140 拠点
俺はリーンの奏でるリーケンを聞きながら、リリオスに語りかけた。
「リリオス。支度が整ったらレガリオスを出ようと思う」
「ですが、何故、旅を再開なさるのですか? この私、リリオスを僕とし、レガリオスを統治すれば、何の不自由も無く暮らせますが」
「うん。レガリオスを荒らした俺に、そこまで言ってくれるのは正直嬉しい。けど、俺は旅を続けなくちゃならないんだ」
「そうですか……。しかし……」
リリオスが更に言葉を紡ごうとしたその時、アーリエスが寄って来て俺の膝に座った。
彼女はクリン、と顔だけ俺に向けると、こういった。
「セイ殿? あたしに考えがある。ここはあたしに任せては貰えんか?」
「あ、ああ……」
俺は、この件はアーリエスに任せることにした。
彼女はリリオスに語りかける。
「リリオス。お主がセイ殿の役に立ちたい、と考えているのは痛いほど分かる」
「はい。私はセイ様に二度も命を救われました。命の恩は命でしか返せません」
「うん。お主は死の淵を彷徨い、蘇った際に光を得た。それも二度」
「はい……」
「お主とセイとの縁は、最早切っても切れぬものだろう。そのリリオスに、私から提案がある」
「提案、ですか?」
アーリエスがリリオスにした提案に、リリオスは顔を少年のように紅潮させ、聞き入った。
「いずれ近いうちに、この世界は騒乱に包まれる。これは確定事項だ。その時、セイ殿とその一派に必要なのは『拠点』だと、あたしは考える」
「拠点、ですか?」
「うむ。休息にせよ、補給にせよ、今のように放浪しながらでは、ままならぬ事も多いだろう。その時に、安心して休息が取れる場所が欲しい。信頼できるものが居る『拠点』が欲しいのだ」
「つまりは、来るべきその日に、このレガリオスを、セイ様の『拠点』に?」
「その通りだ。引き受けてくれるか?」
「もっ、もちろんでございます!! 是非ともお任せ下さい!!」
リリオスは俺の所まで来ると、膝を折り、祈るような仕草をした。
「リリオス=ハイデレシア=ル=レガルルは、レガリオスを再編し、セイ様の『拠点』とすべく邁進する事を、ここに誓います」
「リリオス……」
こうして、レガリオスはリリオスの手によって、新たな時代を築き始める事になる。
多くの奴隷はリリオスによって買われ、奴隷達は恒久的に続けられた工事や、それに付随する業務に従事し、その労働の対価として、自由を得る事になる。
自由民となった奴隷達は、自らで汗を流して得たスキルを使い、金を稼ぎ、レガリオスに居を構えた。
また、来るべきその日に備え、戦闘知識のある奴隷達は解放され、新たな兵団を形成し始める。
魔法師団も、生き残り達によって再編されていった。
こうして、俺がここを実際『拠点』とする時には、かつて『奴隷都市』と呼ばれたレガリオスは、『城塞都市』レガリオスと呼ばれる様にまでに、様変わりしていたのだった。
◇◆◇
「しっかし、遅いわねぇ。あんな成人前の魔王種に、どれだけ手こずっているのかしら?」
クルグネ=ハコン=ミ=レルゥは溜まりに溜まった書類に判を付きながら、ため息を付いた。
仕方なく、<念話>でトラキに通信を取る事にした。
「まったく、あの子は何時までたっても駄目な子なんだから!! ちょっと、トラキちゃん!! トラキちゃんってば!!」
通信を繋げて随分たってから、ようやくトラキからの返答があった。
「あ……。お母さん? ちょっと今、無理」
「なっ、何が『お母さん』よっ。あの魔王種はどうなったの? 今どこに居るの? 帰ったらオシオキですからね!!」
「今、ミナイハリの森です。私、《獣》の祝福持ちに浚われて、下僕になっちゃいました」
「何いってるの!? そんな見え透いた嘘をつくなんて!!」
「嘘じゃないもん。あー、ラメス様が気分を害されると、時々仲間を食べちゃうんだ。もう四人食べられたの。だから、切るね」
クルグネは混乱した。
たとえ実子とは言え、あんな対応をクルグネにした場合、待っているのは死か、死んだほうが良かったと感じるほどの懲罰と決まっている。
むしろ、実子だからこそ、知っている筈なのに……。
彼女の首筋がチリチリと逆立った。
確か《獣》の祝福は、十七年前にミナイハリの森での討伐の際に、取り零した祝福の一つの筈。
