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168 復権 ②

 イスティリをからかい続けるディーに、アーリエスが遂に雷を落とした。


「いい加減にしろっ。人の生き死にが掛かっているのだぞ!!」

「は、い……。ふざけ過ぎましタ。魔族のお嬢さん、アタイが悪かったヨ?」


 イスティリはやれやれといった顔をすると、「ボク、水を飲んできます」とセラの中へと消えていった。

 ディーはそれを見送ってから、少しまじめな顔をして語りだした。


「モスとも連絡が取れタ。あと、フロストキン達の動きも把握できたヨ」

「ご苦労様。じゃあセラの中で詳しく聞こうか」

「あっ、でも、姉ちゃん達が不安がるかな?」

「分かった。お姉さん方には護衛をつけよう。そうだな、レキリシウスと、後でもう一人か二人呼ぼう」

「ありがとウ」


 ディーから詳細を聞く事になったが、レキリシウスはそのまま外に残り、グンガルとペイガンも呼んだ。

 女性陣は俺の気遣いを痛く気に入ったらしく、外に居た三人は、その後俺についての質問攻めにあったらしいが、その時は知りようが無かった。

 ただ、グンガルとペイガン曰く、一人だけレキリシウスの事を聞きたがる娘が居て、羨ましかったそうだが。 


 セラの中に入り、休息していた者達も呼び集める。

 アーリエスの提案で、偵察を兼ねてダルガとパルガにもう一度市内を見回ってもらう事になった。

 彼らが話しこんでいる間、ディーは暇を持て余してセラの中の果物を見て回っていた。


「ダルガ殿。パルガ殿、お二人には実際の現場の空気を掴んで来て欲しい。頼めるか?」

「もちろんだぜっ。お任せ下さい!!」

「うむ。念の為、<変身>を掛けて貰ってくれ」


 その会話でメアが心得た、とばかりにダルガに呪文を唱えると、ヘラルドも慌ててパルガに長い長い詠唱を開始し始めた。

 メアの<変身>は、水の剣ハイネの刀身をチラッと見せ、二言三言小さく囁いただけで完了していたが、ヘラルドは杖を絵を描くように振り回し、一分くらい掛かっていた。

 俺は面白半分に、ヘラルドの詠唱の言葉も《完璧言語》で読み取れるのか聞いてみた。


『ええっと、目の前の男を変える。年の頃は三十台。黒髪にする。ヒゲ。少し小太り。服はしんどいから色だけ変えよう。目の色って指定したっけ? ああっと、とりあえず黒だ。剣は杖に変えよう。となるとやっぱ年の頃は五十だ。他には……もういいや、これだけ変えたら十分だろう』


 詠唱というより、変更点の羅列だな。

 メアの呪文は、「変ーわれっ」を二音節にした程度の簡単な物だったのと雲泥の差だ。

 俺の視線に気付いたヘラルドは、困り顔で伝えてくる。


「<変身>はかなり高度な魔法なんですよ。幻覚系十二階位の内、第一位になるんです。習得だけでも前提十一個。それを乗り越えて習得してから、初めて熟練して行けるんです」

「そうなのか。いつもメアがサラっと唱えるから勘違いしてたよ」

「魔道騎士様は別格ですよ」


 メアがヘラルドに声を掛けた。


「わたくしも貴方の年代には詠唱もそんな感じでしたよ。唱えるのに必死で魔力乗せ忘れて、効果を発揮しなかったりしました」

「ハイ卿もそうだったのですね」

「ええ。ですから恥じる事はありません。習得しているだけでも凄い事だと思いますよ」

「そう言っていただけると励みになります」


 俺も、「魔法が使えたらな」と思ったことがあったが、実際魔法は万能な物でも何でも無く、日々研鑽を積まなければならない『技術』であり、一朝一夕で習得できる物では無い事が、ようやく理解できた。


「<色彩変化><明暗変化><体型変化><体積変化><幻覚><幻聴><幻影>まで学んで基礎を作って、<部位変容><誤認><完全幻覚><幻覚被覆>まで行ってようやく<変身>ですからね」

