128 反逆 下
ディバは血塗れになりながらも『反対』に投じた。
【告。採決を終了する。これにより議題となった案件は反対票が過半数を上回った為、否決される】
俺はルーメン=ゴースと抱き合うと、ディバの手を取って立ち上がらせた。
しかし、その様子を見ていたスヴォームがその針金の躰を解き、蟲を全て放逐すると、高らかに宣言した。
「……最早一刻の猶予もならぬ!! 人よ!! その奴隷どもよ!! この精神世界で全てを喰われて死ね」
スヴォームは部屋の隅々まで針金を行き渡らせると、徐々に俺たちを切り刻んでいった。
虫は纏わり付き、肉を喰らう。
モーダスはそれを満足げに見やりながら笑っていた。
「んもう。最後の一回なんだからね、セイ」
ミュシャ人形は俺の頭をポコンと叩くと、「今、何をすべきかは分かってるよね?」と聞いてきた。
「ああ。これより、議会を開催する。議題は『この小部屋においては、力を行使できない』だ。勿論、俺は賛成に一票だ」
「私も『賛成』に」
「お、俺も『賛成』に一票だ」
「わたしも『賛成』に」
【告。採決を終了する。これにより議題となった案件は賛成票が過半数を上回った為、可決される】
「き、貴様ぁぁ!!」
スヴォームの躰は徐々に元の姿へと戻りつつあった。
彼は怒りに任せて自身の蝋燭を叩き潰すと、瞬く間に搔き消えた。
モーダスも自身の蝋燭を舌で消し、スヴォームの後に続く。
「ミュシャ人形。ありがとう」
「どういたしまして。これでわたしの役割は終わり。『セイが試練以外で確実に死ぬ事を、三度だけ回避する』というわたしの役割は終わりなんだ」
「なんだって!? じゃ、じゃあ俺が稲妻を受けた時と、イズスと会話した時……俺は死ぬ予定だったのか!?」
「そうだよ。あの豚さんが放った雷電はセイを確実に死に至らしめた。あのお姉さんは訓練で耐性を得ていたから大丈夫だったけど。それに、黒揚羽の妖精はあの時セイを殺すか支配するつもりで居た。けど、回避したんだよ?」
「そ、そうだったのか……まさかあの稲妻で……それに、イズスはあの時俺を殺すつもりだったのか!?」
そこでミュシャ人形がポテン、と床に落ちた。
「まあ、そんあ所かな? じゃあ、またね。って、はは……わたしは三回だけの疑似人格なんだよね。でも、忘れないでね。わたしはミュシャ様の作った可愛い人形、ミュシャ人形……ご主人様の想い人を三度だけ助ける……」
ミュシャ人形は物言わぬ人形へと戻っていった。
「ありがとう」
俺は人形を手に取ると、胸ポケットにねじ込んだ。
頭だけ出して飾った。
ルーメン=ゴースは俺の頬にキスをすると、自身の蝋燭を消しに行った。
「ようやく、形になって来たな。セイ。これからも内から、外から、苦難が続くだろう。だが、お前には味方も多い。それを忘れるな」
「……ああ」
女神が去ると、残るはディバだけとなった。
「ディバ。お前もまた、名を失ったのだとしたら、俺がそれを取り戻すための力を貸そう。その代わり、お前もまた、俺に力を貸してくれないか?」
「俺は……無力ダ。力が足りズ、信奉する者を最後の最後デ……見捨てた。俺が覚えているのハ、それだけダ……」
「そうか」
「人の子ヨ。俺はお前ト取引しよウ。お前は俺の名を取り戻ス。俺はお前ニ手を貸ス」
「ああ。約束だ」
骸骨は僅かに生気を取り戻し、壮年の男に変容していった。
面長で青緑色の肌と、人間とは幾分違う容姿ではあったが、それでも彼は今にも崩れそうなシャレコウベでは無くなった。
「俺の名は……今はディバ。失った残りの名を探す者、ディバ。セイよ、お前が俺の名を探し続ける限り、俺はお前の魂魄を喰らわない」
「ああ、約束しよう。俺はお前の名前を、全て取り戻そう」
ディバは満足そうに頷くと、自身で蝋燭を消し、姿を消した。
こうして謎の『議会』は終了し、俺は現実世界へと復帰した。
◇◆◇
目が覚めると、俺の寝ていたベッドは血塗れで、俺の周りには心配そうに見つめる仲間たちが居た。
「セイ様っ!!」
