顔を作った。


「セイ様。この戦いが終わったら、またお洋服買って下さいね」

「ああ、何処か貸切にして、美味しい物も食べような」

「エヘヘッ。約束ですよ?」


 俺達も焚き火に向かうと、グンガルが汗だくになって鍋で粥を作っていた。

 その横で、ルーリヒエン・ディーリヒエンのダークエルフ姉妹がソワソワしながらグンガルの料理を監督していた。


「モット火ヲ弱メテッ。焦ゲルヨッ」

「あーあ。まったく見てらんないネ。ホラッ、オッサン。お玉、姉ちゃんに貸してみなっ」

「まいったなあ。俺、何でこんな時に当番なんだろ?」


 グンガルがブツブツ言う横で、遂にルーリヒエンが業を煮やしてお玉を引っ手繰った。

 ダルガはそれを見て、「グンガルは料理が下手だからなぁ」と横から茶々を入れた。


 お玉を引っ手繰ったルーリヒエンはと言うと、一生懸命粥をかき混ぜながら、「調味料、調味料ハ?」と呟いていた。

 グンガルが慌てて掌より少し大きい木製の箱を持ってくる。

 この時俺は始めて知ったのだが、その箱の中は六つ程の仕切りで分けられており、塩と香辛料が入っているらしかった。

 唐突にルーリヒエンが興奮して、ダークエルフ語で捲くし立てた。

 

「塩にレーリー。まあ! コソーがあるなんて贅沢。こっちはマッサラとパラソ。一つ空いてるわ。勿体無い。私ならここにクミを入れるわ」


 ルーリヒエンはグンガルから奪ったお玉で、颯爽と鍋に調味料を落とし込んでゆく。

 ダルガが以前買ってきたハムをルーリヒエンに見せると、彼女はお玉を持ったまま、「サイコロ状にカットして」という感じでジェスチャーした。

 ヴァイキングの兄はニカッと笑うと、手早くマナ板の上でハムをカットした。

 

