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164 嵐の前の静けさ 上

 ディーはグンガルに皆を呼んで来てくれるよう頼んでいたが、俺は休憩を挟むことにした。

 結局夜通しで動き回ったので、少し疲れを取る事にしたのだ。


 しかし、俺は《悪食》のお陰か、最近はとにかく疲れない。

 使うエネルギーよりも吸収するエネルギーのほうが遥かに多いからだろうとは思う。

 あのミュシャの声のように柔らかい《悪食》の擬似人格が以前教えてくれた通り、容量を超えたエネルギーは体に少しずつ戻されているらしかった。


 以外に人外じみてきたな、と思うが、人に在らざる者になってでも、ウィタスを救わねば、俺は愛する人たちを失うのだ。


「折角だから、秘密の部屋で内緒話と行こうか?」

「ええっ。良いのカ?」


 そんな思考とは裏腹に、俺はのんびりとした口調でディーをセラの世界へと誘った。

 早速ディーが草原を走り、喜びの声を上げた。


「アハハハッ。こんな良い所デ、休憩してたのカっ。お前達は!! 魔法のポーチの中に作ったのカ?」

「ここはセラって名前の天使が管理する小世界さ。あそこに生えている二本の木以外は自由に触って良いよ。葡萄に桃、桜桃だってあるから、食べると良い」

「本当カっ。アンタ、何者だ!? ってまあ、見てる限り悪い奴じゃなさそうだし、良いカ」

「もしかしたら、凄い悪党かもしれないぜ?」

「ふっ。アンタ、冗談下手だなぁ」


 俺たちが軽口を言い合っていると、ダルガとパルガが呼びに来た。

 ダルガは手に木製のお玉を持っている。


「セイ殿。朝メシにしようぜ」

「麦を貰ったから粥を作ったぜ。干し肉を鋏で切って入れた特製だ」

「ありがとう」


 早速ディーと一緒に朝食にありつく。

 焚き火の上に吊るした鉄鍋の中で、アツアツのオートミールが湯気を立てていた。

 その焚き火を中心にして、皆で車座になっての食事タイムだ。


 特にダイロスが久しぶりの固形物に感激して、恥も外聞も無く掻き込んでは、レイオーにお替りを入れて貰っていた。 

 ダルガ・パルガの双子はダイロスが旨そうに食うのを、手を叩いて喜んでいた。


「麦はマルガンに譲ってもらったんだ。その代わり、後で買出しを手伝う事になってる。俺とパルガで『有給』を使って行くぜ」

「そうか。マルガンとも仲良くやってくれて、俺は嬉しいよ」


 俺の言葉に双子は歯を見せて笑うと、まずは俺に椀を持たせ、そこに溢れんばかりの粥をお玉で流し込んだ。

 ディーにも椀を渡すと、「さあ、たんと食えっ」と威勢良く声を上げた。


「あ、ありがとウ」

「お替りもあるぜっ」


 ディーもフゥフゥと息を吹きかけながら粥を食べ始めた所で、イスティリたち女性陣が深い皿に果物を入れて現れた。


「デザートまで用意してくれたのか」

「でざーと? セイ様。でざーとって何ですか?」

「食後の甘い物さ」


 俺がイスティリに笑いかけると、彼女は、「でザーと。デザーと、デザート……ようっし、ボク、覚えたっ」と笑いながら、自分の口にサクランボを投げ入れた。

 メアは桃をカットしてくれたらしく、小さな串に刺して配り歩いていた。

 コンキタンの妹は桃がお気に召したらしく、もう一つ、もう一つ、と手を出している内に、桃は無くなってしまった。


「『妹』は桃が気に入ったか」

「はい。先ほど葡萄と梨も頂いたのですが、桃が一番です」


 彼女はにっこりと笑うと、食事を終えた者たちの椀を持って井戸水ですすぎ始めた。

 その井戸の裏手で、アーリエスが寝そべりながら鼻歌を歌っていた。


「セイ。あそこでフマの花が咲いているんですよ」

「それでアーリエスは上機嫌なのか」

「ええ。わたくしが粥を持っていっても、上の空で結局冷めてしまいました」


 アーリエスが果物好きなのは前々からだが、フマはその中でも別格なのだろうか。

 尻尾をフリフリしながらずっと唄い続けるアーリエスは、百七十年分の記憶を持つ転生者ではなく、年相応の可愛らしい少女に見えた。


 胡坐をかいて座っていた俺の膝に、唐突にウシュフゴールが頭を乗せて来た。

 彼女はそのまま目を瞑って頭の位置を調整し始めた。

 メアがウシュフゴールに毛布を掛けると、彼女は満足そうに寝息を立て始める。


「ようし。コモン隊。総員仮眠せよ」


 コモンが笑いながらそう言うと、彼らは草むらで寝始める。

 ダイロスとレイオーにも毛布が手渡されると、彼らも限界を感じていたのか、寝始めた。


