160 地の迷宮探索 上
(セイ。黒い肌の女の子が、あなた方を探していらっしゃいますよ?)
どうやらディーが来たようだった。
俺たちは草地に座って果物を食べながら時間を潰していたが、一旦俺とイスティリ、ウシュフゴール、それにレイオーが外に出た。
レイオーは俺がルーメン=ゴースの力で作成した両手剣を持たせてあった。
「わっ。何処から出てきたんだ!? <透明化>……いや<転移>か?」
「どちらでもないよ。そこの騎士達は寝かせてある。早速なんだけど、道案内を頼めるかな」
「ダイロスの椅子の裏だナ。任せろ。ッて他のお仲間達は? まさかその女の子らとお前だけでってんじゃないだろうナ」
「大丈夫だよ。さっきみたいにポンっと出てくるから」
ディーは、「そりゃそうか。大勢でゾロゾロって訳にはいかんもんナ」と言いながらドアを開けた。
俺たちは彼女に付いてダイロスの屋敷へと潜入した。
「門番にゃ袖の下を通してあるからナ。簡単なモンさ。後で経費申請していいカ?」
「ああ、モチロンだよ」
ディーはニカッと笑う。
屋敷内は静かなもので、使用人も居なければ歩哨も居ない。
通路には等間隔にランタンが吊るしてあり、薄暗がりの中だが視界は何とかなった。
レイオーはディーと横並びに歩き、目的地まで案内してくれた。
そうして、何事も無くとある部屋の前まで来た。
ディーがドアノブを回すと、鍵が掛かっているらしく、彼女はウェストポーチから工具を取り出すと鍵穴に差し込んで、鍵を開け始めた。
「うーん」
「どうした、ディー?」
「鍵は開けたが、<鳴子>かな? 進入検知系の呪文が掛かっている気がする」
ここで一旦打合せとなった。
「この部屋に何か仕掛けがある、と牛達は感づいているんだろうと思う。けど、それが何かまでは突き止められなかっタ」
「それで、進入検知を張って放置した、と」
「うん。可能性があるのは二つ。<鳴子>で音が鳴るだけ。これなら敵さんが来るまでに時間があるから大丈夫だろウ。もう一つ考えられるのは<転送>で、直接この場所に牛達が送り込まれる可能性だ」
一旦メアに出てもらって、掛かっている魔法を調べてもらう。
「ええっと。<解析>の結果、<転送>ですね。恐らくは待機している戦士団がここに転送して来ることになると思います」
そこでイスティリとウシュフゴールが張り切りだした。
「セイ様。ボクとゴーちゃんの連携、お見せしますよ!」
「私、今日はお役に立ちます!!」
俺はディーに彼女らの能力を簡単に説明し、敵を排除してから迷宮に突入しよう、と提案した。
「そうだな。どの道、中に入らなきゃ始まらなイ。……行くか」
メアが全員に補助呪文を掛けて回る。
そうしてから、ディーが扉を開けると、中では転送されてきたらしい牛達が、武器を抱えて……眠っていた。
「……敵さん、寝てるゼ?」
「……う、うん」
なんとも間抜けな話だが、転送されてきたらしいフロストキンの戦士達二十名程は、グーグー寝息を立てて寝ていたのだ。
ウシュフゴールが彼らに<夢遊病>をかけていった。
「出来る限り遠くへ行きなさい。フロストキンを見かけたら、見えない所まで必ず歩くのです」
「アンタの配下は賢いな」
「配下じゃないよ。仲間だよ」
「そして、未来のお嫁さん候補です」
ウシュフゴールはサラっと爆弾発言をしていた。
イスティリとメアが鷹揚に頷くと、ディーは、「うーん。お前、本当にモテるなぁ」と呟いた。
牛達がゾロゾロと部屋を出て行くのを見送りながら、レイオーはダイロスの椅子の裏まで行くと、俺に教えてくれる。
「これです。この石を右に回すと、迷宮へと入れます」
「これは分からんな」
椅子には何十という同じ大きさの石が嵌め込まれており、どれもが均一の大きさだったのだ。
早速レイオーが迷宮へと突入すると、廊下のほうからコツコツと歩く音が聞こえた。
「セイ様。早く!」
俺たちはその足音の主が来るまでに、迷宮へと飛び込んだ。
◇◆◇
「アホ牛どもの子守も嫌になってくるな」
私は眠りながら歩くアホを横目で見ながら、侵入者を見に行った。
だが、半歩遅かったのか、部屋はもぬけの殻だ。
『ユノー。そちらはどうだった?』
「逃げられたよ。レガ」
通信用の腕輪を介し、レガと話している最中の出来事だったから、私はまた彼との会話を再開した。
「ええっと、何の話だっけ?」
『あのイスティリとか言う魔族を生け捕りにして帰ってきて欲しい。出来る限り損傷無しで』
「良いの? 祝福持ちの配下だよ?」
