161 地の迷宮探索 中
迷宮の探索は続く。
ディーが鍵を使ってドアを開放すると、そこは鬱蒼としたジャングルだった。
イスティリとグンガルが前に出て、斧で蔦や枝を打ち払いながら先導してくれる。
俺の右横にはレキリシウスが居たが、彼は唐突に朽ちた丸太へとフレイルを打ち下ろした。
先程まで朽ちた丸太だと思っていた物体が、唐突に蛇へと変わった。
しかし、その蛇はレキリシウスが先手を打ったことにより、頭蓋を割られて息絶えた。
「ジャーッ!!」
辺りの丸太や蔦が、鎌首をもたげ、俺たちを威嚇し始めた。
「全て蛇という訳か!!」
コモンが両手剣を捨てて短剣を取り出した。
他の戦士達も獲物を振るい、応戦し始めた。
ウシュフゴールが手当たり次第に<睡眠>を乱打した。
眠った蛇達は、次々と切り裂かれていった。
リーンは短剣を取り出したは良いが、蛇に翻弄されて右往左往していた。
時折パルガが彼女の周りに来ては、蛇を捌いていた。
「あ、ありがとう! 戦士さん!」
「パルガだ。無理はすんなよ!」
「は、はいっ」
ヘラルドはガラス板のような物体を、地面から垂直に張り巡らせた。
蛇達はそのガラスに気付かず、俺たちに飛び掛ろうとしては地に落ち、這い回っていた。
「<簡易障壁>って初歩呪文なんですが、何事も応用ですからね」
ヘラルドが誇らしげに説明した。
障壁の途切れた所から、蛇たちがワラワラと向かってこようとしたが、コモン隊によって的確に処理されていった。
そこでペイガンが素早く弩に持ち替えると、木々の隙間に向けて矢を放った。
「ガガァァァ!?」
奇声が聞こえ、木々を縫って鮮血が落ちてきた。
「セイ殿。獅子に似た生き物が上空から隙を伺っていた!!」
ペイガンが次の矢を装填しながら大きな声を張り上げた。
パルガが肩口の収納から投げナイフを取り出すと、リーンの背後に投げた。
彼女の背後から襲い掛かろうとしていた獣は、高速で飛び立った。
【解。グリフィン。獅子の体躯に鷲の頭頂部を持つ、空飛ぶ魔獣。これは恐らく迷宮内でしか効果を発揮しない、幻覚の類ではあるのだろうが】
「グリフィンだ!! 気をつけろ!」
「よし来た。二班に分ける!! グンガル組は蛇を中心に、ザッパ組はグリフィンを中心に行動せよ! パルガは詩人第一だ」
「はっ!」
コモンの号令と共に、戦士達は即座に命令を実行した。
彼らは非常に勤勉だ。
日々研鑽を積んでいなければ、あんなに迅速には連携を取れないだろう。
蛇の数も少なくなって来た頃、『兄』が動いた。
彼は両腕を巨大な熊の手に変化させると、藪から突撃してきたグリフィンの頭を左右から鷲掴みにした。
「ガゲァ!!」
頭蓋を万力のように締め上げられ苦痛の声を上げるグリフィンは、前足を使ってその束縛から逃れようとした。
だが、その間隙を縫って、フィシーガが荒れ狂う獣の胴に槍を突き入れた。
少しの間、グリフィンはもがいていたが、その動きも次第に緩慢なものになり、遂に魔獣は事切れた。
「やるねぇ。アンタの仲間は抜群だな!!」
ディーが口笛を吹いて囃し立てた。
フィシーガは自分が役に立ったことが嬉しかったのか、顔を紅潮させていた。
その彼にコンキタンの兄が手を差し出すと、二人はグっと握手してお互いを称えあった。
「仲もよさそうだし、アタイんとこみたいにギスギスしてなくっテ、いいなぁ」
「ディーの所って?」
「盗賊ギルドさ。半年も居てみなよ。出し抜きあい・足の引っ張り合いで嫌になるゼ?」
俺とディーが話していると、ジャングルは幻のように透けてゆき、石畳の簡素なフロアへと変容していった。
グリフィンの死体があった所には鍵が落ちており、例によって奥まった所にドアが見えた。
「いやはや。大人数とは言え、素晴らしいとしか言い様がないな。レイオーよ」
「はい。ダイロス様」
彼らの会話を聞き流しながら、次のドアをディーに開けて貰った。
次のフロアは、円形の鏡が何百枚と空中に浮いていた。
ディーが様子見でつま先を部屋に入れると、鏡がこちらに向かってまるでレーザー光線のように光を発射した。
丁度ディーの足元にその光は束となって襲い掛かり、瞬時に彼女のつま先があった辺りの石畳は焼き切れて陥没した。
「うぉ。意気揚々と足を踏み入れたら即死するネ。さて、どうしよう?」
「<稲妻>なんかは反射する、に一票」
「アタイも同意見だ。ええっと……」
「オレはヘラルドだよ。ディーさん」
「そっか。ヘラルドの言うとおり、どうせ魔法反射とか意地の悪い仕掛けだと思ウ」
そこでイスティリが閃いた!! という顔をした。
オレはてっきり彼女の兵器群を使うのかと思っていたが、何とギュック達を使って見たいのだという。
「なるほど。入り口手前からギュックの衝撃波か。うん、いいんじゃないか」
「じゃあ、早速マルガンさんにお伝えしてきますねっ」
イスティリがマルガンとギュック達を連れてくる。
マルガンは触角をせわしなく動かしながら、嬉しそうに声を掛けて来た。
「セイ様。お話は伺いました。是非、ギュック達に活躍の場を与えてやって下さい」
「では、お願いしようかな」
「畏まりました。ギュックたちよ! 出番だ!! あの鏡を遠距離から割ってしまえ!」
(オッシゴト!! オッシゴトヨー!!)
