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125 蟻の女王 上

 イスティリは、俺が彼女の激辛スープを≪悪食≫を使って飲み干した事を、しきりに根に持っていた。

 

「セイ様。ひっどーい!! ボクは大変傷付きました!! よって今晩は二人きりになれる時間を要求します!! ボクを慰めて腕枕して寝るのです!!」

「おいおい……」

「イスティリ? わたくし達、三人で寝る約束では無かったのですか!?」


 そこでイスティリはメアにごにょごにょと耳打ちした。

 メアは唐突に朗らかな顔になって「わたくし、今日はレアと寝ます」と宣言した。


 アーリエスは焼き魚をひたすら食べるとシンの触腕を枕にして寝始めた。


「もう二度とイスティリの料理は食わんぞー!」

「ワタクシ、余りに痛くて……食いしばりすぎで嘴が欠けました」


 そう言っていたのも束の間、アーリエスが寝息を立て始めるとシンも目を瞑った。

 他の者もベッドに向かったり、自由気ままに寝始める。


 俺は飛び跳ねて喜ぶイスティリに手を引かれて、彼女に宛がわれた寝室へと連れて行かれた。


「ふふふー。怪我の功名!! ボクの料理は失敗だったけど、セイ様を独り占めだぁぁぁ!!」


 彼女は服を脱ぎ散らかすと、下着だけになってベッドへと潜り込んだ。


「ほらほら!! セイ様も早く、早くー」

「あ、ああ」


 俺も下着だけになって横になると、イスティリが覆いかぶさって来てキスをした。


「今度はメアと二人っきりなんだからね。でも今日はボクだけのセイ様ー。うっふふー」


 なるほど、メアへの囁きはそういう事か。

 等と思っていると、イスティリは両手で頬杖をついて指をワキワキしてアピールした。


 ……欠損した指が第二関節辺りまで快復していた。

 

「イスティリ!!」

「えへへっ。もう親指には爪っぽい感触があるんですよ」


 俺は恐る恐る彼女の手を取ると、その指に触れる。

 確かに、親指は先端近くまで再生しており、僅かに爪のような固さも実感できた。


「これも全てセイ様のお陰です。ボクを奴隷から解放してくださり、いつもあの木の実を下さるセイ様のお陰なのです」


 彼女はそう言うと、改めて俺にキスをしてから大の字に寝転んだ。


「ボクは魔王種として育てられ、いつの日にか外界へと飛び出して、世界を恐怖の渦へと叩き落とすのだと思っていました……」


 彼女は語る……ネストでの日々を。


 教育係のシャドウミスリル氏族のドワーフ、ゴアの事を。

 工廠で作られる投石器、破城槌、巨大な弩の事。

 技師たちは寡黙に、木を削り、釘を叩き、巨大な兵器を完成させて言った事。


「沢山の技師や職人・専門職はクラフトマンズ・ネスト出身の魔王ザサール様が編み出した様々な戦術・戦略に合致した兵器をたっくさん作っていました!!」

「うん」

「ボクはザサール様が遺した文献、それに彼の親衛隊が書き残した戦いの記録を読み、ゴアからザサール様を超える事を期待されていたのです!!」

「うん」


 俺は相槌を打ちながら、目を輝かせてネストでの日々を語るイスティリの話を聞いていた。


「でも、ネストは破壊されつくし、ゴアも職人達も、親衛隊も死にました……。けど、けどボクは生きています!! 生きて、生き抜いてボクはクラフトマンズ・ネストの名誉を取り戻すのです!!」

「その名誉は、復讐なのか?」

「……いいえ!!」


 俺の問い掛けに、彼女は高らかに宣言する。


「ボクは、復讐よりもセイ様を選ぶ。セイ様がこの世界を救済し、崩壊を防ぐその未来を、ボクは選ぶ。『クラフトマンズ・ネストの主が、世界を救った男の片腕としてその力を尽くした』。そう世界に知らしめるのです!! ボクの為に死んで行った者達の名誉を回復するには、それが一番なのです!!」


 イスティリは一気に言い切ると、頬を上気させて、一粒涙を零した。


「ボクが十四年間育ったあのネストは、今でもボクが主なのです。主は配下を忘れません。生涯」


 そして、意を決してイスティリは俺に告げた。


「……セイ様。ボクの……ボクのネストの場所は、ダイエアランの南にあるトーの森です。もう朽ち果てて何も残っていないかも知れませんが、もしお許しが頂けるのであれば、誇り高き死者達を埋葬し、彼等に花を手向けるお時間を下さい」

「ああ。必ず行こう。約束だ」

「……はいっ!」


 イスティリはもう一粒涙を零した。

 それは俺の頬に当たった。


◇◆◇


 翌日、俺たちがセラの外へと出ると、朗らかな顔のコモン隊が出迎えてくれた。


「セイ殿!! しこたま飲んで、腹一杯食ったぜ!! ありがとうございます!!」

「そうか。良かった」


 そこでプルアさんが俺の方に手の甲を向けてニッコリと微笑んだ。

 彼女の指には綺麗な指輪が嵌っていた。


 女性陣が色めき立ってプルアを取り囲み、黄色い声を上げていた。


「コモン様も遂に年貢の納め時か」


 ブルーザがそう言うと、コモン隊の面々もしきりに頷いていた。

 

 リリオスの召使が朝食を用意してくれたので、皆で食べる。

 

