143 先代勇者、畑を耕す
晩餐会も終わりに近づき、人々は俺とリリオスに挨拶しては退出していった。
ここに来て随分と仲間が増えたな、と俺は思った。
セラはもちろん、イスティリにメア、トウワにウシュフゴールだけでも五人。
それにコモン達十人を入れれば十五人。
アーリエスとシンが加入して十七人。
マルガンを筆頭に、ゾロア兵達が二十七人なので計四十四名。
最後に『兄妹』とヘラルドが参入したので、何と俺を含めれば四十七名もの大所帯である。
それに、リーンも着いて来る気がするしな。
「食事をするだけでも大変そうだな」
「どしたの、セイ様?」
俺はイスティリが持って来てくれた、ブランデーに似た酒を飲みながら、さっきの独り言を伝えてみた。
「ボクは兵站も学んできましたので、その点はお任せください。一日にどれだけの水と食料を消費するかは、計算で出せますし」
そう言えば、イスティリは<兵站を理解せし者>という称号を持っていたよな。
俺がその事を伝えると、彼女は喜んだ。
「セイ様のそういうとこ、好きです。ボクのギルド・カードなんて見たのは一度きりでしょうに」
「褒めても何も出ないよ?」
メアは晩餐会の終わり頃に顔を出したイリダリンと、和やかに話し込んでいた。
聞けばイリダリンは、ダイエアラン・ローの魔道騎士であるらしく、彼らは仲間内での昔話に花を咲かせていた。
「メア卿がまだ、こーんな小さい頃から、よくオグマフ邸で剣の訓練をしましたなぁ。懐かしい、懐かしい」
「ふふ。わたくしの、あの頃はイリダリン様から一本も取れませんでしたね」
「今ではどうだろうなぁ。しかし、ハイ一族は才気に恵まれたものが多い。その上、努力を惜しまないのだから、大したものだ……」
ウシュフゴールは、薬屋で夕食をご馳走になった上に、晩餐会の料理も随分と食べたので、しきりに体重を気にしていた。
「ああ。食べすきました。私もトウワのように散歩してみようかしら……」
コモン隊は、有事に備えてくれていた五人も出てきて、コンキタンの兄と共に、冷めた料理をガツガツと食べていた。
変わりに、燕尾服組と『妹』が周囲を警戒してくれていた。
「割を食わせて悪いな」
「いえ。俺たちゃ好きでやってる。それに、ツノの兄貴もな」
「はい。妹にドレスを着せてくださってありがとうございます。まだ雇われてから半日も経っていませんのに」
俺は彼らに笑いかけると、近くでグラスを下げていた使用人に、エールを六つ頼んだ。
使用人は嫌な顔一つせず、微笑を絶やさずに姿を消した。
「今、エールを持ってきてもらうからさ。ちょっと喉を湿らすといいよ」
「いやった!!」
ザッパとブルーザが拳をぶつけ合って喜んでいた。
晩餐会も完全にお開きになった所で、リリオスをセラの中に招き入れた。
「こ、ここがあの『精霊』の中ですか!?」
「うん。けど、リリオスは一つ間違えてる。ここはセラという『天使』が管理する小世界なんだ。セラは精霊じゃないんだ」
「天使……。貴方様は一体!?」
俺はバルカラより得た異能<思念伝達>で、彼に今までのあらましを簡単に伝えた。
「まさか……。そんな……。世界の崩壊を阻止すべく、外の世界より来られたとおっしゃるのですか!?」
「まあ、そうなるかな」
「そんな御仁に喧嘩を吹っかけたとは。いやはや……」
「その話は、もう蒸し返さないでおこうよ」
俺はこの後、赤龍エルシデネオンを探しながら旅をする事。
最終的には、この世界から神を生み出すことが目的であることを伝えた。
「その目的を達成するまで、俺は旅を続けるつもりだ」
「分かりました。では、それまで私は、貴方様の拠点を守護し、ご帰還をお待ちいたします」
「ああ。頼む」
こうして、俺たちはレイオーの案内のもと、レガリオスを出発した。
◇◆◇
「半日歩けばグードという村があります。今日はそこまで歩いたら一旦野営しましょう」
「分かった」
レイオーの言葉に相槌を打つ。
俺とメアは騎乗蜘蛛、イスティリはトウワに乗って移動していたが、他の者は皆徒歩だった。
時折、アーリエスはセラの中に入って休息している様子だったが、それでも蜘蛛に乗ることを拒否して、頑なに歩いていた。