ギュック達はマルガンの指示に従って、的確に鏡を割っていった。
鏡は衝撃波に向かって次々と光線を放つが、それは意味を成さないように見えた。
光は衝撃波を貫通し、壁に穴を穿つだけだったのだ。
時々、流れ矢的にこちらへと向かってくる光線もあったが、それはディバに食べてもらった。
角度的に割ることの出来ない鏡もあったが、それでも鏡の大半は割れ落ち、鏡は残り十数枚となった。
「お前、もしかしてあの光の束食べてないカ?」
「あ、うん……」
「そっカ。これだけの集団を取り纏めてるんダ。そりゃ色んな異能を持ってルって考えるほうが自然だよナ」
ディーは一人で勝手に納得すると、コモンの所へ行った。
「これだけ数が減れば大丈夫だろウ。戦士長、散会して各個撃破を頼めるカ?」
「心得た。総員、戦闘開始!!」
「はっ!」
コモン隊は素早く鏡の部屋に入り込むと、光線を避けながら鏡を破壊していった。
鏡は彼らに翻弄されるがままに、手当たり次第に光線を乱れ打ちしたが、分散し、より一層威力が落ちた光線は殆ど無力に近かった。
「あちっ!?」
「何やってんだ、ザッパ」
ザッパが一度だけ光線を避けきれずに拳で受けたが、彼は拳をフーフーと吹いただけで戦線に復帰した。
彼はその慢心をブルーザに笑われたが、どうもそっちのほうが堪えたのか、悔しそうな顔で戻ってきた。
「コモン様。破壊しゅーりょーです! ……くそっ。俺としたことが」
「らしくねぇなぁ、ザッパ」
「ええ、分かってますよ。次は見ててください! 次は!」
イスティリは珍しく前線に出ず、ギュックたちの動きをずっと見ていた。
そうして、彼らの仕事が終わると、一匹ずつ優しく撫でていった。
「ご苦労様。ギュックさんたち」
ギュック達は触角をしきりに動かしてイスティリに甘え始めた。
「ありがとう。ギュックたち」
(ゴシュジンサマ ボクタチ ヤクニタッタ?)
「ああ。役に立ったよ。ありがとうな」
(ワワーイ ワワワーイ!)
ディーが頭をかきながら、俺に聞いてくる。
「なあ、所でサ、あの蟻んこ達何処から出てきたんダ?」
「秘密?」
「ちぇーっ!! なんだよなんだよぉ。アタイだけ仲間外れかよっ」
「冗談だよ。ここ抜けたら種明かしするよ。そんときゃ旨いモンでも食いながらな」
「あっはは。お前、アタイに惚れたか? こんな所で食事のお誘いなんて」
俺はみんなで食事をしよう、という意図でいったのだが、ディーは二人っきりで、と勘違いしたのかそう言った。
そこでイスティリとメアが割って入ってくる。
「いいじゃん!! もうこんなに居るんだ。一人くらい増えたって大差ないさ」
「あるよっ。ボクのセイ様はこれ以上分割できませんっ」
「ちぇーちぇーちぇー。減るもんじゃないだろ?」
イスティリはあっかんべーという仕草をした。
ディーは負けじと両耳に親指を突っ込んで、ベロベロベロ……と舌を出して挑発した。
メアはムッっとした顔でディーを睨みつけていた。
「ちょっとぐらい肌が綺麗だからって調子のんなっ。セイ様はボクと……メアとゴーちゃんのもんだ!!」
「えっ!? 肌が綺麗? おいおい……あ、いや……うん」
何故かディーは急にトーンを落とした。
それから、「さあ。仕事仕事。サクっと終わらせて、風呂入んなくちゃあなあー」と笑顔を見せ、鏡の残骸の中から鍵を探し出した。
「確かに、肌は綺麗ですよね」
「僕はあの黒曜石の肌で、詩が三つは書けるね」
メアがポロっと呟くと、リーンも感想を述べた。
ディーが大きな耳をピクリ・ピクリと動かした。
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