「セイ!!」
「セイ様……」
イスティリとメアが左右から抱きしめて来る。
ウシュフゴールはおずおずと俺の手の甲にキスをしてきた。
よく見るとハイレアが部屋の隅で静かに控えていた。
「もう!! メアが血相変えて呼ぶから何事かと思って来たら、セイ様、ベッドで顔とか手とか傷だらけにして呻いてるんだもん!! ボクびっくりしたよ!?」
「わたくしも、本当に心配しました。けど、アーリエスさんが……」
「あたしは、内部に潜む神々と対決しているのだと推測した。お主がこのまま死んでしまうようなヤワな男だとしたら、ウィタス救済などもっての他だから、様子を見させた」
「その通りです。一柱だけですが、ディバと名乗る神格を味方に引き込めました」
その言葉にアーリエスは「やはり、あたしの読み通りだったか」と言いながら、俺に更に問いかける。
「で、現状どの様になっておる?」
「第一層の神格ディバが今回仲間になりました。次は彼の名前を取り戻します。第三層の神格ルーメン=ゴースが先日コレトー砦で出現した女神で、完全に名を取り戻し、俺に力を貸してくれます」
「ふむ」
「第四層の神格スヴォームが今回の反逆の首謀者です。彼の扇動に第二層の神格モーダスが追従し、ディバを取り込んでいたのです」
「そのディバ神を引き抜き、力の均衡を保たせたのか」
「はい」
俺はより細かい内容を会話と並行してアーリエスに≪思念伝達≫で送っておいたが、イスティリらを安心させる意味でも声に出して説明した。
そこにシンがお盆を持って現れた。
「さあ。熱いお茶が入りましたよ。セイ様、どうぞ」
「ありがとう、シン」
「セイ様? ≪悪食≫の内部に居る、その、神格と和解して仲間になって貰ったんだったら、もうその神々はセイ様の魂を食べない?」
「そうだな、イスティリ。ルーメン=ゴースとディバはもう俺の魂を喰わない。けれど、モーダスとスヴォームは以前より扱い辛くなっただろうな」
「良かった~!! ボク、砦でセイ様がまた力を使い過ぎてフラフラになっていたの、知ってるんだ。でも、それも随分と改善されるんだよねっ!!」
「ああ」
俺の返答に喜んだイスティリは、俺にキスの嵐を見舞った。
シンが慌てて、俺からお茶の容器を引っ手繰った。
メアを見ると、妹をちらっと見やってから控えめに頬にキスをした後で、イスティリに小さく肘鉄を入れていた。
イスティリはそんなのはお構いなしに、満足するまで俺に纏わりついて、それからキシシッと笑って晴れやかな笑顔でクルクル回った。
「うわわーい!! うわわわーい!! ハイレアッ」
「きゃ!?」
彼女はハイレアに笑顔で飛びつくと手を取って踊り始めた。
ハイレアもつられて笑顔になって、二人の少女はさして大きくない部屋で即興のダンスを披露した。
「しかし、多数決とはな……」
「ええ。ですが、俺がウィタスに来れたのも、ミュシャが議会で承認を得てくれたからですからね」
「なんだろう? 神になっても議会制で多数決……世知辛い気がするのは気のせいだろうか」
「俺もそう思います」
俺は≪思念伝達≫を駆使して、それからもアーリエスと会話し続けた。
◆◇◆
「たっだいまー」
「おかえりなさい」
わたしは手毬様の神域へと転送され、元のエネルギーへと戻りつつあった。
でも、最後にミュシャ様にだけは、ご挨拶してから霧散したい、その想いだけで存在していた。
少し力を取り戻したミュシャ様が、わたしを出迎え、優しく撫でてくれた。
「よく、がんばりました」
「へへへへっ。わたし、ミュシャ様の為に頑張ったんだよっ」
「ええ。みていました。たいかんしました。あなたはわたしのほこりです」
ああ……わたしの全てが報われる。
わたしはこの一言の為だけに存在していたんだ……。
「ミュシャ様……」
「いまいちど、ねむりなさい。きたるべき、そのひのために」
「……はい」
わたしは……わたしは、ゆっくりと霧散していった……。
何時も読んで下さる皆様に心からの感謝を。




