121 ハイレアの試練 上
わたくし達、魔術師はラメスの咆哮で全ての魔力を根こそぎ奪われてしまった。
しかし、それは敵方も同様であり、彼らは<浮遊>を維持する為の魔力すら残らず、次々と落下して来た。
フートック師匠やイリダリン様、それにリリオスの配下たちは、その敵たちにぶつからない様、壁に張り付くと動向を伺った。
わたくし達も大慌てでそれに倣うよう壁際に移動する。
唐突に、ラメスの背中に激突した魔術師が彼女にバクリと食べられてしまった。
それに反応して逃げようとする者や、抵抗しようと動いた者を、彼女は次々に食べてしまった。
わたくし達は誰一人食べられてしまう事が無かったが、それは壁に背を付けて硬直して居り、ラメスの目に留まらなかった、という単純な理由にしか過ぎなかった。
何故かラメスはお腹を満たすと満足そうにゲップをして、颯爽と消えて行った。
「た、助かったのか!?」
誰かが呟いた。
そこに怒りのうめき声が聞こえた。
「お、おのれぇ!! なんという無様な!! 何と言う失態!! バルカラ様に何と申し上げれば良いのか!!」
ナーガの女魔術師が苦痛に顔を歪めながら起き上がると、それに呼応するかのように、彼女以外の者も立ち上がり、部屋の中央で陣を組み始めた。
わたくしはカラルス家の神剣ハイネを抜くと、前線に出た。
「セイ殿!! 燃えてる死者たちも動きを止めた。あとはそいつ等だけだ!!」
グンガルが大声を張り上げた。
コモン隊の面々が魔術師達に突撃し、彼らは次々に敵を倒してゆく。
イリダリン様は短剣をフートック師匠に投げて寄越すと一旦下がった。
イスティリも下がった所で、こっそりアーリエスから神様の石を受け取っていた。
「皆の者、油断するな! まだそいつらの首領の姿が見えんからな!!」
「おう!」
皆、アーリエスの言葉に威勢よく返事をしていた。
敵魔術師達も必死の防戦をするが、魔法という武器を持たない彼らは次々に打ち倒されて行った。
「バ、バルカラ様!! ど、どうかお慈悲を!!」
彼らは撫で斬りにされながらも首領の名前を呼び続けた。
しかし、それに呼応する者は居なかった。
遂には敵方は残り三人となった。
彼らは仲間の血溜まりの中で荒い呼吸をしながら、わたくし達に憎悪の眼差しを向けていた。
そこに、不思議な声が響き渡った。
『ふむ。よくぞここまで耐えた。ガデアよ。ペリよ』
「バルカラ様!!」
三人居た魔術師の内、魔族の血が入っているらしい女がクツクツと笑った。
「ま、まさか、お前が、いや……貴方様が……」
「まじかよ……」
『いかにも・いかにも・いかにも……我が名はバルカラ=ワピア=ワイルドファイア』
先程までの苦痛に歪んだ顔は演技だったのだろうか?
バルカラと名乗ったその女は、配下に微笑み、わたくし達に微笑み、それからセイだけを見据えて動きを止めた。
『さて、刈り取りの時である。私の所持する祝福は二つ。これに異世界人の祝福を加えれば五つ。フォーキアンの物を加えれば六つ。良き日である』
バルカラは静かに笑いながら、セイに向かって歩み始めた。
「モーダス!! 出てこい!!」
セイが叫んだ。
しかし、何も起きなかった……。
「ル=ゴよ!!」
セイの顔が苦痛に歪む。
「何故だ!? 何故出てこない!!」
『何故であろうな?』
そして、わたくしの体も、徐々に言う事を効かなくなってくる。
体が硬直し、石像になったかのように固まってしまったのだ。
「かっ、体が……」
その場に居た、バルカラ以外の者の体は動かなくなっていった。
◇◆◇
私はセラさんの中の世界に降り立った。
外では今でも戦いが繰り広げられているというのに、私は心から安堵して、震えながらその場にしゃがみ込んだ。
「ハイレア様。大丈夫でございますか?」
「……」
私はプラウダさんの言葉を、意図的に聞き流した。
この神域に居れば、その内に姉さまとセイさんが迎えに来てくれるはずだ。
「レア、もう戦いは終わりましたよ」
姉さまが、優しく私に微笑みかけながら、そう言って下さるに違いない。
それまで、ここで大人しくしていよう……。
『本当にそれで良いと思うのか? この苛烈な戦いで、本当にお前の姉達が勝利すると思うのか?』
これは、幻聴だ。
私の心が生み出す幻聴だ。
けれども、その幻聴が、私の不安を呼び起こした。
もし、姉さま達が劣勢に立たされていたら?
