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129 鎮魂歌 上

 俺たちはその日、先日の戦闘による死者達を弔いに来ていた。

 レガリオスで起きた一連の事件、その戦いにおける死者の数は、優に二百を超えていた。


 リリオスはそれら死者の為に、大がかりな慰霊祭を催した。

 篝火が広大な墓地で昼夜を問わず焚かれ、幾人もの僧侶が祝詞に似た言葉を一心不乱に唱え続けていた。


 蟻達はリリオス亭で留守番となったが、残りの者はほぼ全て参列した。

 俺やイスティリ、メア・ウシュフゴール達は勿論の事、コモン隊やプルアさん以外にもハイレアにプラウダさん、それにギリヒムと言う名の魔道騎士がこの墓地に訪れていたのだ。


「セイ様。あの人だけは砦で剣も抜かずに棒立ちだったんですよ」

「そうなのか?」

「はい。あの人はあのフートックというゴブリンさんよりも、もっともっと『監視役』に徹していたんだと思います」


 俺たちの視線に気づいたギリヒムは、居心地が悪そうにしていた。

 しかし、付かず離れずといった距離で彼は俺たちを見ていた。

 

「隠し事何て、ギリヒムらしくないですわね」


 メアが呟いて彼の元へ向かおうとした。

 ギリヒムは一瞬身構えたが、意を決し、逆に俺たちの方へと歩み寄って来た。


「……言いたい事は分かっている。だが、時が来れば話す。今回は見逃してくれ……」


 彼は憔悴した顔でそれだけ伝えると、小さく頭を下げた。

 強面の巨漢騎士が身を縮こまらせ、青ざめた顔を向けて俺の様子を伺ったのだ。


「分かった。仮にもオグマフの配下、メアの同僚の魔道騎士がそこまで言うのだから、よっぽどの事があるのだろう」


 俺がそう言ってから握手を求めると、ギリヒムはホッとした様子でその握手に応じた。

 その様子を見ていたアーリエスが「水晶役か……何とも残酷な役目よな」と呟いた。

 ギリヒムは微かに頷くと、俺たちから離れた。


 俺を探していたらしいリリオスの使用人が声を掛けて来た。


「セイ様。リリオス様がお呼びでございます」

「ああ。行こう」


 リリオスの所へ向かう途中、別の使用人が盆に喪章を乗せて待機していた。

 俺たちは、その喪章を肩や胸元に付ける。


「リリオス」

「セイ様」


 リリオスは墓地の中心部にある広場に居た。

 彼はそこに設けられた献花台の後ろで待機しており、もうそこには様々な花や果物の入った籠が沢山置かれていた。


 ただ、その献花台のリリオスの眼前には、何故か抜身の剣も置かれていた。 


「セイ様。あれは『復讐を許可する』という意思表示ですよ。もし死んだ者の家族がリリオスを恨んでいた場合、彼らはあの剣を手に取っても良いのです」

「はは。セイ様の配下は博識ですな。私の野心が、この戦いの火種を撒いたのです。もし刈り取りがあるなら、それには私の首も含まれることでしょう」

「リリオス……」

「そこでセイ様に、このリリオスよりお願いしたい事がございます。今日私がここで死んだ場合、このレガリオスを、私の代わりに統治しては頂けないでしょうか?」


 その場に居た全ての者が驚きのあまり、口を噤んで押し黙った。


「私は貴方様に二度、命を救われました。私、リリオス=ハイデレシア=ル=レガルルはセイ様によって生き永らえているのでございます。どうか、私の最後の願い、聞き届けては頂けないでしょうか?」

「そこまで覚悟を決めたのなら、むしろレガリオスの為にも、お前は生きるべきじゃないのか?」


 俺の言葉に、リリオスはハッと俺を見、それから項垂れる。


「いえ……私は……今日、この剣が私を刺し貫く事を知っています。憎悪の奔流がこの墓地に渦巻いているのです。この怨嗟を止めるには、誰かが、血を流す必要があるのです……」

