133 遊戯盤での戦い
俺はサウナから出るとリーンを探した。
けれど彼は、あるいは彼女は何処を探しても居らず、仕方なく寝る事にした。
夕食を取った部屋では、使用人が後片付けに追われていたが、俺を目にすると、その内の一人が、薄い水割りを持って来てくれた。
「ありがとう」
「いいえ。お部屋で奥様方がお待ちでございます。瑞々しい葡萄が手に入りましたので、先程お持ちしました」
瑞々しい葡萄、という言葉にセラがポケットの中で跳ねた。
(うふふ。セイ、イスティリに食べられてしまう前に行きましょう)
「ああ」
そこにコモンが現れて簡単な報告をしてきた。
「セイ殿。今日は最初トルダールとレキリシウスが歩哨に立つ」
「ああ、いつもご苦労様」
「いえ。ハイレア殿は明日ドゥアに帰還するそうだから、俺はプルアと水入らずで過ごすよ」
コモンはそう言うと、俺を部屋まで送ってくれた。
リリオスが与えてくれた部屋の前では、トルダールとレキリシウスが控えており、俺を見るとサッと片膝を付けて挨拶した。
「そこまでしなくて良いよ」
「分かりました」
コモン達の部屋は隣にある様子で、話し声を聞いたのか、廊下までプルアが出て来た。
どうも俺たちの部屋の左右に彼らは割り振られている様子で、右隣がコモンとプルア、左隣がコモン隊の面々であるらしかった。
プルアは俺の手を取ると、泣きそうになりながら話しかけて来る。
「セイ様、本当に色々ありがとうございました。このご恩は生涯忘れません」
「大袈裟すぎですよ。俺はそうしたいと思ったから、そう行動しただけです」
「いいえ。そうしようと思っても、人はなかなかそうは行動出来ないものです。それを実行に移したセイ様は、やはり人とは違った何かをお持ちなのだと思います」
プルアは柔らかく笑うと、丸いガラスが付いた銀鎖のネックレスを取り出した。
「これは、私が、師である父から受け継いだ、プレガナン一族の首飾りです。神話時代の『黄金の麦』を、一粒硝子に閉じ込めてあるのだと聞いて居ります」
彼女はそのネックレスを俺に握らせる。
「そんな大切なものを、俺に?」
「はい。私が最も大切なものは、コモンと、お腹の子です。その大切なものを守って下さったセイ様に、どうか、一族に伝わるお守りを受け取って頂きたいのです」
俺はそのネックレスを見やると、プルアは大きな声で、歌うように言葉を紡いだ。
「我、プルア=プレガナン=ディセアはここに宣言する。黄金の種は英雄に受け継がれた。父よ。母よ。同胞達よ。今宵は誉れを得た日。プレガナン一族が栄誉を得た日である!!」
ガラスの中の種が少しの間、明滅を繰り返した。
プルアは俺の首に銀鎖を巻くと、お別れをするように、ガラスに口づけした。
「……ありがとう。大切にするよ」
「はい。貴方様の旅の成功を、お祈りいたしております」
プルア=プレガナン=ディセアは、この日を境に、一時的に表舞台からは遠ざかる。
俺は彼女とその子供の為にも、この世界の崩壊を食い止めなければ、と改めて心に誓った。
彼女はコモンに付き添われて、元の部屋へと戻って行った。
俺も自室に入ろうとすると、レキリシウスがサッと俺に向って膝を付いた。
「レキリシウス」
「いえ。やはりこれが自然だと思います。貴方は俺達を救ってくれた。お嬢を救ってくれた。雇い主というだけでは無く、私は貴方に惚れている、尊敬している。どうか、膝を折り、臣下の礼を取る事をお許しください」
その言葉に、トルダールもゆっくりと膝を付いた。
「俺も、だ。俺もセイ殿の為になら命を張れる」
彼らの目は、イスティリの様に輝き、俺を射抜いた。
「……分かった」
彼らは顔を見合わせると、お互い歯を見せて笑った。
◇◆◇
部屋に戻ると、何故かトウワとシンがコーウをしていた。
「おかえりー、セイ様」
「ただいま、ってお前たち何やってるんだ?」
「えっとね、トウワさんが怒ってたの。多分触手じゃ『ジャンケン』できない事に」
「それとこれとはどんな繋がりがあるんだ。イスティリ?」
「お部屋にコーウがあったんだよ。それをトウワさんが持って来て全員に勝負を挑み始めたんだ」
なるほど、トウワはコーウに勝ってジャンケンの代わりにしたいのか?
