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169 復権 ③

 ルーメン=ゴースは優雅に一礼すると、俺の中へと戻っていった。

 ディーは安堵したかのように息を吐くと、俺から離れて草地に胡坐をかいた。


「ハハッ。アンタの力は理解した。けどサ、あの神様のどっちかに、この世界を守護してもらえば万事解決しないカ?」

「この世界を崩壊から救う条件は、『ウィタスから神が産まれる』事だからね。俺はその為にエルシデネオンを探しているんだ」

「エルシデネオン?」

「休眠している赤龍さ。彼が一番神に近い位置にいるんだ」


 ディーは腕を組んで考え込み始めた。

 

「確か、その龍の情報がギルドに幾つかあるゼ? コッチが解決したら、探してこようカ?」

「本当か!! そりゃ助かる」

「良いって事よ。それよりも、落ち着いたら一旦経費も含めて清算してくれヨ?」

「勿論だよ」


 ディーはニカッと笑うと、ダイロスに手を振った。

 会話の区切りを待っていたらしいダイロスは、ディーに会釈すると俺に語り掛けてくる。


「疑う訳ではなかったが、予想を遥かに超えていた」

「俺も時々これが現実なのか迷う時があります。なんせ、ここに転移する前はごく一般的な生活を送ってましたからね」

「そうか。当の本人でさえ、迷う時があるのか」

「ええ」

「セイ殿は……」


 ダイロスが更に言葉を紡ごうとした矢先、ヘラルドが戻ってきた。

 彼は俺に片膝を付くと、矢継ぎ早に報告をし始めた。


「申し上げます。キルギ派、フロストキン戦士団およそ五十。加えてデリアガル騎士団の団員およそ七十。傭兵と思われる戦士団およそ三十。その他雑多な兵力の寄せ集めおよそ六百!! 西の丘上の屋敷前にて戦闘準備中です。整い次第、市内へと強襲を掛ける模様!! 加えてキルギの総領を含む本隊は、市内中心部の屋敷にて篭城準備中と思われます!!」

「に、西の丘……。ワシの別荘から市内に繰り出す、と……? 何と言うことだ!?」

「ふふーむ。市民を蹴散らして時間を稼ぐつもりか? しかし、キルギの総領は牛を半分に分けたか? フロストキンは生来勇猛であるはずだが、この総領は何とも臆病な奴だな」

「どうする? アーリエス」


 俺の問いかけに、アーリエスは即答する。


「ヘラルド殿。あたし達は西の丘の布陣に強襲を掛けて潰す!! その算段で動いてくれ」

「はっ!!」

「レイオー殿!!」

「はい!!」

「危険を承知で頼みたい。ヘラルド殿の転移について行き、ダルガ・パルガ兄弟と合流し市民を避難させて貰いたい。市民はお主の声ならば耳を傾けるだろう。『ダイロスの腹心』レイオー殿のお力を借りたいのだ」

「お任せ下さい!! 俺が市民を誘導しましょう。ただ、市民にはどのように伝えれば宜しいのでしょうか?」

「うむ。『これは罠だ。フロストキンが兵を集めてこちらに向かってきている。逃げろ』とダイロス邸の前で力の限り連呼してくれ」

「分かりました!! では、行ってまいります!!」

「頼んだ。一旦外の連中も呼び戻そう」


 ヘラルドがレイオーと一緒に飛び出して行った。


 ザッパがコンキタンを呼びに行くと、『妹』たちは丁度撤収準備をしていたのだという。

 彼女が飛ばした魔法の鳩達は、北上してくるおよそ二百の傭兵団を発見したらしい。


「ですが、到着は明日の午前中でしょうか。半数は馬に騎乗しておりますが、徒歩の者も居りますので。加えて装甲を纏わせたトルドルが五体居りました」

「装甲象は脅威だが、歩みは遅い。尚更時間との勝負だな。セイ殿、ここは相手の出鼻を挫く!! セラ殿に西の方向に進むよう伝えてくれ」

  

 セラが心得た、とばかりに大きな音を出した。

  

