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144 先代勇者ハルガル 上

「教会はここね。シュアラ派だから特に嫌な顔をされないとは思うよ」

「ありがとうございます」

 

 ハルガルが案内してくれた先は、年季こそ入っているものの、手入れの行き届いた木造の教会で、正面の扉は閉じられていた。


 イラが裏手に回り、尼僧を連れてきてくれた。

 尼僧はまだ若いヒューマンで、長い髪を後ろ手に纏め、清潔そうなローブを着込んでいた。

                            

「こんばんは。私はこの村の僧、ルルです。今、扉を開けますから、どうぞ中で休んでください」

「ありがとうございます」

「明日の明け方、村人がお祈りに来ますので、それまでに荷物を纏めて端に寄せること。清掃してから出ること。この二点、お守りください」

「分かりました」


 早速荷物を置いて、リリオスが持たせてくれた食料を各自が取り出し始めた。

 椅子はあるがテーブルは無いので、膝にパンを乗せたり、ハンカチを使って食べ始める。


 シンがハルガルに挨拶に行っていた。


「お久しぶりでございます。ハルガル様」

「ええっと……ヒリスシンか! なんだ、君はまたエマの部下になったのか」

「はい。ワタクシは死ぬまでアーリエス様の下僕でございますので」

「君らしいねー。所で、エマは今なんて名前なんだい?」

「アーリエス=フォーキリ=スエア=エマ四世様でございます」

「あー、フォーキアンに転生したのか。どうりで尻尾がある訳だ」

「触っても良いぞ?」


 アーリエスがオシリを突き出して、尻尾をフリフリした。

 ハルガルは面白がって尻尾に触っていたが、イラに怒られて肩を窄めていた。


「もうっ。このイラが居るというのにっ。ハルガル様。さあ、ご飯が冷めますからねっ」


 イラに引きずられるようにして、ハルガルは教会を後にした。

 俺は、出て行くハルガルに声を掛けた。


「ハルガルさん、また後でお話を聞かせてください」

「いいよー。じゃあご飯たべて来るね。イラのスープは美味しいんだよ」

「またまたぁ。いつもそう言うから信用なりませんっ」

「ははは」


 ハルガルとイラは俺たちに軽く会釈すると、暗がりへと消えていった。  


「セイ様。我らゾロアは外で待機致します。椅子があるので移動しにくて適いません」

「椅子を除けようか?」

「いえ。それには及びません。食事も今回は必要ありませんので、寝ます。ご用命がございましたら、マルガンまで」

「分かった」


 そう言えば、ゾロアの食事は三日置きだったな、などと思っていると、イスティリが手招きしてくれる。

 

