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170 復権 ④

 フロストキンは全滅してしまったが、俺とアーリエスは話し合い、念を取って斥候を放つ事にした。

 ディーが、「アタイの出番だね」と颯爽と姿を消すと、『妹』も鳩を飛ばして上空から警戒に当たってくれる。


 投降した騎士達は一箇所に集められ、負傷者に関しては簡単な手当てを施したが、何分市街もあのような状況なので、俺はウシュフゴールを頼る事にした。


「ウシュフゴール。彼等を眠らせてから、<夢遊病>で移動させてもらえないか?」

「ええ。分かりました。指示はどのように出しますか?」

「自宅待機と伝えてくれ。出来る限り分散させたい」


 彼女は二つ返事で騎士たちに<睡眠>を唱えると、<夢遊病>で自らの支配下に置いた。

 

「落ち着いたら、あそこの死者達も弔ってやらないとな……」

「あたしなら捨て置くがな。まあ、そこがセイ殿の良い所なのだが」

「しかしアーリエスのお陰だな。こっちは負傷者すら居ないよ」

「奇襲した上にこっちは精鋭、向こうは寄せ集めだからな。負ける訳が無い。例の女戦士も居なかったしな。さて、次は本陣を攻めよう。鉄は冷めないうちに打て、だ。ここでの戦闘が向こうに漏れる前に突き進もう」

「ああ」


 俺は皆を呼び集め、盛大に労った後でセラの中で疲労を取るよう伝えた。

 コモン隊は誇らしげに勝ち鬨を挙げながらセラの中へと入っていった。


 イスティリはクリン、と俺に頭を向けて撫でられるのを待ち構えた。

 俺は、「ご苦労様」と言いながら彼女の髪をくしゃくしゃにすると、彼女は満足したのか俺の横で待機した。

 そうしてから、メア、ウシュフゴールの髪も念入りにかき混ぜると、二人は満足したのかセラの中へと入っていった。

 次にアーリエスが頭を差し出した。


「ご苦労様。軍師殿」

「おっ!? おおおおっ。これは気持ち良い!? 優しくってフワンっとなるな。心がこもった手だ。た、確かにイスティリ殿がご褒美扱いする理由も分かる!!」

「でしょー? って何で尻尾先生まで『髪の毛ワシャワシャ』されてんのさっ」

「怒るな、イスティリ殿。この作戦の立案者はあたしだ。少しくらい主君に褒めてもらっても罰は当たらんだろう?」

「うーん……」


 イスティリは不満そうだったが、俺がもう一度彼女の髪の毛をかき混ぜてやると、ニヘッと笑ってセラの中に入っていった。

 

 ディーが戻ってきて、「特に異常は無いゼ」とアーリエスに伝えると、俺に頭を差し出した。 


「ん?」

「ん? じゃねーヨ。アタイも頑張ってんだから目一杯やってくれ!!」


 イスティリが居なくて助かった。

 俺はそう思いつつもディーの銀髪を念入りにかき混ぜる。

 ディーは、「アンタの世界の風習は変わってるネ。けど、悪かぁない。またやってくれヨ?」と言った。

 俺が返答に迷っていると、ディーは俺の首筋に軽くキスをしてから消えていった。


「あたしは何も見ていない」

「う、うん」


 鳩を出していた『妹』も戻ってくると、俺に頭を差し出した。

 俺が意を決して彼女の薄い紫の髪もかき混ぜると、『妹』も俺の首筋に軽くキスをした。


「セイ様のお国の風習は、少し恥ずかしいです……」


 彼女は盛大に勘違いしたまま、セラの中へと消えていった。


「あたしは何も見ていない」

「う、うん」


 残ったシンとヘラルド、それに『兄』は明らかに分かっていながら頭を差し出した。

 ヘラルドはニヤニヤしながら笑いをかみ殺していたが、『兄』からは微かに怒りのオーラが見えた気がした。

 俺が仕方なくシンのツルツルの皮膚を撫でようとすると、彼は、「ハハハッ。冗談でございます」とパッと離れた。

 ヘラルドは、「ホラ、行くぜ?」と『兄』を連れて消えてくれた。

 

「た、助かった」

(さて、最後の最後はもちろん、わたくしですね? 最近セイはセラの事を想ってくれていますか?)

「も、もちろんだとも!!」


 俺はセラの四角い体を優しく撫でる。


「いつも、ありがとうな。セラ」

(うふふっ)


 セラを撫で終わると、少しの沈黙が訪れた。


 外に居るのは俺とアーリエス、シン。

 それにトウワだけになっていた。


 ……俺は彼らだけになったのを改めて確認すると、そこで緊張の糸が切れ、草陰までフラフラと歩いた。

 

 俺は配下に指示を出し、フロストキンたちを皆殺しにした。

 あのフロストキンたちを今止めなければ、より危険が増すのだとは理解していた。

この戦いで死ぬのは何の罪も無い市民たちなのだと分かっていた。


 だが、それに感情が付いてこない。

 俺が彼らフロストキンの戦士達を、死へと追いやったのだ。

 この胸糞の悪いドロドロした感情を俺は止める事が出来ず、殆ど四つんばいに近い状態になりながら、吐いた。


 そんな意気地の無い俺を、トウワは優しく介抱してくれた。


「あ、ありがとう。トウワ」   

(余り一人で抱え込むなよ……。俺達はいつでもお前の隣に居るんだぜ?)

