130 鎮魂歌 下
日が降りつつあった。
焚かれる篝火の炎が一層煌めく。
先程の歌声は止んだが、微かに、弦を弾く様な硬質の音楽が聞こえ続けた。
その中で、リリオスを傷付けていた者達は、涙を流し、冷静さを取り戻していった。
リリオスは失血からか、緊張から解放された為か、あるいはその両方か、そのまま意識を失って倒れた。
ハイレアが歩み寄ると、彼の胸に手を当てて声高に宣言した。
「私はシュアラ学派の僧、ハイレア。この者はやり遂げた。後はあなた方が判断しなさい」
「俺は……」
最初に剣を取った男が、呻くように言葉を絞り出した。
「俺は……この男を赦す……。リリオスは自分の血で汚名を雪いだ。息子は帰って来んが、リリオスは命を賭して俺に償った……。俺は、赦す」
彼はそう言いながら歯を食いしばり、額を大地に付け、大声を上げて泣き始めた。
「わたしは許さないからねっ!! さあ、リリオスをこっちに寄越しな!! その首を献花台に乗せるまでは帰らないよ」
「母上っ!! お願いです……もうこれ以上は……」
母と子だろうか、なおも剣を手に取った女性に、十歳程の男の子が縋りついた。
彼女は殺気だった顔を男の子に向けた。
「お前はドフラス父様の仇をみすみす見逃すのですか!!」
「母上……。父上は魔法師団の長として、最後まで堂々と戦ったのだと聞いて居ります。主を護るのが配下の務め。最後まで主君を守り切った父上の名誉を、どうか、どうかお守り下さい……」
「お前は……」
女性は剣をだらんと下げ、力なく取り落とした。
母と子はお互いに抱擁し、静かに涙を流し始める。
死者の血縁者たちは、剣を献花台に戻し、静かに祈りを捧げ始めた。
最も老いた老婆が、ハイレアの元へと歩み寄った。
「我等は、リリオス=ハイデレシア=ル=レガルルを赦す」
それを、周りにいた者達が三々五々、唱和した。
「私、ハイレアはここに宣言する。死者達の名誉は守られた。リリオス=ハイデレシア=ル=レガルルは自らでその不名誉を雪いだ」
「はい。今、ここに居らぬ者にも、今日ここで起きた事は伝えましょう。この私が責任をもって伝えましょう……」
老婆はそう言うと、元来た道をゆっくりと戻り始めた。
彼女の後を追うように、人々は帰路につき始めた。
いつの間にか、イスティリは俺の拘束を解いていた。
俺がイスティリを見やると、彼女は俺に柔らかく微笑んだ。
ハイレアはリリオスの治療に入った。
アーリエスとシンが、祝詞を唱えていた僧侶を数人呼び寄せて、彼等にもリリオスの処置をさせ始めた。
どこからともなく、バンジョーに似た弦楽器を弾きながら、全身緑の衣服に身を包んだ男性が現れた。
「何て綺麗なオーラ」
メアが呟いた。
年の頃は二十を少し過ぎた辺りだろうか、鍔の広い帽子を目深に被り、長い金髪の髪をなびかせながら、その男は献花台の前まで来た。
彼はポロンとバンジョーをかき鳴らしてから、深々と頭を上げる。
【解。その楽器はリーケンという。所で、主の想い人の発言に、違和感を感じはせぬか?】
「?」
俺はスピリットの言葉の意図が理解できなかった。
【解。以前、我は『オーハは生体が発するエネルギーである。地球ではオーラ等と称されている』と説明した。しかし、先程、主の想い人は『オーラ』と発音した。オーハとオーラ、それが意味する所は同じものではあるが、ウィタスでは決して『オーラ』とは発音しない】
「つまりは……メアの発した言葉にも地球由来の可能性があるのか!?」
【解。断定はできない。しかしオーハという単語自体も、もしかすると地球由来の単語がウィタスに定着する中で変遷していった可能性も出て来る。これは調べるべきだろう】
「ありがとう、スピリット」
【解。死者の弔いの後、ウィタスでは酒が振舞われることが多い。楽しみにしている】
とは言え、今ここでメアに聞くのは無理だろう。
落ち着いてから聞く事にしよう。
