155 鉱山都市ラザ ⑤
わたくしが手刀を叩き込んだ偽領主は、意識を失ったまま床で転がっていた。
残っていた二名の兵は、それを見て安堵していた。
「さて、そこのお二人。良かったら取引しませんか?」
「と、取引、ですか?」
「ええ。わたくしの質問に答えて頂ければ、手荒な真似はしません」
「も、勿論です!! 我らが魔道騎士様に敵うはずもございません」
兵は汗をかきながら必死に保身に走っていた。
わたくしはこの部屋ではなく、どこか身を隠せる部屋で、話の続きをしたいと要求した。
兵の回答も待たずにひとまず部屋を出ると、慌てて兵達が追い越して「こちらへ」と誘導し始めた。
そうして、物置部屋のような所に入り込むと、ようやく一息ついた。
「では、質問です。何故あのような男がラザの領主に? そして、何故貴方がたは抵抗もせずに、さも配下のように振舞っているのですか?」
「はい……。あの者は百程のフロストキンの戦士を引き連れ、ダイロス様の祝賀会に乱入してきたのです。ダイロス様の護衛に就いていたデリアガル騎士団は、その時点でもうフロストキン達と通じておりました」
「なんと!! 領土防衛の要である騎士団が裏切るとは!!」
兵達は交互に話し続けた。
「唯一の救いは、ダイロス様だけは落ち延びた事です。ですが、今何処にいらっしゃるか……」
「それに、我らは所詮雇われ。抵抗しても何も変わりません。出来ればあの粗暴な牛ではなく、名君ダイロス様にご帰還頂きたいとは思っていますが……」
「デリアガル騎士団は裏切り者の集団が幅を利かせ、実権を握っております」
「勿論、それに従っているフリをしながら、機会を伺っている者も居ると信じています……」
そこで一旦わたくしは、口を噤むよう手振りで示した。
彼らが静かになると、廊下をコツコツと歩く音だけが聞こえてきた。
わたくし達は、その足音の主が立ち去るまで、待機することにした。
しかし……。
足音の主はわたくし達が隠れ潜む部屋の前で立ち止まると、『ここか!!』と声高に宣言すると、扉を蹴破って進入してきた。
その者は、銀色の鎧に身を包んだ少女で、諸刃の斧を片手に持っていた。
わたくしの全身から、危険信号が発せられる。
「ここに居たら死ぬ!!」
わたくしは咄嗟にセラの中に逃げ込んだ。
最後にわたくしが見たのは、斧で首を切り落とされる兵士達の姿だった。
単純に彼ら兵士のほうが扉側に近かった。
そして、わたくしは危険を察知し、即座にセラの中へと退避した。
その二つの事柄が、明暗を分けたに過ぎなかった。
わたくしはセラの中から即座に外へと出ようとしたが、足が震えて立てなかった。
余りにも強烈な、死の恐怖。
あそこまで強い殺気を浴びたのは、ネスト掃討の折に、数回あっただけだ。
「もし、わたくしが扉側に居たなら……。もし、わたくしがセラの中へ退避できない状況だったとしたら……?」
死んでいた。
確実に死んでいた。
それほどまでに強烈な殺気と、鬼神の如き技量。
わたくしは、震えが止まるまで、セラの聖域に留まっていた。
◇◆◇
「やるなぁ。無詠唱の<転移>? いや、もっと特殊な何かだな……」
私は髪をかき上げると、仕方なくマーダットの元へと戻った。
彼は気絶から回復しており、しきりに延髄の辺りを触っていた。
「今頃きおって!! お前はワシの護衛ではなかったのか!! ユノールザード」
「フン。私は誰の指図も受けないわ。敬愛する『鎖の主』様意外にはね!! だいたい、アンタが色気出して余計なことするから、私が尻拭いをしてきたんじゃない」
「な、何のことだ……」
「全てお見通しなのよ?」
卓に手を付けていないフィネがあったので、一息にあおった。
飲み干した杯を派手に叩きつけて割ると、牛の総領が肩を縮こまらせて、私の顔色を伺った。