(おい、セイよぉ!! 手が無いと戦えない勝負でケリを付けるのはよくないぜぇ!! 俺が参加できないじゃないか)
「ごめんごめん」
やっぱりそう言う事か、と思っているとシンが投了した。
「うっそ!? セイ様、トウワさん、ボクとメア、それに今シンさんに勝っちゃったよ!?」
(そうさ、俺はガルベインの詰めコーウでずっと駒を動かす役目をやっていたんだぜ!! アイツ、対戦相手も碌に居なかったから、ずっと詰めコーウばっかやってたしな)
イスティリはともかくとして、メアに勝つのは結構難しかったんじゃないのか?
「セイ様? 今、失礼なことを想像しませんでしたか?」
「……と、所でウシュフゴールは?」
話題を反らす為に辺りを見渡すと、ウシュフゴールは毛布を頭から被って、目だけを出してこちらを見ていた。
目が合うと、彼女は顔を真っ赤にして毛布の中にすっぽり隠れてしまった。
「巻き角ちゃんはウブだからなー。さて、クラゲさんに対抗できるのはあたしだけ、という事か」
アーリエスが片手に葡萄を持ち、時々頬張りながらコーウの盤面を並べなおした。
それを見たセラが慌てて自分の分の葡萄を確保しに飛んで行った。
メアはもう寝る気なのか、日課なのか、乳液を塗りながらその様子を眺めていた。
よく見ると、メアの横ではハイレアが幸せそうに寝ていた。
「わたくし、『籠城囲い』ではなく『ゴキゲン槍兵』で攻めればよかったですわ」
「トウワはガルベインの詰めコーウでこれを覚えたんだってさ」
「それでですね!! 守りを上手に剝がされて負けましたけれども、下地が詰めコーウならそれも納得できます」
(くっくっくっ……俺は全員に勝ってセイに蟹を奢ってもらうんだぁ!!)
蟹くらい何時でも奢ってやれるんだけど、それだとトウワも面白くないんだろうな。
(所で、蒼い肌の姫様は寝ちゃったのか?)
「起きてても、ウシュフゴールはコーウを知らんからな。前、駒の動きを質問していた位だ」
(あー。なら仕方ないか)
そういってる間に試合が始まり、最初の内は皆で面白く見ていたが、途中で泥仕合の体を成して来て、イスティリはムニャムニャ言い始めたので、ベッドに誘導した。
メアもハイレアの頭を撫でながら見ていたが、限界が来たらしく、<雷鷹>を呼び出してオグマフに定期連絡を入れると寝てしまった。
なお、ウシュフゴールはあっさり寝ていた。
俺は流石に寝る訳に行かないので、明け方近くまでそれを見ていたが、いわゆる『千日手』になってドローになった。
「ははははっ。危なかったぁぁぁ。これで引き分けだな。あたしは負けなかった!!」
(くっそー。あそこで投石兵何で下げたんだろー。しかしキツネ軍師は意地が悪いっ。俺に勝ちを譲っても良かったんじゃあ!?)
「言いたい事は分かるぞ、クラゲさん!! だがあたしは己の意地に賭けて、負ける訳にはいかんのだ!! なあ、シン」
シンは目を開けたまま寝ていた。
「は、はい!! アーリエスしゃま……スコー・スコー」
「シン!!」
シンは人間に換算すると六十歳前後だと聞いている。
その老齢の域に達しようとしているスクワイを、アーリエスは容赦なく叩き起こすと、彼と一緒に感想戦をし始めた。
「か、勘弁してください」
「何を言ってるんだ!! 次あのクラゲさんに負けたらシンのせいにするからな」
なお、トウワは感想戦を知らないのか、対局で満足したのか、窓を開けて散歩に出て行ってしまった。
珍しく、トウワに焦点を当てた回を作ってみたくて……。




