136 中庭にて
朝、俺が起きるとセラの世界には誰も居なかった。
「おはよう、セラ」
(おはようございます。おねぼうさん。みなさん朝食を食べてらっしゃいますよ)
「そっか」
軽く井戸水で汗を流すと、外に出てみる。
セラは日向ぼっこでもしていたのか、そこは中庭だった。
「これは、セイ様」
「やあ、マルガン。変わりはないか?」
「はい。リリオスの従僕が雑穀を持って来て下さったので、先程まで皆で頂いておりました」
「そうか」
他の蟻たちも俺を見ると三々五々集まって来て、キィキィ言いながら挨拶めいた事をしてくれた。
俺がゾロア語に切り替えて彼らに挨拶すると、マルガンは驚き、彼以外の蟻は触角をしきりに動かしていた。
(ナカマ?)
(ナカマ?)
「ああ、仲間だよ」
(ナカマ!)
(ナカマ! ゴハン タベタ?)
ドドー種が一匹前に出て来て、モゴモゴと言い出した。
どうも俺がご飯にあり付けなかったと勘違いしたのか、素嚢から麦を出してくれるらしい。
「これ、この方はご主人様だぞ? 今から『お部屋』でご飯なんだ」
(オヘヤ モチ!! エライ! エライ ナカマ!! ゴシュジンサマ!!)
「そうそう」
マルガンが誤解を解いてくれた。
「しかし、セイ様はゾロア語が堪能ですな。いやはや、驚きました」
「≪完璧言語≫という祝福を持っているんだ。けど、文字はからっきしさ」
「左様でしたか。では、私が居ない場所でも指揮が取れそうですね。二班に分けれるのは結構重要ですよ」
「なるほど。あー、俺の事はセイで良いからな」
「いえ、主従関係が明確な方が、良いと思われます」
「うーん……」
俺がどうしかものか迷っていると、リーケン片手にリーンが現れた。
「やあ、友よ。朝食は食べたかい?」
「おはよう、リーン。昨日はウチのイスティリが悪かったね」
「まー、仕方ないよ。良かったら昼食を一緒に取ろう。僕としては風の噂に聞く試練の主、セイの武勇伝を聞きたいしさ」
「何で俺なんだ?」
「吟遊詩人の魂がそう語りかけて来るんだ。『あの英雄の歌を作りたい』ってね」
「買いかぶりすぎだよ」
「ははっ。謙虚だね。でも、英雄か否かは本人が決めるものじゃないよ。周りが決めるのさ」
彼はリーケンをかき鳴らすと、またどこかへと消えていった。
丁度そのリーンとすれ違うように、リリオスの使用人が現れて、俺に優雅に礼をしてから通り過ぎていった。
四十手前位のエルフ女性で、彼女は中庭を抜けて、門の内側にある詰め所に入って行った。
それから少しして、彼女は俺の元へと来ると、申し訳なさそうにこう言った。
「セイ様。まことに申し訳ないのですが、昨日ゾロア兵を雇用した話がどこからか漏れてしまいまして……」
「はい」
「セイ様に雇って貰いたいのでしょうか、武者修行中の戦士や、魔術師が三十名ほど、門の前で屯しております。門番が言うには、昨日よりも明らかに増えているそうです」
「うーん」
結構レガリオスでは派手にやったしなぁ。
しかし、無暗に手勢を抱えてしまうのはどうだろう?
そう思っていると、イスティリとメア、それにウシュフゴールが中庭に現れた。
「あー、セイ様ー。ここにいらしたんですね」
「おはよう、イスティリ。髪型、変えたのか?」
「はいっ!!」
「似合ってるよ」
「えっへへへへへ!!」
イスティリは赤い紐で左右をツインテールにしていた。
メアもクルリとターンすると、彼女もお揃いなのか、赤い紐でポニーテールにしていた。
「メアもお揃いか。可愛い尻尾だね」
「少しなら触っても良いですのよ、セイ」
お言葉に甘えて、メアの亜麻色の髪をサラサラと撫でる。
メアは「はい。おしまい!!」と言って、コロコロ笑いながら離れていった。
そして、ウシュフゴールも赤い紐を右の角に巻いて、紐の先端に小さな鈴を付けて可愛くアレンジしていた。
「ウシュフゴール。君もお揃いなのか」
「はい、三人とも真っ赤なお揃いの紐です。私が買って来ました」
ウシュフゴールは「沢山、触っても良いですよ」と言いながら、クリンと右の角を俺に向けて来た。
俺は紐が解けない様に注意を払いつつ、少しの間、鈴をチリチリと鳴らしながら彼女の角を触っていた。
彼女は満足そうに撫でられていた。
「はい。おしまいです。続きは夜に時間を作ります」
「あ、うん……」
何かいつものウシュフゴールと違う気もしたが、オドオドせず自分の言いたい事を言う彼女は新鮮だった。
「……そろそろ、宜しいでしょうか?」
「すみません……」
つい会話の途中だった事を忘れてしまっていた。
しびれを切らしたリリオスの使用人が、こめかみに青筋を立てていた。
「どうしたの? セイ様」
俺が掻い摘んで説明すると、イスティリが俄然張りきり出した。
「じゃあ、試験をしましょう!! 振るい落として精鋭は採用すれば良いんですよ。その上で試用期間を設けて素行不良な人は解雇しましょう!!」