「ん? 睡眠薬か……それとも、筋肉弛緩薬か。下種もここに極まれり、だな」
「ワ、ワシを下種だとっ」
「ああ、そうだ。こんな毒薬に近い成分を使ってまで手篭めにしたかったのか、あの女を? こんな物、数回も使えば廃人になるぞ」
「……」
「下種め」
私はマ-ダットの喉を掴んで、無理やりに彼の膝を床に付けさせた。
「お前、ここで死ぬか? 牛どもを纏め上げるだけなら、誰でも出来る。我ら『鎖』の傀儡でありさえすれば、別段お前でなくとも構わんのだぞ?」
マーダットはブルブル震えながら目を見開いていた。
私は駄牛を開放し、ため息を一つ付いた。
牛どもが、ダイロスを殺害し、一時的にラザの実権を握る。
どの道、すぐに取り返されるだろうか、別段知ったことではない。
私が来た理由、このアホどもの手助けをする理由は別にあったのだから。
駄牛どもがダイロスを殺害し、一時的に所有者が居なくなった神斧ベリエスティリアスを、私が持ち帰る。
誰もがフロストキンがベリスを隠匿したと思うだろう。
その為の隠れ蓑として、こいつらを利用しているに過ぎなかったのだ。
それが……まさかダイロスを取り逃がすとは……。
私は髪の毛をくしゃくしゃにしながら、思案した。
案は二つ。
ダイロスを殺害できるまで、この地に留まり、地の斧ベリスを回収する。
もう一つは、影からダイロス側を支援し、牛を放逐した後に開催される『神斧大祭』に出場し、優勝者として正当に持ち帰る。
私はどちらの案も捨てがたかったので、ギリギリまでダイロス殺害を支援し、無理と悟った時点で牛を潰す算段で組みなおす事にした。
期限は一ヶ月間。
あと二十九日で、年に一度しかない、我らが主への謁見式が始まる。
必ず、それまでに帰らねば。
私は、敬愛する我が主のお顔を拝見できる年に一度の機会だけは、どんな事があっても城へ戻るのだ。
テオのように、任務優先の者も居るが、私にはそれが理解できなかった。
◆◇◆
その日、ベアラーの『鎖』レガールードは、ガッド=ガドガーの研究施設を訪れていた。
「ようこそ、レガールード様」
「ああ。珍しい型の魔王種が捕獲できたと聞いてな」
「左様でございます。トレンツ・ネストからドライアド型の魔王種が手に入りました。完全な回復特化型ですので、レガールード様に一声掛けておこうかと思いまして」
「助かる!! 先だってバイゼルに僧侶を縊り殺されたばかりで困っていたのだ。俺の部署は回復と補助特化だからな。もし奈落種として再誕した場合、俺に買わせてくれ」
「ええ。勿論です。その為にお声がけしたのですから」
レガールードは熊の手をゆっくりとガッドに差し出すと、ガッドはグッっと握り締めた。
「レガールード様……」
「何だ」
ガッドは少し逡巡していた様子だったが、意を決して口を開いた。
「もし、このドライアドが奈落種となった場合、金ではなく、一つ手伝って頂きたいことがあるのですか……」
「なんだ? 言うだけなら自由だろう。足抜けしたい、といった事柄でなければ俺は構わんぞ。それに予算に限りもある。金を使わず駒を増やせるほうがありがたい」
「はい……。実はあのセイと言う祝福持ちに仕える、イスティリという名の魔王種が、私は欲しいのです……」
ガッドの瞳に、欲望の焔が灯る。
「ふむ。現時点では祝福持ちには手を出せないが、その配下には手を出すな、とは言われておらんな」
「はい」
「だがどうしてだ? 人に仕える半端者など、奈落種にしても旨味が無いと思うのだが?」
「いえ、あの者は宝石の原石です。まだ磨かれていない金剛石なのです……」
ガッドはレガールードの手を強く握りながら熱を帯びた声で、もう一度、囁いた。
「私は、あの者が、どうしても……欲しいのです」
21日はお休みします。
何時も読んでくださる皆様に、心からの感謝を。




