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163 カライ達の苦悩

 消えゆくロカラから鍵を回収し扉を開けると、そこは最初にディー達と侵入した部屋だった。

 全員が出ると、迷宮の出口は透けて行き、消えていった。


「案外、余裕だったナ」

「これもみんなのお陰さ」


 俺は皆の強さを称え、兄妹とヘラルドを盛大に労った。

 ロカラを倒した魔術師達は、照れながらも誇らしげにしていた。

 そこにコモン隊が寄っていって、彼らの肩を叩きながら、親しげに握手をし始めた。

 コモンが『兄』とがっしり握手を交わす。


「お前達もやるな。今度連携の訓練をしよう。打合せと反復。これが生存への近道だ」

「はい。コモン殿。是非とも」


 コモンの思想が垣間見れた瞬間でもあったが、彼の考え方は、誰でもが共感できるものだった。

 

 それを見やりながらダイロスの所まで行くと、彼も満面の笑みで、俺に握手を求めてきた。


「セイ殿と申されたか。心よりの感謝を。この借りはいずれ返さねばならぬな」

「はい。とは言え、まずはフロストキンの排除でしょう。よければ、この後もお手伝い致しますが?」

「それは助かる!! おぬし達のような手練の助力を受ければ、この混乱も手早く収束するだろう。のう、レイオー?」

「はいっ。俺からもお願いします!!」


 俺は彼らに微笑む。

 そこにアーリエスが歩み寄ってきた。


「では、一旦どこかに隠れよう。そうしてから、ダイロス殿の手の者と連絡を取り合い、牛を追い出す手筈を整えよう」

「この娘御は?」

「失礼。アタシはアーリエス。アーリエス=フォーキリ=スエア=エマ四世。転生者にしてセイ殿を支える軍師。以後、お見知りおきを」

「おお。幼子ではなく転生者であったか。これは失礼。では、軍師殿の言うとおり、隠れるべきであろう。して、何処に?」


 そこでディーがアーリエスに声を掛けた。


「アンタ、転生者だったのか。道理で落ち着いているはずだ。所でサ、隠れる場所なら最適の場所があるゼ?」

「ディーリヒエン殿。それは何処だ?」

「娼館サ。アタイの姉さんがいるから、口止めにゃ最適ダ」


 アーリエスは顎に手をかけて思案している様子だったが、納得したのかディーに、「案内を頼む」と言った。


「セイ殿。ディーリヒエン殿の人柄、そして彼女の肉親が居る場所なら信用に値すると思う。彼女を頼ろう」

「分かった。じゃあダイロス殿にも許可を出しておくから、皆は一旦セラの中で休息していてくれ」


 俺はコモンを呼び寄せると、二名、護衛を付けて欲しいと頼んだ。

 一旦はイスティリたちにも休息してもらおうと思ったのだ。


「セイ様。ボクは大丈夫ですよ?」

「うん。でも少し休んでおいで? 万が一があるから、疲労を残す事は避けたい。イスティリは切り札だからね」

「分かりましたっ。でも、何かあったらすぐ教えてくださいね? ボクはセイ様の盾ですから?」

「もちろんだよ」


 俺がイスティリの頭を撫でてやると、彼女は安心したのか、セラの中に入っていった。

 メアとウシュフゴールも俺の元へ来ると、頬にキスをしてから消えていった。

 コモンとグンガルが残り、後は全員休息の時間となった。


「なあ、アンタ? 後でアタイにもその秘密の部屋に入れてくれよ?」

「そうだな……ディーには世話になったし、報酬支払うときにでも」

「よし! 約束だぜ?」

 

