156 鉱山都市ラザ ⑥
俺たちはレイオーを救出し、ヘラルドの<転移>で元の牢屋に飛ぶ。
イスティリはレイオーにもう一本回復薬を飲ませると、彼に肩を貸して牢の奥まで連れて行った。
「結構酷い目に合わされていたみたいですね」
レキリスウスが心配そうに様子を見に来た後、自身の毛布をイスティリに手渡した。
「ありがとう。レキリシウス」
「いえ。今から丁度当番なのですよ」
レイオーも二本目の回復薬で意識もはっきりしてきた様子で、軽く頭を下げると、毛布の上で横になった。
彼はもう一度俺たちの方を向いて「ありがとう」とだけ言うと、目を瞑った。
少ししてから、彼の寝息が聞こえてきた。
「セイ様。あれは拷問なんてものじゃないです。正直、生きていたのが不思議なくらいです」
「僅か半日程であれほどまでに傷だらけって事は、相当酷い目に会ったんだろうな。起きたら服を見繕ってやらないとな」
イスティリがレイオーを気遣って、少し声のトーンを落として語りかけてくる中、コンキタンの妹が報告してきた。
「セイ様。少し前のことです。メア様は兵士から情報を仕入れていましたが、女戦士からの強襲を受け、撤退されました」
「なんだって?」
「はい。兵士は一瞬で切り殺されましたが、メア様は即座に<転移>で何処かへ移動され、事なきを得ました」
「そ、そうか。ありがとう」
「いえ。女戦士は人の気配には敏感なようですが、蛇は今現在発見されておりません。もう少し、様子を伺ってから改めて報告差し上げます。移動さえしなければ、蛇との同調率を上げて、声も拾えるんです」
「ありがとう。君も余り無理はしないようにね」
「はっ、はい」
彼女が俺たちから離れ、蛇とのコンタクトに意識を集中させる中、メアが青ざめた顔で戻ってきた。
「メア! 大丈夫か!?」
「は、はい。……情報は随分と手にしました。あと、かなり危険な人物も居ました」
「怪我はしてないね?」
「大丈夫です」
メアの肩に優しく触れる。
彼女は小刻みに震えていたが、俺にキュっと抱きつくと「わたくし、頑張りました」と囁いた。
俺はメアの背中を撫でながら、彼女が満足して離れるまでそうしていた。
それから、メアが持ち帰った情報をアーリエスと共に分析した。
「ふふーむ。魔道騎士に用があったのではなく、単に見目麗しい女性に用があっただけとは……。そのマーダットとかいうフロストキン、頭は大丈夫か?」
「俺も、領地を奪った後の行動にしては杜撰すぎだと思うのですが、ウィタスではこんな事がまかり通るんですか?」
「いや、セイ殿。普通はありえん」
「では、何故なんでしょう」
「恐らく黒幕はフロストキンではないな。その女戦士のほうだろう。ラザに混乱を撒き、その間に何かを画策しているのだ思う」
そこで、蛇と同調していた『妹』が悲鳴を上げて倒れた。
慌てて『兄』が駆け寄って抱き起こした。
「だ、大丈夫か!?」
「は、はい。兄様。蛇を鉄靴で踏み躙られてしまいました……」
俺たちも心配して駆け寄る中、気丈にも彼女は立ち上がると、フロストキンの総領マーダットと、その女戦士との会話を語り始めた。
『ワ、ワシを下種だとっ』
『ああ、そうだ。こんな毒薬に近い成分を使ってまで手篭めにしたかったのか、あの女を? こんな物、数回も使えば廃人になるぞ』
『下種め』
『お前、ここで死ぬか? 牛どもを纏め上げるだけなら、誰でも出来る。我ら『鎖』の傀儡でありさえすれば、別段お前でなくとも構わんのだぞ?』
「私が拾えたのはここまでです。蛇と同調するまでにも会話はしていたようですが。その後、蛇は殺されてしまいました」
「すばらしい。よくここまで粘ったな」
アーリエスが妹を褒めると、彼女は照れて顔を真っ赤にしていた。
兄のほうは妹が誇らしいのか、彼女の頭を撫でて、目を細めていた。
「と、なると、アーリエスの言っていた通りなのか。フロストキンは操り人形で、それを隠れ蓑にしてコイツは暗躍している、と」
「だろうな。コンキタンの妹御。それにメア殿。その女戦士の外見を教えてはくれんか」
「はい。歳の頃は十四か、それより少し上。緑色の髪の、多分、ハーフドワーフだと思います。兜無しの鋼の鎧に諸刃の斧」
「ええ。その通りです。兵士二名の首を、神速の横薙ぎで瞬時に切り落としました」
「ふふーむ」
アーリエスはぐるぐると回りながら、思案している様子だった。
「推論だが、その女はフロストキンにラザを強襲させ、ダイロスを殺させる事が目的だったのだと思う」
「何故、そう思うんですか?」