「なるほど。下手に待たせるよりかはそっちのほうが混乱は避けれそうだな」
「はい!! じゃあ、ボクはコモン達を呼んできますね」
イスティリがコモン達とアーリエス、シンを呼んで来た。
トウワはイスティリを乗せて来た。
(最近、魔族の姫様は少し重くなった。成長期ってやつか? ムネが大きくなれば良いんだけどなー)
「セイ様、トウワさん、何て言ってるの?」
「あ、ああ。イスティリは最近さらに美しくなってきたってさ」
「やーん。トウワさん、後でお魚釣ってこようか?」
(ははは)
使用人は門番の所に行って、話を付けてくれた。
門が半開きになると、三十名近くの男女が先を争って俺の所まで来て、自己紹介を始めた。
「俺は、ワーゼン=ハウザー。アンタの身を護ってやれる唯一の戦士さ!!」
「何言ってるんだコイツ!! 私はトリンス。私こそがお前を英雄へと導ける男」
「セイ様。アタシの名はレリック=レリック。アタシの魔術は絶対に役に立つよ!!」
「俺は……」
「私は……」
あー、面倒だな、と思っていると、イスティリが大声を張り上げた。
「これより、セイ様第一の仲間、イスティリ=ミスリルストームが選別を始める!! 腕に覚えのあるつわもの達よ、我こそは、と思うのであれば、まずはその腕前をセイ様の御前で披露せよ!!」
「なんだ、手前ェ。いきなり仕切りや……ゴッハァ!?」
イスティリに暴言を吐こうとした男が、容赦ない前蹴りを喰らって昏倒した。
「……マジかよ」
誰かが呟いた。
「ちょっと待ってくれ。その選別とやらは、お主と戦うのか!?」
「いや、ボクは出ない。まずはセイ様の親衛隊であるコモン達が出る」
「よしきたっ。それなら何とかなりそうだ!!」
その言葉に、コモン隊の面々がギリッと歯を食いしばった。
「野郎……ナメやがって……」
ザッパが前に出た。
「俺の名はザッパ=アモスデン!! 俺がお前たちの相手をしてやらぁ!!」
「よしきたっ。お前なら余裕だぜ」
「抜かせ、雑魚が」
長身の男剣士がザッパと対峙した。
「ボクがコインを投げる。落ちた瞬間から試合開始。急所は狙わない事、殺しに掛からない事、以上二点、厳守出来ないと判断した時点で試合は止める」
「ああ」
「分かった」
男が剣を抜き、ザッパが皮のホルダーからメイスを二本取り出した。
コインが落ちる。
剣士が素早くザッパの胴に突きを放つが、ザッパはその剣を右のメイスで跳ね上げ、即座に左のメイスを剣の平に叩きつけた。
金属音と共に剣は半ば程から折れ飛び、剣士は唸りながらも敗北を認めた。
「どうよ!!」
軽く拍手が起こるが、次の戦士が即座に躍り出る。
「次は俺だ!!」
結局ザッパは四人捌いた所で、槍使いの男に敗北した。
「くっそー。ハアッハアッ……」
「いや、ザッパさん? ボクが思うに、最後の方は戦い方を観察された上で、体力落ちた所にだから、凄いと思うよ」
「とは言え、俺もこれでセイ殿の配下か!! そこのメイス使いと交代かな!」
「何言ってるの? あれだけ戦った戦士を解雇するわけないじゃん。ばっかだなー」
男は悔しそうにしていたが、確かにあれだけ息の上がったザッパ相手に勝ってもなぁ、と思ったことは事実だ。
「さて、次は俺が出よう」
金髪碧眼ヴァイキングの兄貴の方、ダルガがスラリと剣を抜いた。
ダルガはザッパに勝った槍使いと数合打ち合ったが、素早く穂先を剣で切り落として勝利した。
「消耗した奴に勝てた所で、所詮はその程度さ。とっとと帰んな」
「よし、次は私の番だな」
「おーおー、威勢がいいね」
ダルガは次の相手には少し苦戦したが、それでも勝利をもぎ取って勝ち名乗りを上げた。
「よぉーーーーーーーーーほぉーーーーーーーーっ!!」
「流石は兄貴」
「次はパルガが出ろよ」
「そうだな。俺も戦いたくってウズウズするぜ」
そこで戦士たちが一人を残してゾロゾロ帰り始めた。
どうやら彼らの呟きを聞く限り、ダルガに負けた男が、あの中で最も強かったらしい。
「なんだ、拍子抜けだな」
「ああ。でも一人残ってるぜ」
そいつはまだ若いドワーフの男性で、パッと膝を付いて名乗った。
「俺はレイオー。俺が戦いたいのはアンタ達じゃない。そこのハーフドワーフの魔王種だ。勝てるとは思わない。だが、手合わせ願いたい」
「良いよ。その目、さっき帰った奴らみたいに、お金や名声欲しさに来た訳じゃなさそうだし」
「ああ、俺は、単に強くなりたいだけだ。その為にも貴女と斧で火花を散らしたい」
「コモン」
コモンは心得た、とばかりにコインを取り出した。
レイオーと名乗ったドワーフは、両手持ちの斧を腰だめに構えた。
月の後半から、仕事が増えるので更新が減るかもしれません
よろしくお願いします
ヘイリガンとマルガンを間違いました
修正しました