 ディーがニコニコと笑う中、俺たち四人は彼女の案内で娼館へと向かった。


◇◆◇


「こちら、ガーギュリアス=ル=カライ。定期連絡」

「おお。ガギュ、そちらの按配はどうだ?」

「ええと、何処まで話したか? ソリダ。記憶操作が激しくていまいち覚えておらん」


 俺はガギュの皮肉をやり過ごしながら、スーメイ党に潜伏させていた男と摩り替わって、魔術結社に内部から混乱を招き、瓦解させた所までを聞いた、と答えた。


「ガデアは良い女だった。俺を最後まで信頼に足ると思っていた。だが、命令を全て出鱈目にした。大半、リリオスの兵と相打ちさせるよう仕向けた。俺は、ガデアを死なせたくは無かった……」


 俺は不審に思った。

 カライである彼が、皮肉めいた事を言い、過去の任務に大して不満とも取れる言い方をした事に。


 スーメイ党の弱体化は、優先事項では無かったが、セイと言う男との交戦ともなれば別物だ。

 出来れば相打ちで、祝福の保持者を減らしておきたかったし、それが無理でも、バルカラの勢力を単純に強化するだけになってしまっては危険だとの判断で、幾つか仕込みを作る事になった。


 祝福を上手く制御できていないセイが敗北し、バルカラが勝利する。

 その点は変わらないだろうが、スーメイ党が勢力を強めすぎる事は出来れば避けたい。

 そこで、スーメイ党に潜伏していた男と、ガギュが入れ替わり、内部から指揮を混乱させたのだ。


 だがハイレアの横槍で、驚くべき事にセイ側が勝利してしまった。

 しかし、以外にも王はこの不測の事態を喜んだ。

 凡庸で、組し易い異世界人にバルカラの祝福までもが移動した事を、痛く喜んだのだ。


 リーンが呼ばれ、必要になった段階でセイを殺し、その祝福を奪う案が採用された。

 その間に、ガギュは『鎖の主』の下へと復帰し、内偵へと戻った。


 だが、今日のガギュはどこかおかしい。

 「飄々とした軽い男」という設定が弱く、本来の彼の性格が滲み出ていた。


「なあ、ソリダ。俺は何時になったら解放される? この責め苦は何時まで続く?」

「ガーギュリアス」

「お前は言う。『あと二つ任務を完遂すれば、お前は自由の身だ』と。だが、何時までたっても『二つ』のままだ。俺はどれ位長い年月、『残り二つの任務』に従事している?」

「……」


 危険だ。

 ガギュは記憶操作の鍵が壊れかけている。

 俺は素早く配下に手で合図すると、その者はそっと部屋を抜け出て行った。

 

「……俺に、また『鍵』を掛けに来るつもりか」

「……報告を」


 俺はその問いかけに答えず、報告を促した。

 

「お前も奴隷なんだろう? ソリダ。俺たちはアーリックの代わりだ。裏切らないよう血で束縛された奴隷だ」

『……報告を』


 仕方なく、言霊を乗せ発言する。

 一時的な効果しか発揮しないだろうが、今頃、配下が手配した記憶術士が、ガギュの元へと向かっているはずだ。

 深いため息が聞こえる。


「今は『鎖』の一人ユノールザードの配下になっている。彼女は神斧ベリエスティリアスの取得に動いている」

「ドワーフの『鎖』ユノールザードか。殺せそうか?」

「無理だ。出来ればセイと絡んで相打ちにしたいが、ユノーは斧の取得以外には消極的だ」

「分かった。通信を切る」

「なあ、ソリダ。リーンだけでも逃がしてやってはくれないか?」

『もう通信は切れている』


 俺は、通信が遮断してしまったかのように、ガギュに錯覚させた。

   

『なあ、ソリダ。リーンだけでも逃がしてやってはくれないか?』


 だが、俺の頭の中には、その言葉だけが反復し続けた。

 

 ここは、地獄だ。

 王朝を存続させる為だけの、奴隷達の煉獄なのだ。


 ……俺達が、何の罪を犯したというのか?


