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167 復権 ①

 俺たちは娼館に匿われていたが、ダルガとパルガが麦を買いに出たいという事で、彼らにメアが<変身>を掛けてくれた。

 彼らは麦以外にも、ハムの塊とパンを木箱に入れて持って帰って来た。


「セイ殿。街じゃキルギが新しく設けた人頭税が猛反発を受けてる。フロストキンは無税で、それ以外は結構な額が課せられるってさ」

「その金で、荒野に居を構えてる残りのフロストキンの移住費用を賄うらしいぜ」

「あちこちで抗議集会が開かれてるってさ。それをキルギ派の奴らが潰して回ってるが、もう死者が出たらしい」


 その会話にダイロスは苦い顔をした。


「ワシが不甲斐ないばかりに、民に火の粉がかかっておるか。レイオー、ここを出て声明を出そう」

「いえ、ダイロス様。ここが堪え所です。民を想うのであれば、なおさら勝ちに括らなければなりません」


 レイオーの返答に、ダイロスは改めて肩を落とすと、「あの盗賊殿はまだ帰らぬか……」と呟いた。


「ちょっと外へ出て様子を見てみよう。誰か護衛に付いてくれるか?」

「はーいっ。イスティリ!! いっきまーす」

「私も出ましょう」


 俺の問いかけに、イスティリとレキリシウスが付いてくれた。

 メアは遠くのほうで洗濯をしていた。


 外に出ると、なにやら下の階が騒がしい。

 さらには女性の悲鳴が聞こえたので慌てて駆け下りると、今まさにディーの姉が猿轡を掛けれらて、黒服の男に拉致されようとしている所だった。

 

