138 神斧ベリエスティリアス
俺たちはレイオー、それに兄妹を交えて昼食をとる。
昼食はパンに芋のスープが出て、チーズをかけて焼いたマッシュルーム系のキノコ、メインディッシュはロブスターに似た大振りな海老だった。
時々使用人がぶどう酒を入れてくれたり、海老のおかわりを聞いてくれる。
俺がルーメン=ゴースのためにボトルのぶどう酒を貰うと、彼女は『グラスが二個欲しい』と伝えてきた。
どうやらディバと一緒に飲むらしい。
食事も終わり、デザートとして木苺の盛り合わせが出た所で、俺はレイオーに声をかけた。
「レイオー、君さえ良ければウチに来ないか? もちろん俸給は弾むし、肌に合わなかったら何時でも離脱してくれて構わない」
「お言葉は大変ありがたいのですが、俺には主君が居ります。今回お邪魔したのは、俺を雇って頂きたいからではなく、主君の命によって参ったのです」
レイオーの返答にイスティリは若干ヘコんでいたが、気を取り直して話に聞き入っている様子だった。
「そうだったのか。しかし、君ほどの実力があれば、主が居ない訳がないか」
「そこまで仰って頂けて恐縮です。では、我が主君であるラザ領主、ダイロス様が俺をここに派遣した理由をお伝えしたいと思うのですが」
「ああ。聞こう」
レイオーは軽く咳払いすると語りだした。
「ドワーフ達が多く居住する鉱山都市ラザには、一つの神器がございます。その名は神斧ベリエスティリアス。この神斧は現在所有者が居りません」
「うん」
「そこで、年に一度、世界中の斧使いを一同に集め、『神斧大祭』にて戦わせ、その勝者に神斧を持たせて居りますが、斧がそれを毎回拒否するのです」
「斧が拒否する……」
「は……。それで、俺は主の命を受け、その神斧のお眼鏡にかなう者を探す為、諸国を放浪し実力者を探しているのです」
「なるほど。それでイスティリと戦いたがったのか?」
「はい。俺の今回の目的は……貴方様に付き従う魔王種の実力と、その正邪の見極めです」
「正邪の見極め」
「はい。貴方様の配下、イスティリ様の性根が捻じ曲がった邪悪な者でありましたなら、俺はこの件を何も言わずに立ち去ったでしょう。ですが、戦いを経た今なら分かります。あの方は『神斧大祭』にお招きするに値する実力者であり、正しい道を歩む方であるということが」
レイオーは改めて膝をつく。
「私、レイオー=ガルギルゼンは、ラザ領主ダイロスの使者として、イスティリ様を『神斧大祭』にお招きしたいと考えます。どうぞ、ご一考下さい」
イスティリは静かに聴いていたが、頬を紅潮させて興奮していた。
「セイ様!! 四大神器『地』の斧ベリスと言えば、ドワーフなら誰でも知っている至高の武器です!!」
「なるほど。それほどの逸品か」
「はいっ。もしお許しが頂けるのであれば、ボクはその神斧祭に出たいですっ」
そこにグンガルが進み出た。
「セイ殿。『地』のベリス。『水』のハイネ。『火』のエリス。『風』のフルカ、と言えば四大神器です。全て武器の形状ですが、どれもリリオスの七宝剣なんて比じゃない名品中の名品です」
「よく知ってるね」
「俺はベリスの大祭に出たことがあるんですよ。三回戦で敗退しましたが」
どうやら斧使いにとっては垂涎の的であるらしいこの神器は、ト-ナメントでの優勝者に与えられるらしかった。
「しかし、斧が優勝者を拒否する、と。グンガル」
「はい。ですが、俺が思うにイスティリ様なら、大丈夫なんじゃないかと思います」
「そうか。レイオー、その大祭はいつあるんだ?」
「後十日で開催されます。レガリオスからなら、ラザは徒歩でも三日でつけるので、十分に間に合います」
「分かった」
ラザにはレガリオスからダイエアランへの街道を二日ほど進んだ先の分岐路で南下し、そこから一日ほどで着けるらしい。
「丁度ダイエアランにも行く予定だしな。あたしはぜひとも行くべきだと思う」
アーリエスは木苺で口周りを紫にしながら発言すると、俺の木苺に手を伸ばした。
慌ててセラが俺のポケットから飛び出すと、木苺の器の上に陣取った。
「むっ」
(むむっ)
彼女らは火花を散らしていたが、メアが自分の木苺をアーリエスに与えて事なきを得た。
「じゃあ、皆でイスティリが勝つ所を見に行くか」
「はいっ。任せてください!!」