「ちょっと待ってくれ!! グンガル達がまだだぜ!? この戦いに参加させてやらなくっちゃ、何の為に雇われてるのか分かんねぇぜ!! 軍師よぉ!!」

「知っておる!! ザッパ殿。だが、先ほど襲撃を受けた女性達から護衛を取り上げる訳にはいかんだろう」


 俺は迷わなかった。

 手早くルーリヒエンと娼婦達にも『許可』を出すと、彼女らを連れて出入りした。


「きゃ!?」

「えっ!!」


 女性達の悲鳴が起こる。

 俺は、手荒な事をした非礼を詫びた後、手短に今から戦いが起こる事、どうしてもレキリシウスたちの力が必要な事を説明し頭を下げた。


「で、ここに連れてきたと?」


 リリーラと名乗った女性が、怒り心頭の彼女らを代弁して腰に手をやりながら、語気を強めつつ言い放った。

 彼女の後ろに隠れるようにして、ルーリヒエンや娼婦達は抗議の声を上げていた。


「本当にすまない。だが、ここは安全なんだ。今からフロストキンを強襲する。その為にも彼ら戦士の力が必要なんだ」

「うん? 今からあの牛野郎達と戦うの? アイツら嫌い!! 下品で乱暴なんだもん!! って、アンタら何者?」


 そこで娼婦達にダイロスが歩み寄り、彼女らの前で両膝を付いた。

 

「すまぬ。ワシが不甲斐ないばかりに迷惑を掛けておる。お嬢様方。どうかお許し下され」

「わわわっ!? ダイロス様!? 本当にダイロス様だっ。って事は、この戦いに勝てば……」

「左様。ワシが実権を取り戻す事が出来る」


 リリーラは笑顔になって、「姉妹達っ。ここで牛に勝てば、アイツらの相手はもうしなくて良いって事なんだよ!!」と後ろの女性達を説得し始めた。

 彼女の説得が効を奏し、女性陣は怒りを納めてくれた。


「おねーさん達。戦いが終わるまで果物でも食べてて?」

「あ、ありがとう」


 イスティリとウシュフゴールがボウルに果物を山ほど摘んで来た。

 ペイガンがリリーラに短剣を差し出すと、彼女は座って梨の皮を剥き始めた。


「さあさあ。みんなも座りな。今あたしらに出来る事は、邪魔をしない事だけだよ。しかし、不思議な場所ねー?」


 その言葉に娼婦達が座り始め、場の空気は幾分穏やかなものになった。

 

「よしっ。ではセラ殿、任せた」


 アーリエスが大声を張り上げると、セラは改めてココッと音を出して返事をした。


◇◆◇


 俺の名はダルガ=ゴイルレン。

 双子の弟パルガと共に、セイ殿に雇われている戦士だ。


 俺達は共に市内に偵察に来ていた。

 街の住人達はあちこちで怒声を上げながら、ダイロスの屋敷を目指して行進していた。

 いや、今はキルギの屋敷になるのか。


 人々は合流しては数を増やし、もう屋敷前では投石が始まっているらしかった。


「兄貴。何かキナ臭いな。先だって外に出た時は、もっと市民を散らす為に兵が配備されてた筈だぜ」

「だな。何処かに兵力を集結させてるのか、援軍頼みでもう篭城に入ってるのか」

「篭城にゃちょっと時間が足りねえ。備蓄も碌に無い状態で外からの兵待ちなんて、俺ならやらん」

「だな。なら兵をかき集めてる最中か。もうちっと粘るぜ? パルガ」

「ああ」


 弟は相槌を打つと、辺りを警戒しながら見渡した。

 その弟が俺の袖を引っ張るので、何かと思って見渡すと、路地裏でヘラルドとレイオーが俺達を手招きしていた。


「おお。どうした?」

「西の丘で兵力が集結している。このままだと市民が殺されてしまう」

「なるほど。人を集めておいて虐殺たあ、えげつねえ手段だな。虫唾が走るぜ」

「時間稼ぎにしちゃ、下の下だな。糞みたいな作戦だぜ。なあ兄貴?」

「だな。よし、こっちの作戦は何だ? 俺たちに出来る事は?」

 

 市民への被害が最小限に収まるよう、レイオーが市民を誘導するのだと、ヘラルドが説明してくれた。

 

