162 地の迷宮探索 下
肌を褒められてご機嫌のディーは、意気揚々と次の扉を開けた。
次の部屋には下り階段が付いていて、下を見下ろすと、白線で四角いマス目が整然と書かれたフロアで、巨大な石像が複数そのマス目の中に置かれていた。
「なんだ、これ。謎解き、かナ?」
「石像は騎士・槍兵・散兵・弓兵、それに王様……。これコーウだな」
ディーの問いかけにアーリエスが答えた。
そこでトウワがフワフワと寄って来て、俺の肩に触手を置いた。
(セイ。これは詰めコーウだな。しかも、双玉詰コ-ウだ。攻め手側にも王があるから、手順を間違えると、逆に詰む)
「なるほど。これはトウワの出番か?」
(ふっふっふっ。そう言って貰えるのを待ってました!)
俺はトウワに出て貰うことにした。
皆に、彼は詰めコーウが大の得意分野であることを伝えた。
「ちょっと待って下さい。コーウなら私も得意です。そこのクラゲよりも上手だと思います」
『妹』はトウワの強さを知らないので、猜疑の目を向けてきた。
「クラゲじゃないよ。彼はトウワズベリキギグイネイガタリダロン。愛称はトウワ」
「は……はい。やくち……ふぐっ!?」
彼女が役畜、と言おうとしたのを『兄』が止めた。
「妹が失礼を致しました……」
「うん。トウワは大切な仲間だ。俺たちと同じ発音が出来ないだけで、共通語も完璧に理解しているし、下僕のように扱われることを好んでいない」
「……申し訳ありません」
トウワは『妹』の謝罪を受け入れたのか、彼女の方をポンポンっと叩くと、眼下に広がる遊戯盤の上で浮きながら思索を巡らせ始めた。
(左に『軍資金』があるな。六百金貨か……。『人質』は騎士に、槍兵、歩兵は二枚。騎士を買って丁度六百消費すると詰むな。これは引っ掛けだ。なら槍兵で四百に歩兵二百……。ああ、これも槍を買ってしまうと駄目だな)
「セイ様。トウワさんどんな感じ?」
「動かす前に、ああでもない、こうでもないってずっと言ってる。今は騎士を買い戻すと詰む、とか言ってるね」
俺とイスティリの会話で、『妹』はトウワの実力を理解したらしかった。
彼女はどうも軍資金で騎士を買い戻すことを前提に考えを巡らせていたらしく、「騎士は引っかけなのですか……」と呟いていた。
(よっし。セイよお。今から言うとおり動かしてくれよっ)
「よしきた」
俺はイスティリにドドー達を呼んで来て貰った。
コモン達にはまだこれから戦闘があるかもしれない中、巨大な石像で体力を消耗させるのは得策ではないと思ったのだ。
「今度はドドー達ですか! これでしょげ返っていった彼らの気分も解れる事でしょう。是非、お任せ下さい」
(ヤッター。ドドー オシゴト デバンー!)