「ゴーちゃんが真っ先にお部屋で水浴みを済ませたのは、こういう訳だったのか」


 イスティリがやれやれ、といった体で手を広げると、コンキタンの妹の手を引いて家に入っていった。

 メアもディーを誘う。


「ディーリヒエンさん。今から女の子だけで水浴みですけれども、如何ですか?」

「えっ。本当に!? いや、悪いヨ……」

「おいでなさい。肌着も新品がありますよ。絹に木綿に。色も沢山」

「うーん。魅力的なお誘イ……。確かに、汗もかいたし。うん。やっぱお言葉に甘えまス。ありがと。お姉さん」

「わたくしはハイ=ディ=メア。メアと呼んで下さい」

「分かっタ。メア。アタイの事はディーと呼んでくれ」

「じゃあ、行きましょうか。ディー」

「うん、メア」


 俺はウシュフゴールの山羊の角を撫でながら、少しの間転寝した。


◇◆◇


 アタイの名前はディーリヒエン=ルーキユ。

 物心付いた頃にはもう孤児だったアタイは、ガルペリと名乗る十五位の女の元で暮らしていた。


 孤児たちは徒党を組み、目先の金目当てに盗みを働き、刹那的な生活を送る。

 アタイはガルペリに置き引きや盗みのイロハを教えられ、その見返りとして、彼女に半分近くの上前を撥ねられていたと思う。


 とは言え、彼女が居なければアタイは何処かで野たれ死んでいただろうから、今でも感謝こそすれ、恨みなんざこれっぽっちも持っていなかった。

 

 けど、そんな享楽的な毎日も唐突に終わりを告げた。

 街がアタイらの駆除に乗り出したのだ。


 大規模な包囲網で、仲間達は次々に捉えられていった。

 ガルペリは、その日から一度も出会う事は無かったので分からなかったが、上手く逃げたんだと思う事にした。


 それから、アタイは奴隷として競売に掛けられた。

 買ったのは盗賊ギルドだ。

 出自が孤児で、盗みを生業にして生きてきた事を買われたらしかった。

 すばしっこく、手先が器用な女だと思われたんだろう。


「おい、黒鼠。この錠前が突破できたら餌をやろう」

「……」


 その頃、アタイは酷い名前で呼ばれていた。

 ひたすらダンジョンで必要な技術や知識を叩き込まれ、大掛かりな攻略には随行した。

 そうして実践を積ませ、盗賊が必要な、他のギルドに貸し出すんだとさ。


「死んだら二百金貨。生きて戻せば二十だ」

「使い捨てって言う割には、死亡時の保険が高すぎやしないか?」

「戦士ギルドじゃあ、金の成る木を引っこ抜くのかい?」


 アタイはその日も戦士ギルドに貸し出され、ダンジョンに潜る事になっていた。

 だが、ダンジョンに潜る前に、その戦士達の一人がアタイに乱暴しようとした。


「年端もいかないって言っても、もう女だろ?」

 

 鎧を着たおっさんがアタイをダンジョン前の壁にまで追い詰めた。

 その時アタイは腕力では勝てないと悟り、どうやって逃げるかを考えていた。


「うーん。ガガッテ。お前の趣味には賛同できん。俺はこの子に乱暴するというなら降りる」

「待てよ!! ギネメス。お前が居なくちゃ、どうやってダンジョンを走破するんだよ」

「そう!! 俺の名はギネメス!! ギネメス=タウクーン!! 誇り高き、火の迷宮の走破者!! ……という訳で、俺は降りた」

「てっめぇ!!」


 唐突に、戦士達は仲間割れをし始めた。

 と言っても、アタイに乱暴しようとしたおっさんが、筋骨隆々の若者に一方的にボコボコにされただけだったんだけど。


 ギネメスとか言う筋肉ダルマは、アタイに笑いかけると街まで連れ帰ってから姿を消した。

 けど、それは間違いだった。


 ダンジョンを攻略できなくなった戦士ギルドから猛烈な抗議が来て、盗賊ギルドはアタイに罰を与える事で手打ちにしてもらった。

 アタイは三日三晩、表通りに設置された、小さな小さな格子の中で過ごす羽目になった。

 

 水すらも与えられず、死を覚悟した。

 朦朧とする意識の中で、自分の生きてきた意味について考えた。

 

 そこで通りがかったのが、ルー姉ちゃんだ。

 その時、料理人見習いだった姉ちゃんは、買出しに来てアタイを発見し、道を踏み外したんだ……。


 もう少し、アタイが早く死んでいれば、ルー姉ちゃんは今頃……もっと幸せな人生を歩んでいた筈なのに。

 

『コモン隊、仮眠、終了!!』


 何処かで声がする。

 けど、アタイは昔の夢を見て、憂鬱な気分だった。

  

 毛布を羽織りなおし、ベッドで……。

 って……あれ?

 ここ、どこだっけ?

7/10

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