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134 帰還

 翌朝、皆で朝食を摂ってからプルア達の帰還を見送る事になった。


「では、コモン。行って参ります」

「ああ。子が産まれたら教えてくれ。俺も時々手紙を送る」 

「時々? 街に着く度に送って下さい。約束ですよ」

「分かった。約束だ」


 彼らは熱い抱擁を交わす。

 コモン隊の面々もプルアに挨拶しては涙ぐみ、また喜んだ。


「お嬢!! 元気な子を産んで下さい!!」

「ええ、ありがとう。ザッパ」

「俺達、本当に嬉しいです。お嬢」

「ダルガ……あなたは私が風邪気味な時、お薬を買って来てくれましたね。あの時は本当にありがとう」

 

 彼らはそれぞれに挨拶を済ませると、万歳三唱に似た音頭を取っていたが、流石にそれにはプルアも赤面していた。


「姉さま。また……」

「レア」


 ハイレアは柔らかく笑うと、メアと手を取り合っていた。

 彼女は以前よりも、芯が強くなったように思う。

 以前の様に悲しそうな、今にも折れそうな顔をせず、しっかりと姉の目を見て、彼女は挨拶していた。


 逆にメアが一瞬泣きそうな顔になり、それを気丈にも押し留めていた。


「セイ様、イスティリちゃん、それに仲間の皆様方。姉さまをお願い致します」

「まっかせてー。ボクはセイ様と共に、メアを一番良い世界へと連れてくんだ!!」

「一番良い世界?」

「うん!! ボク達がセイ様と結婚する世界!!」

「あら? それじゃあ式には必ず呼んで下さいね?」

「モチロンだよっ」

「イ、イスティリ!! わたくし、まだ妹に何も話していないのにっ!?」

「姉さま、実は私、薄々感づいていました!!」


 ハイレアはコロコロと笑うと、赤面する姉の手を取ってキスをした。


「最初、私が一番じゃなくなったのは少し悲しかった。でも、これが自然な形。姉さまの幸せ」

「レア……」

「私はもう雛じゃない……。巣立つ為の羽も、力強い風切羽根も、姉さまの優しさの中で育みました」


 その言葉を聞いてメアは一粒、涙を零し、それから力いっぱいハイレアを抱擁した。


「ああっ。わたくしのレアっ!!」

「姉さま……」

 

 結局ハイレアは少し泣いてしまったけれど、俺がハイレアの涙を見たのは、これが最後となったのだった。


「セイ殿」

「プラウダさん。護衛、ありがとうございました」

「いえ、あの砦で私は殆どお役に立てませんでした」

「ははは。俺もですよ。ハイレアが居なければ全滅していたかもしれませんしね」

「確かに。けれど、我々は生き残った」 

「ええ、生き残った。それに勝るものはありません」


 俺は彼とがっしりと握手を交わし、それから「オグマフ殿によろしくお伝えください」と言伝を頼んだ。


「はい、分かりました。セイ殿が旅を終え、ドゥアにいらっしゃる際には、是非とも妻の手料理を食べて頂きたいものです」

「旅を終えたら、ドゥアに戻って定住しようかと思ってるんですよ。その時は奥様の手料理でも食べながら、二人で酒でも飲みましょう」

「是非とも!!」


 そうこうしている内に、ギリヒムが「では、そろそろ詠唱を始めるぞ?」と伝えて来た。

 彼が<帰還>という呪文を使い、皆をドゥアまで送ってくれるのだという。


 結局ギリヒムは黙して語らず、俺たちを避けながらこの日を迎えた。

 最後に少しだけ、メアとは挨拶程度は交わしている様子だったが、俺やアーリエスには目を合せず、逃げている様子だった。


「ギリヒムさん」


 俺がギリヒムに声を掛けると、彼は一瞬狼狽えたが、つとめて平静を装って「何だ?」と返答して来た。


「ありがとう。色々助かったよ」

「あ……ああ」


 俺は彼に助け舟を出したつもりだった。

 彼は砦で戦わなかった事や、色々と秘密にしていることがあった為、イスティリやコモン隊からは良くは思われていなかった。

 しかし、時折ギリヒムの葛藤が透けて見え、終始悩んでいる様子だったので、あえてそう声を掛けた。


 ギリヒムの葛藤は、彼自身にしか分からない。

 けれども、誇り高い魔道騎士がそうせざるを得なかった背景には、余程の事があるのだと思ったのだ。


「セイ殿。俺は……。俺は……」

「ギリヒムさん。今回はよしましょう。また、機会があれば語って下さい」

「……感謝いたします」


 こうして、プルア達はドゥアへと向かったが……ハイレアだけは<帰還>ではなく、<転移>で王都に護送されていた事を後々知ることになる。


 その後、部屋に戻ってから以前抱え込んだ疑問を解決してみる事にした。


「所でさ、メアはオーハをオーラって発音するよね。どっちが正しいの?」

「王都で訓練を積んだ魔道騎士はオーラと発音しますね。昔っからそういうしきたりなんです。由来は良く知りません」

「しきたり……」

「唐突にどうしたんですか?」

「あ、いや」

「気になるんでしたら、ノヴ様に聞いてみては? まだ門を使わせて貰えるかも聞いてませんし」


 そう言えばそうだな。 

 俺はノヴの腕輪を使って、彼に聞いてみる事にした。

 

「その丸い印を押しっぱなしです。腕輪が青く光ったら応答出来る。赤く光ったら取り込み中、の筈です」

「なるほど」


 俺が丸い印を押していると、赤く光った。


「残念だな」


 結局、数回コールしてみたが、腕輪は赤くしか光らず、俺は断念した。

 

(よー、何やってるんだ?)

