131 ジャンケンお風呂争奪戦
『じゃーんけーん!! ポンッ!!』
「ぐぬぬぬぬ……。このボクが真っ先に負けるなんてぇぇぇぇ!?」
全員がグーを出す中、ただ一人チョキを出したイスティリが愕然としながら震えていた。
「ふふふ。これで残る敵は二人。ウシュフゴールとアーリエスですね!! さあ!! 正々堂々とわたくしに挑みなさい!!」
「あたしはセイに髪の毛を洗ってもらうんだ」
「わっ、私は、イスティリに誘われて、その、あの……」
事の発端は俺が酒に酔ってしまい、「酔い覚ましに風呂でも入るか」と呟いた事が原因だ。
早速リリオスの使用人が気を利かして、ケルと呼ばれるサウナを用意してくれた。
ただ、このサウナは二人までしか入室できない小型のものだった。
「じゃ、行きますか。セイ様」
「じゃ、じゃないでしょうが、イスティリ!! さっ、セイ? わたくしがお背中を流してあげますからね」
俺はイスティリとメアに左右から引っ張られて、肩がミシミシと音を立てた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 肩が抜ける! 肩抜けるから!?」
メアがパッと手をはなすと、イスティリが俺を抱きしめて勝ち誇った。
「ようし!! じゃ、行きますか、セイ様」
そこにメアが割り込んで来てループした。
俺は咄嗟に「ジャンケン!! ジャンケンで勝負を付けよう!!」と口走った。
彼女らはキョトンとしていたが、俺がジャンケンのルールを説明すると、納得して俺から手を放した。
「ふっふっふっ。ボクの感と反射神経をナメて貰っちゃあ困りますからね!!」
イスティリはフンハーっと鼻息荒く息巻いた。
「わたくし、セイのお背中を流す為に、この世に生を受けたのです!! 絶対負けませんっ」
メア、本当にそれでいいのか!?
俺はしきりに困惑してしまった。
「ゴーちゃんもおいでっ」
「えっ、私もですか?」
「もちろんだよ!! 万が一にでも勝てばセイ様と二人っきりなんだよ。……じゅるり」
イスティリは何故そこで涎を拭くんだ?
こうして唐突に始まったジャンケン大会に、アーリエスも飛び込んで来た。
「あたしも参加するぞ!! 軍師たるものセイと裸の付き合いもせねばならんからな」
「え~、尻尾ちゃん空気読んでよ?」
「あたしはセイに髪の毛を洗って貰うんだ。シンの触手だと頭皮まで届かんのだ!!」
「ダメダメっ。セイ様の『髪の毛ワシワシ』はボクらだけの物なんだから」
「勝てば官軍よ。その『ジャンケン』に勝った者が夜明けまで一番偉い、それでどうだ!!」
「ちょっと待って!? それってもしかして、セイ様とお風呂入った後、夜明けまで二人っきりとかアリなの!?」
「アリもあり。大アリよ!!」
どんどん話が大きくなってくる中で、コモン達はニヤニヤしながら酒を飲み、リーンはジャンジャカ音楽を奏で始めた。
「おおっ。『戦場を駆ける戦乙女』か。流石は吟遊詩人。場の空気を良く読むな」
アーリエスはそう言いながら「最初はグーを出すぞ」と揺さぶりを掛けた。
こうして始まったジャンケンだったが、真っ先にイスティリが敗北し、彼女は泣きながら夕食を取っていた部屋を飛び出した。
「うわーん!! 巨乳のアホー!! ゴーちゃんのバカー!! 尻尾娘空気読めー。セイ様なんて石鹸食べてれば良いんだぁぁぁぁ!!」
「……」
「……さ、さて。次の勝負と行くか」
「……ええ」
ちょっとメアさん。
目が三角に吊り上がってますよ?