「よしきた。俺たちゃレイオー殿の護衛だな。任せな!」

「よろしく頼みます」


 頭を下げてくるレイオーに笑いかけながら、俺達は市民に紛れてキルギの邸宅の前まで来た。

 確かに投石は始まっていたが、まだ散発的なもので、鉄で補強された木の門は堅く閉ざされていた。

 屋敷の外周をぐるりと囲むように石造りの壁があり、壁の内側に等間隔に配置された物見櫓には、弓兵が一名ずつ配備されていた。


「臆病だねえ。さて、レイオー殿、行きますか?」

「よしっ。行こう!」


 レイオ-が門の前まで駆け寄ると、驚くような大声を張り上げた。


「私の名はレイオー=ガルギルゼン!! 皆の者、これは罠だ!! 即刻ここを立ち去り、退避せよ!! フロストキンの兵がこちらへと向かっておる!! 繰り返す……」


 その言葉に、辺りは騒然とし始めた。


「わ、罠だと……? 本当か!?」

「クソっ。兵隊がいないと思ったらそういう事かっ」

「あのお方は……? おお、まさしくレイオー様っ。レイオーさまーーーーっ」


 物見櫓から矢が飛来するが、角度的にレイオーを狙う事は難しかった。

 代わりに流れ矢が群衆の中に突っ込んでいって悲鳴が上がった。 

 矢で誰も負傷しなかったのが不幸中の幸いだったが、その攻撃が人々の冷静さを取り戻す切欠にもなったようだ。


「おおっ。おおっ!! レイオー様が助けに来てくださったぞ!! 皆、退こう!! ここにいては危険だ!!」

「そうだっ。レイオー様が我らの為に来てくださったのだ!」


 群集に情報は伝播してゆき、徐々に人々は屋敷から遠ざかり始めた。


「さ、レイオー様もこちらへ」


 壮年の男性が彼の手を引こうとしたが、レイオーはその手を優しく握りこむと、「このレイオー。まだやるべきことがあるのだ。さあ! 市民を退避させてくれ! 任せたぞ!!」とその男に発破を掛けた。

 

「わ、分かりました。レイオー様、一つだけ、一つだけお聞かせ下さい。ダイロス様もいずれご帰還なさるのですか!?」

「すまぬ。詳しい事は何も言えぬ。だが、朗報を待て!!」

「は、はいっ」


 男は俺たちに背を向け、駆け出していった。

 

 それから俺達は、改めてレイオーが大声を張り上げるのを見守りながら、ヘラルドに今どのようになっているのかを聞いておいた。

 

「こっちが落ち着いたら戻るか。チッ、馬鹿が。そんな所から当たるかってんだ」


 性懲りも無くレイオーに向けて放たれる矢を、剣で叩き落しながら弟に同意を求めた。


「そうだな。俺達がいなくちゃ始まんないぜ」


◆◇◆


「良い場所を確保出来たな」

「うん」

「だね」

「ええ」


 あたしは草むらの影から西の丘に集結した兵達を見ていた。

 隣に居るのはイスティリとディーリヒエン、それにシンだ。


 敵の布陣は前面に雑兵というか、市内から掻き集めて来たらしい警備兵や私兵などであるらしかった。

 その左右に傭兵が陣取り、兵達が逃げないよう囲っていた。


 それら兵の一団の後方に馬に乗った騎士団。

 更にその後方にフロストキンの戦士団が居たが、彼等は徒歩であった。

 そして、あたしたちはそのフロストキンの左後方で隠れ潜んでいた。


 兵達は準備を終えていたが、何故かまだ出発していなかった。


「尻尾先生、作戦はどうします?」

「うむ。理由は分からんが、今が絶好の機会だな。幾分斜めとは言え後ろを取れているから、まずは牛を狙える。前は牛派というより、無理やり引っ張られてきた奴らだから、出来れば殺したくは無い。イスティリ殿の投石器は距離を調整出来るか?」

「うん。あったり前!! 牛と騎士だけ狙うんだね?」

「うむ。ギュックも出そうか。投石器で牛を狙い、ギュックで突撃を阻む。数が減った所をコモン隊で止めを刺そう」

「はーい」

 

