151 鉱山都市ラザ ①
俺は掴みあいの喧嘩を始めたイスティリとメアを、やんわり止める。
結局、二人から交互に回復薬を飲まされた所で、アーリエスがため息を付いた。
「水でも浴びて来い。血だらけだぞ。あたしはメア卿と一緒に毛布を何とかしておく」
「仕方ありませんわね……。さあ、セイ、イスティリ、いってらっしゃい」
「あ、ああ」
メアが素早く下着とタオルを取り出して、イスティリに押し付けた。
俺たちは二人で井戸水を使って体を清めた。
「ひゃぁぁぁっ!!」
イスティリは奇声を上げると、丸裸になって井戸水を桶から汲んでは、ザブンと頭からかぶった。
月明かりの中、イスティリの裸身は眩しかった。
唐突に、俺は水を掛けられた。
「セイ様っ。油断大敵ですよっ」
俺は笑いながら下着だけになると、お返しとばかりにイスティリに水を掛けた。
「セイ様。その白い布も取り払って、パーッっといきましょう! パーッっと!!」
流石にそれは出来ないなぁ、と思っていると、イスティリが無理やりパンツを引っ剥がしに掛かった。
「ちょ、ちょっと待て。待ってくれ!! イスティリ!」
「やーでーすーよーっ。とうっ」
強引にイスティリは俺のパンツをぴっぺがすと、取り返されまいと遠くへブン投げた。
「うーわー……」
イスティリはキシシッと歯を見せて笑うと、俺の肩口からゆっくりと水を掛け、丁寧に血を洗い流してくれた。
「今日も大変でしたね。セイ様」
「ありがとう。ほら、イスティリも手を出しな。綺麗にしよう」
「はぁい」
もう血は付着していなかったが、それでも丁寧に彼女の手を拭ってやると、イスティリは満足げにニカッと笑った。
俺はイスティリの髪をタオルで拭いてやりながら、スヴォームの事を考える。
スヴォームは、邪悪な神などではない。
禍神というカテゴリに属するのかもしれないが、己の矜持を持ち合わせた、誇り高い神だ。
彼はかなり長い年月《悪食》を制御し、その『全てを喰らいたい』という破壊的な衝動を押さえ込んでいた。
その一点だけでも、スヴォームの神としての格の高さを、如実に物語っている気がした。
彼が愛した世界が崩壊するその時、彼は己の眷属と共に死ぬことを選択した。
スヴォームは、滅びの美学を選んだのだ。
『貴様っ。それでも貴様は神か!? 未熟者め。産まれ出でて無に帰るは当然の理!!』
彼の思想を垣間見た俺の心は、漣の如く揺れた。
「スヴォームは、滅びを受け入れていた。それが自然の理なのだと、理解していた」
俺の独白はイスティリには届かなかった。
「どしたの? セイ様」
「あ、いや……」
スヴォームには、人々を滅びから救おうとする、この俺の行いは、只の傲慢にしか写らないのだろうか?
だが、俺は、それでも……進まなければならない。
俺は、この世界を救い、知りえた全ての人々を幸せにするのだ。
後戻りは許されない。
外はもう明け方だろうか。
コモン達はセラの中で寝ると言う提案を蹴り、いつも通り歩哨を立てて番をしてくれていた。
それに習って、コンキタンの兄妹やヘラルド達も、外で寝るのだと言い張った。
リーンは、フラッっと出て行ってはフラッっと戻って来るので、仲間と言うより、本当に自由気ままに同行しているだけに思えた。
結果として、セラの中で寝たのは、いつものメンバーだけだ。
俺は、皆にセラの中で休んでもらう為のシステムを作る事を考えた。
そうだな……。
一ヶ月につき三日分、『有給休暇』という名目で、特に何も無い時はセラの中で休んでも良い事にしようか?
「所で、ウシュフゴールは?」
「たっくさん寝るらしいですよ。ゴーちゃんの魔法は『今まで寝た時間』を消費して発動するので、寝れる時は寝ておいたほうが良いんですよ」
「えっ!? そうなんだ」
「はい」
通りで魔力が枯渇する様子も無く、呪文を連打できる訳だ……。
俺たちは、下だけ穿いて、家に戻る。
「こらーっ。イスティリは女の子だろうがっ。もうちょっと恥じらいと言うものを持てっ」
「尻尾先生っ。これはボクの戦略です!! セイ様を篭絡する為のっ」
「そんな訳なかろうっ。乙女の恥じらいは戦略になるが、それだと子供っぽいだけだ……」
最後のほう、アーリエスはウンザリした様子で尻すぼみになった。
「うううー。セイ様? ボク失敗した? ボク失敗したの!?」
これこれ、篭絡しようっていう本人に聞くんじゃない。
俺とアーリエスは頭を抱えて呻いた。
◇◆◇
出立に合わせて、ハルガルとイラ、それに数名の村人達が挨拶に来てくれた。
「ありがとう。セイ殿。俺はイラと幸せになるよ」
「本当に、ありがとうございました。イラは、このご恩を生涯忘れません」
「お役に立てて光栄でした。また何かありましたら、俺の所に使いを寄越してください」
その言葉に、ハルガルはグッっと涙を堪え、俺の手を取った。
「異世界からいらした『波紋』、セイ殿。あなたのその誠実さは、全ての者にとって救いとなることでしょう」
こうして俺たちは、元勇者ハルガルと、その婚約者イラと別れ、改めて鉱山都市ラザへと向かう事となった。
道中、コモンを呼び寄せ、俺は『有給休暇』の話をする。
