122 ハイレアの試練 下
プラウダさんは外に出た瞬間に硬直してしまった。
私にも脱力感が襲い掛かる。
「これは……<力場>?」
姉さまも、セイさんも、イスティリちゃんも、全ての人達が苦悶の表情を浮かべてその場で固まってしまっていた。
けれども、敵の魔術師達も一人を除いて動く事は出来ない様だった。
『そうか! 天使の世界に居よったか!! だがこのバルカラに、僧侶如きが一人来ても無駄と言うものよ!!』
唯一動ける魔術師が私に紫の稲妻を放った。
私は素早く<結界>で防御するとメイスを彼女に叩きつけた。
すかさず敵は<帯電>を唱え、私は感電してしまった。
『その程度か!! 女僧侶!!』
「きゃあ!?」
メイスを通じて<帯電>を受け、手が痺れてメイスを取り落とした。
そこに<火柱>が立て続けに詠唱され、避けきれず足は火傷の為激痛が走り、衣服が引火して私は松明の様に燃え上がった。
髪の毛がチリチリになり、ローブは穴だらけになってしまった。
<消火>を唱えながら位置を変える。
敵は容赦なく炎で攻撃して来る。
ナーガの女魔術師を盾にして時間を稼ぐと、ようやく<結界>を張る事に成功し、そこから<治癒>の詠唱に取り掛かかろうとした。
「バ……バル、カラ様……申し訳……あ……」
『良い。お主らは我がスーメイ党の為に力を尽くした。我が力を持ってして雌雄を決し、またお主らと共に党を大きくしようではないか!!』
「は……い……ありがたき……幸せ……」
私はその会話の時間を自分の<治癒>に充てる事をあきらめた。
火傷した皮膚が裂け激痛が走るが、大詠唱に入り<水霊>召喚を開始した。
『ふ……。火炎に対し水霊とは教本通り。実戦経験の少ない者が選ぶ悪手よ』
私が水霊を喚ぶ。
敵は軽く杖を振ると、その水霊は瞬時に蒸発した。
「えっ!?」
『あくまで、能力が均衡してこその対抗よ。その程度で……もう飽きた。見逃してやる、とっとと失せろ』
「何をっ!! 私が姉さまを助けるんだ!! イスティリちゃんを助けるんだ!!」
『ガキが……』
その魔術師は私をあざ笑うと、空中に浮いている青白い光を手元に呼び寄せた。
よく見るとセラさんもその手元に収まっていた。
「セ、セラさんを返せっ」
『……さあ、異世界から来訪せし祝福達よ。我に従え』
ひと際大きな光の球が吸い込まれるように、その魔術師の体内へと滑りこんで行った。
残りの小さな球も、次々に吸い込まれて行く。
セラさんと、小さな光球が四つ、吸い込まれずに残った。
『……? 何故だ。個我を持たぬはずの天使が何故隷従しない。何故悪食は我の元へと来ぬ?』
顔を歪ませる魔術師に隙が出来た。
私は最後の手段に出た。
自身の命を代価に、神聖呪文を唱える。
「我、ここに我が命を捧る!! 一つの力失え。二つの力失え。三つの力失え!!」
世界に五つ存在する、自身の生命力を代価として発動する神聖呪文の一つ、<三叉路の封鎖>を私は唱えたのだ。
『最高位の僧職でも扱えぬ、神聖呪文を何故こんな小娘が扱える!?』
私はこの場を支配していた『一人』の魔術師の力を消失させ、『二つ』の祝福の機能を停止させ、『三つ』の力場の力を霧散させた。
後で思い返せば、何故私が敵の祝福の数や、力場の数を知り得たのか分からなかったけれど、その時はそのまま意識を失ってしまった。
「レア……!!」
意識を失う瞬間、私は確かに姉さまの声を聞いた。
◇◆◇
俺はハイレアの戦いを指をくわえて見ているより他は無かった。
彼女が窮地に立つのをまんじりと見ていたのだ。
だが、これで良いのか?
俺は常にイスティリやメアに守られ、今日はハイレアに守られている。
本当にこれで良いのか……?
俺は彼女らの為に、前に出た事があったか?
≪悪食≫に飲み込まれる事を恐れ、限界まで彼女らや仲間を頼り、そして窮地に立つ。
いつもそれの繰り返しだ。
そして血を流すのは決まって俺以外の誰かだ……。
ル=ゴには本当に弱い男だと詰られるのも理解できる。
「我、ここに我が命を捧る!! 一つの力失え。二つの力失え。三つの力失え!!」
俺はハイレアの言葉を聞いた。
彼女は自らを犠牲にしたのか!?