 二人の女性が、壁際でフライパンとヤカンを構えて震えていた。

 男は女性達に歯を見せて威嚇しながら、ディーの姉の手足を縛り始めていたのだ。


 そこにイスティリが飛び出した。

 俺たちに気付いた男は、咄嗟に姉を床に放り出すと、素早く短剣を引き抜く。


「悪いな、兄さん方。コイツは貰ってく。邪魔立てすれば容赦はしな……ゲハッ。ガッ!!!?」


 男は最後まで言い切る前にイスティリの前蹴りを鳩尾に喰らい、その上で利き腕をレキリシウスに踏み砕かれた。

 武器を使うまでも無かったらしい。


「容赦は、何? ボク、聞こえなかった」

「あ……ゥゥ……」


 男は脂汗を浮かべながら、苦悶の表情で床に伏していた。

 俺はディーの姉が立ち上がるのを手助けしながら、壁際の二人と共に階段を上るよう指示を出した。

 ディーの姉は自身で猿轡を外しながら、少し躊躇って階段で立ち止まった。


「デ、デモ……」

「大丈夫ですよ」

「ルー、行こう!!」


 ディーの姉は女性達に曳きずられる様にして、階段を上がっていった。

 その後は簡単だった。

 レキリシウスがフレイルを取り出して、男の頭上で回転させると、彼は観念したのか動くほうの手をヒラヒラさせた。


「分かった。分かったから。降参、降参っすよ。もう勝ち目が無いのは分かりました」

「何故、こんな事を?」

「それを教えると俺が死んでしまいます。勘弁してください」


 男はヘラヘラ笑いながら胡坐をかいて座った。

 レキリシウスが改めて、キャリキャリとフレイルを回す。


「困ったな。腕は折れてるし、殻竿は痛そうだし、どうしよう?」

「俺に聞かれてもな。とりあえず、警備隊にでも引き渡そうか」

「あっ。それは勘弁して下さい。牢獄か死かってもう最悪っすよ。諦めて話しますんで、ハイ。ちょっと見逃してはくれませんか?」

「まあ、内容次第だな」


 諦め顔の男を見下ろしていると、上から女性達が恐る恐る見守っているのに気がついた。

 さっきより増えて、七名か八名は居た。


「大丈夫ですか?」

「ええ。ウチの戦士達は優秀ですからね。それにしても勇敢ですね。台所用品で暴漢に立ち向かおう何て」

「あたしゃルーだけは愛してる。この人は天使だっ」

「あたいも。ルー姉さんだけは、好き。うん。大好き」


 その言葉に、当のルーさんは彼女らを引き寄せて頬にキスをしていた。


「わわあっ」

「キャー!?」


 その間隙を縫って男は逃亡しようと試みた。

 が、行く手は阻まれ、舌打ちしながらしぶしぶ座り直した。

 レキリシウスがゆっくりと噛み砕くように暴漢に問いかけた。


「我らが、主の問いかけに、答えよ。次は無いと思え」


 男はため息を付いてから、ガリィという盗賊に頼まれ、ルーリヒエンを拉致しに来た事。

 そして、それをダシにガリィはディーの仕事を奪う算段であった事をゲロった。


「アンタらがディーって奴を知ってるかは別として、要するに姉妹の姉の方を拉致って、妹の脅しに使う予定だったんだ」

「それだけ? ボクの斧も結構痛いと思うよ?」

「ええっと……ガリィはもう年だから引退したがってる。牛から現金を巻き上げた後、今度はダイロス救出の功績を欲しがってるんだ」

「それで、この子を拉致しに?」

「そそ。なぁ、見逃してくれよぉ」

 

 女性陣が俺の後ろまで来て、鼻息荒く聞き入っていた。

 俺はその男に語りかけた。


「もうこんな事はしない、と誓うんなら、見逃してやらん事も無い」

「ほ、本当っすか!?」

「うん」


 何故か俺は後ろから耳を引っ張られた。

 

「ちょっと!! ルーを拉致しようとした奴を見逃すの!! このアンポンタンっ」

「痛ててっ。……まあ聞きなって。もちろんタダで見逃す訳が無いだろ。ルーリヒエンさんを拉致したと嘘をつかせて、そのガリィって奴を呼び出す」

「あっ。そういう訳か。で、そのガリィって奴をボコるんだね!! アンタあったまいい!!」

「分かったら耳を離してくれよ」


 俺の耳を引っ張っていた女性は、「パッ」と手を離して横を向いて口笛を吹き始めた。

 

 座り込んでいた男は、どうするか迷っている様子だったが、床に落ちていた短剣をディバに分解させると、慌てて、「やります!! やらせてくださいっ」と絶叫した。

 

「よし、じゃあ任せようかな。もしこのまま逃げたらそのディーって子を雇って探させて、今度は……」

「ひぇぇ……」


 俺は言葉尻を濁して、相手が誤解するに任せた。

 男が逃げるように立ち去ると、女性達が嬌声を上げながら抱きついてきた。


「アンタすっごいね? 魔法? それとも異能ってやつ?」

「あ、いや……」

「うううーっ。セイ様はボクんだ!! お姉さん達、は・な・れ・てーっ!!」


 膨れっ面のイスティリが強引に割り込んで来ると、女性達はコロコロと笑いながらイスティリの髪の毛を撫でた。


「この子、かっわいいー!」

「うううーっ。子供扱いされてるっ。今、ボク子供扱いされてるぅぅぅ!?」


 イスティリは悔しそうな悲鳴を上げるが、その発言がまた可愛らしかったのか、彼女は方々からキスの洗礼を受けた。


「うわーっ!? たたた助けてぇ!!」

 

