153 鉱山都市ラザ ③
セイは以前より強くなった。
わたくしはそう思いながら、食事の清算を済ませた。
ラザに着いて早々に牢屋に入れられた事には驚いたが、それでもセイは落ち着いて判断を下し、皆を導いた。
牢に入れられてすぐに、イスティリが毛布を配り始め、コモン隊が格子の前に陣取って寝始めた。
何時も通り、持ち回りで歩哨を立てて。
彼らの忠誠には本当に頭が下がる。
わたくし達が安心して夜を過ごせるのは、彼らの助けがあってこそだと思う。
セイはコンキタンの兄妹、それにヘラルドを連れてセラの中へと入っていった。
彼らが戻って来るとほぼ同時に、牢の前で人の気配がした。
「魔道騎士だけ、出ろ」
看守がわたくしだけ一旦、牢から出るよう促した。
セイは軽く頷いてから、「何かあったら即セラの中に逃げ込むんだよ、メア?」とわたくしを心配してくれた。
「ええ。少し情報が集れば良いんですけれども」
「無理しなくていいからね」
わたくしは返事代わりに、セイの頬に口付けをしてから、鉄格子の扉を潜った。
看守は初老のドワーフが二人。
彼らのうち一人がわたくしを誘導し、囚人達が蠢く監獄を抜け、待たせてあったらしい馬車へと乗り込むよう促した。
馬車は豪奢な装飾が施された二頭立てで、わたくしはそれに揺られながら、石と漆喰で作られた邸宅へと招き入れられた。
日は落ちる寸前で、庭先では従僕達が、篝火に火を入れ始めていた。
馬車から降りたわたくしは、邸宅内の控え室で少し待たされた。
お茶が出たが警戒して飲まず、飲んだ振りをする為に、隙を見て半分ほど植え込みに流しておいた。
「主人がお待ちでございます。ハイ卿」
案内された先では、長椅子でゆったりと腰掛けるフロストキンの中年男性が居た。
牛の顔を持つ獣人種族、フロストキン。
彼は少しだけ居住まいを正すと、わたくしに挨拶した。
長椅子に座ったままで。
「ようこそ、おいで下さいました。ワシはラザ領主、マーダット=ラ=キルギと申します」
確か、ラザ領主は代々ドワーフである筈だったし、当代領主の名はダイロスでは無かったのか。
そもそもわたくしの知識の中では、領地を持つフロストキンは居なかった。
それでも努めて平静を装い、挨拶をする。
「お初にお目にかかります。わたくしは、ハイ=ディ=メア。ハイ一族の当主にして、ダイエアラン・ロー所属の魔道騎士」
「存じ上げております。オグマフ=カラルス=デ=コズ殿の懐剣ハイ卿。お会い出来て光栄です」
丁寧な物言いとは裏腹に、まるで品定めでもするように、這うように彼の視線はわたくしをねめつけた。
彼はわたくしに椅子を勧めると、自身は葡萄酒をガブガブと飲んでは手酌で注いでいた。
「一杯、いかがですかな?」
「いえ」
「そう、言わずに」
「結構です」
「まあ、まあ」
断るが、執拗に勧めてくる。
わたくしは、怒った振りをして、一旦椅子から立ち上がる。
マーダットは慌てて宥めすかし始めた。
「し、失礼しました。ご婦人でありましたので、葡萄酒がお好きかと思いまして。そうだ、フィネかエールでも?」
わたくしは呆れてしまった。
どこかずれているこのフロストキンは、召使にフィネを持ってこさせたのだ。
「もう、結構です。単刀直入に、わたくしだけをここに呼んだ理由をお聞かせ下さい」
「では、ざっくり行こう。ワシも礼儀や作法には疎い。ラザ領主となったからには、と言葉を選んで居ったが、面倒だ」
ラザ領主となった?
わたくしはその言葉を飲み込むと、彼の次の言葉を待った。
「ワシと手を組まぬか。魔道騎士」
「手を組む?」
「ああ。お前達はレイオーが連れてきた、ダイロスの傭兵だろう? このマーダットに領主の身を追われたダイロスの、頼みの綱」
少し読めてきた。
それで「反逆罪」という訳なのか。
この男がラザを簒奪したのは、つい最近のことだろう。
そこにダイロスの腹心レイオーが多数の人間を連れて舞い戻れば、それはダイロスの為に違いない、そう考えてもおかしくは無い。
「領主」マーダットへの反逆の恐れありとして、レイオーと、彼が連れ帰った者を拘束した、といった所なのだろうか。
「本来、この土地は我らキルギの土地であった。それをあのドワーフどもが簒奪し、我らを荒野へと追いやったのだ」
「……」
わたくしが王都で習得した歴史では、この一帯はドワーフとフロストキンが共存していた地域だと学んでいた。
けれど、もう二十年以上前に、地の斧ベリスの所有をめぐり、彼らが小競り合いを起こした結果、フロストキンは荒野へと壊走し、今に至る筈だ。
わたくしは明言を避け沈黙したまま、情報を整理していた。
「それをようやく取り返し、ベリエスティリアスも手中に戻った。そこにお前らが現れて肝を冷やしたわ!! しかし間抜けにも宿で悠長に食事などしておったから、拘束は容易であったが。流石のお前達でも、騎士団二十名には敵わんだろうからなあ」
僅か二十名の手勢で、わたくし達が止められるとでも?
