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123 ハイレアの帰還

 俺たちは結局リリオスの屋敷へと戻って来ていた。


 リリオスの配下は約七割が死亡し、残りのうち半数も治療が必要なレベルであったが、それでもレガリオスは守られた。

 スーメイ党は全滅し、例の商人も屋敷ごと焼け落ちて行方不明なのだと言う。


 余談だが、パエルルは後日衰弱している所を発見され、一命をとりとめた。

 どうもスーメイ党の幹部に憑依され、駒として利用されていたのだと言う。


 市民は、例えそれが権力争いなのだと分かっていても、リリオスが市街での戦闘を避け、砦で応戦した点を非常に評価してた。


「やはりリリオスよの。暴君ではあるが、その力は敵対者にとって死の刃であり、味方にとっては堅牢な盾足りえる」

「ああ」

 

 市民たちは囁き合ったのだと言う。

 勿論、今でもリリオスを疎ましく思う者達は多くいただろうが、この一件で当面の間ナリを潜めたらしかった。


 リリオスはレガリオス七宝剣を全て手放すのだと話していた。

 その売却益で死亡した配下達の補償を開始し、生存者には慰労金の準備を始めるのだとか。

 また様々な雑務に追わて、駈けずり回っており、砦から戻って以来会話らしい会話をしていない。


「セイ様ー。ハイレアのお見舞いに行こう?」

「ああ。もうすぐ丸一日経つのか」

「うん。ボク、ハイレアが起きたら木の実を食べて貰うんだ」


 ハイレアはもう随分と昏睡状態だったが、それでも彼女は死んでは居なかった。

 どうやら、彼女が持っていた<加護>の護符が砕け散ったお陰で死を免れたらしい。


「ほんと、無茶するよね。でもハイレアのお陰でボク達みんな助かったんだよね……」

「うん」

「ウシュフゴールー。何してるのー。行くよー」

「はい、イスティリ。リリオス様に頼んでおいた、シュアラ学派の僧服が届いたので畳んでおりました」


 ウシュフゴールはそういった気遣いが細かく出来る子だ。

 ただ、彼女は戦いで殆ど役に立てなかったことを、一日たった今でも恐縮していた。


「ウシュフゴール。戦う事だけが全てじゃない。それだけじゃ無いんだよ?」

「ですが……」


 なおも言い募ろうとする彼女を、イスティリはひょいと抱えて歩き出した。

 

「キャ!? イスティリ? お、下してください」

「ほうら、ゴーちゃん。余り暴れると今日はいてるスカートの中、セイ様に見られちゃうぞー」

「え? え? ゴーちゃん!? ちょっと、イスティリ? ちょっとぉ!」


 ウシュフゴールが足をジタバタすると、太ももが露わになって艶めかしい。 

 俺が赤面していると、イスティリが歯を打ち鳴らした。


「セイ様? だからと言ってガン見しちゃ駄目ですってば」

「あ、いや……」


 イスティリは「ボクのお尻で良ければいつでもナデナデして下さって結構ですからね!」と言いつつ指の無い手でドアノブを器用に回して、ウシュフゴールを抱えたままリリオスの屋敷をズンズン進んだ。

 

 ハイレアはリリオスが特別に用意した医務室に居て、メアが付きっ切りで看病していた。

 シンも触腕が消し飛んだのでアーリエスが看病していたが、スクワイは再生能力が高いとかで、触腕はもう半分ほど元に戻っていた。

 他にもイリダリンも治療を受けていたが、彼はぐっすり眠っている様子だ。


「メア、来たよー」

「あら、イスティリ。何故ウシュフゴールを抱えているの?」

「んー、気分?」


 イスティリはニカッっと笑うとウシュフゴールの太ももを噛んだ。


「やっ!?」


 その声でイリダリンがうめき声を上げながら寝返りを打った。


「しーっ」

「すみません。ボク、はしゃぎすぎました」

 