俺は石像を指示したマス目に置きなおして欲しいと、マルガンに伝えた。
(用意は良いか? じゃあ一手目は歩兵を買い戻して四・四に置く)
「外の歩兵を左から四つ、下から四つ目のマスに置いてくれ」
(ハーイッ)
ドドーがイソイソと階段を下りると、指示通りの場所に歩兵の石像を置いた。
金貨を模した石が、ジャリジャリと空中へと消えていった。
敵方の石像が、ズ・ズ・ズと床を擦るように移動し、マス目を替え、始めから置いてあった歩兵を取りに来た。
(散兵で今動いた槍兵を取る。そうすると散兵が騎士に取られるが、最初に置いた歩兵で騎士を取る……)
俺は矢継ぎ早に指示を飛ばし、ドドー達は順番に、その強靭な顎で石像を持ち上げては配置を換えていった。
シンが、ホゥとため息を漏らした。
「アーリエス様。一旦置いた歩兵が終盤取られるのですが、都合三回、歩兵を買い戻すことで詰める事が出来るんですな……」
「ああ。騎士を買っても、槍兵を買ってもおしまいだ。それに引っ掛からないあたり、彼は流石だ」
なるほど、六百金貨は歩兵を三回買い戻す為の資金なのか。
上手く出来ているパズルだし、これはちょっと齧った程度の人物では無理な難問である気がした。
(よっしゃぁぁぁ。これで『王手』だ! 俺の勝ちだぜ、セイよっ!! 見ててくれたかっ)
「ああ。さすがトウワだな」
最後の駒を動かすと、敵の王様石像が砕け散った。
その石像の中から、例によって鍵が出て来る。
「ええっ!? 本当にその、えっと、トウワって奴が解いたのカ。荷物水母だよな、そいつ?」
「うん。トウワはコーウが大の得意なんだよ」
「いや、アタイの姉さんの職場も荷物水母使ってるけど、コーウはおろか、日常会話すらまともに成立しないゼ?」
「そうなのか?」
俺が首をかしげていると、トウワが寄って来て俺の肩を叩いた。
(俺は始祖から数えて六世代目だからな。まだ株分けもしてないし、頭も結構冴えるのよっ)
【解。荷物水母の始祖は別次元の亜神の眷属であった。亜神は水を統べる者であり、その眷属である荷物水母達も、非常に力のある存在であった。しかし残念な事に荷物水母は株分けによって増える度に、『親』側も『子』側も愚鈍になっていった。その後、別の理由により亜神は水害を引き起こし、その世界を滅ぼした。その際に二神によって救済されたのが、オークである】
「トウワは亜神の眷属だったのか。所で、荷物水母はウィタスではどういった立ち位置なんだ?」
【解。役畜である。二神に救済された種族は、家畜や、その種にとって重要な動物、あるいは植物や穀物などを最大二つ、持ち込むことが許される。オークは荷物水母と燕麦を持ち込んだが、荷物水母はあくまで役畜として持ち込まれたにしか過ぎない】
「なるほどな」
トウワは以外にも亜神の眷属であったのか。
しかし、残念ながらウィタスでは単なる役畜だと思われているらしかった。
ディーは納得していなかったが、俺の反応を見てこれ以上の質問は無意味だと思ったのだろうか、石像の残骸から鍵を取り出すと、次のドアを開けに行った。
イスティリがドドー達を褒めていると、マルガンも嬉しそうにしていた。
彼は配下であるゾロア兵たちに役割を与えてやる事、それを至上の喜びを見出している様子だった。
礼儀正しく、思いやりのあるマルガンに、そして健気なゾロア兵達にも、それぞれ何か褒美を与えてやりたいと考えたが、何が良いのだろうか?