俺はどうしてそうなるのかが理解できずに、質問した。
「神速の斧使いが欲する物は、このラザに一つだけあるだろう?」
「地の斧ベリエスティリアス」
イスティリがポツリと呟いた。
「そうだ、地の斧ベリスは正当な所有者が居ない状況ではあるから、現時点では領主ダイロスが仮の所有者なのだろう。そのダイロスが死んでしまえば、一時的に所有権の移動が可能になる」
「わたくし、マーダットからベリスは取り戻したと聞きましたが?」
「まあ、それは願望と言うか、実権を握ったのだから、もう手に入れたも同然、位の意味だと思う」
「なるほど……納得できる推論ですね」
メアがしきりに頷く中、俺は何故そこまでして女戦士は影からフロストキンを操る形で地の斧を奪うことに固執するのだろうか、とアーリエスに問いかけた。
「それは、分からん。それにあたしが今言ったことはあくまで推測だ。間違っている可能性もある中、その情報だけで考えを固定してしまうのは危険だ」
「セイ様。それに尻尾先生」
「どうした? イスティリ」
「その女戦士は『鎖』という言葉を使いました。ボクを片手であしらった、あのテオという仮面の男を覚えてらっしゃいますか?」
「ああ……。あの男も鎖という言葉を使った」
(私はテオとでも呼んで下さい。まあこの子ら『飼い狗』と『飼い主』を繋ぐ鎖の役割を担っています)
「なんだ、それは? 詳しく教えてくれんか?」
俺は勇者ハランディの子孫バイゼルの強襲を受けたこと。
そのバイゼルを退けた直後に、テオと名乗る人物がバイゼルを救出しに来た下りを話した。
「ふふーむ。鎖といえば、オーガの領主らが直参の古兵をそう呼ぶ慣わしがあるが……」
「テオは青と赤に色分けされた狼の面を被ってました」
「青赤の面か。二神は青の神と赤の神と呼ばれておる。エルシデネオンは赤龍。シズメは青龍。何か繋がりがあるのか、それとも偶然か。とは言え、簡単に情報の断片が繋がる訳も無い。一旦、鎖と言う用語と、テオという男からは離れよう。まずは、その女戦士を警戒しつつ、今後の予定を組む。話はそれからだ」
アーリエスはそう纏めたところで、情報屋のディーが舞い戻ってきた。
◇◆◇
「こちら、リーン=ル=カライ」
「リーン。こちら、ソリダ=ル=カライ。そちらはどうだ?」
「ああ。元勇者ハルガルの生活基盤を立て直した後は、順調に旅をしていたよ。特に変わったことは無かった。けど、ラザに着いたらセイらは捕縛されてしまった」
「そうか。ラザは現在フロストキンのキルギ一派が一時支配しているからな。ダイロスの配下が連れ帰った祝福持ちを警戒するのは当然だろう」
「そのフロストキンの支配について、もう一度詳細を教えてくれないか? 何か見落としている気がする……」
俺はリーンに改めて、フロストキンがラザの土地と地の斧ベリスを狙い、ダイロスを追い落とした話をし、王都としては、その程度の襲撃で蹴落とされるダイロスに手を差し伸べるつもりが無いことを伝えた。
「でも、斧は重要なんじゃない? あれが消失したり、ヴァスモアやグルーあたりに所有権が移ったら危険じゃないか」
「そうだな。だが、そんな事ではこちらは動けん。王が注視しているのは祝福の所有者の動向と、近日に迫っている『魔王』降臨の二点だけだ」
「もう魔王降臨は年内?」
「最悪の場合、もう降臨していると予想されている。もう時間が無いんだ。小競り合い程度には、もう注視している暇は無い」
「分かった。新『勇者』候補のほうは?」
「恐らく、三人。一人は王都で軟禁状態にしてあるが、もう二人は探しきれていない」
軟禁とは言え、仮にもシュアラ学派グナールの門弟。
一級<僧侶>にしてハイ一族の才女ハイレアともなれば、かなり自由に動ける状態ではあるのだが。
彼女は自身が王都で軟禁生活を強いられている事には、全く気付いていない様子だったので、俺達カライにとっては簡単な仕事だった。
「三人じゃないかもしれない。恐らくは四人だ。セイと、『元』勇者の雛、シュマリドがそう言っていたからな」
「まさか……!? あと一人、見落としている人物が居る?」
「ああ。早急に、手を打つべきだろう」
「わ、分かった。で、では通信を切るぞ。リーン」
リーンには俺の動揺が伝わってしまったかもしれない。
だが、まずは情報の洗い直しだ。
俺は配下達を呼び寄せると、矢継ぎ早に命令を下した。
何故ハイレアが王都に居るのか。
彼女がどうして昇格試験無しで一級<僧侶>になっているのかも、いずれ分かります。
残業の為、11/23もお休みします。




