149 過去からの手紙
「ハルガルー。おやすみー」
「ああ。またな」
「ハルガル。明後日種モミを買いに出るから、一緒にいこうぜ」
「そうだな。ダーレス」
「いいなぁ。その子、ハルガルのとこに来て、まだ一週間経ってないんじゃ? だけど、良かったよ。お前に可愛い嫁さんが来て、本当に良かったよ」
「ありがとう。ネファ」
幾分薄暗くなってき始めた頃、村人達がハルガルとイラに挨拶をしてから、家路に着き始めた。
それぞれが、テーブルの一つに銀貨を一枚ずつ置いていく。
「あれは?」
「ふふ。あれは『婚約銀貨』ですよ、セイ。その婚約を心から祝福しているという意思表示です。新しい門出には何かと物入りですからね」
「なるほどなー」
ああいうやり方って良いなぁ。
俺もセラの中に入って、銀貨を一枚持ってきてテーブルに置いた。
イスティリがバシン! と勢いよく銀貨を置き、メアはイラにやさしく微笑みながら一枚重ねた。
コモン隊は面白がってメアの重ねた銀貨の上に、どんどん硬貨を積み上げ始めた。
「ほらっ!! ツノの兄貴も、妹も来いよっ。縁起物だ。一枚噛んどきゃ、結婚が早まるぞっ」
ダルガが囃し立てると、妹が慌てて飛んできて、フルフルと硬貨を一番上に置いた。
「わっ!!」
「きゃ!?」
パルガが妹の後ろから大声を上げると、銀貨の塔はガシャリと崩れてしまった。
「「だーはっはっ!!」」
コンキタンの妹はヴァイキングの双子どもに遊ばれてしまっていたが、それを見ていた兄の方は、必死に笑いを堪えようと口を押さえていた。
膨れっつらの妹は、その兄の仕草に更に膨れた。
「兄様まで!!」
「あ、いや……」
兄は真顔を作ろうとして頑張っていたが、ヘラルドがニヤニヤしながら彼の脇腹を突くと、堪えきれず大きく笑い始めた。
「んもー、んもー!」
妹は癇癪を起こして地団駄を踏んでいたが、ハッを我に返って周りを見渡し、顔を真っ赤にしていた。
コモンがプッと噴出すと、それが起爆剤となって、そこに残っていた全員が大声で爆笑した。
妹は怒ってトウワの影に隠れた。
彼女にはトウワだけが笑っていないように見えたのだろう。
(あーはっはっはっ。あーはっはっはっー。この子、以外に面白いね?)
残念なことに、むしろトウワは一番笑っていた部類だったのだが。
そうして、皆が銀貨を積むと、最後に俺は皮袋に入れた金貨を持っていった。
「これは、女神ルーメン=ゴースからです。供物として食料を頂いたので、そのお礼だそうです」
「こ、こんなに!? これは流石に頂けません」
「そう言わず、受け取ってください。そうしないと、女神がヘソを曲げて、あの新築を元の状態に戻してしまいますよ」
その言葉に、イラがパッと皮袋を奪うと、「それだけは嫌ですっ」と真顔で答えた。
「ハルガル様っ。イラを可愛いと思うなら、ここは折れるべきです」
彼女はペロっと舌を出す。
ハルガルはイラの髪を撫でると、俺に頭を下げた。
「分かりました。頂いておきます。ありがとう、セイ殿」
「いえ。お役に立てて何よりです」
「俺はこの一日で、今までの苦悩を取り払えた気がする」
良かった。
俺は口には出さず、彼に微笑みかけると、教会へと戻っていった。
皆が俺の後に続く中、アーリエスとシンだけが少しハルガルと話していた。
◇◆◇
残ったあたしは、ハルガルに頭を下げた。
「ハルガル殿。あたしは貴方の現状を知らずに、暢気に『今頃、農場でも経営して、奥さんでも貰ってのんびりしているのかな』くらいに思っていた……。申し訳ない」
「いや。エマが悪い訳じゃないよ。ただ、恐らく君は前世の段階で、ソラン氏族の記憶操作を受けていたのかも知れない」
「記憶操作、か。何故そう思うのだ?」
「うん。エマ三世は言っていた。『勇者が勇者で無くなった後が怖い。あたしはその時の為に、幾つか布石を用意してある』ってね」
「……全く記憶に無いな。ふむ、《完璧記憶》を持つあたしが記憶に無い、というのは不思議な話だ」
「なら、これの出番だな」
ハルガル殿は家に入ると、真新しい、小さな円筒形の筒を持ってきた。