「なあ、スピリット?」
【解。果物の果汁を絞ってやり、ほんの少し蜂蜜を入れてやれば、大変喜ぶだろう。果汁は複数用意して、好みのよって配合を変えてやれば、より一層満足するだろう】
「そうか。いつも、ありがとうな」
【解。気にするな。宿主が我を頼る事は、我にとって喜ばしい事である】
最後の扉をディーが開け始めたので、そちらに向かう。
唐突に、最初の扉を開ける時に聞こえた声が、フロアに反響した。
『よくぞ、ここまで参った! 英雄達よ。最後の扉をくぐれ。我、地のワーム、ロカラが直々にお相手仕ろう!』
扉の向こうには、巨大な、全長五十メートルはあろうかという、胴回りが丸太のようなムカデが鎮座していた。
地のワームというからには、てっきり蛇か、蛇の体型をした龍かと思っていたが、どうも違うらしかった。
暗緑色の胴体に紫の手足、黄色い複眼の大百足が、この迷宮の主であったのだ。
『さて、四つの部屋を走破したおぬし達は、最大四人までを選定し、我と戦うことが出来る。我を討伐すれば、最後の鍵が手に入る。勿論、その鍵は外への出口の鍵である』
俺が一歩前に出ると、早速イスティリが大きく手を上げ、それからメアも前に出た。
「はーいっ。二人目はボクねっ」
「三人目はわたくしですね」
そこでコンキタンの兄妹が挙手したが、そこに割り込むようにヘラルドも来る。
ザッパとブルーザが出てきて、彼ら魔術師の前に立ちふさがった。
「我らも是非。一人だけでも」
「ちょっと待ったぁ!! オレも行くぜ。このヘラルド、この機会を心待ちにしておりました!」
「いやいや、コモン隊を差し置いて……お前ら、ここは先輩ってものを立てるべきだぜ?」
「ええっと……ゴホン」
「ちょ!? オレはザッパ!! ザッパ=アモスデンなっ。こっちはブルーザ=フィガナー」
ヘラルドに名前を覚えてもらえていなかったザッパは、泣きそうな顔をしながら、相棒のフルネームまで説明していた。
俺は埒が明かないと思い、ジャンケンで決定することにした。
「ジャンケンで決めようか?」
「よっしゃ。セイ殿のそういう平等な所、俺は好きですぜ。なあ、ブルーザ」
早速、戦いに出たい者達だけでジャンケンをする事になった。
「あのさ、お前ら本当に緊迫した雰囲気無いよナ。今から迷宮の主倒すってのに、あのみょうちきりんな仕草で勝ち負け決めて人選するの?」
「まあね。みんな強いから」
ディーがやれやれ、という表情をする中で、ロカラと戦いたい者だけでのジャンケンが始まった。
結局ダルガ・パルガの兄弟も手を出してきて、俺を除く九人で勝負し始めた。
『じゃーんけーん。ポンッ!! あーいこーで!! しょ』
人数が多いので長引いたが、結局真っ先に負けたのはイスティリだ。
全員がグーを出す中、只一人チョキを出した彼女は、膝から崩れ落ちた。
「えっえええー!? なんで? なんでさぁ!?」
全く理解出来ない、という感じで自身のチョキを見つめ続けるイスティリを尻目に、ジャンケンは続く。
それにしても、イスティリはジャンケンだけには弱いなぁ、と密かに笑いを堪えていると、彼女に首筋を「ガブリッ」とやられた。
久しぶりの強襲に俺は反応できず、イスティリの犬歯がギリギリと食い込むのを受け入れる羽目になった。
「イ、イスティリ!! そ、それは八つ当たりだっ。あ、いや、俺が悪かった。笑って悪かった!! 痛い痛い痛いっ」
「へいふぁまぁぁぁぁ!!」
「仲良いね。アンタら」
ディーがカカッと笑いながらそれを眺めていた。
ちったあ助けてくれよ!! と思っていると、ようやくイスティリの拘束が外れたので、脱兎の如くシンの後ろに逃げ込んだ。
イスティリの噛み付きは、徐々に威力が増してきているような気がした。
以前の手加減ありきの力加減ではなく、割と本気で噛んでくる。
「セイ様。血が出ておりますよ」
ウシュフゴールが近寄ってきて、水で塗らしたハンカチを手渡してくれた。
イスティリを見やると、トウワの傘に顔を埋めて拗ねていた。
トウワは優しくイスティリを撫でてくれていた。
「よっしゃ。このヘラルド、勝利しました!!」
