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141 水面下の喧騒

「だから、余り呼びたくなかったんだ」


 レガールードのその言葉を、他の『鎖』達は聞かなかった事にした。

 ガッドも聞き流していた。


 だが、バイゼルは違った。

 その言葉に一層逆上し、執拗なまでに僧侶達を追い詰め、全ての『獲物』を刈り取るまで、その行為を止めなかったのだ。

 そうしてから、満面の笑みを浮かべ、彼はレガールードに語りかけた。


「すまなかったな、レガ。ああなると、私は最早、自分の意思ではどうやっても止まらん」

「……」


 ベアラーは床につばを吐き、バイゼルを睨み付けた。


「お前には分からんだろうがな、あの者たちの育成に、俺は五年を掛けた。手塩に掛けた駒を、あたかも霊薬のように貪りおって」

「だから、謝っているではないか。そもそも、それなら何故に私を止めなかった?」

「ぐ……」


 痛い所を突かれたレガールードは、怒りの矛先をテオルザードに向けた。


「そもそも、貴様がウルメラン攻略などと言わなければ!! 奈落種だけでは飽き足らず、死霊すら己の駒にしようとした目論見事態が、間違いだったのだ」

「いえ。それは間違っておりません、同志レガールード。ただ、不測の事態が起き、任務が失敗に終わったに過ぎません」

「ええい!! 青二才が!! 俺は最も早くに『鎖』になった者!! お前のような若造に、ごちゃごちゃ言われる筋合いはない!!」

「……本気で言っているのですか、同志よ?」


 周囲の空気が一変した。

 凍てついた波動がテオルザードから放出され、辺り一面の床や、機材、そして僧侶達の遺体に、霜が張り付き始めた。


「同志よ。私は主の為に、誇りある『鎖』として、来るべき戦いに備えるべく邁進しております。その私の行いを、侮辱なさるのですか?」

「あ……。いや……」


 見ると、レガールードの茶色の体毛は、霜を纏い始めていた。


 彼は悟った。

 テオルザードを怒らせるべきではない事を。


「お、俺が言い過ぎた。す、すまなかった」

「その謝罪は受け入れましょう。同志レガールード」


 テオルザードは、丁寧な言葉遣いとは裏腹に、レガールードには目もくれずに踵を返した。


「さあ、バイゼル。行きましょう」

「ウルメランを再攻略するのだな? あの魔王種の姑息な手にはもう引っかからんぞ!!」

「いえ、霊廟には斥候を向かわせましたが、ウルメランは討伐されてしまった模様でした。恐らくは例の魔王種のしわざでしょう。切り替えて次の攻略に移りましょう」

「クソが……」


 彼らが立ち去ると、ガルゼムードが成人男性ほどもあるヒルに似た生き物を召還し、僧侶らの遺体を飲み込ませた。

 それから、ガッドに調整槽を割ってしまった事を詫びてから、立ち去っていった。


 ガッドはと言うと、三槽しか無い上級調整槽の一つが割れてしまった事に落胆していた。

 彼はレガールードに目礼してから、研究員を呼び、今後の段取りについての指示をし始めた。


 レガールードは、深いため息を一つつくと、研究施設から外へと出た。

 その彼に、小柄な少女が纏わりついてきた。

 