 ラメスの襲撃は無かった。

 リリオスが出した斥候隊が持ち帰った情報によると、ラメスは狂獣ミナイハリの森に分け入り、そこに居る数多の狂獣たちと壮絶な戦いを繰り広げているらしかった。


「ラメス、完全に獣になったのでしょうか? 明らか縄張り作り、してますよね。私の睡眠呪文が効かないので、もう来ないで欲しいものですが」

「だと良いな。もうあんな経験はこりごりだ」

「ボクも正直一対一で彼女に勝てるとは思いませんし。助かりました」


 ぼそぼそと話していると、アーリエスが寄って来て俺に座るよう指示を出した。

 俺が椅子に座ると、彼女はちょこんと俺の膝に座ってから肩の力を抜いた。


「勝利したとは言え、被害は甚大だったなあ、セイ殿」

「ええ」

「この私が付いて居ながら情けない……」

「敵は複数。それに祝福持ちでしたからね。勝てただけでヨシとしましょうよ」

「……あたしは二代にわたって勇者の知恵袋として活躍し、死者を大幅に減らした」

「はい」

「しかし、今回は何か感覚が違うな。恐らく今回はもっともっと荒れる。用心して掛からなければならん気がする」


 アーリエスはそう言いながら俺に<念話>を飛ばしてきた。


(あの女神は何者だ? そして、バルカラが持っていた祝福はどうなった)


 俺はバルカラから得た異能<思念伝達>を使って細かく説明した。


「ふーむ。これで≪悪食≫の危険度はグっと下がった可能性が高い。一安心だな。そして、セイ殿は異能を一つ手に入れ、二つ祝福を増やし、力場を三つ手に入れた、と」

「はい」

「そしてあのバルカラが言っていた事を覚えておるか?」

「はい……九つの祝福を手にして神へと至る、と」

「そうだ。その言葉をそのまま鵜呑みにする訳には行かんが、この世界に九つしか無い祝福を全て得た者が更なる高みへと至るのか、それとも単純に九つの祝福を得た者が神へと変貌するのか……?」

「流出した祝福を揃えれば、それを保持している人物の中で二神が復活するのかも知れませんね」

「それはどうだろう。二神が保持していた祝福は計十二個。数が不足する上に、ウィタスにある祝福は二神が打ち倒した過神と、その従属神の物が三つ混じっているからな」

「つまりは二神由来の祝福は六つ。ここを滅ぼしに来た神々由来の物が三つ」

「その通りだ。この件はまた改めて調べなければならんようだな」

「はい」


 この会話はアーリエスが<念話>で、俺が<思念伝達>でやり取りしていたので他の誰にも聞こえてはいなかったが、感の良いイスティリは俺たちの『会話』が終わるのをじっと待って居る様子だった。


 そこにコモンがフィシーガと共に現れた。

 

「セイ殿、こちらは変わりないか?」

「うん。巡回ご苦労様。特に変わった事は無いよ。コモン達も休める時に休んでおいてね」

「はい。ありがとうございます」


 コモンの後ろにはフートックが居り、俺に軽く会釈をした。


「いよう。俺はちょっと王都に帰らなければならなくなった。また何処かで会う事もあろうが、ここで一旦お別れだ」

「そうですか。あの、フートックさん、ありがとうございました」

「何がだ?」

「砦でラメスに向かって行って下さって本当に助かりました」

「いや、確かに俺はレガリオスの『監視員』でしかないが、あのまま監視だけ続けれおれば良いと言うものでもないしな。俺も戦わなければあの狂った女は止められんかった」


 フートックはそこに居合わせた人たちと丁寧な握手をし、イリダリンを揺り起こして少し話してから、<転移>で搔き消えて行った。


 直後にハイレアが起きた。

 

「レア!! ああっ、レア!!」

「……姉さま……? ……メア姉さま!!」


 二人は抱き合い、涙を流して喜んだ。

 イスティリもその輪に加わる。


【候補:シュマリド=イラが脱落しました。候補:クーイーズが脱落しました。残り候補は四人です】


 俺はその謎の音声を初めて聞いた。

 <思念伝達>を中断していなかったから、偶然にもその音声を拾ったのかも知れない。


「候補?」


 俺が呟くと、ハイレアが俺を見た。

 彼女は俺と目が合うと、慌てて目を反らした。

何時も読んで下さる皆様に感謝を。

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