「大変だな。一つ一つの積み重ねか。その上で、熟練も必要と」

「はい」


 そこにディーが桃を齧りながら歩いてきた。


「アタイが覚えたのは<念話><敵意感知><罠検知>とかだナ。初歩ばっカな上に前提も習得だけして熟練なんてしてないから、使ってない呪文はもう何のタシにもなんねえ位、不安定だろうナ」

「ん? そういえば、ディーは杖を使わずに魔法使うよね。大丈夫なのか」

「アタイは<身代わり護符>を持ってるんダ。魔術健忘が起こった時、代わりに護符が弾け飛ぶって寸法サ。その度に財布が軽くなる」

「へー」

「杖なんテ持ってたら、手が塞がるからナ。僧侶はもっと得だぜ。<巻物>を所持していれば良いんダ。魔術健忘時にゃ、巻物の文字が消えるだけサ。ただ、消えた文字を『書く』のに魔力込めなくちゃならないから、時間が掛かる筈ダ」

「そうなんだ。じゃあ魔術師は何故わざわざ杖なんだろう?」

「杖は『貯めれる』からナ」


 なんでも魔法の杖は、魔力を貯めておけるらしい。

 平時に『貯めて』おけば、有事の際にはそれも使う事が出来るのだという。

 メアもニッコリ笑いながら、後に続いた。


「わたくしも、万が一に備えてちゃんと魔力を貯めてるんですよ?」

「ハイネに?」

「いいえ。わたくしの杖は呼び出さないと出てきません。対『魔王』専用杖なので、普段は見えないんですよ」

「へー」


 どうも、メアの本来の杖は異空間にあり、魔王到来までは取り出す物ではないらしかった。

 そうしてその杖に魔力を蓄え、魔王降臨時に使うのだと言う。


「わたくしの杖エスルーは他の杖を極端に嫌うので、基本的には必要な時意外、他の杖にも触れませんでした。けれど、オグマフ様がハイネを貸して下さったので、それも解決したんです」


 メアの杖は嫉妬深いのだとか。

 その代わり情が深く持ち主を力の限り援護するので、代々エスルーを持つ魔道騎士は獅子奮迅の活躍をしたのだという。

 

「杖が駄目で、剣は何で大丈夫なんだ?」

「形状が杖じゃないので、エスルーはハイネを理解できないんです」

「そ、そうなんだ?」

「ええ」


 俺にはメアの言ってる事が余り理解できなかったが、そういったものらしい。

 他の魔道騎士の杖も大なり小なりあれど、基本的に他の杖を使う事を嫌うので、普段は『騎士』としての本領を発揮し、武器で応戦するのだとか。


「どうりで、フートックにしろイリダリンにしろ、魔道騎士は剣で戦うんだね」

「ええ。魔道騎士の杖は対『魔王』限定の制限が掛かっていますからね。その代わり破格の変換率を誇るんです」

「へ、変換率……」


 俺は頭がパンクしそうになったので、スピリットに解説して貰おうかと考えた。


【解。その程度で知恵熱が出る宿主に、我がこれ以上の説明をしても無意味だと思うが?】


 スピリットは意地悪くそう伝えてくると、呼びかけに応じず沈黙した。

 ようし、今日から禁酒しよう。


【か、解。杖は擬似人格を持つ。勝気な杖も居れば、慎重な杖も居る。往々にして持ち主が死亡すれば新たな主へと継承され、その『個性』と残存魔力は引き継がれてゆく。特に魔道騎士の杖に蓄積された魔力は魔王とその配下にしか使用できないが、魔力を引き出す際にはおよそ六百倍近くに膨れ上がる為、貴重である】

「ありがとう。週末にはエールでも飲むか」

【解。宿主は強かになった……】

 