「そうか」


 俺はルーメン=ゴースの力で剣を取り出すと、献花台に置いた。

 そうしてからリリオスの隣へと移動した。


「セ、セイ様、一体何を!?」

「リリオス。俺もこの戦いの原因の一つだ。リリオス同様、火種なんだ。なら、俺の前にも剣が置かれるべきじゃあないか?」

「セイ様、は、早くその剣をお下げください!! このリリオスに、し、死に場所をお与えください!!」


 イスティリとメアが回り込んできて、左右から俺の袖をぎゅっと掴んだ。


 丁度、献花台に向かって数名の男女が歩いて来るのが見えた。

 リリオスは慌てて俺の剣を奪い取ると、献花台の端で二本の剣を並べた。


「リリオス!!」

「セイ様、ご容赦を。奥方様、その手を、どうか離さないで下さいませ」

「イスティリ!! メア!!」


 そこに献花台に向かって来ていた者達が到着した。


「ああっ。私の可愛いハーダー!! 魔法師団なんて止せば良かったのに!!」

「俺は息子二人を亡くした。リリオスめっ!!」

「お金……お金なんていらないっ。アタシの子供を返してっ」


 初老の男と女性が二人。

 そして、その後も、数名ずつ、献花台の前に老若男女が向ってくるのが見えた。


 慰霊祭が始まり、墓地に死者の血縁者が集まり始めたのだ。


「リッ、リリオス!?」


 最初に到着した男女が、目ざとくリリオスを見つけると、俺たちに見向きもせず彼に向って行った。

 彼らはリリオスに怨嗟の言葉を投げかけ、唾を吐いた。


「お前は俺の息子を駒の様に扱い、使い捨てた。魔王討伐の為の魔法師団だぁ!? 結局権力抗争で自滅しやがって!! 死ぬならお前だけで良かったんだっ。俺の息子を返しやがれっ!!」


 男が罵声と共に剣を手に取った。


「長い事子供が出来なかったアタシらに出来た唯一のたからものっ!! かえしてっ!! モイズをかえしてぇぇ!!」


 女はリリオスの胸倉を掴んで揺さぶった。

 もう一人の女は俺が出した剣を手に取った。


「まてっ!!」

「待つ訳ないだろうがっ。お前さんが何者かは知らんが、俺の息子の仇が『復讐を許可する』と言ってくれてるんだぁ!! これを見逃す訳、無いだろうがっ!!」


 俺はメアを振りほどいて、リリオスに駆け寄ろうとしたが、どうしてもイスティリが振りほどけない。


「セ、セイ様ッ!! リリオスの名誉の為にもっ。くっ!! ボ、ボクは放さないぞっ!! 彼の誇りは、セイ様であっても、邪魔はさせないっ」

「イスティリ!!」

「駄目ですっ。彼の誇りは、彼だけの物なんです!! 分かって下さい、セイ様ぁ!!」


 女がリリオスの肩口に剣を突きたてた。

 彼はそれを避けず、苦痛に顔を歪ませながらも耐えていた。


「コモン!? アーリエス!? 何故だ。何故お前たちは動かない!! リリオスを助けろっ」

「セイ殿。それがご命令とあらば俺達は動きましょう。だが……レガリオスの領主が命を張ってるんだ。誰も止めちゃいけねえ」

「イスティリ、それにコモンの言う通りだ。あたしには止められん」

「め……」


 命令だ。

 俺にはその一言が言えなかった。


 そこに人々が次々に現れ、リリオスを見つけて、罵声を浴びせる。


「お前が居ながらっ。何故、娘を犬死させた!! リリオスっ」

「なんで競売所の巡回なんかで死ぬんだよぉ。蟲に襲われた!? そんな嘘はいらないっ。本当の事を教えておくれよー」

「……すまない。その責はすべてこのリリオスにある」


 最早、献花台は花では無く、怨嗟と、リリオスの血を積むためのものになった。 

 そして、彼らは次々に剣を取っては、リリオスの手や、肩、腕に容赦なく剣を突きたてる。


「し、心臓を一突きにしてやる!!」

「待て。まだ剣を入れていないものが居る。皆に行き渡ってからだ」

「待てっ。待ってくれ!!」

「何だ、てめえ。さっきからごちゃごちゃと!!」


 そこに、風に乗って音が微かに聞こえた。

 その音は少しずつ近づいて来て、それが音楽だと気付くにはあまり時間がかからなかった。

 その音楽に歌が乗り、更に近づいて来る。



 父よ 母よ 祖父よ 祖母よ


 兄よ 姉よ 弟よ 妹よ


 私は先に逝きますが 黄泉路の灯りはお任せ下さい


 次に来るものが転ばぬように 松明を持ち待ちましょう

  

 けれども けれども 私の死を悲しまないで下さい


 けれども けれども 私の為に笑っていて下さい


 父よ 母よ 祖父よ 祖母よ


 兄よ 姉よ 弟よ 妹よ


 先に私は 休息に入ります


 私が休んでいる間に 笑って 楽しんで 愛し合って

 

 老いてから ゆっくり ゆっくり 来てください


 あなた方がこちらに来る際には 楽しいお話を 


 沢山 沢山 沢山 聞かせて下さいね


 そのお話を 松明の灯りが消え去るまで聞かせて下さいね

 

 約束ですよ?



 その歌に、剣を持っていた女性が泣き崩れた。

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