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159 完治

 食事後宿を取ると、アーリエスは早速二階の部屋で休憩し始めた。

 精神的には成熟しているが、肉体は七つ位の幼子なので、「体に振り回される……夜半まで一旦寝ておく」とボヤきながら。

 シンはアーリエスを寝かしつけると、俺に頼み事をしてきた。

 

「セイ様。アーリエス様が起きた時にフマを食べて頂きたいので、幾ばくか銀貨を頂けませんでしょうか?」

「シンは本当に忠臣だな。セラの中の金貨の山から好きなだけ持っていきなよ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」


 シンがお金を持って宿を出るのとすれ違いに、ディーがやってきた。

 例によって目深に被った外套が異彩を放つが、当の本人はその外套の隙間から真っ白な歯を見せてニカッと笑った。


「や。旨い話があるかと思ってサ」

「丁度良かった。良い話があるんだ」


 俺はまだ周囲でウロウロしていた騎士達に聞こえないよう、ディーに耳打ちした。

 それをサポートするように、コモン隊が俺たちと騎士の間に陣取って、椅子をガタガタと引いてエールを頼み始めた。

 イスティリは肉のパイを頼み、スープを頼み……もう、これ以上はよしておこう。


「良かったら盗賊を一人斡旋してくれないか?」

「なんだ。それならアタイに任せナ。こう見えても二級<盗賊>だぜ? 秘密は守るし、あんた方だって、一度でも組んだ奴のほうが安心だロ?」

「そうだな……。じゃあ任せようか」

「報酬は詳細を聞いてからだな。お前、<念話>は使えるカ?」

「いや。だけど異能<思念伝達>なら持ってる」

「良いねぇ。習得しなくて良い念話。ならアタイは念話で、アンタは思念伝達で内緒話といこうカ」


 何とディーは魔法も使えるらしい。

 俺は<思念伝達>でダイロスが<地の迷宮>に逃げ込んだは良いが、攻略できなければ抜けられない迷宮で立ち往生しているだろう事を伝えた。


『ふむ。アタイは領主に恩を売れる上に、報酬までもらえる訳か。よし! 引き受けた』

『よろしく頼むよ』


 こうしてディーが同行してくれることになった。

 彼女は「少し用意をしてくる」と言い残して立ち去っていった。


 夜半、騎士達は交代要員が来て、最初の二人は帰ったが、次に来た二人はどうも牛側の派閥らしく、俺たちが借りた大部屋の隅に椅子を持ち込んで、交互に仮眠を取りながらも警戒していた。

 しかし、彼らはウシュフゴールの呪文で眠らされてしまった。


 騎士達が寝息を立てる中、仲間は次々にセラの中に入る。

 

 そうして、残ったのは俺とリーンだけになった。

 リーンは興味深々でそれを見ていたが、皆が俺の中に入っていると勘違いしたのか、俺に体当たりして来て派手に転倒した。

 

「わっ?」


 柔らかい感触が当たるが、正直イスティリが先に入っていて良かったと思った。

 イスティリは今日はどうしても木の実を二つ食べるのだと、鼻息荒くセラに突入して行ったのだ。


「ありゃ。僕は入れないのか」

「ははは。俺が許可した人だけだからね」

「ええっ。そんな縛りがあるのか!! なあ、セイ。僕も入れてくれよ」


 リーンが懇願してくる。

 俺は少し迷ったが、これだけ朗らかな人柄なら大丈夫だろうと思って、許可を出した。

 ラザに来てから、レイオーも入れていたし、そこまで気にせずとも大丈夫だろう、と安易に考えてしまった。

 