「おおっ。美味そうになってきたじゃないか」


 コモンがそう言うと、ルーリヒエンはニッコリ微笑みながらマナ板の上のハムをササッと鍋に落とし込んだ。

 『妹』がお椀やスプーンを持って現れた所で、ウシュフゴールがトウワと一緒に魚を持って戻ってきた。

 彼女は俺を見つけると小走りに寄って来る。


「セイ様。今度釣竿が欲しいです。後五本位あれば、皆さんで釣れます」

「そうか。確かにそうだな。しかし、ウシュフゴールは釣りが上手くなったなぁ」

「はい。私もそう思います。たくさん、褒めてください」


 彼女は魚をコモン隊の面々に手渡すと、俺に鈴の付いた角をクリンと向けて頬を染めた。

 俺が鈴を鳴らしながら時々髪の毛を梳くと、彼女は目を瞑り、それを楽しんでいる様子だった。

 それを横目で見ていた『妹』は気恥ずかしそうに『兄』に質問していた。 


「やっぱりセイ様のお国の風習は、恥ずかしいですよね? 兄様」

「うーん。お前は本気でそう思っているのか……? 妹よ、お前には魔術の前に常識を教えるべきだったか」

「え? あれって?」


 『兄』は腕を組みながらしかめ面だったが、妹に小さく耳打ちすると、水を飲みに行ってしまった。

 残された『妹』が、顔を真っ赤にしながら俺のほうをチラチラ見てくる。

 どうも誤解は解けたようだが、それ以上に厄介な案件に置き換わった気がしないでもなかった。


「うっわー。ボク達のセイ様はこれ以上分割できないぞ?」

「ですわね……」

「あの黒い子も怪しくない? ねえ、メア」

「これは早々に手を打たなくてはなりませんね。イスティリ」

「うん。メア」


 イスティリとメアが俺から離れて内緒話をしだしたが、焚き火の向こう側だったので全く聞こえなかった。

 そのまま俺が視線を彷徨わせていると、ディーリヒエンと目があった。

 彼女はウィンクすると姉がお椀に粥を入れるのを手伝い始めた。


「ゴハン、デスヨー」


 娼婦の皆も呼び食事にして貰おうと考えたが、お椀の数が不足したので、頭を下げて順番に、と説明した。

 彼女らはニコニコしながら、焚き火の縁で魚を焼きながら待ってくれた。


「良いって、良いって。アタイらは戦士さんの後で。しっかり食べて、ダイロス様が戻れるようにして貰わなくっちゃ!」

「ありがとう」


 ダイロスは粥を啜りながら、外での様子をアーリエスに聞いていたが、フロストキンをこの短時間で全滅させた上で、こっちは無傷だった事を彼女から伝えられると盛大にむせ返っていた。


「おぬし達の強さは知っておるつもりであったが……」

「今回は作戦勝ちですね。これから食事を取らせ、そこから本陣を攻めます。ダイロス様。ここからが本番。ここからが正念場なのです」

「……う、うむ」

「さて、皆の者!! 聞こえた者も居ろうが、ここからが正念場だ! 今セラ殿は市街に向かっておる。後一ザン。後一ザン後には行動を開始するので、各自心積もりしておくよう!」

『おおーっ!!』


 威勢の良い声がセラの世界に響き渡る。

 その時、レイオーがアーリエスの前で膝を付いた。


「ぐ、軍師殿。俺も、俺もこの戦いに連れて行ってくれ!! 俺もドワーフ戦士の末席に名を連ねる者。この戦いだけは……」

「レイオー殿」

「はいっ」

「この戦いが全ての雌雄を決する戦いとなるだろう。最早ここまで来れば我らがダイロスの手である事は明白だ」

「で、ではっ」

「あたしからもお願いしたい。戦士、レイオー=ガルギルゼン殿。このあたしに命を預けてくれるか?」

「はいっ!!」


 レイオーは顔を綻ばせた。

 ザッパがレイオーの肩を叩いて、「良かったな。そうと決まりゃ腹ごしらえだ」と彼に椀を手渡した。

 

「食事をしながらで構わん。皆の者、聞いてくれ。次の手筈はこうだ。市街に入り込んだら『妹』殿の鳩で上空からの偵察。ヘラルド殿、ディーリヒエン殿には斥候として動いてもらう。このまま牛が篭城するならセラ殿の中に入ったまま屋敷へと侵入し、敵首領を直接撃つ! 敵が動くようなら情報を整理して改めて作戦を練る!」

『はっ!!』

「今回はあの女戦士は戦場に出てくる可能性もある。無為に命を散らす事の無いよう、心して掛かるように!」

『はっ!!』


 手際良くアーリエスが指示を出す中、魚も焼け始めたので戦士達は齧りつき、幾つか果物も食べ始めた。

 トルダールがフィシーガに戦う前の食事について語りだした。


「フィシーガ。満腹になるまで食うなよ。動きが鈍る。あと、果物の糖分は重要だ。どれでも良いから聖域の果物を頂いておけ。加えて連戦だ。半ザンで構わんから仮眠を取るんだ」

「はい。叔父さん」


 トルダールは甥に笑いかけると、目を瞑り、仮眠を取り始めた。

 良く見ると、他の戦士達も静かに体力を快復させ、次の戦いに備えるべく瞳を閉じて休み始めて居た。


 微かに音楽が聞こえてきた。

 海岸の方でリーンがリーケンを奏で始めたのだ。

 途端に緊張が解れ、体の芯に残った疲労が溶け出していくかのような錯覚に陥った。


「呪歌……」


 メアがそう呟いたあと、俺に座るよう促した。

 俺が座ると、彼女は俺の膝を枕に転寝し始める。

 イスティリが慌てて飛んできて、俺の左肩に寄り添って目を瞑った。 

 