一抜けを決めたらしいヘラルドが誇らしげに胸を張った。
次に勝ったのは『妹』だ。
そして最後の一枠は『兄』が勝ち取った。
奇しくも、レガリオスで最後に合流した魔術師組みがロカラに挑むことになったのだ。
「わたくし、最後に読み違えましたわ」
「俺もだぜ。コモン隊は四人も出て誰も出れず、か。ああ、畜生!!」
メアとザッパが悔しがる中で、ロカラが、『では、決まったようだな。正々堂々と勝負せよ!!』と大声を張り上げた。
俺たちは簡単に打合せをする。
「私は鳥を複数飛ばして視界を広げます。広がった視界を皆様に提供することが出来ますので、死角がほぼ無くなりますし、味方の位置も把握しやすくなります」
「オレは<転移>しながら<雷撃>を打ち込む。感電すれば動きは鈍くなるから、皆さんの立ち回りもしやすくなると思う。隙を見て、威力のある攻撃呪文を叩き込む」
「俺は<犬歯虎>に変身します。あの頑丈そうな百足に牙を突き立てます」
「分かった。もし危険だと感じたらセラの中に逃げ込む。死んでしまっては元も子もないからな。俺はさっきの鏡の光みたいに『何でも』喰う事が出来るから、ロカラが呪文を飛ばしてきたら無効化する」
『はい』
『妹』は鳩に似た鳥を六羽召還すると、手早く部屋の中で飛ばし始めた。
唐突に、鳩の視界が俺の脳内で展開され始めた。
しかも六羽分の情報を統合したものを送ってくれるので、フロア内に死角は存在しなくなった。
『兄』が瞬く間にサーベルタイガーに変身した。
地球の図書館で見た事のある、あの見た目そのままに、彼は疾駆し部屋へと入り込んだ。
それに続いて、ヘラルドが<転移>を小刻みに繰り返しながらロカラの上空に出た。
彼は落下する度に再度<転移>で上空へと出て、一定の距離を保っていた。
俺と『妹』もロカラの視界を避けながら、左右に分かれて位置取りをした。
『難なく迷宮を走破した者達よ。いざ、参らん!!』
高速で地のワーム、ロカラが『妹』へと向かっていった。
そこに虎へと変容した『兄』が割り込んで、ロカラの側面から体当たりし、大きな牙を胴に突き立てた。
ロカラはその牙を避けるが、避けきれずに幾つかの足を失った。
緑色の体液を撒き散らしながら、ロカラは攻撃の矛先を『兄』に変え、うねるようにして鎌首をもたげると、噛み付いた。
『兄』はその噛み付きを避けると、素早くロカラの尾の方へと走っていった。
それを追いかけようと、ロカラが反転した瞬間、ヘラルドが<雷撃>を乱打した。
<雷撃>が突き刺さるたびにロカラは悶えたが、負けじと紫色の液を、口からヘラルドに向かって吐き出して応戦した。
ヘラルドが<転移>で避けると、その液は床に撒き散らされ、悪臭を放ちながら気化していった。
俺はディバの力でそのガスを吸い込んで無力化した。
『素晴らしい!』
ロカラが呟くが、次の瞬間苦痛の声がワームから漏れた。
ワームの尾は、『兄』の牙により大きく切り裂かれたのだ。
そこに容赦なく『妹』が詠唱を合わせる。
彼女は大きなイノシシを呼び出すと、ロカラの前面へと突撃させた。
前後からの強襲に翻弄されるワームに、ヘラルドから次の一手が繰り出される。
彼は大胆にもロカラの背中に飛び降りると、紫の稲妻を放射状に放った。
ロカラの体は痙攣し、黄色い複眼は明るさを失っていった。
それでも迷宮の主としてのプライドがあるのだろうか、ロカラはイノシシを絡め取ると、身震いをして器用に『妹』に投げつけた。
だが、視界が広い事が効を奏して、イノシシが絡め取られた頃には、もう『妹』は位置を変えるために駆けており、その攻撃は不発に終わった。
その間にも、『兄』とヘラルドの攻撃は止まず、遂にロカラは地に斃れた。
『み、見事である。我をここまで容易く倒すとは……。さあ、鍵を受け取り、出口へと向かうが良い。英雄達よ』
地のワームは徐々に姿を消していった。
そうして、俺たちは彼の持っていた鍵を手に入れ、地の迷宮を脱出したのだった。
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