154 鉱山都市ラザ ④
俺はイスティリとウシュフゴールに挟まれ、岩屋の壁にもたれ掛かって寝る準備をしていた。
コモン隊が二人歩哨に立ち、更にヘラルドがコモン隊の邪魔にならない位置に光球の呪文を詠唱してくれた。
「私、蛇を召還してハイ卿にお付けしています」
「そういった事が出来るのか。ありがとう」
コンキタンの妹が報告してきてくれる。
俺がその機転に感謝すると、彼女は顔を上気させながらペコッっと頭を下げ、それから兄の元へと戻った。
夜半までメアは帰ってこなかったが、それまでに動きがあった。
「セイ殿。情報屋を名乗る女が来ております」
「そうか」
ペイガンが報告に来てくれる。
俺が格子の前まで行くと、目深に外套をかぶった人物が、俺に気付いて軽く頭を下げた。
看守は薄暗がりの中で銀貨を数えており、どうやら金を使って口止めしている様子だった。
「アタイはディー。さっき言ったとおり情報屋サ。アンタに買って貰いたい話があるんだ」
「どんな話だい?」
「何故アンタたちがここに入れられたかって言う情報から売りたい。そっから先は質問してくれりゃ金で答えるヨ」
「よし、買おう。幾らだ?」
俺の即決にディーと名乗った女は、顔を見せはしなかったが幾分驚いた気配がした。
「よし。なら決まりだな。先に金貨十枚だしな」
俺は早速、格子越しに金貨を手渡した。
「へへっ。毎度っ」
ディーは早速看守に金貨を一枚投げて寄越した。
看守は慌てて受け止めようとして取り落とし、暗がりで泣きそうな顔をしながら落ちた金貨を探していた。
「二十日ほど前だな。フロストキンのキルギ一派がダイロスの統治二五周年の祝賀会に乗り込んだんだ」
【解。フロストキンは牛の頭を持つ獣人種族。男性は粗暴であるが非常に腕力があり、傭兵や護衛として活躍する。女性は朴訥で家庭的。従順ではあるが、怒らせると殺人すら厭わない】
さしずめミノタウロスといった所だろうか。
俺はディーに話の先を促した。
「キルギ一派は奇襲に成功し、かろうじて落ち延びたダイロスは、雲隠れしてラザ奪還を目指している」
「それが、何故俺たちが牢屋に入れられる事に繋がるんだ?」
「せっかちな奴だな、お前。このディー様が本題の前に細かい所を説明してやってんだ。ありがたく思えよ?」
「そっか。そりゃ悪かったよ」
彼女はフフッと笑ってから話を続けた。
「アンタ、素直な奴だな。ま、こっからが本題サ。ラザ奪還のために裏で工作してるだろうダイロスの元へ、配下レイオーが戦士団を連れて帰還する。それも祝福持ちの男を連れて、ナ」
「なるほど、あたしたちがダイロスに雇われた兵だと誤認したキルギ一派が、先手を打ったと」
「なんだ、えらくこまっしゃくれた幼女だな。お前の子か?」
「あ、いや」
いつの間にかアーリエスが横に来てフンフンと頷いていた。
「そうすると、魔道騎士であるメア卿はキルギとやらに呼ばれて、この一件が内政干渉だと詭弁でも振るっているのだろう」
「はー。そういう訳か」
「アタイらもそう睨んでる」
実際には、もっと品の無い用件でメアは呼ばれたのだが、その時は情報屋すらそう思っていたようだった。
「セイ様。よろしいですか?」
「うん」
コンキタンの妹が耳打ちしてくる。
「そのキルギの総領にメア様は言い寄られて、カンカンになったメア様は彼の兵をコテンパンにしています。あっ。今、キルギも倒してしまいました。ええっと、素手で……」
「メアは大丈夫そう?」
「兵は呆れ返って槍を下ろしました。余り忠誠心は無さそうです。メア様は、部屋を出てどこかに行かれるようです。追います」
「ああ。頼むよ」
俺たちの話が終わったのを見計らって、ディーが改めて言葉を紡いだ。
「ま、アンタ達は運が無かっただけさ。アタシらが仕入れた情報じゃ、アンタ達は神斧大祭に出る為に来た。そうだろう?」
「そうだね。まさか、クーデターがあるなんて夢にも思わないよ」
「くーでたー? ま、言いたいことは分かるけどサ。で、こっから先はまた金貨十枚。明日ある申し開きで上手く乗り切る方法を伝授できるぜ」
「セイ。買っておけ。情報は多いほうが良い」
アーリエスが欠伸をかみ殺しながら伝えてきた。
俺が改めて金貨を渡すと、看守が走ってきてディーの手から金貨を一枚もぎ取った。
「ははは。悪かったよ。ホラ、もう一枚もってきな」
看守は恐る恐るもう一枚金貨を受け取ると、元の場所へと戻った。
「方法は二つ。簡単なのは賄賂を通しておいて、領地内退去命令にして貰うことサ。これならここから離れるだけで構わないからナ。もう一つは、弁護人を雇って申し開きを長引かせ、判決までの時間を限界まで稼ぐんだ。その間にダイロス派と連絡を取り合い、キルギ一派を追い出せば、そもそも罪には問われん」