 ウシュフゴールが俺の右肩に頭を預ける。

 背中にはアーリエスがもたれ掛かった。

 どこかで口笛が聞こえた。


「相変わらず、セイ殿はもてる」


 そんな声を聞きながら、俺も目を瞑った。

 身動き取れなかったが、以外に心地よく寝れた。

 リーンの呪歌のお陰なのかもしれない。


◇◆◇


 <孤軍奮闘>は敵との戦力差が大きければ大きいほど、私の能力が増す異能だから、キルギ側に支援を申し入れた時点で効力を発揮しない。

 セイ一派がそれだけ少数であるのは明白だったのだ。

 そして、<一騎当千>は配下を持たず、同盟者も居ない状態でなければ機能しない異能であったので、キルギへの支援が一時的な『同盟』と見做され、これも機能していなかった。


 最悪、私がキルギの『配下』となれば<一騎当千>は状態を復帰するだろうが、ガリアスにあそこまで虚仮にされてしまってはそれも叶わない。

 私は、ユノールザードは『鎖』としての誇りを胸に、戦いを挑まなければならないのだ。


「ユノー!! 何をしておる!?」

「ええ。少し考え事を。すぐ行くわ」


 マーダットの兵が準備を終え、西の丘へと向かい始めた。

 今更西の丘か、とは思ったが、どの道セイ一派がキルギの総領を倒さなければこの戦いは終わらない。

 あるいは我らがセイ一派を駆逐するまで、か。

 そう考えると何処に居ても一緒なのだから、マーダットを武装した兵団で囲み、私が目となって敵襲に備えれば良いだけか。

 

 上空で鳩の群がクルクルと旋回した。

 明らかにこちらの動向を伺う為に喚ばれた魔法の生き物だろう。 

 私はため息を飲み込んだ。

 こちらは後手に周り、今西の丘を目指していると言うのに、相手は次の一手を指している最中であるらしかった。

  

「マーダット。こちらの動きは筒抜けだ。私に考えがある」

「何だァ!? 筒抜けだと!!」

 

 私はマーダットに耳打ちする。

 彼はガリアスが仕込んでいった呪文<狂気>によって、冷静さを徐々に失っていったが、このままだと後数時間で獣のような生き物へと変貌を遂げるだろう。

 それまでに軌道を少しでも修正しておかなければ。


「西の丘に行くまで左折すればシュアラ派の寺院がある。今ならそこで祈りを捧げる市民が大勢居るだろう。そこに入り込んでそいつらを盾にしながら戦おう」

「そんな策に頼らずとも、我らフロストキンの戦士達は彼奴らを皆殺しに出来る!!」

「そう言うな。絡め手を使えばこちらの死者が減るのだ」


 私はそう言いながら、マーダットの肩を力を入れて掴んだ。


「あッ!? グ……」

「なあ。マーダット?」

「……た、確かにお前の言うとおりだッ!! 全軍、シュアラ寺院を目指せッ!!」

『ヴォォー!!』


 幾ら狂気に苛まれようと、マーダットの臆病さは本質的なものだ。

 僅か五十程度の手勢で突撃など、討ち取ってくれと言っているような物だったので、力でねじ伏せて軌道修正した。


 そこで進路を変更すべく大通りを左折したが、正面から甲冑を着込んだ騎士の一団が見えた。

 数にしておよそ三十前後か。

 一瞬マーダットが抱き込んだ騎士達が合流してきたのかと思ったが、違った。


「いたぞ!! あれだ。あれがマーダットだ!!」

「全軍ッ。突撃ぃぃぃ!!」


 何の事は無い。

 こちらに寝返らなかった側の騎士が徒党を組み、戦いを挑んできたのだ。

  

「我が名はモス=モーリス!! いざ、参らん!!」

「何をっ!! 行け! 行け! 行け!! フロストキンの勇猛さを見せ付けてやれっ!!」

『ヴォォー!!』


 ここは素早く抜けたい。

 膠着している間にセイ一派が合流してくる危険を考えれば当然だ。

 私はそう判断すると、最前線に踊り出た。

 モニタ届きました!

 購入した翌々日には発送したとメールがあったのですが、仕事が忙しく受け取れませんでした。


 とりあえず一話UPします。


 『唐突にルーリヒエンが興奮して、ダークエルフ語で捲くし立てた。』

 という一文を追加しました。

 共通語はカタコトな筈なのに急に流暢に話し始めたみたいになってましたね。

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