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158 牢からの解放

「お前達、出ろ」


 看守が牢の鍵を開け、俺たちに出るよう促す。

 騎士が四名、牢の外で待っていた。


 牢から出ると、騎士のうち一人が書類を持って近寄ってくる。


「頭領。お前の拇印が必要だ。一応読んで確認してから押すんだぞ」

「ああ」


 とは言え、俺は文字は読めない。

 その事を伝えると、書類を持参した騎士が代わりに読み上げてくれた。


「クヅーセイローとその一派は明後日の朝までに、ラザより退去すべし。これを破った場合には、より厳罰が下されるであろう」


 毎回俺の名前は、「お前ら本気で理解する気が無いだろ?」と思うくらい適当だった。

 イスティリやメアが、俺の発音を必死に拾おうとしたのと雲泥の差があるよな。


 俺が拇印を押すと、その騎士はこっそり耳打ちして来た。


「レイオーが居なくなった。アンタの仕業だろう。助かったよ」

「何の話だ?」


 この問いかけ自体が引っ掛けであった場合が怖いので、そ知らぬふりをした。

 騎士はニヤッっと笑うと俺から離れた。

 

 当のレイオーはセラの世界で果物を食べながら、のんびりしている事だろう。

 ダイロス救出までに体を万全に整えて貰いたい所だ。


 ようやく武器の返却があったが、ダルガとパルガに渡された剣が逆だったとかで、彼らはしきりに怒っていた。

 誰もそこまで分からんだろう、とは思ったが黙っておいた。


 俺たちが牢を離れ、監獄の外に出ると、その四人の騎士のうち、二人が残って同行した。

 どうやら、ラザを離れるまでの監視役であるらしかった。


 一人は以前レイオーがくれた事のある、例の酸っぱいガムを噛みながら、気の抜けた顔で付いて来る若いドワーフで、どうやらダイロス派であるらしかった。

 もう一人は壮年のヒューマンだ。

 彼はキルギ派なのだろう、俺を敵視しているのか、時折憎悪とも敵意とも取れる視線を送ってきては、剣の柄に手をかけていた。


(あそこまで露骨だと分かりやすいな)

「トウワもそう思うか?」

(ああ。ドワーフはワザと気楽な風を装って煽ってやがるな)

「なるほど。あれはわざとか」


 トウワが教えてくれる。

 彼は、自分の傘にイスティリが飛び乗るのを触手で支えてながら、更に教えてくれた。


(騎士達は俺達の目を欺く為の案山子さ。色んな所から視線を感じるぜ。目が合いまくる。なんたって俺の眼点は全方位だからな)

「泳がされているのか?」

(ま、そんなトコだろ)


 俺がコモン達のほうを見やると、もう彼らは散開して周囲を警戒していた。

 アーリエスも俺の横に来て、袖をちょんちょんと引っ張った。

 俺にしか聞こえないような囁き声で話しかけてくるので、俺は大きく屈んで聞いていた。


「ああ。今、トウワが教えてくれた」

「そうか。なら大丈夫だな。で、これからどうする?」

「ひとまずマルガンが麦を買いに出たいそうだから、それに付き合って俺たちも食料を買おう。相手さんが旅支度だと思ってくれれば警戒も緩むんじゃないかな」

「分かった。夜半には<地の迷宮>へ赴こう。それまでに、あのダークエルフの情報屋が接触してきてくれれば良いのだが。盗賊を斡旋してもらいたいからな」

「<地の迷宮>ってダンジョンなのか?」

「少し、違う。四大の迷宮は<風><火><地><水>。計四つあるのだが、どれも本来は英雄達の試練の間だ。修練を積んだ者達が挑む、最後の難関なのだ。だが、今回の目的は<迷宮>の攻略ではなく、単にダイロスを救って出口へと向かうだけだからな。無傷でやり過ごしたいのだ」


 そこでセラがカココッっと鳴った。


(わたくしの中に入って、スイスイっと出口に向かえば宜しいんではありませんか?)