「セイ様ー。こっちこっち。パンを切りますよー」

「ありがとう」

「セイは分厚いパンが好き? 薄く切ったほうが良い?」


 メアが大きなバゲットにナイフを当てていた。

 俺が「分厚いのが好きかな」と伝えると、彼女はニコニコしながらパンを切ってくれる。

 パンの上には、汁気の少ないソボロのようなものを、鉄の什器からスプーンで取り出しては塗ってくれる。


 メアの隣では、アーリエスが大きな口を開けてパンを頬張っていた。

 アーリエスがポロポロとパン屑をこぼしては、シンが拾う、というのを繰り返していたので、シンは一向に自分の食事に手を付けれなかった。


「カタは早めに食べきってしまいましょうね。セイ」


 このソボロはカタと言うらしいが、酔いどれ包丁亭の主人が、俺たちの出立に合わせて持って来てくれたものだ。

 俺はメアから差し出されたパンを齧りながら、辺りをぐるりと見渡す。


 コモン隊は相変わらずキッチリしていて、出入り口には歩哨として、パルガとフィシーガが立っていた。

 その上で、俺たちを中心に据えて、円を描くように位置取りしていた。


 コンキタンの兄妹は、妹が椅子に座り、俺たち同様カタを塗ったパンを食べながら、時折足を摩っていた。

 兄はパンを片手にヘラルドと雑談していた。


「兄上殿は憑依系の召還魔術ですか。あれはクセがあって難しいでしょう。オレは基礎で躓いてそれきりです」

「我らの始祖は元々、ビーストマスターズ・ネストの出身ですからね。素養がそちら方面に開花したのでしょう」

「なるほど、そういう訳ですか。お互い、セイ様の為に、頑張りましょうぞ」

「ええ。そうありたいものですね」


 ウシュフゴールとトウワの姿が見えないな、と思っていると、魚を釣っていたのかセラの中から出てきた。

 トウワは早速両手でモグモグやっていたが、(巻き角の姫様はいつも優しいなぁ)としきりに呟いていた。


「おなか空いたぁ」


 リーンがオレの横に座る。

 彼女がポケットからハンカチを取り出すと、それをサッと床に広げた。


「今日は何かな、何かなー」


 何のことだろう、と思っていると、ハンカチの上に具沢山のスープに何種類ものパン、それに液体の入ったコップが、パッと出現した。

 スープはできたてのように湯気が立っており、パンも今釜から出したかのようにチリチリと小さな音を出していた。


「わー、すっごい!! リーンさん、それ何? それ何?」

「豊穣の精霊、ポーの風呂敷だよ。一日二回だけ、食事を出してくれるんだ」

「いいなぁ。それって何処で売ってます? ボクも欲しい!!」

「これは以前、さる豪族の姫様に貰った神器さ。その姫様は足が悪くてね。僕の歌を大層お気に召して、半年ほど逗留したんだ。その褒美さ」

「これ神器なんだ!? じゃあ買える訳ないよね」

「買うのは無理だろうけど、時々、貸してあげるよ。その代わり、そっちの食事もたまに分けてくれないか?」

「ほんと!? うんうんうん!!」


 リーンはニコッと笑うと、自分の食事に取り掛かった。

 イスティリは素早くセラの中に入ると、リーンの為に葡萄を持ってきた。

 余程、あの風呂敷の料理を食べてみたいのだろう。


「セイ殿の配下は統率が取れていますね」

「レイオー。俺は何も指示を出してないんだ。全部あそこにいるコモンが取り仕切ってくれている」

「それも、セイ殿の人望のなせるわざですよ」

「そうなのかなぁ? 所で、食事は?」

「もう食べてしまいました!」


 レイオーはあっけらかんと笑うと、ガムのようなものを口に放り込んだ。

 俺が興味津々で見ていると、一つくれる。


「うわっ!? 思いのほかすっぱい!! すっぱい!! レイオー、これは何?」

「ははは。サポジの樹液を煮詰めたものですよ。虫歯の予防になります」


 俺は目を白黒させながら、そのガムもどきを食べた。


「それにしても、先代の勇者がこんな辺鄙な村で、畑を耕しているなんて」


 レイオーが同意を求めるように、俺の目を見ながら言った。

 確かに俺もそう思ったし、仮にも前回の魔王を討伐した人物が、国から何ら保障も受けず農地を開墾している事に違和感を覚えた。

 俺がその疑問を口にすると、セラの桃を齧りながらアーリエスが少し教えてくれた。


「勇者は、魔王を討伐して少しすると、憑依していた魂魄が抜け出し、それまでに得ていた英雄的な能力を全て失うからな。只の人に戻るのだ」

「ええ。それは漠然とですが知っています。けど、普通に考えれば魔王を討伐した者に対して、何か慰労金や褒賞があっても良いんではないかと思いまして。ハルガルさんは日が落ちるまで畑を耕していました。先代勇者として、余りにも質素すぎではないですか?」

「……そうだな。ただ、ハランディの一件が尾を引いているのだと思う」


 確か勇者ハランディは、魔王討伐後に慰労の名目で与えられた土地で、独立を宣言したんだっけ。

 バイゼルはその子孫だと以前、カルガが教えてくれたのを思い出した。


「俺はそのハランディの子孫と戦った事があります。正直言いますと狂った男でした」

「ああ。それなら幾分理解できるだろう? 『元』勇者と言うだけで危険因子だと警戒される理由が……。魔王討伐毎に、『元』勇者に土地を与え、金を与える。それは簡単な話だが、王国はその度に分割され、火種が随所に残る事になる。それは避けたいのだろう」

「……」


 歴代の勇者達は、もしかしたら魔王討伐の為だけに存在する『使い捨て』なのだろうか?

 俺はアーリエスの言葉を聴いて、そう感じた。

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