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139 お使い

 私はカララさんのお店に来ていた。


 彼女は数人のお客さんを対応をしていて、私が最初に来た時のように、丁寧な言葉遣いで薬瓶を梱包したり、粉薬を秤で計っていた。

 時折、私が気になるのかチラチラと視線を送ってはくるけれど、実際に声をかけて来たのは、お店の中の人間が、私と彼女だけになってからだった。


「お前さん!! 心配して居たんだよ。按配はどうだったかね?」


 私は右の角に巻いた赤い紐を彼女に見せる。

 メアに付けて貰った黄銅の鈴が、チリチリと可愛い音を出した。


「おやおや!! まあまあ!? 真っ赤も真っ赤。そこまで赤いのは私もお目にかかった事がないよ。この真紅の紐が恋紐だと気付く者が何人いるやら……」

「これもカララさんのお陰です。私は一歩踏み出せました。ありがとうござます」

「うんうん。その感謝は受け取っておくよ。しかし、いやーっ。良かった。良かった。これだけ赤いと恋路を邪魔する奴は蹴落とせるな!!」

「それが……」


 私は紐を三等分して、イスティリとメアにも渡した事、その上で全ての紐が私と同じ色になった事を告げた。

 カララさんは口を大きく開けて絶句していた。


「ですが、私はセイ様を独り占めする気もないので、良かったと思います。私はセイ様が好きですが、イスティリとメアも好きなので」

「そ、そうか。そのイスティリという子と、メアという子もセイを慕っているんだね」

「はい」


 カララさんは何か言いたげだったが、切り替えたのかニコッと笑ってお茶を入れ始めた。


「今日は店じまいにするよ。また夜を食べていきな。丸鳥を焼こう!! 良い日だからね!!」

「はい。ご馳走になります。あと、霊薬を買って帰ります」

「どうしたんだい? もう霊薬は必要ないだろうに」

 

 私はお昼の後、薬屋に行くことを告げて、領主の屋敷を出ようとした。

 それを聞いたアーリエスが「ちょっと待ってくれ。薬屋に行くなら羊皮紙に購入して欲しいものを書き出すから、買って来てはくれんか?」と言った。

 私が頷くと、彼女は手早く羊皮紙に文字を書き、セイ様の金貨を魔法のポーチに入れてくれた。


「回復薬や解毒剤、あとは滋養の霊薬に単純な風邪薬、それに石化防止剤に麻痺解除剤、呪い抵抗薬に、それからそれから……」

「そんなにですか?」

「ああ。これだけの人員を抱え込んでいるのだから、あるに越した事は無い。あの神秘の回復石は『とっておき』にして、皆の命の危機に際してのみ使用し、普段は霊薬で対応しようと思う」

「分かりました」


 彼女はあの山積みしてある金貨を有効に活用し、私達の安全を考えてくれていたのだ。

 私がそのアーリエスから渡された羊皮紙をカララさんに見せると、彼女は目を見開いて脂汗をかいた。


「ええっと……『回復薬は店の在庫の七割。その他に関しても同様の割合で購入したいと考えます。以下に列挙するので、よろしくお願いします』って、アンタ!!」

「す、すみません」


 私はつい反射的に謝ってしまったが、カララさんは満面の笑みで私の背中をバンバンと叩いた。

 こうして私が五百本近い霊薬の瓶を購入していると、トルダールさんにフィシーガさん、それからコンキタンの『兄妹』が入店してきた。


「悪いね、今日は店じまいだよ」

「あ、あの方々はセイ様の配下です。私の仲間なんです」

「なんだ、そうだったのか」


 トルダールさんは軽く頭を下げると「ウシュフゴール殿が入られるのを見ましたので」と言った。


「私、アーリエスさんのお使いで霊薬を買いに来たんです」

「そうだったのですね。ご苦労様です」


 カララさんは彼らも夕食に誘ってくれた。

 トルダールさん達はしきりに恐縮していたが、結局カララさんに押し切られる形となった。


◇◆◇


 俺の名はトルダール=マキス。

 出身地は副都領内の小さな寒村だ。


 その村の名前はプアゾ。

 かつては銀の鉱脈があり栄えたが、俺が成人する前には銀は採り尽くしてしまって、残念なことに閉山してしまった。

 曽祖父の代から続いた鉱夫の家柄は途絶え、俺は傭兵として出稼ぎをするようになった。


 俺は幾つかの戦場を経験し、村に戻る度にその金で家を修繕し、妹夫婦の服を買い、母に旨い物を食わせた。

 長い期間続いた銀採掘のせいか、プアゾは作物が育ちにくかったから、俺の稼ぎは一族にとって自慢だったし、周りの者は羨ましがった。

 だが、俺の様に命を懸けてまで金を稼ごうと思う奴は、ごくごく少数だ。


 束の間の休息を楽しんでから、副都に戻ろうとしたある時、フィシーガとレコが「傭兵として生計を立てたい」と付いてきた。

 だが、最初の仕事でレコは怖気づき、なんと戦場から逃げた。

 俺は罰金を支払う羽目になった上に、フィシーガと共に、その傭兵団を追われるように去った。

 