「皆さま、こんばんは。僕はリーン。流れの吟遊詩人です。今日は死者を弔いに参りました」
彼はニッコリと微笑む。
ビックリするくらいの美男子で、男性にしては少し声のキーが高い気がした。
種族は分からなかったが、スピリットが教えてくれた。
【解。恐らくはオーガとエルフの混種であろう。かなりのレアケースだと思われる】
「オーガ?」
【解。オーガは体長3メートル程の大型の種族である。他の種族と文化的な交流を一切せず、ウィタスに置いて異分子の如く扱われている。主要十二部族ではない】
リーンと名乗った男はエルフの血が色濃く出たのだろうか、体長は俺と同じ程度だった。
「こんばんは、リーンさん」
「はい。貴方がセイさんですか?」
「ええ、そう呼ばれています」
「お会いできて光栄です。」
「こちらこそ」
社交辞令的に挨拶をしていると、リリオスが微かに呻いた。
「リリオス!!」
俺は彼の元へと駆け寄った。
そうしてから、彼が気絶してからの一連の動きを話してやった。
「セイ様? その話は本当の事でございますか? この私が赦されたと? まさか……」
「いや、本当だ。本当なんだ、リリオス」
彼は顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。
「リリオスが赦されたのも、あの吟遊詩人の歌が聞こえたからだ。あの死者を弔う歌が無ければ、もっと凄惨な事になっていたと思う」
「そうでしたか……。そちらの吟遊詩人様、お名前をお聞かせ下さい」
「僕はリーン。リーン=ル=カライと申します」
「リーン様。ありがとうございます……」
リーンは軽く会釈すると、リーケンをかき鳴らして先程とは別の音楽を奏で始めた。
その音楽に合わせて、リーンは朗々と死者の誇りについて吟じ始めた。
その後、俺たちはリリオス亭に戻って夕食を取った。
てっきり精進落としのようなものが出るのかと思いきや、肉も出れば酒も出て、まるで宴会のように飲み食いできる。
「リリオスの名誉も回復し、セイ様は傷付かなかった!! ボクは嬉しくって食欲が増しちゃいます!!」
イスティリは皿にローストビーフに似た肉料理を山ほど乗せて、パクついていた。
今回もイスティリとメアに助けられた。
ウィタスにおける文化と言ってしまえばそれまでだけど、誇りの為に死を受け入れる、というのはかなり異質な様に思えた。
だが、それも今回の件で幾分納得できたし、理解した。
とは言え、これからもああいうことが起きる度に、俺は葛藤してしまいそうな気がしたが。
リーンもリリオスの勧めでこの宴会に参加していた。
彼は時折、楽器を取り出しては詩を吟じ、陽気な歌を奏でた。
◇◆◇
俺はその宴会の席でも隅でひっそりとしていた。
「早く、ドゥアに帰りたい」
ドゥアなら<転移>ではなく<帰還>を使えるので、ちょっと挨拶して後は詠唱さえすれば、即座にドゥアに帰還できるというのに……。
この数日の足止めは本当に嫌だな、そう思っているとリーンが来た。
「やあ、ギリヒム」
「リーン様」
「ここではリーンでお願いね。まあ、ここでカライの名を『認識』できるのは、同じ『入れ墨持ち』の君くらいしか居ないけどさ」
「は……」
王は遂に監視役をねじ込んで来たか。
俺はそうは思ったが、同じ入れ墨持ちでも彼らは別格だ。
王の妾腹達が産んだ、影の王族、カライ達は別格なのだ。
その魔道制御の掛けられた入れ墨には様々な用途があるが、俺の『水晶』と違い、彼らに張り巡らされた幾つもの入れ墨はどの様な効果があるのだろう?
「それにしてもその恰好は……」
「結構似合うだろう? 僕は『役者』だからね。実名を名乗っても、今は流れの吟遊詩人としてしか認識出来ないんだよ」
彼は笑みを浮かべるとまた、リーケンをかき鳴らしながら中央に戻って行った。
俺は酒を煽ると、もどかしい今の現状を忘れようと努力した。
何時も読んで下さる皆様に、心からの感謝を。