(あーあ。わたくしも手があればジャンケンに参加しますのに……。わたくしなら次はパーを出します)
セラが話しかけてくる中、次のジャンケンが始まった。
「じゃーんけぇーん!! ポンっ!!」
メアとアーリエスがパーを出す中、ただ一人チョキを出したのは、なんとウシュフゴールだ。
「えっ!? え・え・えぇぇぇ!?」
ウシュフゴールは真っ赤になった顔を手で覆い……そのまま気絶してしまった。
床にパタリと倒れる寸前、リーンが颯爽と現れて彼女を抱き止めた。
「何ともウブな奴じゃのー。折角勝ったのに気絶しよった」
「じゃあ、わたくし達でもう一勝負!?」
「メア卿……お前もセイ殿の事になると目の色が変わるな……。普段のお主なら巻き角ちゃんを介抱してると思うが?」
「はいっ。じゃーんけーん」
「早っ」
そこでアーリエスとメアはグーを出し、何故かリーンも参加して、彼はパーを出した。
「えっ!? ちょっと!! リーンさん?」
「あー、これは僕の勝ちですよね? では行きますか、セイさん。お風呂」
「え……ええ」
「ほ、本来の勝者は巻き角ちゃん。あたしらがセイ殿を取り合うより、こっちの方が良いかも知れん」
「むー。確かに、このままウシュフゴールとお風呂行かれるよりは良いのですが……むー」
むーむーと顎に皺を寄せ、口を尖らせるメアを尻目に、俺はリーンに引っ張られてその宴会の部屋を後にした。
「さて、僕はセイさんと裸の付き合いをしたかったんだ。男同士、腹を割って話そうじゃないか」
リーンはそう言いながら緑色の衣装を脱衣場で丁寧に畳んでいた。
俺も服を脱ぐと、薄い絹のパンツだけ履く。
「ここらじゃ、ケルの時に付けるのは、その下着だけさ。上半身は裸で、黄芭蕉の枝を使って垢を落とすんだ」
「なるほどなー」
リーンは背中を向けながら俺に語り掛けて来る。
長い金髪を紐で縛ると、背中一面に入れ墨が見えた。
彼の背中には沢山の入れ墨があり、道化師やカタツムリ、豹、それに剣を持った骸骨が彫ってあった。
「凄い入れ墨の数ですね」
「ええ。僕は元々彫り師の一族だったんですよ。ただ歌が好きで、こうして世界を放浪しています」
「そうだったんですね」
「ええ」
彼はそう言うとくるりと振り向いて、俺をケルの中に入るよう促した。
って、あれ?
俺が目を擦って、もう一度リーンを良く見ようとした。
「どうした? そんなに僕の入れ墨が気に入ったのかい?」
「あ……いや……。その、リーンさんは女性!?」
「はは……何を言ってるんだい? 僕は正真正銘の男さ。少しばかり細身だからって女性は酷いな。この薄い胸板だって、奥様方には人気なんだよ」
うーん。
俺は改めてリーンを見る。
眼前にはメア以下、イスティリ以上の双丘が零れ落ちんばかりに実っていた……。
リーンはリーケンを片手に、ケルの中に入って行った。
普段ならもっと喜んでいたんだろうけど、リーンは自分の事を男だと言っている。
俺はどう考えて良いのか分からず、スピリットを頼った。
【解。どう見ても、どう分析しても女性だと思うが? 我が主よ、飲み過ぎは体に毒だーーーヒック。良い酒であった……】
いや、お前だって明らか酔ってるじゃないか。
しかし、スピリットもリーンの事を女性だと言う。
「作法は知ってるかい?」
リーンがケルの中から声を掛けた。
「い、いや」
「じゃあ教えるから早く入っておいで。それから、僕のリーケンを奏でながら男同士、熱く語り合おうじゃないか」
「リ、リーケンは防水なのか?」
彼はリーケンをポロポロと弾いて見せ「水滴が音色を変える。僕はどこであろうとも吟遊詩人さ」と笑って見せた。
俺は、半裸の女性? が弾くリーケンを聞きながら汗を流した。
「もう、深く考えないで置こう……」
そう思っていたのも束の間、リーンの提案で新たな衝撃を受ける。
「さて、そろそろ黄芭蕉の出番だね。垢をこそいであげるから、背中を向けて」
「は、はい」
「……はい、次は前」
「あ、いや。前は自分で」
「いいからいいから、次は僕もお願いするしさ。持ちつ持たれつってやつさ」
やばい……俺にはリーンの背中は出来ても、前は出来ない気がする……。
そこに新たな刺客が登場する。
「セイ様ぁ。イスティリ=ミスリルストーム。抜け駆けに参りましたー。リーンさんに先に出て貰って、ボクと背中の流しっこしましょー」
ケルの扉の向こうから、イスティリの声が聞こえた。
ちょっと暗い話ばかりが続いたの、お風呂回です。
次回も少し続きます。