「そうかも知れないね」

「今、天使殿は何と言った?」


 俺がアーリエスに伝えると、彼女は合点のいった顔をした。


「出口の門番である地のワームだけは討伐しなくちゃならんとは思うが、面倒な場所はそれで良いか。確か、要所で罠というか謎賭けがあった筈だから、そこだけ出入りしようか」


 彼女がカカッと笑ったところで、俺たちはひとまず食料の買出しに出る事になった。

 マルガンが麦を買う為に出てくると、騎士達は一様に驚いたが、声には出さなかった。


「セイ様。小麦を二袋。あの聖域に置いても構いませんでしょうか?」

「ああ。構わないよ。でも、朝露で濡れたりしないか?」

「その内、我らゾロアの為に穀物倉庫でも作ってください」


 珍しく、マルガンが冗談めいたことを言ったが、俺はそれを真に受けて後日、セラの世界に穀物倉庫を作った。

 セラはエリーシャの瞑想の場がどんどん俗物化していく様子が面白いらしく、そういった事がある度にコロコロと笑っていた。


「セイ様ー。後で食べる食料じゃなく、今!! 今なにか食べましょう!! ボクおなかが空いて死んじゃいそうです!!」

「そっかー。牢屋じゃ携帯食料齧るだけだったもんな」

「はいっ!!」


 俺の言葉にイスティリは大喜びで、近くの食堂の入り口に首を突っ込んで、中の様子を伺い始めた。

 コモン隊も食事と聞いてニヤッと笑い、コンキタンの兄妹とヘラルドは顔を見合わせて喜んでいた。


 イスティリが覗き込んでいた食堂は混雑していたので、コモン隊の半数と魔術師三人がそちらに行き、俺たちは屋台で済ませる事にした。

 

「セイ様。ボク屋台って好き。色んなものがたっくさん食べれるもん!!」

「俺はミーが食べたいな。啜るとメアに怒られるけど」


 屋台でミーが出来上がるのを待っていたグンガルが振り向いた。


「え? セイ殿。ミーは音立てちゃ駄目ですって」

「ううむ……。俺の国じゃ、音立てるんだよ」

「またまたぁ。ご冗談を」


 グンガルは呆れ顔だ。

 メアを見ると、笑いをかみ殺していた。

 話しているうちにグンガルのミーが出来上がったので、結局俺もミーを頼んだ。


 俺の分のミーが出来上がったのを横目で眺めていると、ウシュフゴールが魚の練り物を買って、トウワに渡していたのが目に入った。


(巻き角の姫様はいっつも優しい)

「ウシュフゴールは良い奥さんになるよね」

(そうだな。お前も宙ぶらりんのまま、いつまでも放置してやんなよ? 落ち着いたら全員迎えてやってくれよ? 俺からのお願いだ)

「う、うん」

「セイ様。ミー、冷めますよ?」

「あ、ああ。ウシュフゴール」

「どうしました? また鈴に触りたいんですか? 良いですよ」


 彼女はクリン、と小首を傾げて鈴のついた側の角を俺に向けた。

 俺はお言葉に甘えてウシュフゴールの鈴を鳴らした。

 彼女はうっとりとした表情で頬を薄く染め、目を閉じた。


「ちょっとぉ!! ウシュフゴールまで抜け駆けですかっ。もう、魔族ちゃんたちは本当に気が抜けないんですから!!」

「い、いえ。メア、私は抜け駆けしていません。純粋にセイ様に撫でてもらいたくって」

「……そ、それは仕方が無い事ですね。わたくしも常々そう思っていますから」


 メアはこの一件に関しては納得した様子で、穴の開いてないドーナツのような揚げパンを頬張り始めた。


 イスティリが両手にフランクフルトのように串で刺した腸詰め肉を両手に持って颯爽と帰還した。

 その後ろから付いて来るのは、リーンだ。


「たっだいま。そこでリーンさんに会ったよ」

「やっ。無事だったみたいだね。というか、冤罪なんだろう? 街じゃマー何とかって牛が、自分の敵になりそうな奴を捕縛して回っているらしいじゃないか」

「やあ。リーン。君は無事だったか」

「まあね。咄嗟に赤の他人の振りをしたからね。ははは」


 彼女は悪びれずにそう言うと、街で仕入れた情報を披露してくれた。

 

「牛達はダイロスを躍起になって探している。騎士達は対立し始めて、流血沙汰も出始めてるみたい。イスティリちゃんの為にここに来たのに、上手く事が進まないね」

「仕方ないよ。でも、拘束を解けたし、二日間はラザに居てもお咎めなしみたいだから、それまでに何とかしよう」

「ほほっ、言うねえ。でもそれでこそ僕が認める英雄だ。良い歌を作るからねー」


 彼女は笑いながらリーケンをかき鳴らした。

 ひとまず再開です。

 思いのほか時間がとれず大変でした。


 待って下さっていた皆様に、心からの感謝を。


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