「トウワ」


 外へ出てたらしいトウワが帰ってくると、ウシュフゴールがセラの中へ入った。

 彼女は手早く魚を三匹釣ってくると、下ごしらえまでしてから戻って来た。


(おおっ。青い肌の姫様優しいっ)


 しかし、ウシュフゴールはトウワに魚を渡すと、そのまま部屋から出て、何処かへ行ってしまった。

 

「セイ様? ゴーちゃん、お金、握りしめてました」

「ん? 言えば幾らでも使って良いのにな」

「はい。でもお金の使い道、内緒にしたかったんじゃないでしょうか?」

 

 ウシュフゴールはその日、珍しく夜半を廻ってから帰って来た。


◇◆◇


 私はトウワの為に魚を取った後、セイ様の金貨を少し手に握り込んだ。

 心臓がバクバク言い、呼吸が乱れるが、意を決して外へと飛び出すと、トウワに魚を押し付けて部屋を飛び出した。


 向かう先は薬屋だ。

 私のこの青い肌、そして羊の角を取る<除去>の霊薬を買いたい。


 本当は<人化>の霊薬を買い、セイ様のベッドに潜り込みたいのだけれども、それだと私だと分かって貰えないかも知れない。

 それだと意味がない……。


 薬屋の看板を探しながら街を徘徊した。

 途中で何度か、巡回中の警備兵に呼び止められるが、セイ様の配下と知ると、彼らは愛想笑いを浮かべて立ち去って行った。


 青い肌・巻き角の魔族……。

 普通はそんな生き物が市街を彷徨っていれば、いぶかしむのも当然だ。 

 私だって、こんな姿に好き好んでなった訳ではない。


 転生前の記憶が、僅かにでも私に残った事が災いした。

 美醜の基準が、ヒューマンのそれなのだ……。

 私のこの肌には違和感を感じてしまう。


 そして、唐突にこの角を折り取ってしまいたい衝動に駆られた。


 ヒューマンであるセイ様は、やはりヒューマンの美的感覚を持っていると思う。

 ハーフドワーフ素体のイスティリの体は、どちらかと言うとヒューマン寄りだったし、溌剌としていて魅力的だ。


 メアは……何処をとっても魅力の塊だ。

 特に胸元は誰にも太刀打ちできない。


 そして……私は?


「あっ」


 薬屋があった。

 私は勢い良くそのドアを開ける。


「いらっしゃいませ」


 店主なのだろうか、初老の女性が声を掛けてくれた。


「あっ……あの?」

「どうなさいましたか?」


 私はしどろもどろになって説明する。


「あっ、あのっ。<除去>の霊薬が欲しいんです。こっ、この青い肌を真っ白にして、角を取りたいんです!!」

「折角の綺麗な肌、それに可愛らしい角を取っちゃうんですか?」

「えっ!?」


 私はびっくりした。

 私の肌が『綺麗』?

 私の角が『可愛らしい』!?


「でっ、でも、私の想い人はヒューマンなんです!! 同じにならないと、見ても貰えないっ」

「お嬢さん、落ち着きなさい?」


 店主は半ば無理やりに私をテーブルに座らせると、お茶を入れてくれた。

 そうしてから、テーブルに幾つかの瓶を並べた。


「こっちは<除去>。これは<脱色>。この瓶は<変容>よ。でも、どれも効果は持って一日」

「えっ!? ずっとは続かないんですか」

「ずっと続くと思ってたんなら、聞き齧りな魔術知識ね。残念だけど、永久ではないわ」


 私はテーブルに俯いて、ぽたぽたと涙をこぼしてしまった。

 ああ、これで私の恋は終わりか……。

 

「でも、永久に続くものも幾つかあるわ。例えばこれ。<永久人化>の霊薬。名前の通り、ヒューマンになれるわ」

「永久人化……」

「ただ、凄く凄く高いのよ?」


 私は恐る恐る幾らか聞いてみたけれど、その金額は到底持ってきたお金では足りなかったし、セイ様の金貨の山をごっそり持って行かなければならない程の金額だった。


『この人を眠れせてしまえば?』


 心の中の悪魔が囁く。

 たっぷりと寝た今なら、この人が眠るまで呪文を唱え続ける事は出来るだろう。

 私の魔法は魔力を消費しない。

 その代わりに、私が『これまでに眠った時間』を消費して発動するのだから。 


 けれども……。

 この人はこの人で生活もあるだろう。

 高価な霊薬を盗まれてしまっては大変だろう。


 そして、奪った霊薬で私が変わったとして、それをセイ様が喜んで下さるだろうか?

 犯罪に手を染めた私を、受け入れて下さるだろうか?


「はっはっはっ!! 純な魔族だねぇ。目が全てを物語っているよ」

「うっ」

「気に入った。霊薬はやれんけど、もっと良い物をあげよう。今日は店じまいさ」

「えっ!?」


 店主は外の看板をクルリと裏返すと、私を奥へと招き入れた。

 「出来上がったー!!」からの猫強襲で文章が半分近く消える。


 教訓:保存は小まめに。


 あれ? デジャヴが……。

 前にもこんなことあったよね。

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