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171 復権 ⑤

 あたし達はセイ殿が落ち着くのを待ってから、セラ殿の世界へと戻った。


 作戦は立案者のあたしが驚くほどの大成功だった。

 あのフロストキンの戦士達をこの時点で潰しておかなければ、もっと多くの善良な市民達が被害を蒙り、死んで行った事だろう。

 ゆえに、あたしはこの作戦を敢行したし、セイ殿もそれをよく理解した上で、あたしに異を唱える事が無かったのだろう。


 大事の前の小事、と言い切ってしまう事は簡単だった。

 だが、それを踏まえてすら、セイは彼らフロストキン達の死を悼み、自身への重圧に耐え切れず、最後に崩れた。

 それでも、彼はギリギリまで踏み止まった。


 セイ殿は強くなろうとしていた。

 彼は日々《悪食》に飲み込まれまいと戦い、少しずつ強さを手に入れて来た。

 その努力は実りつつあったが、それでも彼は常に葛藤し、苦しんでいた。

 その苦しみは、これからも、彼が世界を救済するその日まで続くのだろう。


 あるいは、セイ殿が世界を救済したとしても、彼の中の苦しみの一つが消えるだけなのかも知れない。

 そう、彼がこの世界を救い、崩壊を免れたとしても、彼の内にはまだ危険な祝福《悪食》が存在するのだ……。


 あたしは未来を予想する。

 何時の日にか、制御出来なくなった《悪食》を処理する為に、彼は自身の命を生贄とするだろう。

 あるいは生贄にしなければならない日が来るだろう。


 イスティリやメア達の為に。

 あたしたちの為に。

 人々の為に。


 ……例え、セイ殿がこの世界を救ったとしても、その彼に救済は訪れるのだろうか?

 その疑問は、間違いではないのだろう。

 そう思うからこそ、あたしは彼の未来を予想するのだ。 


「アーリエス=フォーキリ=スエア=エマ四世は誓う。例え、あたしの魂が砕けようとも、彼だけが苦悩を背負い続ける未来を、絶ってみせる」


 あたしの呟きが耳に入ったのはシンだけだった。

 彼は目を瞑り、触手を交差させると、厳かに言葉を紡いだ。


「我、ヒリス一族、シの月、ントゥの産卵日に生を受けた、誇り高きコランの双手、ヒリスシンは誓う。我は、自身の末期の息までアーリエス=フォーキリ=スエア=エマ四世様の物。貴方様の誓いを成就させる為に、このシン、必要とあらば地獄まででもお供いたしましょう」


