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157 情報屋ディーリヒエン

 夜が白んできた頃、ディーが戻ってきた。

 彼女は牢屋までくると看守に銀貨を手渡し、それから俺に声を掛けて来た。


「こっちは上手く行ったヨ。判事は抱きこんであるから、最悪でも退去命令。運が良けりゃ罰金だけだナ」

「ありがとう。助かったよ」

「気にスンナ。こちとら商売サ」


 そこでディーは、今まで目深に被っていた外套のフードを外して、ニコリと笑った。


 コンキタンの褐色の肌の比ではない、漆黒の肌。

 ピンと張った長い耳に、幾分釣り上がったアーモンド型の瞳。

 そして、白磁の髪。


【解。ダークエルフ。二神が最後にウィタスへと招き入れた種族。エルフとは近似種だが、彼らがこの世界へと来た直後に二神は死に、赤き龍は眠りへと入った為、何の生活基盤も整えられないままに放置された不運な種族。主要十二部族ではない】


 なるほど。

 彼らはエルシデネオンの援助を受けないままに、この世界に放り出されたのか。

 スピリットが不運と俺に説明してくる位なのだから、推して知るべし、か。

 ディーの共通語になまりがあるのも、そのせいなのだろう。


「お? もしかしてお前、アタイの事美人だなって思っただろ? 顔にそう書いてあるぜ?」

「あ、いや」

「照れんなって! アタイもお前みたいな顔、キライじゃないぜ」


 そこでイスティリとメアが即効で壁を作り、二人してディーを睨みつけた。

  

「セイ様はボクんだ!!」

「セイはわたくしの伴侶です!!」

「「むむっ!?」」


 彼女らが熱い火花を散らし始めたのを見て、ディーはカラカラと笑って外套を被りなおした。


「アハハ。冗談だよ。冗談。アタイは金払いが良い奴が好きなだけサ。お姫様方から、そこの男を盗ろうなってこれっぽっちも思ってないぜ」

「そっかー。よかったぁ」


 イスティリが安堵のため息を吐く中、ディーは続ける。


「アタイの名はディーリヒエン=ルーキユ。お前は?」

「俺はクドウ=セイイチロウだ。セイと呼ばれている」

「なら、セイ。またアタイに出番があると思ったら、勝手に来るけどいいか?」

「ああ。そうしてもらえると助かる」

「分かった。じゃあナ」


 こうして、ダークエルフの情報屋、ディーリヒエンは立ち去り、しばらくしてから騎士達が俺たちを連れ出しに来た。  

 ウシュフゴールがこっそりとレイオーに毛布を被せ、隠していた。

 それをコモン隊が更に見えなくしていた。


「そこの男、それに魔道騎士。出ろ。残りはここに居ろ」

「ちょっと!! ボクはセイ様の盾だ!! 一緒に行く」

「駄目だ。はぐれ魔族は黙っていろ」


 イスティリは悔しそうにしていたが、コモン隊の後ろに隠れると即座に消えた。

 恐らくはセラの中に入ったのだろう。

 賢い選択だと思う。


 俺はコモンを呼び寄せて囁いた。


「もし、何か事が起きたらコモンに判断を委ねる」

「分かった。ただ、無理はしない。危険を感じたら、天使の中に逃げる事にする」

「ああ」

「お前達、いつまでグズグズしているんだ!! 早く来い!!」


 メアは以外にご機嫌だった。


「ふふっ。セイと二人きり。セイと二人っきり……」


 彼女が俺に腕を絡めるのを、騎士達はウンザリした顔で見つめていた。


◇◆◇


「判決。被告人を有罪とする。二日間の猶予期間を置いた後、ラザの所領から退去すべし」

「なっ!?」


 驚愕の声を上げたのは紳士服を着たフロストキンだ。

 彼は怒りも露わに判事へと詰め寄ろうとして、警護の兵に停められていた。


「何を馬鹿なことを!? 判事、私は説明しました。『領主マーダットへの反逆罪で、この男とその郎党を厳罰に処す』べきだと!! 謀反の種を持ち込んだ男を、その様な軽微な罰で済ますおつもりなのですか!?」