 早速セラの中で手早く打合せをすると、まずはイスティリだけ外に出て高速で投石器を五つ配置して貰った。

 その投石器の間にギュックを一体ずつ配備すると、コモン隊はその後方で待機した。

 

 セイを含む残りの者は更にその後方で控えていたが、リーンと娼婦達は、それにダイロスとレイオーはセラの中で待機していた。

 何故かリーンも戦場に出たがったが、地の迷宮での狼狽振りを見る限り戦力ではなく足手まといでしかなかったので断った。

 ダイロスは勿論として、レイオーが戦場に出ない事は実際こちらの有利に働く。

 『何処の手の者』か不確かである事が有利に働くのだ。


 あたしらの配備が完了しようとした矢先、丘の上にあった屋敷の門が開き、豪華な板金鎧を身に纏った片角のフロストキンと、団長挌の房飾りが付いたヒューマンの騎士がそれぞれ馬に乗って颯爽と現れた。

 どうやら指揮官待ちであったのだろう。


 その時、団長格の騎士があたしらに気付いて大声を上げた。


「遅いっ」


 イスティリが投石器の留具を外して回ると、岩石が弧を描いて牛達の頭上に降り注いだ。

 悲鳴が上がる中、フロストキンは次々と斃れてゆく。

 その後方では馬が暴れ、騎士達は次々と落馬していった。

 

 致命傷を免れた牛の戦士達が、あたしらに突撃しようと体勢を整えた。

 そこにギュックの衝撃波が飛び、彼等は転倒してしまう。


 コモン隊が二人一組で投石器に石を積みなおす。

 フロストキン達はその様子に恐怖しながらも、懸命に立ち上がろうとした。

 だが立ち上がるたびにギュックは容赦なく彼等を打ち据えた。


 そして、投石器の第二波。

 瞬時に血の海が広がり、牛が沈黙した所で下馬した、あるいは落馬した騎士たちが左右に散開しながら突撃して来た。


 騎士たちの後方では混乱の収拾がつかず、たいした指示も与えられないままに放置された兵達が右往左往していた。

 あるいは、ひっそりと姿を消し始めた。

 傭兵達は諦め顔で、静観を決め込む事にした様子だ。


 一瞬だけメアとヘラルドが前に出て、<稲妻>を騎士の集団に打ち込む。

 数名の騎士がそのまま倒れ、直撃を免れた者も感電し、動きが鈍化した。 


「ギュック達は下がれ!! コモン隊!! 出番だっ」

『おう!!』


 すかさず『妹』が視界確保の鳩を飛ばし、コモン隊を援護した。

 『兄』は巨大な象に変身すると、コモン隊共々戦場へと躍り出ると、騎士達を蹴り飛ばし、踏みつけ始めた。 


 唯一馬に乗ったままだった団長格の騎士が、丘の上から槍を片手に猛突進してくる。

 が、ブルーザがその両手持ちの戦槌で、そいつの馬の前足を叩き折ると、派手に落馬した。

 そいつはそれでもめげず、即座に立ち上がると抜剣し、猛然とこちらに駆けてきた。

 ただ、残念な事にその男はウシュフゴールを突破できなかった。

 彼女の<睡眠>乱打で朦朧とした所を、イスティリの一撃が入り彼は絶命した。


 不意打ちとは言え綺麗に決まりすぎた。

 あたしは何か落とし穴が無いかと思ったが、それも杞憂に終わった。


 敗北を認め、騎士達は剣を投げ捨てて投降を始めた。

 それを丘の上から見ていた片角のフロストキンは、馬に拍車を入れて逃亡し始めた。


 そこにペイガンの弩から矢が放たれ、彼の馬はどう、と倒れた。

 

「流石ペイガン!!」


 ザッパが囃し立てながらも駆け、転倒した衝撃で朦朧としているフロストキンの頭上に、戦槌を振り下ろした。

 それを見ていた残りの兵と傭兵らは、我先にと逃亡をし始めた。


「よしっ。上手く行ったな!! セイ殿」

「ああ。俺の出番が無かった」

「良かったではないか。主君はデンと構えておれば良いのだ。デンと」


 あたしはセイに笑いかけた。

2/2


本日はここまでです。

また来週最低二話UPします。


読んで下さる方々に、心からの感謝を。

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