 そこで出会ったのがコモン様だ。

 俺は、今の俺の雇い主はセイ殿だが、俺の主はコモン様だと思っていた。

 他の仲間もそうだろう。


 だが、それも少しずつ、どちらでも良くなってきた。

 俺は、あのセイという男を、このレガリオスでの一連の騒動で、僅かにだが理解した。


 もしセイが、俺を必要とするなら、俺は……彼の為の剣になろう。


 これを忠誠と言うのかは分からない。

 だが、これだけは言える。


「命の恩は、命でしか返せない」


 俺の……俺達の誇りを取り戻してくれたあの男のためになら、俺は喜んで自らの血を流そう。

 とは言え、今日の俺に与えられた役目は、戦場でセイ殿の為に戦う事ではなく、新たに参入したコンキタンの魔術師達の旅支度を整える事だ。


「旅で必要なのはまずは毛布だ。毛布が無いと野営する度に体調を崩すぞ。それに、水を入れる皮袋。これは必ず予備も持つこと。火口箱や調理用の小刀とマナ板も持つべきだな」

「はい、トルダール。俺達の為にわざわざありがとうございます」


 俺はフィシーガを連れ、コンキタン兄妹と共に雑貨屋に来ていた。

 大き目の背嚢に、擦り傷用の軟膏や裁縫道具、繕い用の布切れなんかも次々に買っては入れて行く。


「後は……『兄』に必要なのはヒゲ剃りか。ヒゲを蓄えるのと、不精ヒゲじゃあ天地の差があるからな。『妹』は手鏡に櫛を買うといい。二人とも、雇い主が恥ずかしくないような格好を、心掛けなくちゃあいかんぞ」

「ご丁寧にありがとうございます。トルダール」

「良いって事よ。『妹』さんよ」


 備品を購入した後、衣料品も買い込み、街を散策する。

 道中、携帯食料や乾果の類も説明するが、実際に買うのは街を出る直前だと教えてやる。


「携帯食料なら、いつ買っても一緒なのではありませんか?」

「まあな。だが、味はどんどん落ちていくもんだ。少しでも旨い物を食ったほうが気分は良い」

「そうなのですね」

「帰ったら一旦背嚢の中の物を出して整理整頓しよう。入れ方にもコツがあってな」

「はいっ」


 兄の方はお堅い感じだが、妹は素直と言うかスレてないな。

 そう思っていると、フィシーガが魔術用品の専門店を見つけてコンキタン達を呼んだ。


「すまん、魔術には疎くてな。ここから先は自由行動だ」

「分かりました。では、少しお時間を頂きます」

 

 彼らが店に入ると、俺はフィシーガと共に露天で梨を買って齧りながら待った。


「叔父さん。何で俺も連れてきたの?」

「万が一何かあったとしても、どちらかが『セラさんの世界』に入って、それから外に出ればセイ殿の所にいけるだろう? 今日はそれを教えたくてな。だが、よく疑問に思えたな。俺は嬉しいぞ」

「へへっ」


 そんな雑談をしていると、ウシュフゴールが近くの薬屋に入るのが見えた。

 薬の買出しだろうか?


 聞く所によると、彼女はラビリンスの主であったが、今はセイ殿の配下になったのだとか。

 内気で静かな方なので一見パッとしないが、その実力は凄まじい。

 あの兄妹も挑戦した『試験』で、魔術に耐性を持つはずの魔術師たちが、ものの数秒で崩れ落ちたのは圧巻と言う他はなかった。


 だが、俺達コモン隊の興味はそこにはなかった。

 最近あった会話はこんな感じだった。


「なあ、ブルーザ。『眠り姫』が『斧姫』と『桃姫』に勝てると思うか?」

「今のままじゃあ無理だよな、ザッパ。でもさ、セイ殿なら全員嫁にしそうだし、それが一番じゃないか?」

「おい、トルダール。年長者の意見を聞かせてくれよ」


 実は、俺達コモン隊はウシュフゴールを応援していた。

 実際『斧姫』と『桃姫』は応援しなくても大丈夫そうだったしな……。


 兄妹が買い物も終わり店から出てきたので、俺達も薬屋に寄って見る事にした。

 そこで俺達は何故か、上機嫌の店主からの歓待を受け、大きな丸鳥をご馳走になった。

 残業しすぎで朦朧とします。

 早く通常業務に戻って小説を書きたいです……。


 待って下さっている皆様に、心からの感謝を。

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