「ガーラッド代理人。客観的な立場で申し上げますと、反逆罪とは一概に断定できるだけの証拠がございませんでした。よって『疑わしきは罰せず』である所を、現状を鑑み、退去命令とさせて頂いたのですから、罰則としては十分でございましょう」

「何を馬鹿な!!」


 牛の代理人は頭から湯気を立てて怒り狂っていた。

 それを居心地悪そうに見ていた判事は、長居は無用とばかりに、閉廷を告げるチャイムを小間使いに鳴らさせる。


「ええいっ。茶番だ。こんなものは茶番だ!! 今に見ておれっ。そこのヒューマン!!」


 彼はわざわざ迂回し、俺の横を通り過ぎて出口を目指した。

 俺にその湾曲した牛の角を当ててくる。

 それも、渾身の力で振りぬいて。


 何とも野蛮な男だな、と思いながら、その角をディバに喰わせた。

 ゴリッと言う鈍い音と共に、牛の角は一本無くなるが、牛はその感触を俺に角をぶち当てたから、と勘違いしたのか、ニヤリと笑ってから立ち去っていった。


「セイ、大丈夫ですか?」

「ああ。メアもあんな男の総領と舌戦を繰り広げてきたわけか。大変だっただろう?」

「はい。大変でした。ご褒美が欲しいです」

「……」


 ちょっと薮蛇だったかもしれないが、メアがニコニコ笑うので黙っておいた。

 

 判事が立ち去ると、入れ替わりで騎士達が入ってきて、俺とメアを牢屋に連れ帰ろうとした。

 その時、騎士の一人がこっそりと、俺に小さな紙切れを手渡してきた。

 彼はよく見ると、あのモスと呼ばれた赤房飾りの男だったが、今日は上官の飾りも無い扁平な兜をつけていた。

 

「後で読んでくれ」


 モスは小さく呟く。

 どうやら、彼はこの為だけにこの場所に紛れ込んでいた様子だった。

 

 牢屋に帰り着くと、セラの中へと入り、イスティリを呼びに行った。


「あ。セイ様ー。大丈夫でした?」

「うん。ディーの根回しのお陰で、退去命令だった。その上、退去までに二日間の猶予まで貰えた。相手さんは激怒してたけどな」

「良かったですね。所で、マルガンさんが麦を買いに出たいそうですよ」

「あ。そうだったね」


 マルガンも連れて外に出ると、レイオーもしっかり回復したのか、俺に元気に挨拶してきた。


「セイ殿。助けてくださってありがとうございます。おおよその話はコモンさんから聞きました」

「そうか。これからダイロスを救出してあの牛どもを追い出そう」

「はい! そう言ってもらえると思っていました!」


 彼はニヤっと笑うと、トルダールから服を借りて着替え、ぼろぼろの衣服を牢屋の隅に投げ捨てた。


「トルダールさん。感謝いたします」

「いいって。また新しい服はセイ殿が買ってくれるしさ」


 トルダールが俺の肩に手をかけながら笑いかけた。


「そうだな。これが終わったらまた旨い飯でも食って、皆で買い物にでも出るか」

「やった!! ブルーザ。また酒が飲めるぜ!!」


 ザッパがはしゃぐ中、俺はモスから受け取った紙切れを取り出し、メアに読んで貰った。


「ええっと……。『ダイロス様は<地の迷宮>に入られた。攻略しなければ抜けられないので、救出に向かって欲しい。領主の椅子の裏に、八角形の黄玉が嵌っている。それを右に回せば迷宮の入り口へと通じる』と」


 こうして、俺たちはダイロス救出の為、<地の迷宮>へと向かう事になった。

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