 その問いに答える者など居なかった。


◆◇◆


 俺たちが娼館に辿り着く頃には、朝日が上り始めていた。

 ディーに誘導されて裏手から館に入ると、大きな鍋を持ってヨタヨタと歩く女性のダークエルフが、台所から出てくる所だった。


「あら、ディー? こんな時間にお客様?」

「姉チャン。コノ人ラ、アタイノ依頼人。匿ウ。部屋カシテッ」

「三階の右隅ならいいわよ。お腹空いてない?」

「今ハダイジョブ!!」


 彼らはダークエルフ語で話していた。

 鍋を持っている女性は、ディーをもう少し長身にした感じの、少したれ目がちな女性で、彼女がディーの姉であるらしかった。


 俺が重たそうな鍋を持とうとすると、彼女らは慌てた。


「イイデスカラッ」

「アンタはお客さんなんだかラ、そんなのしなくって良いよ!」


 ディーの姉は共通語が得意ではなさそうだった。

 だが、結局俺は鍋を持ってリビングのような所まで持っていった。

 グンガルも手伝ってくれるが、コモンは何時でも動けるようにしたいのか、微動だにしなかった。


「ゴハン、デスヨー!!」


 姉が大声を上げると、リビングで待っていたらしい女性達が嬌声を上げた。

 彼女らは俺たちの出現に一瞬驚いたが、鍋を抱えていたので姉の知人だとでも思ったのか、席を立って、ペコリと頭を下げてからパンを配り始めた。


「ミナサマ、イカガ?」

「いえ。お気持ちだけで」

「ソウ……」


 ディーの姉は少し残念そうだったが、自分の胸をトン・トンと叩いて、「ルーリヒエン=フィアティマ」と名乗った。

 俺たちも名乗ると、彼女はニコッと笑ってから、スープを配り始めた。


「姉ちゃん、美人だろ? もう娼婦はやめちまったんだが、そりゃあ人気でサ」

「ああ。美人だね」


 三階に上がるまでにディーが教えてくれた。

 それから、ディーは少し寂しそうな顔をした。


「でも、姉ちゃんは、本当は料理人になりたかったんだヨ。けど、奴隷だったアタイを買い取る為に、借金を拵えたのサ……」


 何でも、ディーは盗賊ギルドに買われた奴隷で、冒険の際に必要な盗賊の技術を徹底的に叩き込まれた上で、家畜のような生活をしていたらしかった。


「アタイは十の時にはもう三級<盗賊>だった。意味、分かるよナ?」

「ああ。普通、そんな年ではそこまでの技術は身に付かない……」

「そういう事。それを救ってくれたのが姉ちゃんサ」


 三階に着いたが、ディーは聞いて欲しいかのように捲くし立てた。


「借金を返した姉ちゃんは、ここでまかないを作りながら娼婦達の体調を管理してる。もう、市井には戻れない、ってサ……。アンタら、体を売った女を汚いと思うカ? あの人が居なければ、アタイはいずれ使い捨てられて死んでいた。そのアタイを助けてくれたルー姉ちゃんを、アンタらは穢れた女だと思うカ!?」

「いや。自らを犠牲にしてまでディーを救った、綺麗な心を持った女性だと思う」

「だよなっ。そっちの戦士達はどう思う!?」

「俺は、高潔な方だと思う」


 コモンが応えると、グンガルも頷いた。

 ディーの顔が綻び、顔をくしゃくしゃにしながら、一粒・二粒と涙を流した。


「なあ、アンタ。姉ちゃんを嫁にもらってやってくれヨ? あんな良い人なのに、旦那どころか男っ気一つ無いままに、このまま老いていくつもりなんだゼ?」

「……」


 俺が返答に困っていると、少しの沈黙の後、彼女は俺を突き飛ばした。


「ハハッ。冗談だよ。冗談! 悪かった!! さあて、打合せといきますかっ」

「あ、ああ」


 今の発言は冗談ではなかった。

 だが、ディーは俺の視線を振り切ると、グンガルに皆を呼んで来てくれる様、頼み始めた。

 彼女はひっそりと、涙の痕を外套で拭っていた。

6/10

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