どうやらそれは当人の為の鍛錬であるらしく、シンが一生懸命応援していた。
「アーリエス様。後半ザンだけ、無理をしましょう。それ以上の負荷は返って逆効果でございます」
「……分かった。しっかし、きついな!! 数え年で八つか。先は長いのー」
「尻尾ちゃんー。トウワさんが今度コーウやってくれるなら、時々乗っても良いってさー」
「か、考えとく」
それを横目で見ながら、イスティリはどうやってトウワの言葉を理解したんだろう、と疑問に思ったが、結局分からなかった。
「今度馬か馬車でも買おうか? コモン」
「良いですね。魔術師連中はフウフウ言ってますし」
コンキタン達は、兄はともかくとして、妹のほうはフラフラしていた。
見るに耐えかねて、メアが蜘蛛に乗せようとすると、少し抵抗したが「無理は禁物ですよ」というメアの優しい声で陥落した。
ヘラルドは疲れると<転移>で先に行って休む、というのを繰り返していた。
彼は移動系の魔術が得意であるらしかったが、体力は人並みか、それよりちょっと下がる感じだ。
そして、当然の如く旅について来たリーンは、体力が底なしにある事が判明する。
彼女は暇さえあれば唄いながらリーケンをかき鳴らし、余裕綽々であった。
吟遊詩人として各地を放浪しているから、地の体力があるのだろうか。
「セイ様。宜しければ、ガリンズ種とドドー種に鞍を付けて、皆様に乗って頂きましょうか?」
俺たちの話を聞いていたマルガンが提案してくれる。
「良いのか?」
「はい。ギュック種は体型的に無理ですが」
「分かった。考えておくよ」
「はい」
そんな会話をしながら歩き、夕方には村に着いた。
もう薄暗くなってきていると言うのに、村はずれの畑では、男性が鍬で大地を掘り起こしていた。
その男性に、レイオーが声を掛けに行った。
「すみません。村の教会で雨露をしのぎたいのですが?」
「ん、いいよ。神父さんの所に案内してやるよー」
「ありがとうございます」
彼が村のほうへ歩き出すと、村のほうからも誰かが歩いて来た。
近くまで来て分かったのだが、その人物はまだ若い女性で、スカートをヒラヒラさせながら、早歩きで歩いてきた。
「勇者さまー。ハルガルさまー。夕食の時間ですよー」
「あー、ありがと。イラ、この方々を教会に案内してくるから」
「じゃあ、私もっ」
彼らは連れ立って歩き始めるが、アーリエスが大慌てで男性の前に飛び出した。
「勇者!? まっ、まさかっ、先代かっ!?」
「あー、君は……もしかしてエマ三世?」
「おおっ!? ハルガル殿!! まさか、まさかこんな所でお会いできるとは!!」
「ははっ。随分と小さくなっちゃったねー。エマ三世」
「お主は……少し、老けたか。あたしは四度目の転生をしたからな、今はエマ四世だ」
アーリエスは俺たちに振り返ると、大きな声を張り上げた。
「この方は、魔王コスゴリドーを討伐した先代勇者ハルガル殿だっ。あたしの前世での主君であらせられるっ」
「エマ。もう私は勇者じゃなくなっちゃったからねー」
「それでもハルガル殿は勇者だ。会いたかったぞ!!」
「エマは最後に死んじゃったからねー。成人魔王種四体も引き受けたもんねー」
何と、こんな辺鄙な村で、先代勇者が畑を耕している何て誰も思っていなかったので、衝撃を受けた俺たちは、硬直して立ち止まってしまった。
「ってことは、そっちにいらっしゃるのが今のエマの主君かい?」
「ああ。あそこの男性にお仕えしている。名はセイ。異世界人だ」
「はー。もうすぐこの世界終わっちゃうもんね。異世界から波を放り込んだのかな? 良くなるといいねー」
のんびりした口調で、この男は爆弾発言を繰り返した。
「あ、あの?」
「ん?」
「初めまして。俺の名はセイです。よ、良ければ後でお話を伺いたいのですが?」
「いいよー。ご飯食べた後ならね。イラが五月蝿いんだ。『暖かいものは暖かいうちに食べるんですよっ』ってね」
「五月蝿くないですよっ。このシュマリド=イラの目が黒いうちは、ハルガル様に元気で居てもらわなくっちゃならないんですからねっ」
ハルガルの手にイラは腕を絡めると、頬に軽くキスをした。
余裕が出来たらレガリオス編を整理整頓したいです