「賄賂を渡して自由になってから、キルギを追い出す為にダイロスと連絡を取る、ということも出来そうだな」
「ま、潤沢な資金があるってんならアタイは止めない。なんなら賄賂を通すのは仲介するヨ?」
「そうだな。頼んでおくか。でも賄賂を渡しておいて、相手がそ知らぬふりをしたり、ってのはないの?」
「そうなったら相手は盗賊ギルドと情報屋連中から恨みを買うからナ。単純に墓場へ一直線だ」
時々アクセントが訛るのは、彼女の共通語が上手では無いからなのだが、その理由は後に判明する。
「なら決まりか? 金貨二百枚用意しな。それとは別に、成功したらアタイには金貨五十枚だ」
「失敗したら?」
「っざけんな。アタイが失敗する訳ねえだろっ。……成功報酬は金貨百枚だ」
少しディーを怒らしてしまったが、余程の自信があるようなので、依頼することにした。
「所で、レイオーはどうなった?」
「ああ、ダイロスの側近だからな。拷問を受けて尋問されてる。可愛そうに、本当に偶然なのにナ」
「どうにか出来ないか?」
「ちょっとそれは無理だ。だが、居場所を教える事は出来る。金貨……いや、良いや。一個貸しにしとこう。この監獄の奥にある尋問部屋か、その隣の部屋だろう」
「ありがとう」
ディーは金を受け取ると「また来る」とだけ言い残して立ち去っていった。
「明け方までにレイオーを救出したい」
俺は看守から聞こえない所まで離れると、皆に告げた。
「そうだな。看守を抱きこむか? あの様子だと金貨でコロッっと寝返るぞ」
コモンがそういうと、皆が賛同した。
「よし。それで行こう」
「交渉は任せてくれ」
ザッパが看守を呼び寄せてボソボソと話し込む。
右手に握りこんだ金貨をチラ付かせながら。
看守はあっさりと鍵を開け、「夜明けまでに帰ってきてくれ」とだけ言うと、居眠りしているフリをした。
「セイ様。ボク、レイオーを助けるなら行きたいです!!」
「そうだな。余り大手を振って練り歩く訳にも行かないから……。イスティリにウシュフゴール、後は……」
「オレですね。<転移>持ちのオレが行けば、レイオーさんを救出した後、ここに一っ飛びですよ」
「よし、ヘラルド。頼んだ」
彼は「よっしゃあぁ」と小さくガッツポーズに似た仕草をした。
「作戦は簡単だ。人に出会ったらウシュフゴールが眠らす。無理な場合はイスティリに任せる。レイオーの部屋は俺がルーメン=ゴースに頼む。レイオーを救出したら、ヘラルドの<転移>で飛ぶ」
「分かりましたっ。ってセイ様? ボク、武器があると嬉しいです」
「そうだったな」
俺は以前ルーメン=ゴースの力で食べておいた斧を、その力で取り出すと、彼女に手渡した。
「エヘヘっ。これで準備万端です」
「じゃあ、行こうか」
俺たちが外に出ると、看守は「奥は向こうだ」と眠ったフリをしたまま指差した。
道中、巡回する兵や、看守、俺たちの姿を見て騒ぎ立てようとする囚人を、ウシュフゴールが的確に眠らせていった。
「後で、たくさん褒めてくださいね」
ウシュフゴールはそう言いながら、ニコっと笑った。
俺は、彼女の角に付いた鈴を軽く触る。
「セイ様。多分あの十字路を左です。奥にご丁寧に『尋問室』とありますから」
先に前進して偵察していたイスティリが、角を曲がらずに引き返してきた。
どうやら、その角を曲がった先にレイオーが囚われているのかもしれない。
俺が様子見に頭を出すと、鎧を着た骨が二体、配置されていた。
「あれは、確かスケルトンか」
「余程、警戒しているんでしょうか。ボクなら瞬きの合間に倒せますけど」
「そうだね」
「オレが<駿足>を掛けますよ」
ヘラルドが呪文を掛けた瞬間、イスティリがスケルトンを強襲した。
即座にスケルトンは破壊され、イスティリは『OK!』とでも言うように両手をブンブン振った。
俺はルーメン=ゴースに扉を食べて貰うと、尋問室に侵入した。
と、そこには、両手を縄で縛られ、天井から吊り下げられるレイオーの姿があった。
「レイオー!!」
イスティリが慌てて彼を解放する。
「う……? イスティリ殿?」
彼はそれだけ言うと、朦朧としたまま床に横たわっていた。
イスティリが慌ててセラの中に入り、回復薬を持ってくるとレイオーに飲ませた。
「助けに、来てくれたのか?」
「うん!」
「ありがたい。皆様は無事か?」
「大丈夫だよ!! レイオー、少し休んで」
イスティリはレイオーを背負うと、「セイ様、早く戻ろう」と言った。
俺はルーメン=ゴースの力で、食べた扉を元の場所へ嵌め込むと、ヘラルドに頷いた。