「じゃあ、セイ殿。行って参ります」

「ああ。頼むよ」


 ダルガとパルガが、アーリエスとの打合せを終えて、外へと出て行った。

 そこで残りの者がまた車座になっての本格的な打合せが始まった。


「では、まずはディーリヒエン殿の話から聞こうか」


 アーリエスが口火を切った。


「分かっタ。モス卿とは連絡が付いたけど、自宅で軟禁されていタ。他のダイロス派の騎士達も同様だ。どうも敵さんに少し知恵の回る奴が居るらしイ。モス卿は何時でも馳せ参じるとは言っていたけど、正直難しイ……」

「なるほど。危険を察知して、ダイロス派の騎士が動かぬよう工作したか」

「ああ。牛は警備を三倍に増やして警戒し始めてるが、それがまた小競り合いの火種になってル。加えて、キルギが雇った傭兵団が北上してきていると言う噂も飛び交ってル」

「その傭兵団の真偽は?」

「今、人を向かわせている。が、半日は掛かるだろウ」

「手際が良いな。他は?」

「ああ。小競り合いで数名死んだみたいだけど、死んだのは市民だけだナ。それに憤った者達が街を練り歩き、更に悪化しているのは、もうキツネさんも知ってるだろウ?」

「あたしの事はアーリエスと呼んでくれるか? ディーリヒエン殿。しかし……ふふーむ。もう暴徒と化すのも時間の問題か。そうなってしまえば、いかにフロストキンが勇猛だと言っても、百程度では防ぎきれまい。傭兵団にせよ何にせよ、援軍待ちで防衛に徹するしかあるまい」


 アーリエスが思案した後、コンキタンの妹を呼んだ。

 『妹』は自分に役目が出来るのかと目をキラキラさせながら飛んできた。


「『妹』殿。迷宮でのように、鳥を飛ばして南の方向を探ってはくれんか? 外は危険だろうから護衛を付けよう。その上で、危険だと感じたら即時撤退するように」

「はいっ。お任せ下さいっ」


 コンキタンの妹が娼館の屋上から、こっそり鳩を飛ばしてくれる事になった。

 護衛には彼女の兄とブルーザが出る事になった。


「後、動きやすそうなのは……」

「オレですね!! 軍師殿」


 早速ヘラルドが待ってましたと言わんばかりに自分を売り込んでいた。


「ふふーむ。ヘラルド殿か。確かに転移持ちならば市街を見て回りやすいな。では、頼もうか」

「お任せあれっ」

「何事も無くとも一ザン毎に帰還し、報告をくれ。そして、変化があれば即時戻ってくれるか?」

「はっ!!」


 ヘラルドもセラから出ると、後は様子を見つつ動く事となった。

 ダイロスはアーリエスの手際の良さに感服している様子だったが、少し真剣な面持ちで俺に向き直った。


「さて、セイ殿。先に報酬の話をしておきたい。このままフロストキンを放逐し、ワシが復権できた場合、セイ殿は何を要求されますかな?」

「そうですね。まずは神斧大祭を開いて欲しいです。俺たちがここに来たのは、ウチのイスティリが神斧大祭に出場する為だったんです」

「なるほど。そういう訳でラザを訪れたのですな。して、レイオー。イスティリ殿は大祭に出る資格があるのか?」

「はい、ダイロス様。イスティリ殿の技量は当代随一。このレイオー、恥ずかしながら手も足も出ませんでした。そして、心も澄みきった、それはそれは美しい戦士でございます」