もし、イスティリちゃんが、怪我をしていたら?
私一人が戻っても戦局が大きく動く事は無いと思う。
けれども、戦わずにここで震えて居た事を、いつか私は後悔しないだろうか?
「怖い……」
足が震え、顔がピクリ・ピクリと痙攣する。
呼吸を整えようと、大きく息を吸い込んで、そのままむせ返った。
慌ててプラウダさんが背中をさすってくれた。
「ハイレア様……」
「だ、大丈夫です」
プラウダさんは安心した表情を見せると、槍を握りしめ、意を決して神域の端へと歩き出した。
「プ、プラウダさん!! どこへ……?」
「決まっています。私は皆さんの所へと戻ります。これでもオーク戦士の端くれ。戦場から逃げる訳には参りません」
「待って!! 待って下さい……」
私は彼の元へと駆け寄ろうとして、足が縺れて転倒した。
立ち上がろうとしたけれど、手が震えて支えきれない。
それを、プラウダさんが困った顔で見ていたが、そのまま無言で神域から姿を消した。
「プ、プラウダさん……」
私は……本当に臆病で弱い。
けれども、後悔だけはしたくない……。
「父上、母上。どうか私に力を」
私は父母に祈りを捧げてから、震える手に力を籠め、足を拳で何度も叩き、意を決して外へと飛び出した。
◆◇◆
「モーダス!! 出てこい!!」
俺は叫んだ。
しかし、モーダスの気配すら感じられず、俺は焦った。
続けざまにル=ゴの名を呼ぶが、これも不発に終わる。
骸骨も反応せず、俺はその異様さに冷や汗を垂らした。
「何故だ!? 何故出てこない!!」
『何故であろうな?』
敵の首領が笑みを浮かべながら俺に近づいて来る。
「セイ様! ……あっ!?」
イスティリが駆け寄ろうとして、動きを止めた。
「かっ、体が……」
体が硬直し、動かなくなってきた。
『……この世界には七つの≪力場≫と呼ばれる、その空間に影響を与える魔術を超越した力がある』
バルカラは独白でもするかのように、俺の目を見ながら語り掛けて来た。
『私はその内の三つを保持して居る。<死者を滾らせる野火><虚空よりの魔力供給>、そして<魔力無きものは無力>である。今この場で動くためには、すべからく魔力を消費しなければならんのだ。……異世界人よ、お前はそもそも魔力を持たぬ。故にお前の力はどの様な物であっても使えぬ』
彼女は俺の手の甲にキスをすると、更に語り掛けて来た。
『私は運が良い。ラメスの魔力枯渇で、この場で最も魔力の高い存在は私になった。この偶然は必然であろう。世界がそれを望んでいるのだ。私は九つの祝福を得て、神へと至る。その為の礎となれ、異世界人よ』
俺の胸にバルカラは手を置く。
体の中から蒼い光球が飛び出して来て空中を漂った。
【解。≪悪食≫】
「ははは。これだ!! 私が欲していたのはこれだ!! ≪完璧解析≫と≪強奪≫だけでは決め手に欠けたのでなぁ!!」
俺は≪悪食≫を奪われてしまった!?
そして、バルカラはもう一度俺の胸に手を当てる。
【解。≪完璧言語≫】
『ふむ。まあ無いよりはマシであろう。残念だったな。 異世界人。ダタシャラ……』
徐々にバルカラの言葉が理解できなくなってくる。
「セイ ラ!!」
イスティリが悲鳴を上げる。
メアが無理に動こうとして転倒した。
待て。
待ってくれ!!
俺から祝福を奪うな!!
そして、もう一度バルカラが手を添えると、空中に浮いていたセラが少しずつ彼女の方へとフラフラと移動し始めた。
「セラ!!」
セラは一度ピタリと止まったが、そのままバルカラの差し出す手の内に収まった。
その時、≪悪食≫の光球が弾け飛んで、十個の小さな光玉へと分裂した。
「グイズレーン!?」
バルカラが動揺した。
そこにセラからプラウダが飛び出して来て、バルカラに体当たりする形となった。
立て続けにハイレアも飛び出してきた。
彼女は俺たちを見、バルカラに何かを叫ぶと、腰に挿していたメイスを構えた。
そうだ!! 彼女はセラの中に居て、ラメスの咆哮を聞いていない!!
バルカラが一瞬動揺したのを俺は見逃さなかった。
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