 緑の髪を三つ編みに束ね、銀色に光る鎧を着込んだその少女は、ベアラーの肩にヒラリと飛び乗った。

 背中には諸刃の斧を下げ、今から戦場に出ると言われても納得するほどの完全武装だ。


「キャハハハハハ!! どーしたの、レガ。そんな辛気臭い顔をして」

「ほっておいてくれ」

「そうは行かないわ。貴方は同じ日に『鎖』となった同胞よ。他の奴らとは違うの!!」

「どの道、お前には分からんだろう。手塩に掛けた駒が、薬代わりに使われた辛さが……」

「確かに!! 私には駒は居ないから分からないわ!!」


 彼女はレガールードの肩に手を付いて、逆立ちしながら答えた。


「私の異能は駒が居ないことが前提だからね。でも、誰かの駒にはなれるわ。レガ、もし私が力になれる事があるなら、いつでも言ってね!!」

「ああ。分かったよ、ユノー」

「約束よ!!」


 少女は空中で一回転しながら着地すると、駆け足でいずこかへと消えていった。

 片手をブンブンとレガールードに振りながら。


「さて、予定を練り直すか……」


 ベアラーの鎖、レガールードは、一人呟いた。


◇◆◇


 私はサリナ達と共に、ウルメランの霊廟へと潜っていた。

 地下七層にもなるダンジョンの最下層に居る、デュラハンの王、ウルメランの力を得ることが今回の目的だった。


「我が君、入り口に設置しておいた<監視>が、ヒューマンの集団を検知しました」

「そうか。しかし私たちが今いる六層に到達するには、最低でも半日は掛かるのではないか?」

「はい。彼らが七層へと到達する頃には、もう我が君、ガイアリース様がウルメランを討伐為さっているに違いありません」

「ああ」


 数多の冒険者が挑んだ結果、霊廟七層までの詳細な地図は完成していた。

 しかし、誰一人としてウルメランを討伐できたものは居なかった。


 とは言え、ウルメランの玄室以外の財宝はあらかた取り尽くされていたので、今では冒険者はほぼ居ないのだが。


 彼の瘴気が生み出す魑魅魍魎達がダンジョンを埋め尽し、行く手を阻む。

 そこに財宝の旨味もほぼ無いのだから、ここに潜るのは最早余程の物好きか、ウルメランに用があるものだけだった。

 無論、私は後者なのだが。


 配下の一人が露払いをしてくれた先には、最下層への階段が見えた。

 そこで一旦休息し、体力を戻しておく。


 その僅かな時間で、サリナが各層に設置した<監視>の内、三層のものまでがヒューマンの影を捉えた。


「凄まじく早いな」

「はい。我らが妖魔の数を減らしたにせよ、これは異常な速さでございます。我が君、如何なさいますか?」

「ふむ……。それほどの手練であれば、こちらから奇襲を掛けて潰しておくか。運が良ければ、幾つか能力を『模倣』出来るかも知れんしな」

「分かりました。では、五層にある段差の上に隠し部屋があります。ここで待機し、不意を付く、というのは如何でしょうか?」


 サリナが地図を広げ、私に教えてくれる。

 他の配下も納得顔で聞いていた。


「よし、その案で行こう。最悪潰せなくとも、危険だと思わせれば最下層へ行くことを躊躇うだろう。その間に事を運べば良い」

「はい」


 この奇襲は上手く事が運んだ。

 私は銀色の鎧に身を包んだ美丈夫に、容赦なく<溶岩槌>を叩き込んだのだ。


「バイゼル様っ」

「バイゼル様、大丈夫ですか!?」


 大丈夫もくそもあるものか。

 無防備な腹に、灼熱の岩石を高速で突撃させたのだから、生きているほうがおかしい位だ。

 とは言え、あれだけ用意周到にしておきながら、そのバイゼルという名の男から、脇腹への一撃を受けた。


「なかなかやりよるわっ」


 私は脇腹の激痛に耐えながら、その男に止めの一撃を放った。

 しかし、どうやら敵の誰かが<帰還>を唱えたのか、バイゼルを含むヒューマンの一団は、光となり消えていった。  

 

「逃したか。だが、良い。これで邪魔者は居なくなった」

「わ、我が君、すぐに手当てを」

「問題無い。臓器まで到達しておらん」


 しかし、その僅かな接触で、何か途轍もない能力が模倣出来た気がする……。

 私は祝福《完璧模倣》を起動すると、答えを探した。


【解。祝福《共食い》を模倣しました】


「!!」


 あの男は何と祝福持ちだったのか。

 しかも、かの悪名高い《共食い》とはな……。 


 バイゼルは私をヒューマンだと思ったのだろうか?

 あの斬撃に《共食い》の力を乗せて放ったのだろう。


「何と運が良い」


 私はこの幸運に感謝した。

 セイから手に入れた《悪食》、そして今回手に入れた《共食い》。

 私自身が始めから持っている《完璧模倣》……。


 これらの組み合わせで、私は七層に降り立つと、ウルメランの技術や魔術を模倣し、その後、彼を《悪食》で喰らい、そして彼の魔族としての能力を《共食い》で全て継承した。

 この自己完結した組み合わせは、私の能力を格段に向上させた。


 しかし、それから先、時折ではあるが、サリナ達配下を美味そうに感じてしまう様になった。

 まさか、同族喰らいの祝福《共食い》を、魔族の王が得てしまうとは……。


 これが吉と出るか凶と出るか、今の私には分からなかった。


 しかし、その時は『自分は運が良い』と思っていた事は確かだ。

明日三日は出張があるので更新出来ないかもしれません。

よろしくお願いします

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