 これが大きな間違いだったことに気付くのは、もう少し先の話だ。

 男装の麗人、リーン=ル=カライが俺たちに牙を剥くのは、もう少し先の話だったのだ。


 結局その時は彼女をセラの聖域に招きいれ、何時も通り、ここがセラという名の天使が管理する小世界であり、許可さえ出ていれば出入りは自由なのだと説明した。


「ほっほーっ。これは凄い、何て美しい世界なんだ!! ここは僕の創作意欲を沸き立たせる!! 何枚だって詩が書ける気がするっ」


 リーンは天を見上げ、銀河に向かって即興で詩を吟じ始め、俺の問いかけに全く反応しなくなったので放置しておいた。


「天才肌なんでしょうかね? あの詩人」


 コンキタンの兄が、俺に声を掛けて来た。

 彼はヘラルドと一緒に横並びに立っていた。

 彼ら魔術師達は仲良くやっているようで幸いだ。

 

「ああ。不思議な男だ」

「男、ですか?」

「うん。彼女は自身を男だと思っている。一緒に風呂に入ろうってなった時も、最初から最後まで、自分を男だと信じきっていた。だから、それには触れないでやってくれ」

「わ、わかりました」


 兄とヘラルドが首をかしげる中、イスティリが木の実を二個持って、宙返りしながらこちらに向かってきた。


「セイ様ーっ。こっちこっち!!」


 彼女は魔術師達にペコっと挨拶してから、俺の手を引っ張ると、海辺の砂浜まで連れて行った。


「うっふふー。セイ様。もう感覚で分かるんですけど、多分この木の実で、ボクの手は完治します」

「本当か!!」

「はい。見てください。もう親指以外の指先も爪っぽい硬さになってきてるんです。ですので、これを食べて少ししたら、ボクの……ボクの手は完全に治るのです」

「そうか……長かったな……」

「っはい!! という事で、あーん!!」


 イスティリが口を開けて待機した。

 俺は、彼女が木の実を食べ終わるまで、そっとその木の実を支えてやった。


 彼女が最後の一口を食べ終わると同時に、ポロリと涙を零した。

 

「ボクは奴隷となって、あの薄暗がりで惨めに死ぬのだと思っていました。けれど、それは間違いでした。ボクは、今、生きている」

「うん」

「これは全て、セイ様が居たからこそ。ボクにとっての神様のような人。……セイ様。ボクは貴方の為に、これからも命を賭し、全力でお守りします。そして、この世界に平穏が訪れた時には……ボクをセイ様のお嫁さんにして下さい」


 俺は彼女の手を取り、口づけを交わした。

 イスティリの唇は、微かにあの木の実の味がした。


「イスティリ。俺は、まだこの世界で成さなければならない事がある」

「はい」

「だけど、それが成就した暁には……イラがハルガルにもらった指輪。あれと同じ物を、君に贈ると、今ここで約束しよう」

「っはい!!」


 イスティリは顔を真っ赤にして、両手で顔を覆って泣き出してしまった。

 彼女の手の平から、涙が月光に輝きながら零れ落ちた。

 

 その時、イスティリの右手から、漆黒の霧が染み出てきて、瞬く間に霧散した。


『告。イスティリ=ミスリルストームがクルグネ=ハコン=ミ=レルゥによって施された、禁呪<部位奴隷>が欠損部位完治により、只今を持って無効化されました。これにより、異能<秘密格納>が状態を復帰致しました』


 その言葉に、イスティリはパッと右手を見る。

 そうしてから、震えながら、俺に手を見せてくる。


「……セイ様。セイ様っ。セイ様ぁ!!」

「イスティリ!!」


 イスティリの欠損していた右手が、遂に完治したのだ!!

 俺は彼女を抱きしめると、二人して涙に濡れながら、お互いが満足するまで、ずっと抱き合っていた。


◇◆◇


「じゃあ、今から皆さんに、ボクの真の力をお見せしますねっ」


 イスティリは皆を呼び寄せると、海の方向だけ大きく開けておくよう頼んでいた。

 俺だけが、彼女の隣に呼び寄せられた。


「セイ様は特等席です」


 イスティリはキシシッと笑うと、意識を集中させ始めた。

 俺に分かるようしたかったのだろうか、彼女は大きく指を広げた状態で、その手を水平になるまでゆっくりと上げていった。


 指の爪に、ポウと光が灯る。

 その爪の一つ一つに、楔形文字に似た文字が、浮き上がるようにして現れ始めた。

 