「あ、ああ」


 俺は袖で口を拭い、ゆっくりと立ち上がった。

 

(進むのだ。前へと進むしかないのだ……)


 アーリエス達が心配そうに見守る中、俺はセラの中の仲間達に悟られないよう、念入りに口を水ですすいだ。


◇◆◇

 

 俺はガレを入れたフィネを飲みながら思索に耽っていた。

 ふいに、「最近兎に角酒の量が増えたな」と一人呟いた。


 酒量が増えた理由は明白だった。

 王都の地下に眠る『遺骸』を見てからだ。

 しかし、あのようなモノを見せられて、正気で居られるほうがおかしかった。 

 俺は酒に逃げていたのだ。


 だが、仮にも王位継承者第一位、ウルクの黒太子ノヴ=ソランが、配下にそのような無様な姿を見せる訳にも行かず、こうやって人目を憚って少しの間耽溺する位しか出来はしなかったが。 

 

 軽いノック音がして、配下のゴブリンがドアごしに俺に呼びかけた。


「ノヴ様。全ての者が揃いましてございます」

「……分かった。すぐ行く」

 

 その呼びかけに応じ、素早く<解毒>を唱え酩酊状態から脱すると、彼の案内に従って自室を出た。

 向かう先は大会議室だった。

 今日、ここには全土より選りすぐられた何十という予言者、そして占者の類が集められていたのだ。

 俺は父である王が囲う予言者たちとは別に、自らの、ノヴ=ソランに仕える占者達を雇おうと画策していた。


「よお。待たせたな」

「これはこれはノヴ様」


 大会議室に入ると、早速俺にへつらい、愛想笑いを向けて挨拶をする予言者達が群を成した。


「こいつらをつまみ出せ」

「はっ」


 俺に媚びた予言者達を早速放逐する。 

 媚び、へつらわなければ自分の居場所を確保できない者達には用は無い。

 大して能力も無い癖に、運良くこの場所に滑り込めたような輩に耳を傾ける時間など無いのだ。


「なっ!? ここまで呼んで置いてそれは余りにもご無体ではございませんか! ノヴ様!!」

「そっ。そうだっ!! 私の未来視が欲しくってここに呼んだんだろうっ」


 僅かばかりの抵抗を試みる予言者たちの、その悲鳴にも似た問いかけには俺は答えず、近場にあった椅子に座るとフィネを従僕に持ってこさせた。

 そのフィネを片手で持ちながら、俺は残った者達に声を掛けた。


「さあ、教えてくれ。魔王は降臨しているのか? そして、この王朝の行く末を」


 少しの沈黙の後、銀の杖を持った老婆が進み出て口を開いた。


「占者デマゴだ。魔王は降臨していない、が年内であろう。王朝は継続する、が手痛い傷を負う」

「そうか。後ほど詳しく口述筆記させる」

「あいわかった……」


 こいつはハズレかも知れない。

 そう俺は思った。

 当たり障りの無い事を言い、大した魅力を感じないのだ。


 次に中性的なリザードマンが遠くから口を開いた。


「プレパ。我輩の見立てでは、魔王はもう降臨しており、暗躍している。王朝は継続するが、今回の戦いで王族は四人死ぬ。獣は敵となる」 

「……そうか。後ほど詳しく聞かせよ」

「了承した」


 獣は敵となる、か。

 このリザードマンはアタリの部類か。


 続いて狼の頭蓋骨を被ったオークの男が、俺の前で両膝を折った。


「名をガドーと申す。ドアネガ氏族が長、ガドー=ドアネガ=デ=アマ。ソランが長子に申し上げる。全ては異邦人が鍵である。かの者を手に入れた者が世界を制す。あるいは世界を滅ぼす。魔王も王朝も、その延長線上に存在する点にしか過ぎぬ」