敵の女魔術師が俺の祝福を取り込むのを止め、片膝を付いた。
<力場>が解除され、俺たちは動けるようになった。
「レア……!!」
メアがハイレアに駆け寄り、今まさに崩れ落ちそうになるハイレアを抱き止めた。
俺は……。
俺は…………。
彼らを護りたい。
護られるのではなく、護りたい!!
『……ならば、私の名を呼ぶが良い』
優し気な女性の声がした。
『私の真の名を、声高く呼ぶが良い。私はお前の呼び声に応じよう。『護る者』よ!!』
「ああ……分かった。来い!! 『女神』ルーメン=ゴース!!」
俺は理解した。
かつてル=ゴと名乗った者が、心から欲していたものを、たった今理解した。
彼女は自らが護るべきものに『餓えて』居たのだ。
四つだけ残された光球の一つが弾け、女神ルーメン=ゴースが大地に降り立った。
『我が名はルーメン=ゴース。護るべきものを失い……名を失った者。だがしかし、今、ここに真の名を取り戻さん!!』
ルーメン=ゴースの蛇が辺りを埋め尽くす。
「セイ ラ!? ウリキスレ!! ワシランテリカ!!」
イスティリが俺とルーメン=ゴースの間に割って入って来る。
「大丈夫だよ。イスティリ」
完璧言語を失った俺は、日本語で応えるしかなかったが、彼女は理解してくれた様だ。
メアはハイレアを壁際まで引き摺って行くと、ウシュフゴールとコモン隊が彼女らを隠す。
フートックやイリダリンは俺と、ルーメン=ゴースを見、それから敵魔術師を見た。
俺も視線を敵に向ける。
ゆっくりと手を挙げる。
「俺は、彼らを護る。その為に俺は、その力を振るおう。ルーメン=ゴース」
『ようやくそこに到達できたか……。お主に必要なのは、捻じ伏せる為の強い意志では無い。必要なのは理解だ』
「理解……」
ルーメン=ゴースの蛇が敵に殺到する。
敵の首領は観念したのか、目を瞑った。
蛇が首領の肉を食む内に、失った≪悪食≫の一部と≪完璧言語≫が体内に戻ってくるのが分かった。
セラが俺の元へと戻って来る……。
『すまぬ……ガデア、そしてペリよ……我の為に散っていった者達よ』
「我らが黄泉路の先導を致しましょうぞ、バルカラ様」
「まあ、楽しくやれたぜ。あばよ、糞野郎ども。さあ、最後まで俺は両手に花さ!」
それがスーメイ党の首領バルカラと、その配下達の最後の言葉だった。
【告。祝福≪完璧解析≫を得ました。これにより、あらゆる無生物の詳細な解析が可能となります】
【告。祝福≪強奪≫を得ました。これにより、あらゆる無生物を強制徴収可能となります】
【告。力場<死者を滾らせる野火>を得ました】
【告。力場<虚空よりの魔力供給>を得ました】
【告。力場<魔力無きものは無力>を得ました】
【告。異能<思念伝達>を得ました】
【告。祝福≪完璧言語≫はニュートラル状態より復帰しました】
【告。祝福≪果物と井戸の小世界管理者の使役≫はニュートラル状態より復帰しました】
【告。祝福≪悪食≫はニュートラル状態より復帰しました】
俺はその日、更なる祝福を手に入れ、力場と呼ばれる力を獲得した。
特に≪強奪≫はバルカラが俺の祝福を奪えた事から分かるように、凄まじく『奪える』範囲が広い気がした。
『さて、私はこれで退散するよ。セイ。私の名を取り戻してくれてありがとう』
ルーメン=ゴースの髪は蛇では無く、サラサラのロングヘアーになっていた。
エメラルドの様な美しい緑色の髪をなびかせ、女神は俺の中へと戻って行った。
◆◇◆
俺は、ノヴ=ソランは、その成り行きを、父上……王と共にギリヒムを通して『見て』いた。
「血統収斂の果てに、いずれ一族に祝福が出る事は分かっておったが……まさかオリヴィエとはな……」
「父上……あの祝福は……? い、妹が銀毛の狼へと変貌してしまいましたが」
「恐らく、狂獣ミナイハリ討伐の際に霧散した、祝福≪獣≫であろう」
「二神はその様な祝福を有していたのですか? 人型の神々であった筈では……」
「≪獣≫は、襲撃側の従属神の物だ。二神の持っていた祝福では無い……」
「!!」
「しかし、どちらが『災厄』なのか? 我が娘か……それともあの異世界人か?」
王は思案している様子だったが、俺にもどちらが『災厄』なのかは判断付かなかった。
もしかしたら双方とも『災厄』であるのかも知れない。
「ノヴよ、付いてきなさい。お前に見せなければならないものがある」
その日、俺は初めて王宮の地下へと足を運んだ。
「こ、これは!?」
「遺骸、だ」
俺は『それ』を見た瞬間、意識を失って倒れてしまった。