「これは、数字のような物です。ボクは、この数字の組み合わせによって、異空間に保管しておいた、兵器を取り出すことが出来るのです」


 イスティリはそう言うと、両手の小指の爪を接触させながら、まるで修験者のように印を組んだ。

 すると、彼女の眼前の空間がボヤけ始め、高さ一メートルほどの、台座付きの弩が現れた。

 弩には矢が装填されており、いつでも発射可能のようだった。


「おおっ」


 皆が固唾を飲んで見守る中、イスティリは素早くチ・チ・チと小指の爪を擦ると、同様の弩が三基現れた。

 彼女はその内の一基に、右手の人差し指の爪を弾く仕草をした。

 弩からは矢が放たれ、海へと消えていった。


「勿論、普通に人の手で飛ばすことも可能です。見てて下さい」


 イスティリがまた爪をこすり合わせると、麻縄で束ねてある弩用の矢がボタボタと空中から落ちてきた。

 彼女はその矢の束から一本取り出すと、打ち終えた弩に装填して発射させた。


「ね? この弩が最小の武器で、一番大きいのはセイ様の五倍以上の高さがある、重投石器です。重投石器を三基設置すれば、中規模の都市でも半日持ちません」

「はー。と言うことは、イスティリはこの力を警戒されて、右手を奪われたのか」

「はい。ネストは陥落しましたが、それまでに完成していた兵器群は、ボクだけが接触できる異空間に封じてあるのです。兵器群は数にしておよそ二千あります」


 俺は次はその重投石器が来るのかと思ったが、イスティリは俺の背丈ほどの投石器という兵器を出してきた。

 スプーンに似た形の木製の柄が付いた受け皿には、大人の拳ほどの岩石が沢山乗せてあり、彼女が爪で投石器を操作すると、岩石は大きな音と共に五十メートル以上飛び、草地を大きく抉った。


「すげーな。イスティリ殿はこれに加えて斧の技量も並ぶ者が居ないんだから、さすが魔王種って感じだな」

「しかも、右手が使えるって事は、斧の技量も更に上がる!?」


 ダルガとパルガがそう言うと、皆が同意するように大きく頷いた。


「この兵器群が無尽蔵に出せるってなると、敵は当然、親玉を狙うだろう。仕方なく突撃したら脳天を斧で割られて昇天って訳か」


 コモンも感心して、顎に手を置きながら納得していた。


 イスティリは「早く褒めでくださいよっ」とでも言いたげに、俺に頭を差し出した。

 俺が彼女の髪の毛をくしゃくしゃにしてやると、イスティリは満面の笑みで飛び跳ねながら俺の周りをグルグル回った。


「所で、あの重投石器とやらは?」

「あ、あれはここでは危険すぎますので……。この兵器群は出せても、元の場所には戻せないんです……。もし重投石器が倒れでもしたら、死人が出ます」

「そうなのか」

「はい。兵器は基本的に使い捨てです。ボクと同じ、クラフトマンズ・ネスト出身の魔王ザサール様は、この状況を打破すべく、巨人族に重投石器を曳かせ各都市を攻略したのですが」


 確か、ドゥアを壊滅させた魔王の名前がザサールだったな。

 使い捨ての兵器を再利用してまで、魔王ザサールは人類に戦いを挑んだのか。


 こうして、俺の、俺たちのイスティリは力を取り戻した。

 右手を切り落とされ、奴隷として死の瞬間を待っていた少女はもう居ない。

 溌剌とした、可愛く、優しい少女が居るだけだ。


「どしたの? セイ様」

「いや。イスティリは可愛いなぁ、と思って」


 イスティリは顔を真っ赤にして、ゴッゴッと頭を俺の胸元にぶつけて来た。

 俺がイスティリの髪を優しく撫でると、彼女はギュっと俺を抱きしめてきて、少しの間、満足げにそうしていた。

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