「その異邦人とは?」

「名をセイチロ。四肢を切断してでも連れ帰られよ。捕縛には全兵力を持ってして掛かられるがよい」

「……お前からも詳しく聞かせてもらいたい」

「無論」


 このガドーという男も力があるようだな。


 そして、ヒューマンの姉妹が踊りながら俺の前に来るのが見えた。


「私たちは」

「マイレ姉妹」

「魔王は」

「六体」

「勇者は」

「四名」

「魔王は」

「今は一人」

「勇者は」

「今は居ない」

「魔王が六体? 何だそれは!?」

「さあ?」

「さあ?」


 俺の問いかけに姉妹は笑いながらクルクルと踊り続け、唐突に意識を失ったかのように倒れた。

 慌てて従僕が飛んでくるが、彼女らは何事も無かったかのように無表情で立ち上がると、虚ろな目で天井を見上げ始めた。 


 こうして、俺はその後も何十と言う予言者らと会話した後で、特に有能だと思えた者達だけを別室に呼び集めた。

 その数は六名。


「なるほど。我らは選別されたか」


 狼骨のオーク、ガドーが顎を擦りながら呟いた。


「ああ。お前達はあの中でも特に力があると俺は理解した。俺に仕える気は無いか?」

「了承した。これより我輩はノヴ=ソランに仕える」


 ガドーでは無く、プレパと名乗ったリザードマンが応えた。

 他にはマイレ姉妹と、鏡を使い世界を見るというベアラー、それにハーフエルフの占い師が残ったが、彼らは応じてくれた。


「残念だが、俺は遠慮しておく。が、長逗留を約束しよう。俺が知りえる事柄全てを伝えてから、帰り支度をしよう」

「助かる。ガドー」

「構わん」


 俺はガドーらと握手を交わし、その部屋で食事をもてなした。

 が、いつの間にか一人招かれざる客が紛れ込んでいた。


 その者は銀髪の女ヒューマンで、いつの間にか椅子に座っていた。


「だっ、誰だ!?」

「アイナねぇ、アイナっていうの。わかる? エルフのおうじさま」


 その女はそう言うと、スープの皿を端から順番にひっくり返し始めた。

 ガドーらは素早く椅子から立ち上がって難を逃れたが、マイレ姉妹はスープまみれになってアイナと名乗った女共々ケタケタ笑い始めた。


「なんだこいつは?」

「ノヴ様。この方は恐らく、アイナシウス=イシス様でしょう」


 配下のゴブリンが耳打ちしてくる。


「どんな奴だ。そいつは?」

「狂気の占者でございます。世界の深遠を知り、正気を保てなくなったのだとか……」


 その配下の言葉に反応するかのように、アイナと名乗った女はテーブルに飛び乗ると俺に向かって走ってきた。

 ガシャガシャと食器や什器が飛び跳ねるのもお構い無しに、彼女は俺に向かって跳躍し抱きついて来る。


「おとうさまはセイをころすほうほうをさがしているのよ~。しじんではやくぶそく。こたえはみっつあるよ? しゅくふくなら<ごうだつ>。りきばなら<まりょくなきものはむりょく>だよ? これいがいのほうほうだとむりなのよ~?」

「後一つは。後一つは何なんだ!?」

「ん~。ごはんたべたらおしえてあげる」

「……飯は今お前がめちゃくちゃにしただろうが」


 俺は王がセイを殺す算段で動いている事を伝えられてはいたが、この女はそれを何処で知ったというのか。


「そのぎもんにはこたえません。ふふふふふふふふ~。ひ~み~つ~な~の~で~す~」


 彼女はそれだけ言うと、食事も取らずに部屋の隅で丸くなって寝始めた。


「何なんだ。こいつは?」


 俺はその時初めてアイナと出会った。

 狂気の占者アイナシウス=イシスと出会ったのだ。


◇◆◇


 俺の名はレキリシウス。

 戦う事しか取り得の無い、何処にでも居る戦士だ。


 その俺がセイ殿の天使の中で血の付いた殻竿を洗っていると、リリーラが寄って来た。


「勝ち鬨を上げていたね」

「ああ」

「牛やっつけたの?」

「ああ」


 ブルーザが湿らせた布を投げて寄越す。

 その布で返り血を拭いながら、リリーラに微笑みかけた。

 頬の傷が邪魔をして引きつった笑いにはなったが、意図は通じただろう。


「もう少しの辛抱だ。セイ殿と軍師殿が万事上手くやってくれる」

「そっか。もし、落ち着いたら、来てくれる?」

「勿論だ」

「しょ、娼婦って嫌い?」


 俺はその問いかけには答えず、彼女の手の甲に口付けした。

 ザッパが口笛を吹いて囃し立てた。


「待ってるね……」

「ああ」

「あとね。名前、全部教えて? アタイはリリーラ=カモミル」

「俺は、レキリシウス=イシス」


 リリーラが小さく歌を唄いながら仲間の下に戻っていく。

 俺はダルガとパルガに体当たりされ、押し倒された。


「くっそー。レキばっか美味しい思いしやがって!!」

「だな。これは極刑に値するぜっ。こうしてやるっ!!」 

 

 折角綺麗にした皮鎧を泥だらけにされたが、不思議と怒る気にはなれなかった。


 俺の名はレキリシウス=イシス。

 戦う事しか取り得の無い、何処にでも居る戦士だ。

 風邪を引いたので一話だけです。

 すみません。

 

 復調したら頑張ります。


 ノヴ=ソランがフィネに入れている『ガレ』は、麻薬に近い物です。

 酒に混ぜて飲んだり、炙って吸い込んだりします。


出先から

魔力無き者は無力、は力場でしたね

何故か異能だと書いていたので訂正しました

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