 ヒリス一族は不運な、そして数奇な運命を辿った。

 もう千年以上も前だろうか。

 人口が一定量まで達すると魔王が降臨する可能性がある事を突き止めたナーガ族によって、ヒリス達の住処に、産卵数を極端なまでに増やす霊薬が秘密裏に撒かれたのだ。


 そうして知らずの内に多産を強要されたヒリスの女性達は、多くの者が命を落とし、生き残った者も最早次の産卵に耐えれる体ではなくなってしまった。

 産まれた仔らはまともに育たなかった。

 ヒリスの血は途絶えたと思われた。


 だが、千年の時を超え、モリス一族にヒリスの斑紋をもつ仔が現れたのだ。

 薄い血脈が隔世遺伝したのか、偶然の突然変異かは分からなかったが、それでも、ヒリスの斑紋は王の紋であり、スクワイを統べる者の印であった。


 モリスの家長とその後継者は代々フエと呼ばれるが慣わしであったが、それ以外の者はシンと呼ばれていた。

 そのシンの中からヒリスの者が現れた時、更には男の子であると分かった時、当時のフエは大層喜び、養子にし、コランを学ばせ、いずれは実子と婚姻を結ばせる算段であった。


 だが、それを快く思わない者も居た。 

 成人し、ヒリスシンと名乗る事を許されたその者は、成人の儀の岐路で、酒に毒を盛られた事を悟り、血反吐を吐きながら独りのた打ち回っていた。

 その時、偶然通りがかったのが一代前のあたしだ。


 命を繋ぎ止めた若者は、あたしに生涯の忠誠を誓った。

 今でも、その者はあたしの隣にいる。


「ヒリスシン」


 あたしは忠臣の名を呼んだ。


「はい。アーリエス様」

「行こう。鉄は熱いうちに打て、だ。皆と次の手筈を整えよう」

「はい。アーリエス様」


 そう言えば、もし王朝が変わるとしたら、次はスクワイが順番だったな。

 世が世なら、シンも王になる可能性があった訳だ。

 そう考えると、途端に面白くなってあたしはクスリと笑ってしまった。


 だが、実際にそれが冗談ごとでは無くなった時、あたしはシンを盗られるのかと思って憮然としていたのだが。


◇◆◇


 マーダット=ラ=キルギは改めて自身の作戦に不備が無いかを確認していた。

 豪華なガウンを羽織り、片手に持った酒盃をゆっくりと回しながら、深々と長椅子に沈み込んだ彼は、一見余裕綽々であるかのように思えた。


 だが、彼は内心焦っていた。

 西の丘に割り振った兵力の到着は遅れていたし、傭兵の到着は明日の正午過ぎだと報告があったばかりなのだ。


「万が一にもこの邸宅に市民が入り込もうものなら、ワシは一旦引かねばならぬのか? いや、ガーラッド達が強襲すれば、市民など萎縮するだろう。恐るるに足りん……」


 果たしてそうなのだろうか?

 ガーラッドは几帳面な男だ。

 その彼が、予定時刻を過ぎた今、市街に姿を現さない時点でこの戦いは負け戦なのではないか?

 マーダットはその強気な発言とは裏腹に、顔面を蒼白にしながら、ただただ事態が好転する事を祈るような気持ちで待っていた。


 控えめなノックがあり、使用人が報告に来た。


「お館様。梱包が済みました。地下水路を辿り、貴重品のみ移送する用意が整ってございます」

「そうか……」


 彼は保険をかけていた。

 自身に危機が迫っている現状で、それを覆せない時の事を考え、ダイロスの金品を持って逃亡する準備を整えていたのだ。  

   

「この金で改めて戦う手筈を整える。今回は運が無かった……」


 そこにユノールザードとガリアスが到着した。

 ユノーはドアノブに手をかける事も無く、直接ドアを蹴破ると、マーダットの前までズンズンと進んだ。


「ユッ、ユノー!!」

「少しばかり抵抗してみたらどうなの? 聞く所によると、もう尻尾丸めて逃げ帰るそうじゃない」

「逃げ帰るものか!! これは戦略的な撤退だ。一時退避して兵力を整えるためなのだ!!」

「あっそっ」


 ユノーはため息を一つ付くと、ガリアスに顎で合図した。


「ええっとですね。私はガリアスと申します。まあ、この方の補佐官みたいなものです」

「平たく言えばゴミよ」

「ええ、まあはい。ゴミです。そのゴミから報告があります。西の別荘に布陣を整えつつあった兵力は壊滅しました」

「なっ!?」

「正確に言うと背後を取られ、フロストキンは全滅。騎士は散らされ、残りは逃げました」


 マーダットは愕然としながら酒盃を取り落とし、腰を浮かせて動揺した。


「ガ、ガーラッドは何をしておった!? 百戦錬磨の指揮官であり、聡明な弁護官であるガーラッドがこのような無様な報告をさせる筈が無い!」

「あー、ガーさんは死にました。ええ、まあはい。後手を踏んで呆然と見てたのが敗因じゃないですかね。逃げようとした所をあっさり討ち取られました」

「なっ!?」

「直接私は見て居らん。だが、このゴミが<遠視>で見た事柄を逐次報告入れてきたからな。あらかた事実だろう」


 マーダットは怒りのあまりワナワナと肩を震わせた。

 彼の身体はドス黒く変色し、怒気をはらんだ熱気が部屋中に充満した。


「お、おのれっ。この恨み、晴らさぬ訳にはいかぬぞっ。同胞の血は金より重いのだっ!!」

 

 それを見ていたユノールザードは、内心ほくそ笑んだ。

 ようやくこの駄牛に火が付いた。

 