「女神が新しくしてしまったからね。新品に見えるけど、これは君が俺に預けたものだよ。『布石』の一つだ」
「全く見覚えが無いが、そういう時の為に、あたしが用意していた可能性は大いにあるな」
「これだけは無くしてはいけないと思って、コスゴリドー討伐の前に、森に埋めて置いたんだ」
あたしが筒を受け取って開けようとすると、鍵が掛かっていて開かなかった。
無理にこじ開けることも出来たかもしれないが、何が詰まっているかも分からない現状では、出来れば無理はしたくない。
そこで、シンがおや? というような顔をした。
「アーリエス様。ワタクシ、まだ貴女様が前世の折、鍵を一つ預かっております」
「それだ!!」
シンが手近にあったナイフで、触手の一つに切込みを入れた。
そこから、シンは油紙に包んだ鍵を取り出す。
「本当に小さな鍵だな。しかし、シンも流石だな」
「はい。ワタクシ、エマ三世様より『肌身離さず持っていてくれ』と仰いましたので、体に埋め込みました」
シンは本当に忠義の男だな。
あたしは、筒の端にある小さな鍵穴に、その鍵を差し込んだ。
筒の反対側が開いて、筒の中から、丸められた紙が三枚出てきた。
早速読んでみる。
「これを読んでいるという事は、記憶操作を施されたという事だ。初代の生地に地下室が設けてある。そこに行け△」
「勇者で無くなったハルガルの為に金を蓄えてある。そして自身の為に『金属の馬』を預けてある。ダイエアランのスルクル神殿。割り印は無くすだろう。合言葉は『カライに気をつけろ』だ△」
「次が最後だ。魔王も。勇者も。あたしも。終焉は近い△」
……書いた記憶は全く無いが、筆致には記憶がある。
あたしは、文字を書いた際、最後の句点を大きな三角で書く癖がある。
これは二代目から続く癖だ。
『自分が書いた文字だ』と認識すれば記憶の検索がしやすいと考えて、あえて付けた癖なのだから。
だが、これだけ情報が手に入ったのは大きい。
丁度、ダイエアランにも良く予定なのだし、都合は良い。
後に精査しなければならない事柄もあるようだが、特に重要なのは『カライに気をつけろ』という言葉である気がした。
そして、あたし自身の『得物』である『金属の馬』……。
これがあれば……。
「ありがとう。ハルガル殿」
「いや。礼を言いたいのはこっちのほうだ。エマ三世は俺の為に戦って死んだ。エマ四世は俺の所に来て、俺の幸せを運んで来てくれた」
「あたしがここに来たのは、本当に偶然だ」
「だが、君が居なければ、セイ殿は俺が元勇者だと知らないまま、教会で宿を借りて、そのままここを通り過ぎたかもしれない」
それはどうだろうか?
しかし、今となっては分からない。
ただ、一つ言える事は、ハルガル殿が幸福を手に入れた事。
あたしはそれが心のそこから嬉しかった。
「ハルガル殿。一つ、朗報がある。前世のあたしは、貴方がこうなる事を予見して、ダイエアランのスルクルに預金をしていた。いずれ引き下ろして、ここに持って来よう」
「俺は、もう十分だ。可愛い妻に、新築の家、これで十分なんだ。その金は、セイ殿の為に使ってくれ。お願いだ」
「……分かった」
あたしは、最後にハルガル殿を抱きしめた。
かつて主君と定めた男との、決別の抱擁を交わす。
「あたしは行く。ハルガル殿。セイ殿と一緒に世界を救ってくる」
「ああ。行っておいで。エマ四世」
あたしは、イラとも抱擁を交わす。
「ハルガル殿を、よろしく頼んだ」
「はいっ。今までの辛さの分、すっごく幸せにしちゃいますからっ」
「うんうん。子供が出来たら呼んでくれ。例え、戦場に居っても駆けつける」
その言葉に、イラは顔を真っ赤にして「そ、そ、それは今からですからねっ」と口走った。
流石のハルガル殿も、赤面してそっぽを向いてしまった。
「ははは。では、またな!!」
あたしはシンを引き連れて、セイの元へと戻った。
夕闇の中、二人はあたしたちが見えなくなるまで、ずっとずっと手を振り続けてくれた。
13日はお休みします。