『ああ。祝福持ちはもう少し太らせてからバイゼルの餌、と決まっているから手出しは出来ん。だが、配下に関しては何も通達されておらんからな』
「分かった」
あのガッドとかいうコボルド風情が、『鎖』であるレガに交渉を持ちかけた事には幾分憤りを覚えたが、レガ本人が納得しているのだから良しとするか。
『所で、ガリアスは到着したか?』
「ああ、あのテオの所から左遷されてきた奴か。一応来たけど、正直言うと邪魔でしかない……」
ガリアスはバイゼルとカラリアを組ませた。
バイゼルがカラリアを『食べてしまった』事に対しての処罰として、ガリアスは幹部候補から、単なる使いっぱしりに落とされてしまっていた。
近親者や同族に対しての殺戮衝動が発現しやすい《共食い》に、近親者を付ける愚か者を私にあてがわれてもな、というのが正直な感想だった。
「おい。ガリアス、居るんだろう?」
「ええ、まあはい」
気の抜けた男が暗がりから姿を現すと、私は部屋の中を調べるよう伝えた。
彼は肩をすくめると、幾つかの呪文を詠唱し、それから私に断言した。
「<転移>ですね。何処から何処、というのは分かりませんが、もうここに居ない事は確実です」
「まあ、良いだろう。もう牛どもと結託するのは諦めた。ダイロスが出てくるまで大人しくしていよう」
「はあ……」
確か、名前はガーギュリアス=ル=カライだったか。
気の抜けた返事を繰り返す、この男は信用ならん。
私の直感がそう告げる。
その直感が告げるそのままに、私はここで彼を殺しておくべきだった。
◆◇◆
俺たちが迷宮へと降り立つと、そこは大きな円形のフロアで、一つだけ大きなドアが設置されていた。
その中央でガリガリにやせ細ったドワーフが、レイオーとガッチリ握手していた。
「おおっ。ようやく来てくれたか! レイオー!」
「ダイロス様。ご無事で何よりです」
「おお、おお。この空間に設置してあった噴水の水だけが、ワシの糧であったが、何とか生きておる」
彼は、祝賀会の最中に迷宮に逃げ込まざるを得なかったからだろうか、燕尾服の胸元に豪華な勲章を付けていた。
幾分埃まみれだが、灰色の髪を撫で付けた中年紳士だった。
俺たちは領主に挨拶する為に、ゾロア以外、全員セラの中から出て貰った。
アーリエスはさっきまで寝ていたらしく、シンに手を引っ張られ、目を擦りながらまだウツラウツラしていた。
リーンは早速小さな短剣を取り出してプルプル震えていたが、ザッパに、「まだ早ええよ」とやんわり短剣を収納するよう言われていた。
「なんとまあ……。こんなに大所帯か。これなら迷宮も簡単に攻略できそうだな」
「お初にお目にかかります。私はセイと申します。以後、お見知りおきを」
「これは丁寧に。ワシはラザ領主ダイロス=デ=ラザルス。ワシの救出の為に来てくださったのですな?」
「はい。外ではフロストキンが幅を利かせておりますが、領民はダイロス様のご帰還を心待ちにしております」
「そ、そうか! では、一刻も早く戻らねばな」
まずはダイロスに簡単に食事をしてもらってから、ディーに迷宮の入り口を調べてもらう。
ディーは外套のフードを下げ、大きな耳をひょっこりと出すと扉に耳を当てた。
「罠は無いネ。ただ開けたら試験が始まるはずだから、それを攻略しなくちゃならん筈ダ」
「じゃあ、進むか」
「ああ」
扉を開けると、フロアに大きな声が響き渡った。
『ようこそ。地の迷宮へ。私の名はロカラ。私と対峙したくば、四つの試練を乗り越えよ。まずは一つ目の試練を受けよ』
扉の向こう側には、沸き立つ熱湯が張り巡らされた四角いフロアが広がっていた。
『熱湯の床を避け、空飛ぶ鍵を捕獲せよ』
上空を見ると、白い鳥が一羽舞っていた。
「私の出番でしょうか?」
コンキタンの妹が進み出てくると、呪文を詠唱し、鷹を呼び出した。
なるほど、鷹を使って捕獲する気なのか。
「よし、じゃあ任せようか」
「はいっ。鷹よ、あの鳥は潰しちゃ駄目よ?」
鷹はビィィと啼くと、飛び立ち、素早く白い鳥を捕獲して戻ってきた。
「よしよし。良い子ね」
妹が鷹を撫でると、鷹は自らで獲物を差し出す。
ザッパがそっと白い鳥を両手で掴むと、その鳥は変容して大きな鍵になった。
熱湯の床は掻き消え、フロアの奥に扉が出現した。
「ご苦労様。『妹』よ」
「はいっ」
彼女はにこりと笑うと、兄の元へと戻っていった。
「さあ、この調子で行こう」
ようやく眠気を振り払ったらしいアーリエスが、俺たちを促した。
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