「所で、リリオスはまだ忙しいのか?」

「はい。今しばらく掛かるようでございます」

「そうか。分かった。ありがとう」


 俺が問いかけた召使は、丁寧な一礼をした後、立ち去っていった。

 

 食後、デザートで葡萄が出た。

 以前セラが食べた巨峰のような品種では無く、エメラルドグリーンのマスカット系の品種だった。

 誘われるようにしてセラが出て来ると、彼女は俺に(あーん)と催促した。


(うふふ。美味しいですね。今まで食べた果物の中で一番かも知れません)

「すみませーん。葡萄、もう一房くださーい」


 セラは限界まで葡萄を頬張ると(たっ、食べすぎました。セイのポケットでひと眠りします)と言いながら、フラフラと服のポケットへと滑りこんだ。


「セイ様に、お目通りを願う者が来ております」

 

 食後のお茶を堪能していると、召使が俺を呼びに来た。

 聞けば俺たちの食事が終わるのをずっと待ってくれていたようだった。


「会おう」


 俺たちはゾロゾロと歩いて、結局リリオスの屋敷の中庭にまで案内された。

 てっきり別室で会うものだとばかり思っていたので少し驚いたが、その理由も着いてすぐに判明した。


 中庭に巨大な牛車のような物が運び込まれており、その周りを漆黒の、蟻の様な生き物が群れを形成して警護していたのだ。


【解。ゾロア。社会性昆虫から進化した蟻に似た種族。女王を頂点としたコロニーを形成し、地下に巣を作るが、若い女王蟻は巣に最適な土地を求めて放浪する。主要十二部族ではない。同じ昆虫型種族グレッドとは仲が悪い】


 確かに蟻に見えなくも無いが……どちらかと言うとSFに出て来る昆虫型異星人といった方がしっくりする気もする。

 

「お待ち申し上げておりました。セイ様でございますな。私は『女王』の側近、名をヘイリガンと申します」


 ひと際細い、けれど、どの蟻よりも頭でっかちな蟻が、ワシャワシャと俺に口上を述べた後、深々と頭を下げた。 

 一瞬だけしっかりと後ろ足で立ったが、普段の動作は蟻そのもので、六本の足を使いシャカシャカと歩く。


「丁寧な礼をありがとう。確かに俺はセイだ。用件は何かな?」

「単刀直入に申し上げます。私達ゾロアから『兵』を雇い入れてはみませんか?」

「えらく分かりやすい申し入れだな。けど、生憎俺には信頼できる戦士たちが居る。残念だけど間に合ってるよ」

「確かに、戦士の層は厚いように見受けられますが、私どもの兵はすべからく『工作兵』です。大地に穴を穿ち、木を裁断し、石垣を補強する、工兵なのです。ええ、専門職に雑務をさせるのではなく、雑務専用の兵を雇う事の有効性を説きに参ったのです」


 なるほど、とその流れるような口上に感心していると、手と顎がシャベルのように湾曲したオケラの様な姿の蟻が、複数体進み出た。


「彼らは『ガリンズ種』と呼称されております。金剛石の如く固い手と顎を使い、大地を掘る事も出来ますし、破城槌の様に門を破壊する事も可能です。六本あります足の内、中央の足は非常に器用で、投網を繕う事すら出来ます」


 次に進み出たのは巨大なクワガタの様な顎を持つ蟻たちだ。


「次にお目通り致しますは、『ドドー種』と呼称されています者達です。その顎の力は強靭で、自重の何十倍もの、重い物を持ち上げることが出来ます。足は鉤状になっており、どのような場所であっても踏みとどまる事が出来ます」


 最後に登場したのは、腹部がパンパンに丸く膨れ上がった蟻たちで、彼らは他の蟻と違い赤い色をしていた。


「彼らは『ギュック種』と呼称されております。腹部を凹ませ、改めて膨らませる際に、円形の衝撃波を目標に放つことが出来ます。これは実際やってみせましょう」


 ヘイリガンが合図をすると、ギュック種の一匹が丸いお尻を中庭の灌木に向けた。

 そのお尻が「キュムッ!!」と萎むと、次の瞬間「パゥン!!」と弾ける様にして膨張し、丸い衝撃波が飛んで行き、灌木をバラバラにしてしまった。


「凄いんだけど、これは『工作兵』なのか? 俺は戦いの知識が無いから全然分からないけども……」

「セイ様。例えばこの子らで敵の兵站を荒せば敵の士気を下げれます。篝火や兵器を狙い打ちすればかなり有効だとボクは思います」


 イスティリがギュック種に興味津々なようで、灌木に狙いを付けた蟻に寄って行った。


「触って良い?」

「キィキィ」

「ありがと」


 彼女はその蟻を優しく撫でながら観察していた。


「如何でございましょうか?」

「少し、考える時間をくれないか? そうだな……正午には答えを出そう」

「ええ、もちろんでございます。では私どもはここで待機いたしております」


 そこで巨大な牛車から、どことなく金属質な女性の声が聞こえた。


「ヘイリガン。わらわからも、一言セイ殿に申し上げようと思う」

「女王猊下」


 蟻に似た種族ゾロア。

 その女王と言う事は……あの牛車の中には巨大な蟻の女王が居るのだろうか?

 俺はその女王を、見たいような、見たくないような、不思議な感覚に囚われた。

誤字脱字を見つけてはサイレント修正しています。

悪しからずご了承ください。

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