「荒らせ、荒らせ。荒れろ、荒れろ。血を流し、潰し合え」


 彼女は小さく呟き、その後に彼に助太刀を申し出た。

 

「そうか。同胞の敵を討ちたいか。ならば、この私が力を貸そう」

「ああ。頼んだ……」


 マーダットは言葉少なげにそれだけ言うと、ガウンを毟り取り、配下に戦装束を持ってこさせた。


「殺す。殺す。殺す!!」

 

 狂気すら孕んだその双眸には、最早冷静さが欠片程しか残っていなかった。


 マーダット=ラ=キルギは狂乱する。

 彼は怨讐に突き動かされる獣へと変貌した。


◆◇◆


 私が見ている中で、マーダットは怒号を上げながら配下に猛然と指示を飛ばし始めた。

 

「こちらから打って出る!! 突撃隊を編成せよ!! ええいっ。この身の滾りは彼奴らの血を見るまで収まらんぞっ」

「はっ、はい!! し、しかし親分、このまま篭城気味で増援を待つはずでは……?」

「黙れっ。さっさと編成に入れっ。殺すぞ!!」


 マーダットは鎧を着込むと、口答えした配下を蹴り飛ばしながら部屋を出て行った。


「うまく行きましたね。ええっとユノー様。<狂気>があそこまで簡単に浸透するのは有難い話です」


 そこで、私はガリアスの頬を渾身の逆手で打ち据えた。

 彼の歯が数本宙を舞うが、知った事ではない。


「何故お前のようなゴミに愛称で呼ばれなければならんのだ? 身の程をわきまえろ」

「……申し訳ありません」


 ガリアスは打たれた頬を押さえながら頭を下げた。

 が、私はその彼の態度に違和感を感じた。

 高々魔術師風情が、私の渾身の一手を受けて、あの程度しか損傷しないはずが無い。

 私は殺すつもりで彼を打ち据えたのだ。

 しかし、彼は死ぬ訳でも昏倒する訳でもなく、歯を失った程度で済んでいる。


 本能が、「今すぐコイツを殺せ」と警鐘を発した。

 私は素早く斧を横薙ぎに払い、彼の首を落とした。

 いや、落とそうとした。


 ガリアスは背後に飛び退って難を逃れると、頭を掻きながら悠然と話し始めた。


「いやー。失言一つで露見しちゃいますか。ああ、怖い怖い」

「貴様……。何者だ?」

「たいした者じゃありませんよ。ええ、まあはい」


 彼は詠唱を開始する。


「待てっ」

「ユノー。お前の力はもう既に解析済みだ。異能<孤軍奮闘>。異能<一騎当千>。単独でなければ効力を発揮しない異能」

「……」

「お前は先ほどマーダットの軍勢に参列した。よってこれらの異能は今現在効力を失っている。この時点では、お前に俺を殺す力は無い」

「き、貴様ぁ!!」


 なんと言う失態。

 私は自身の異能まで割られてしまっていたのだ。


 ガリアスは口角を上げて私にニヤリと笑いかけ、<転移>で消えていった。


「くそっ!!」


 こうなってしまったのは自身の慢心だ。

 私は壁に拳で大穴を空けながら、自身の失態に荒れ狂った。


 こうなってしまっては仕方が無い。

 素早くこの戦いを収束させ、異能を復帰させる。

 さもなければ、あのガーギュリアス=ル=カライに寝首を掻かれる可能性すらあるのだ。


 いや……。

 いっそマーダットへの助力を放棄し、一旦異能の制限を解除すべきなのか?


 あの男が情報を明かした訳はここか。

 戦士としての誇りを取るのか、あるいは自身の安全を取るのか、揺さぶりを掛けてきたのだ。


「ナメやがって……」


 誇り高き『鎖』であるこのユノールザードが、高々異能を失効した程度で後ろを向く筈があるまい。


 来るなら来い、ガーギュリアス。

 私は逃げも隠れもせぬ。


 私の名はユノールザード。

 誇り高き『鎖』の一人、ユノールザードだ。

 家のモニタ故障のため、ネットカフェからです

 次回更新日は未定ですが、モニタ届いたら頑張ります。


 唐突な更新、すみません。

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