「では、悪いがレイオー。二日ほどで支度を済ませるから、道案内を頼めないかな?」
「分かりました。俺もそろそろ戻らないと大祭に間に合いませんしね」
こうして、俺たちの次の目的地は、鉱山都市ラザになったのだった。
「所で、メアの剣は確かハイネって名前だったよね?」
「ふふ。残念ながら『水』の剣ハイネルティランネの、複製です。本物は副都の宝物庫に眠ってるのだと聞いています」
「複製だったのか」
「ですが、カラルス家の至宝。オグマフ様からお預かりした、わたくしの大切な宝剣です」
「そうだね。世界を救ったら、その剣を持ってオグマフさんの所にご挨拶に行かなきゃね」
「わたくし達の結婚のご挨拶ですね」
「う、うん」
俺はメアのまっすぐな目にやられてドギマギしてしまった。
「と、所で……。良ければウチに来ないか? ええっと、『兄』と『妹』。俸給は弾むし、肌に合わなかったら何時でも離脱してくれて構わないからさ」
「喜んで」
「はいっ」
コンキタンの兄妹は、二つ返事で承諾してくれた。
「我らは召還呪文を得意とします。俺は獣の霊を体内に呼び入れ、身体能力を高めます」
「私は、純粋な召還呪文です。狼や熊を呼び出して戦わせたり、鷹やシャチを呼び出して空や水中での視界を確保できます」
「分かった。もう知っているとは思うけど、俺の名はセイ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「はいっ。よろしくお願いしますっ」
それから、彼らに支度金を持たせて、旅の準備をしてもらうことになった。
「こ、こんなに頂けるのですか?」
「まあ、それで装備も整えてもらわないといけない訳だからね。旅の経験は?」
「いえ、ほとんどありません。レガリオスへは乗り合い馬車に詰め込まれて来たのですが、なにぶん杖しか持たずに来たので大変でした」
「そうか。なら……トルダール?」
俺はトルダールを呼んだ。
彼なら、フィシーガに対する面倒見の良さから、こういった事は適任だと思ったのだ。
「はい。セイ殿」
「悪いけど、彼らにどういった物が要るか説明しながら、買い物に付き合ってあげて欲しい」
「はい。任せてください。フィシーガも連れて行って構いませんか?」
「ああ。その辺は任せるよ」
「分かりました。……俺はトルダール。よろしくな、コンキタンの魔術師方」
「よろしくお願いします。トルダール殿」
「トルダールで良いって。俺たちゃセイ殿の配下。言ってしまえば同僚さ」
俺のその考えは、案外的を外していない様に思えた。
「さて、さてさて。一人誘うのを忘れてはいませんか?」
「リーンさん」
「僕はセイの歌を作るまで同行するつもりなんだけどね」
薄々感づいてはいたが、リーンも付いてくる気マンマンらしかった。
「僕は食事さえ頂ければそれで十分。あとは自分でなんとかするよ」
イスティリが視線を送ってくるが、彼女も困惑して答えが出ない様子だった。
俺も視線を送り返すが、さて、どうしたものやら?
「セイ様。リーンを連れて行っては貰えませんか」
「リリオス!! 体は大丈夫なのか」
「はい。少し右手に麻痺が残りましたが」
唐突にリリオスが入室してきた事に驚いたが、その彼がリーンを連れて行って欲しいといったことにも驚いた。
彼は俺に耳打ちしてくる。
「あの吟遊詩人の歌は『呪歌』です。おそらくは体系化された物ではなく、自然魔術といって、才覚で自然に覚えたものでしょうが」
「それがリーンを連れて行く理由に?」
「はい。私の命を救った歌を覚えてらっしゃいますか? あの様に、歌の届く範囲全ての者に影響を与える『呪歌』は必ず役に立ちます。平時は、戦いで疲弊したセイ様や、お仲間の荒んだ心を癒すでしょう」
俺は、オグマフが晩餐会を開いて戦士たちの英気を養い、彼らの士気を高めていた事を思い出した。
「なるほど」
どうやって察したのか、リーンがリーケンをかき鳴らし、歌を歌い始め俺に視線を送ってアピールし始めた。
俺は、その歌声を聴きながら、彼、あるいは彼女が、リリオスの言う通りこの集団には必要なのだと理解し始めていた。
リーンの『呪歌』によって、思考を誘導されている事に気づけない主人公なのでした。
月末で仕事が一段落するので、それまで当面不定期連載です。
よろしくお願いします。