そして、その祝福を得たラメスという人物が、《獣》に導かれ、自らの縄張りを取り戻しにミナイハリに戻ったのだとすれば、幾つかは合点が行く。
「もしかして、この情報ってお金になるんじゃない?」
ミナイハリ討伐で手に入る筈だった祝福は二つ。
そのうちの一つは辛うじてソラン氏族が手にしたが、《獣》は一つ目の祝福に手こずっている内に消失し、霧散した。
「ほっほっほっ。この情報を知っているのってアタシだけじゃない? 躍起になって探している人を探して、この話を売りましょ♪」
クルグネは、いつもの調子を取り戻して、上機嫌で配下を呼んだ。
「お前達っ。今から言うことをよくお聞きっ。ミナイハリの森に行って、トラキちゃんと直接お話してくるのよっ」
しかし、珍しくクルグネは大失敗をする。
ミナイハリに分け入った彼女の配下達は悉くラメスに喰われ、そして、この情報自体も、ソラン氏族にとってはもう『古い』ものでしかなかったのだ。
仕方なく、細いパイプしか持っていない『鎖の主』に、この情報を売ることを考えて使いを出したが、その使いも戻らなかった。
「なんなのよっ。もう!!」
珍しくクルグネ=ハコン=ミ=レルゥは立て続けに失敗を犯した。
このミスに苛立った彼女は、イスティリの事を随分長いこと失念してしまっていた。
今、この時点でイスティリにクルグネの矛先が向かなかった事は、まさしく幸運という他はなかった。
この道化めいた女魔術師が、本気でイスティリを殺しに掛かったとしたならば、彼女の命運もここまでだっただろう。
しかし、幸運にも、イスティリ=ミスリルストームは生き延びた。
そして、不運にも、クルグネ=ハコン=ミ=レルゥは、いずれその代価を支払う羽目になる。
◆◇◆
ガッド=ガドガーは、イスティリの事を諦めきれずにレガリオスに潜伏していたが、緊急連絡が入り、仕方なく一旦帰還した。
彼と、連れて行った奈落種達が<転移>で帰還すると、施設で研究員達が右往左往していた。
「どうした? 何があった?」
「バ、バイゼル様がダイエアランで重傷を負い、帰還されたのです!!」
「なんだと!? バイゼルはどこだ!!」
「じょ、上級中央槽です」
ガッドが大慌てでそこに向かうと、全身火傷だらけで、腹部が陥没したバイゼルが調整槽で浮かんでいた。
彼の周りには何十という僧侶が回復呪文を唱え続け、テオルザード以外の『鎖』達も数人来ていた。
「ガッド殿。お待ちしておりました」
「ガルゼムード様」
ピアサーキンの『鎖』、ガルゼムードがガッドに語りかけた。
「今、バイゼルが死ぬ事は得策ではありません。調整槽の設計者として、最善策をご教示頂けないでしょうか?」
「分かった。すぐに取り掛かろう。おいっ!! 十番の棚にある緑の薬瓶を持って来い。トァーズと書いてある。それと生薬倉庫にあるレッダを粉末にしろ。すぐに取りかかれぇ!!」
彼に追い散らされた研究員達が慌てて駆け出していく。
そしてガッドは調整槽に張り付くと、バルブを捻り、ツマミを左右に動かして微調整し始めた。
研究員が持って来る薬品を神経質に少量ずつパイプから送り込み、生薬を上部から落とし込む。
「追加で僧侶は来ないのか!?」
「今、呼んではいる」
ベアラーの『鎖』である、レガールードが嫌そうな顔をしながら答えた。
「……何があった?」
「死霊騎士ウルメランの霊廟を攻略中、魔王種に遭遇した。出会い頭に<溶岩槌>をぶち込まれた所で、<強制帰還>が発動した」
「その魔王種は?」
「バイゼルの一撃を受けたが、死んでは居らんだろう。俺は今回監視役だったからほぼ断言できる」
「そうか」
そこでバイゼルがピクリと動いた。
腹部の陥没も少しずつ隆起し始め、火傷も回復し始めた。
「流石はガッド殿」
「テオルザード様」
次の瞬間、バイゼルが素手で調整槽を叩き割って出てきた。
「くそがぁぁぁぁぁ!! おいっ、鎖ども!! すぐさま霊廟へと戻るぞ!!」
そう言いながら、バイゼルは周りの僧侶達に襲い掛かり、次々に首の骨を折った。
悲鳴を上げながら逃げ惑う僧侶達を殺すたび、バイゼルの血の気は戻っていった。
「だから、余り呼びたくなかったんだ」
レガールードがポツリと言った。
もう2-3日残業があるのですが、一通り仕事は終わったので、復帰します。
お待たせしました。




