137 ライネスの子孫
コインが落ちると同時に、イスティリが右から斧をフルスイングした。
辛うじてレイオーは斧を差し込んで防ぐが、衝撃を緩和できずにバランスを崩した。
彼が体勢を立て直す前に、今度は左からの強襲が来た。
「早い!!」
レイオーは一旦下がると、斧を構えなおそうとした。
が、イスティリの猛攻は止まらない。
右から、左から来る斧頭は最早ブレてしまって残像の様だ。
レイオーは受け流し、避け、飛び退り、何とか凌いでこそいたが、攻撃を繰り出すタイミングは、全く無いように思われた。
「コモン。イスティリ、俺らと戦った時よりも、強くなってねえか?」
「ああ、よく見てみろ、トルダール。イスティリは右手が再生しつつある。前はあの斧を片手で使っていたが、今じゃ右手も添えるようにして使っている」
確かに、イスティリは右手の掌を斧の柄に添え、重い斧の重心を上手く利用していた。
まるで演舞の様に、滑らかに連続で攻撃したかと思うと、フェイントからの渾身の袈裟切り、軽いジャブでレイオーが攻撃出来るタイミングを的確に潰す。
「フィシーガ。よく見ておけ。あれより強い戦士はダイエアランはおろか、全土を探しても僅かだろう」
「はい。コモン様。あの偽攻からの斬撃、正直言いますと防げません」
「それが分かっただけで儲けものじゃないか」
戦いは終局を迎えようとしていた。
フウフウと荒い息をするレイオーは、イスティリからの上段を斧の柄を水平にして防いだが、そこで片膝を突いてしまった。
「ま、参りました!!」
「よし! そこまで!!」
コモンが止めると、仲間からは惜しみない拍手が送られ、見物していた魔術師たちからもマバラな拍手があった。
「流石だな。俺は結局一撃も入れる事ができんかった!!」
「でも、よく鍛錬されてると思いますよ。基礎は完璧だし、ボクの応用にも反応出来てましたし」
「そう言って貰えると俺の面目も立つ。ありがとう」
俺はレイオーの実直さに好感を持った。
単純な強さで人を雇っているなら、俺はラメスを雇って大変な目にあっていたはずだ。
軽く意見を求めるために、アーリエスとコモンに視線を送ると、彼らは頷いてくれた。
「レイオー。良ければ昼食でも一緒にどうだ?」
「えっ!! 良いんですか? 俺はもちろん構いませんが」
「なら、決まりだな」
イスティリはレイオーの手を引いて立たせると、彼にニッコリ笑いかけた。
レイオーは誇らしげに立ち上がると、イスティリに誘導されてコモン隊の横あたりで休み始めた。
「さて、ボクはここまで!! 魔術師たちはメアかゴーちゃんにお任せします!!」
それを見ていた魔術師たちが、やっと自分たちの番か、とばかりに俺に声をかけてきた。
「さあ、次は私の腕前を見ておくれよ!!」
「いや、俺が先だ」
「待てよ!! 俺が先だ」
そのやり取りの中で、二名だけが輪に入らずに静かに待機していた。
彼らは兄妹なのだろうか、お揃いのコゲ茶の服を着て、杖だけを持っていた。
長身の男性は右の額から長い角が生えており、小柄な女性は左の額から小さな角が生えていた。
二人とも肌は褐色で髪の毛は薄い紫と、ひときわ異彩を放っていた。
【解。コンキタン。フォーキアン同様、魔族であったがヒューマンとの交配で固定されていった。以前に冒険者ギルドで『人間側に組して武功をあげた者が貴族になった例もありますよ』と組員が言っておったが、それは彼ら一族の事である。主要十二部族ではない】
彼らはコンキタンというのか。
俺は下手に自己主張する眼前の奴等よりも、ああいった冷静な人物のほうが気にはなった。
メアとウシュフゴールはお互いで耳打ちしあい、打ち合わせをし始めた。
「さて、わたくしはハイ=ディ=メアと申します。これより選定を始めさせていただきます。わたくしの仲間、ウシュフゴールの<睡眠>に耐え続けた方々を、まず候補とします」
「候補だと!! お高くとまりやがって!!」
「何とでも言いなさい。実力もなく、かといって謙虚でもない者達を雇うほど、わたくし達は寛容ではありません」
「クソっ。分かったよ!! 分かりました分かりました!! さあ、来いよ」
十人ほどいた魔術師達に、ウシュフゴールが<睡眠>を乱打する。
悪態をついていた奴は最初の数回は抵抗した様子だったが、すぐに崩れ落ちた。
他の魔術師達も次々に眠ってしまった。
「あら。一人も残らず……?」
メアが呟いたが、あの二人のコンキタンだけは膝をつきながらも必死に耐えていた。
ウシュフゴールが改めて<睡眠>を連打したが、頭を振り、太ももを叩いて、辛うじて意識を保っていた。
「い、一族再興の為には……我らはこんな所で……」
「……ライ……ス……の誇りを取り戻すのです……」
男性のほうが、震える足を叱咤しながら、立ち上がる。
そうしてから、女性に手を貸そうとしたが、一瞬躊躇った。
「そうです……兄様。私は、私の足で立ちあがらなければ、ならないのです!!」
彼女は最後悲鳴の様に絶叫すると、立ち上がった。
彼らは二人手を取り合って、俺を見た。
「そこまでだ。俺が思うに、そこで寝ているチンピラ魔術師達と違って、彼らは芯を持っているように思う」
「はい。わたくしも同意見です。是非とも『昼食』にお呼びしたいと考えますが?」
「ああ。メアがそう言うなら間違いないだろう。ウシュフゴールは?」
「私も、あの方々には魅力を感じます」
「なら、決まりだな」
そこでアーリエスが歩み寄ってきた。
「うんうん。皆、それぞれに自身の持ち得るものを活用して、この選定を上手く運んだな。あたしは皆の意見を尊重する」
そこで、彼女は俺の手を引いてコンキタンの元へと歩んでいった。
コンキタン達はサッと片膝をついた。
「そこまでしなくとも良いよ。もう知っているとは思うけど、俺の名はセイ。良かったら一緒に昼食でもとらないか?」
「喜んで」
「はいっ」
「所で、君達の名は?」
「我らは名を捨てました。一族再興の誓願を立て、それが成就するまでは『名無し』なのです」
「もし呼びにくければ『兄』と『妹』とでもお呼びくださいまし。実際、兄妹でございますので」
「……分かった」
彼らには彼らの考えがあるのだろう。
ウィタスには様々な種族が居り、それぞれが違った文化や価値観を持つ。
最近になってそれがようやく理解できるようになって来た。
コモン達は魔術師達を起こして、それから雑に追い出していた。
「ちょっと待ってくれ!! 俺の<火球>の練度は王都のお抱え魔術師にだってひけを取らない!! <睡眠>に抵抗できなかった位で追い出すなんてあんまりだ!!」
「お前さ、強いのかも知れんが、アホだろ?」
トルダールが最後の一人を門から追い出すと、門番が容赦なく閂をかけた。
それを見ていたリリオスの使用人が、「少し、早いですけれども、昼食をご用意いたしますね」と機転を利かせてくれた。
◇◆◇
「兄様……もしかして?」
「ああ。俺達を雇ってくれるのかもしれないな」
「名を……取り戻せますか? 私の可愛い名前。母上が一生懸命考えてくださった名前を」
「……ああ。父上がつけて下さった誇り高い名前を、取り戻す。もちろん、お前の可憐な名前も」
「「ライネス一族の名誉を取り戻す」」
二人は、小さな声で唱和した。




