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150 スヴォームの夢

 我/俺は過去の夢を見ていた。

 虚空の彼方に潰えた、眷属達の世界。


 この世界は、ありとあらゆる金属が大地を埋め尽くし、溶鉄の河川が濁流となって荒れ狂う、完成された世界であった。


 燃え立つ木々が、僅かな滋養を求め、銅の根を張り、生物が近寄ればその鋭利な枝で刺し殺し、即座に餌食とした。 


 銀の鱗を持つ蜥蜴が、黄銅の蠍を喰らう。

 蠍を喰らった蜥蜴が、今度はより大きな生き物に喰われた。


 気を抜けば、容易に命を失う、苛烈な大地。

 ここに住まう生き物達は、すべからく強靭であらねば、生きることすらままならなかった。


 ゆえに、完成された世界であったのだ。

 

『強者、生きるべし』


 そのたった一つの理が、この世界の根幹であり、真理であった。


 常に燃えたつ平原には、知恵の付いた猿達が居り、我/俺を神と崇め、眷属の為に常に贄を供した。

 外界より飛来したこの移民どもは、その対価として我/俺の庇護を獲得し、辛うじて生き長らえている未熟な種であった。


 我/俺が、この脆弱な種を生かしているには、意味があった。

 眷属達の『生餌』として最適であったのだ。


 だが、それだけだったのだ。

 この世界の真理にそぐわない、唯一の例外であるその猿達は、肉が詰り、滋養に富んだのだ。


 我/俺は、内に秘めたる《悪食》故に、常に飢えていた。

 眷属達もまた、飢えていた。


 我/俺は金属の絡み合った巨体を四足獣のように展開すると、沸騰する鉄を蹴り、大地を切り裂きながら獲物を求めた。

 猿達は我/俺の体にしがみつき、そのおこぼれに与ろうと、死に物狂いとなって狩りに付いて回った。


 体力が落ちた者、老いた者、狩りで怪我をした者……。

 最早これまでと悟った者たちは、別の猿に連れられて、我/俺の眷属の贄となった。

 

 その世界で我/俺は、神として君臨し続け、悠久の時を歩んだ。

 

 だが、それも終焉を迎えようとしていた。

 世界は、その苛烈な熱量から、遂に自壊し始めたのだ。


 崩壊してゆく世界の中で、我/俺は眷属と共に、その身を朽ちるに任せた。


『強者、生きるべし』


 それのみが、この世界において我/俺が見出した真理であったのだから。


 だが、その終末に、猿達が抵抗した。

 我/俺の庇護を失い、ただ死を迎えるしか手が無かった者達は、死を恐れ、異界より、新たな神を招来しようと躍起になった。


 それは、我/俺には理解出来ない感覚であった。


 生けとし生きるものは、すべからく死を迎える。 


 生死は表裏一体。

  

 全ては、裏と表。

 表と裏。

 

 光と闇。

 闇と光。


 我/俺自身も、眷属以外にとっては禍神であったであろうが、眷属からしてみれば、繁栄を与え続けた福神であった。

 

 産まれ出で、無に帰る。

 それは真理ですらない。

 しごく、当たり前の事なのだ。


 だが、猿達は世界の救済を願った。

 自らの救いを渇望した。


 それに呼応し、遂に一人の神が降臨した。


『可愛そうに……』


 その者はそう呟くと、世界から熱を取り払い、崩壊から救い始めた。


『やめろ!! 何様のつもりだ!!』

『お前には分からないのかい? 禍神よ。生ける者は全て尊い。私は救済をもたらす者ガラ。私はこの世界を救う』

『貴様っ。それでも貴様は神か!? 未熟者め。産まれ出でて無に帰るは当然の理!!』


 我/俺は怒り狂った。

 形あるものは全て崩れる。

 それこそが全てのものに与えられた道理であり、権利なのだ。


 無限は存在せぬ。

 全ては有限であるからこそ、尊いのだ。 

 