そうは思ったが、悦に入って更に言葉を紡ぐフロストキンにこのまま喋らせる。
「レイオーはほとぼりが冷めたら処刑する。みせしめとしてな。他の者もこれでワシが領主なのだと理解するだろう。あの者が連れ帰った者達も、後悔させてやる」
酒が入り、わたくしの前でベラベラと喋り続けるこの簒奪者は、領主の器では無いようだった。
わたくしは、彼がまた酒を飲み始めた所で問うた。
「それで、わたくしをここに呼んだ理由は?」
「ああ。それだ!! ハイ卿。お主ほどの見目麗しい御仁が、あのまま刑罰を受けるには忍びなかった。ゆえに、ワシの命で温情を与えたのだ。感謝せよ」
彼はゆっくりと立ち上がると、わたくしの横に立って酒臭い息を吐きながら、何とわたくしの手を取って摩り始めた。
鳥肌が背中から駆け上がる。
ああ!! 早くセイの所に帰りたい!!
セラに飛んで、そこからセイの所にポンっと飛び出して抱きしめてもらうのだ!!
いやらしい目でわたくしの胸を見下ろしながら、偽領主マーダットは更に言葉を重ねる。
「何、簡単な話だ。今日ここで泊まってゆけば、お主は晴れて自由の身だ。ん? 分かるな」
わたくしは彼の手をピシャリと叩き落すと、素早く立ち上がった。
「わたくしを怒らせると、どうなるかご理解頂いた方が早そうですね……。わたくしの名はハイ=ディ=メア。名誉ある魔道騎士にして、誇り高きハイ一族の当主!!」
「待て!! もう一度言う!! ワシの相手をせよ!! これは命令である。そしてこのラザに留まれば、十分な金も地位も与えるぞ」
「お断りします!! もう一度同じ事を言った場合、貴方は生涯後悔する事になることでしょう!!」
「ええい!! 強情なやつめ。少し痛い目を見たほうが良さそうだな……」
マーダットが呼び鈴を鳴らすと、槍で武装した兵が五名入室してきて、わたくしをとり囲んだ。
「ワシは知っているぞ!! 魔道騎士は魔具が無ければ呪文を使ってはならんことをっ。万が一にでも魔王降臨時に『魔術健忘』に掛かっておれば救える命も救えん!! 稼げる時間を稼げん!! そう頭に叩き込まれているそうじゃないか!!」
「ふふ。それが? たかが魔術が使えないだけで、剣を持たない程度で、このわたくしが止まるとでも?」
「減らず口を!! おいっ。自分の立場を理解させてやれ。顔と胸は傷つけるなっ」
「はっ」
兵士達はウンザリした顔を一瞬したが、それでも命令には忠実だった。
一人がわたくしの太ももめがけて槍を繰り出す。
わたくしはそれを横に軸をずらして避けると、素早く槍の柄を右手で掴んで引き込んだ。
その兵士が上体を浮かしてたたらを踏んだ所に、左の肘を合わせて顔面に叩き込む。
「まず、一人っ」
気を失って倒れる兵士から槍を奪う。
わたくしはその槍の穂先側を持ったまま、手近にいる兵士の喉に石突部分を突き入れた。
「がぁ……」
「二人っ」
怖気づいて槍を引いた兵にも一突き、二突き。
彼は初撃が偽攻だと気付いた時には、もう気絶していく最中だった。
「ふふ。三人」
もうこうなると、残りの者は攻めてこない。
お互い、相手を盾にしながら必死に戦っている振りをするだけだ。
「ええいっ。たかが女一人に何を手こずっておる!! 貸せ、槍とはこう使うのだ」
ここまで間抜けな人物も珍しい。
彼はわたくしの横を抜けて槍を取りにいこうとした。
「あぐっ!?」
あっさりと延髄に入る手刀。
兵達は呆れ顔で領主が崩れ落ちて行くのを眺めていた。
メアさんの実力発揮回です。
フロストキン=ミノタウロスです。
ただし女性型ミノタウロスも居ます。
何時も読んでくださる皆様に、心からの感謝を。