 イスティリへの猛攻が止むと、フライパンを持っていた女性がレキリシウスの頬にもキスをした。


「アンタもつよいね。どう? 今夜、空いてるよ」


 レキリシウスはその女性を傷つけないよう、ゆっくりと伝える。


「今は任務中だからね。すまない」

「そっか……。じゃあ、また今度ね。アタイはリリーラ」

「レキリシウスだ」


 大人のロマンスが展開された。

 イスティリだけが頭の上にハテナマークを沢山作って居る様子だったが。


「アリガト、ゴザイマス」


 ディーの姉が最後に丁寧にお辞儀をした所で、外から合唱のような物が聞こえてきた。


『ダイロス! ダイロス! ダイロス!』

「フロストキンどもの横暴を許すなーっ」

『おおーっ』


 扉を開けて通りを見渡すと、大勢の群集が、拳を振り上げてダイロスの名を連呼しながら練り歩いていた。

 どうやら、ダルガとパルガが言ったように、市民はフロストキンの暴政に怒りの声を挙げている様子だった。


 怒りの奔流が渦巻き、俺の右手が疼いた。

 スヴォームが俺の右手を通じて、その怒りに呼応し始めていたが、彼は出てくる素振りも見せずに居た。


 丁度その時、ディーが帰還してきた。


「何ダ? 何かあったのカ?」


 俺が掻い摘んで話すと、彼女はカンカンになって怒った。


「あんにゃろ!! アタイを追ってる時には、もうそんな手を打ってやがっタのか!! 許せねぇ!!」

「まあ、そのガリィって奴と接触を図ってる。上手くいけば良いんだけど」

「うーん。それは難しいナ。今ガリィは牢で一週間お泊りダ。さっき、しょっ引かれタ」


 どうもディーはそのガリィという男を挑発し、彼の部下に切り裂かれたのだと言う。


「けど、これでガリィは脱落しタ。ギルド内での内輪もめとは判断されちまったけド、流石に市内で刃物を持ち出しちゃあ、警備の奴らも黙っちゃあ居なイ」


 刃物、という言葉にディーの姉が血相を変え、ディーに縋り付いた。


「ディー。ダイジョウブ?」

「つっ……。ああ、アタイは大丈夫だヨ、姉ちゃん」


 大丈夫と言いつつも、顔を歪ませるディー。

 姉がいぶかしんで、ディーの外套をめくると、彼女の肩口はガーゼのような物が当てられ、血が滲んでいた。


「ディー!! 肩、ドウシタノ!?」

「ガリィを挑発しタ。どうしても邪魔して欲しくなかったんダ……」

「無茶シテカラッ」


 姉に怒られてディーは肩をすくめる。

 そうしてから、傷の痛みにしかめ面をした。


「セイ殿。私が軍師殿に回復薬を貰ってきましょう」

「助かるよ」


 レキリシウスがセラの中に出入りする。

 様子を見に来たのか、アーリエスとシンも出てきた。

 ディーの姉と女性陣は一様に驚いたが、レキリシウスがディーに薬瓶を差し出すと、安堵した表情を見せた。


「あ、ありがとウ」

「いえ。聞こえたかもしれませんが、回復の薬です。これで傷口も完治するでしょう」


 レキリシウスが品良く一礼すると、ディーは会釈してから、封蝋を切って薬瓶に口をつけた。


「おっ!? 痛みが引いていク」

「ヨカッタ!!」

「アタイの雇い主は気前が良いナ。回復の霊薬なんテ高価だろうニ」


 ディーが俺の頬にキスしようと近寄ると、イスティリが眉を吊り上げて割って入って来る。


「ちぇー。いいじゃん、減るもんじゃ無いだロ?」

「減るっ!! 断じて減る。ボクは見逃さないぞっ」

「あばばばばー」

「このっ!!」


 ディーが自分の顔を左右から引っ張り、変顔を作ってイスティリを挑発した。

 イスティリが掴みかかろうとするが、ディーは身軽に回避すると姉の後ろに隠れた。 

 

「さて、遊んでないで話を聞かせてくれんか」

「はーイっ。ほら、お嬢ちゃん。仕事仕事、真面目なお話しようゼ?」


 アーリエスの問いかけに、ディーは自分のことを棚に上げ、切り替えた風を装った。

 が、隙を見てまたイスティリに変顔をした。


「このっ!! もう許さん!!」

「あははっ」


 アーリエスはウンザリした様子で、それを見ていた。

 何処かで同じような光景を見た気がしたが、思い出せなかった。

 10/10

 

 本日の更新はここまでです。

 読んでくださった方々に、心からの感謝を。


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