「レイオーがそう言うのならば間違いはあるまい」


 当のイスティリはレイオーの発言に照れてしまい、はにかみながら俺の後ろに隠れてしまった。

 彼女は俺の上着の背中部分を掴み、モジモジしていた。

 こういう所は戦士でも魔王種でもなく、ごくごく普通の十四の少女なのだ。


「では、復権後、出来る限り早く神斧大祭を開く事を約束しよう。それ以外で、何か要求されますかな? 領地でも何でも言って下されば喜んでお譲りしましょう」

「いえ、そこまで大それたものは。……そうですね、ここにコモン達が寝やすいよう、家を建てたいです。あと、マルガンが欲しがっている食料倉庫も」


 そこでダイロスは大きく笑い出した。

 彼はレイオーに語りかける。


「はーはっはっはー。聞いたかレイオー? この者は、領地よりも配下の寝所と食料倉庫を欲したぞ!! 何とも無欲な男よのう!」

「それが、セイ殿の魅力の一つなのでしょう」

「いかにも! あの無造作に積んである金貨を見ても、この者が無欲である事は明白」


 そこで、ダイロスは少し声のトーンを落とし、語りかけてくる。


「では、何故にお主は兵を集め、旅をする? お主の真の目的は何だ。<波紋>を持つ英雄の雛よ?」

「何処まで知っていらっしゃるのかは存じませんが、俺の目的はウィタスの救済です。この世界を崩壊から救う事なんです」

「……これは大きく出たな? 天使と魔王種を従え、魔道騎士、そしてラビリンスの主すら味方に付ける異邦人よ」

「はい。俺は外から来た。その目的はこのウィタスから神を産み出す事です。この世界はいずれ崩壊します。それまでに、神を産み出し、崩壊を食い止めるのです」

「……本気で言っておるのか?」

「ええ。信じる、信じないは自由ですよ」

「いやはや……」


 ダイロスは絶句し、しきりに顎を摩りながら思案している様子だった。

 ディーも興味津々で聞いていたが、ひょこっと手を上げて質問してきた。


「なあ、アンタが凄いのは見てて分かる。けど、世界を救うとか、神様を生み出すとカ、話を盛りすぎじゃないカ?」

「ははは。それが普通の反応だよな」

「疑うわけじゃないんだけどサ。何かこう、アンタの本気を見せて欲しい。アタイはアンタを好きになり始めてる。も、もちろん人としてダ。だから、アンタを信じる為にも、少しばかり持ってる力を見せて欲しいんだ」

「ワシも見てみたい」

「うーん。……分かりました」


 俺はルーメン=ゴースとディバを呼び出した。

 彼らは快く応じてくれた。


『我が名はルーメン=ゴース。セイの内側に居る神格が一柱、女神ルーメン=ゴース』


 エメラルドグリーンの髪をなびかせ、女神が大地へ降り立つと、眷属の蛇たちが彼女を中心に渦を巻き、まるで花が散るように唐突に掻き消えた。


「おお……美しい」


 ダイロスが呟くと、女神は柔らかい微笑みを彼に向けた。


『俺の名はディバ。失われた名を探す探求者。亜神ディバ』


 ルーメン=ゴースに続いて降り立ったディバは、今までと違って灰色の僧服を身に纏っていた。

 質素な衣服ではあるが、その灰色の僧服が彼にとって慣れ親しんだ衣服なのかもしれない。

 

 ディバがディーにニヤリと笑いかけると、当のディーは後じさりして俺の後ろに隠れた。

 イスティリが仕方なしといった体で、俺の背中を半分ディーに明け渡した。


「あ、あの。初めましテ……。神様?」

『ああ。正しくは、かつて神だった、堕ちたる者よ。だが、それも一時の事。セイと共にある限り、俺は今一度、昇る事が出来る』

「理解出来ないけド、何となく意味は分かりまス」

『そうか』


 ディバは短くディーに相槌を打つと、俺に向き直った。


『セイよ。俺は少しの間、瞑想に入る。外ではお前が俺の名を探すだろう。俺は内から少し自身を見つめ直したいのだ』 

「分かった。お前が瞑想する間、邪魔はしない」

『ああ』


 彼は俺たちに軽く目礼すると、空間に溶け込むようにして消えていった。

 俺の背中で、ディーが深く息を吐いた。


「き、緊張すルっ。言いだしっぺだけど、まさか神様が二人も出てくるなんテ!! すっごい霊圧!! アタイ、失神しそうだヨ」

「そうなのか? 俺は何にも感じないけど」


 ディーが小さく震えながらも、「お前、結構鈍い所あるよな?」と何時も通りの軽口を叩いた。

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七時にも一話UPします。

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