「とまあ、余裕のある時に限るんだけどさ。コモン隊に時間決めの休暇を与えたいんだ。一月毎に三日分だから、ええっと……」
【解:69ザンだ】
「ありがとう、スピリット。うん、69ザン。これを消費して、例えばセラの中でゆっくり寝たり、半日買い物に出たりを、遠慮なくして欲しいんだ」
「セイ殿? どこまで俺たちを甘やかすつもりだ」
「ははは。その内、コンキタンやヘラルドにも与えるつもりなんだが、まずはコモン隊からだ。お前達の働きがあればこそ、俺はゆっくり眠ることも出来るし、自分のやりたい事に専念出来るんだ」
「……分かりました」
歩みを止めないまま、コモンがザッパ達を呼び寄せて、彼らに話し始めた。
時々、歓声が聞こえるところを見ると、おおむね好評のようだった。
そうして、俺たちは旅を続け、それから二日後、ラザに到着した。
「では、俺は一旦離脱して、領主ダイロス様にこの事をお伝えしてまいります。宿をお取りになりましたら、使いを出してください」
「うん。分かった」
一旦レイオーが離脱した。
俺たちはゾロゾロと連れ立って、ラザの門を潜ろうとした。
「お待ち下され。ご身分証を拝見させて頂いても、よろしゅうございますか?」
屈強そうな衛兵達が、槍を片手に確認しに来た。
俺がこのグループの頭だと認識した衛兵達は、俺にまず身分証を提示するよう要求してくる。
「ご提示、ありがとうございます。ええっと……クド=セイイチロー様っと。身元引受人は『オグマフ=カラルス=デ=コズ』……!? オグマフ!? オグマフぅ!? こ、こ、これは失礼致しました!!」
額に玉のような汗をかき始める衛兵に、メアが追撃した。
彼女が提示した身分証にはオグマフの名と共に『ダイエアラン・ロー所属の魔道騎士』と金の箔で刻印が施されているのだ。
「魔道騎士……様!!」
「他の者はどうしましょう。隊長……。隊長?」
「あ、いや。……すまん。皆様、結構でございます!! どうぞ、お通りくださいませ!! ようこそラザへっ」
他の衛兵が呆然とする中、隊長と呼ばれた男は、結局二枚の身分証を確認しただけで俺たちを通した。
「そういやコモン達にも身分証を作らなきゃな」
「一応、書類上は解放奴隷になってるんじゃないですかね? なのでセイ殿に付いている限りは大丈夫だとは思いますが」
「そうなのか」
確か、そういった書類は全部メアに丸投げしている筈だから、後で聞いてみるか。
宿を探し、人数を伝えると店主が出てきて申し訳なさそうに「ちょっとその人数じゃ……」と断りを入れてきた。
結局、総出で宿を探し回った挙句、確保することは出来たが、ゾロアはどうしても門前払いされてしまった。
俺はマルガンを呼んで頭を下げた。
「すまない、マルガン。食料も果物も奮発するから、この天使のなかで寝泊りしてくれないか?」
「仕方ありません。私自身も、宿を取るゾロアなど、聞いたことがありませんので。しかし、天使の中? 不思議な言い回しですね?」
言い回しじゃなくて事実なんだけどな、と思いながらも、彼らを招き入れた。
「おおっ。何とも清い空間。これが、セイ様の仰る『天使のなか』ですか。素晴らしい」
「出入りは自由に出来るから、必要な時は出てくると良いよ」
「はい。明日、皆の為に麦の買出しに出ますので、その時に出ます」
他のゾロアは大はしゃぎで井戸水を飲んだり、葡萄の木を眺めたりしていた。
俺は彼らの為に、葡萄やサクランボといった果物を摘み、食べて貰うことにした。
「あそこの二本の木には手を出さないでくれ。あれだけは、俺のじゃなくてイスティリの木なんだ」
「畏まりました。しかし、美味しい葡萄ですね。セイ様、ありがとうございます」
(アリガト!! アリガト、ゴシュジンサマ!!)
俺が外に出てくると、メアが記帳してくれていて、アーリエスはテーブルを確保して「もう限界だ!! 早く食事にしよう」と喚いていた。
俺たちが盛大に飲み食いし、宿の女将が大声を張り上げた。
「アンタたち!! もうおしまいっ。何もかも切れちまったんだよっ。パンもスープも肉も野菜も、全部つかっちまった!!」
彼女はそういうと、ザクロに似た果物を木のボウルに入れてどんどん配って歩いた。
「はいよっ。沢山食べてくれたお礼っ。急いで果物屋で買ってきたんだ。もちろんこれは代金に入れないよっ」
女将はニカッと笑うと、「さあ、これで本当におしまいさっ」と大声で言ってから引っ込んだ。
(わーい。わたくし、ザクロ大好き。曽祖父はザクロの品種改良で金賞を取ったんですよ)
セラが早速出てきて食べるが、若干ザクロに似ているだけで、実際にはシャリシャリした食感の、イチゴに近い味の果物だった。
【解:その果物はフマと言う。一般的には高級果物であり、贈り物や、誕生日祝いなどで食される】
「そっか。セラ、この果物、フマって言うらしいよ」
(そうでしたか。でも、美味しいです。梨と苺を合わせた感じ)
「そうだね」
と、のんびりやっていると、板金鎧に身を包んだ二十人ほどの男達が、宿に入ってくるなり俺に向かって抜剣した。
ちょっと尺を間違えました。
いつも読んでくださる皆様に感謝を。