『貴様の自己満足で、我が聖域を汚されてなるものか』

『ははは。この荒みきった朽ちる寸前の大地が聖域と? お前こそ未熟ではないのか? 善に組せぬ者よ。地を這う蟲を侍らせて、王様気取りか』


 その言葉が、ガラと名乗った神の最後の言葉となった。

 我/俺は《悪食》に持てる力を全て注ぎ込み、その者を瞬く間に喰らった。


『莫迦め!! 何が救済だ。物事の道理も知らぬ餓鬼が大層な口を!!』


 我/俺は、全ての力を使い、ガラと名乗る木っ端を消滅させた。

 だが、その代償は大きかった。


 力を失い、最早制御出来なくなった我/俺の中の《悪食》が、世界を飲み込み始めた。

 眷属を喰らい、溶鉄を吸い込み、我/俺が愛した全てを噛み砕き、飲み込んだ。


 そして、最後に自身すらも喰らい、我/俺もまた、《悪食》の中に沈んでいった……。


 そこで『俺』は喉元をガッと掴まれて、呼吸が出来なくなった。


「ぐ……」

『……覗き見とは良い趣味だな。小僧』

「スヴォー……」


 俺の右手の甲は裂け、そこから針金で出来た腕が飛び出し、俺の喉を潰しに掛かっていた。


「セイ様っ」

「あ……。がっ……!!」



 イスティリが即座に反応し、スヴォームの手を引き剥がしに掛かった。

 彼女の手は瞬時に血まみれになる。


 俺もまた、喉は焼け付く痛みで呼吸すらままならず、視界がブラックアウトしそうになるのを、気力で抵抗していた。

 

「ぐっ……。でてこ……ディ……」


 俺の呼びかけに応じ、ディバが出てくると、彼はスヴォームの腕を吸い込み始めた。


 ギ・ギ・ギ……。


 スヴォームの腕はようやく俺から離れ始めるが、ディバと俺の間をギシギシと力で抵抗しながら行ったり来たりし始めた。

 蟲が、スヴォームの手の隙間からポタリ・ポタリと落ち始め、ディバに喰らいついた。


『セイよ。この程度でお前は立ち止まるのか?』


 ディバは体を食われながらも、冷静に俺に問うた。


「そんな、訳、ねえだろっ!! スヴォームよっ。俺の中へ戻れっ!!」

『ゴァァァァァ!! 今に見ておれ!! 今に見ておれよっ。小僧!! いずれこの代価は支払わせるぞーーーーっ』


 スヴォームは針金の腕を解きほぐし、俺の体に巻きつくようにして抵抗した。

 俺は瞬時に全身を切り刻まれたが、それでもスヴォームを体内に戻すことに成功した。

 それを見たイスティリが、脱兎の如く駆け出していく。

 

『ふっ。杞憂であったか』

「まだ、お前の名前を一文字も取り戻していないのに、こんな所で死ねるか」

『ああ。そうだな』


 ディバが俺の中へ戻るとほぼ同時に、アーリエスとメアが血相を変えて飛んできて、俺の口にシオの石を捻じ込もうと躍起になった。


「だ、大丈夫。大丈夫だから。それよりもイスティリの手!! 折角治りつつあるのにっ」

「セイっ。今日は何があったんですかっ!?」


 ようやく、ここがセラの中にある家で、俺はイスティリと一緒に寝ていたことを思い出した。


「あ、いや。普通に寝てたんだけど、スヴォームと思考を共有しちゃって、それで彼が激怒した」

「激怒?」

「うん。スヴォームがまだ実体を持つ神だった頃の夢を見たんだけど……」

「けど? えらく歯切れが悪いな、セイ殿」

「うん……。俺だって自分の過去を盗み見られたら、良い気分にはならんと思うんだ」

「なるほど、な」


 俺はイスティリの手を取って、一生懸命彼女の手が無事かを確かめながら話した。


「エヘヘ。セイ様血まみれなのに、まずボクの手なんですね」

「当たり前だろ?」


 確かに痛みで全身ズキズキするが、そんな事よりイスティリだ。

 俺はウシュフゴールが買って来てくれた<治癒>の霊薬を、ベッド横の引き出しから取り出すと、イスティリに飲ませた。


「やーん。セイ様ぁ。手が痛くて瓶が持てません」

「そっか。ほら、口を開けて」

「エッヘヘー。あーん」

「ちょっとぉ。イスティリ!! どさくさにまぎれて!!」


 俺も薄々感づいてはいたが、これ位は良いだろう。

 あの鋭利なスヴォームの腕を、躊躇無く引き剥がそうとしてくれたんだしな。

 

 ウシュフゴールの買って来てくれた霊薬は、アーリエスが大半を管理していたが、万が一に備えて分散させてあり、各自で保管箇所を把握していた。   

 

「まあ、万が一って言っても、大抵セイ殿がこうなった時の為なんだがな」


 俺の考えを読んだのか、アーリエスがカカッと笑った。


「さ、次はセイ様の番ですよ。『あーん』ってして下さい」


 俺はベッドに座って面白半分に口を開けた。


 ガシャン!!


 左右から、イスティリとメアが同時に瓶を持っていこうとして、丁度瓶は俺の口の真上で割れた。


「ちょっとぉ、イスティリ!!」

「なにさっ。今日はボクの日だよねっ」


 俺はガラスをジャリジャリ食べながら、呆れ返るアーリエスを見ていた。 

 150話まで来れたのも皆様のお陰です。

 ありがとうございます。


 という訳で、スヴォームの過去が少し垣間見れる回でした。

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