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120 戦場の名はレガリオス ⑦

 混乱を極めるコレトー砦で、ただ一人静観を決め込んでいる人物が居た。


 彼の名はギリヒム。

 ハイレアの護衛としてここに来た、魔道騎士ギリヒムであった。


 彼は王その人よりのある密命を受け、この任務に当たっていた。

 その事は彼が所属するダイエアラン・ローの団長オグマフですら、知らぬ事であった。


 今、ギリヒムの目を通して、王その人がこの戦いを見ていた。

 それはセイを見る為でもあり、またそれ以外にも様々な要因があるらしかった。


「俺も戦いたい……」


 彼は『据え置きの遠見水晶』としての役割など放棄して、すぐさま前線に飛び出したくて堪らなかった。

 だが、王直々に与えられた密命を放棄する事など、到底出来る事では無かったのだ。


 彼は知る由も無かったが、王お抱えの占い師達はこぞってレガリオスでの災いを予言した。


『レガリオスで、新たなる災いが誕生する』


 彼らは口々にそう告げては気絶した。

 すぐさま御前会議が開かれ、ダイエラン・ローに所属する『入れ墨持ち』であるギリヒムに白羽の矢が立った。


 密命を受けたギリヒムは、その『入れ墨』の力を使い、オグマフを誘導し、彼をレガリオスへと赴かせるよう仕向けた。


 そこに降って沸いたような僥倖。

 ハイレアがドゥアを離れ、レガリオスへと向かうので護衛を付けるらしい。

 そこで、少し軌道を修正し、ハイレアの護衛としてセイへと近づく事にした。


「このほうが、より自然を装って任務を遂行できる……」

 

 彼は独りごちた。

 だが、後ろめたさが拭えたわけでは無かった。


「いかん!! 皆の者、ラメスから離れろ!!」 

 

 その言葉に彼はハッと我に返った。

 ラメス=オータルの躰が熱気を帯び、変化してゆく。


 彼女の躰は、銀色の体毛を得て、狼に似た四足の獣へと変容しつつあった……。


◇◆◇


【告。祝福≪獣≫を得ました。これにより、全ての身体能力が向上致します。欠損部位再生開始。この一帯全域の魔力を強制徴収する為『咆哮』の準備を開始致します】


 私にはその言葉が最初、理解できなかった。

 だが、これだけは分かる。

 私の中で漲る活力、そして溢れ出る躍動感!

 

『たった今、私は死を超越した!!』


 私は四肢に力を入れ、立ち上がった。

 身震いを一つすると、月に向かって遠吠えに似た雄叫びを上げた。


 その雄叫びが届く範囲全ての魔力を『強制徴収』すると、上空から悲鳴と共に人間たちが落ちて来る。

 私の背中に当たった不届き者をバクリと飲み込むと、その美味さに感動した。


 都合のよい事に、付近には美味しそうな獲物が沢山転がっている。


「■■!? ■■■■■!!」


 何か喚いているが理解できない。

 一先ずその獲物を丸呑みにして、それから逃げようとする獲物に鉤爪をプスリと刺して確保してから辺りを見渡した。


 何だ。

 沢山いるじゃないか。


 最後にリリリリの所で飲んだスープより美味そうだ。

 あれ? リリオ……リリ……まあ、いいか!


 私は確保した獲物を平らげると、次に狙った奴に跳躍した。


 腹が一杯になると、眠くなる。

 目の前の獲物程度なら、いつでも狩れるだろう。


 私はそう考えて、最後におやつ代わりにハイレアを食べてゆうしゃをひとり減らしてからたちさることにした。

 まわりをみわたすがはいれアはいない。


 まあ、いいか!

 おやつってのはさいごにとっておくものだしな!


◆◇◆


「な、なんだあれは!?」


 その場にいた全ての者が、驚愕のあまり硬直した。


 今まさに死を迎えようとしていたラメスの体が、銀色に発光し始めたのだ。

 そして、彼女の体は獣毛を得て、別の何かに変化しようとしていた。


 俺とアーリエスには直感的に分かる何かがあった。


「セイ……今、何かしらの『祝福』が、あの女の中で顕現した……」


 アーリエスが震えながら呟いた。

 俺は理解した。

 ラメスは祝福を得て、別の何かに生まれ変わろうとしていたのだ。


「リリオス!! 一旦引く!! 総員、<転移>出来る者は逃げよ! どこでも良い、逃げるのだ!!」

「はっ、はい。総員、拠点放棄!! 撤退せよ」


 かつてラメス=オータルと呼ばれた女は、体高3メートルはあるだろう銀毛の狼に変貌していった。

 その狼が身震いし、薄く目を開けると、瞳の色だけはかつての彼女を彷彿とさせた。


 次々にリリオス配下が姿を消す中、俺の目の前でかつてラメスであった者が咆哮を上げた。

 次の瞬間、上空で様子を見ていた魔術師達が落下してくる。


「ま、魔力残量が……」


 メアや、まだ残っていた味方魔術師たちが驚く中、かつてラメスであった銀狼は、誰彼の区別なく、手当たり次第に人々を丸呑みにしていった。

 そして、俺たちの方をチラリと一瞥すると、大きなゲップをしてから、何処かへと去って行った。


「た、助かったのか!?」


 俺たちはその、かつてラメスであった銀狼が立ち去り、心底ほっとした事は確かだ。


 しかし、その後彼女は幾度となく俺たちの前に立ちはだかる事になる。

 かつてのラメスの記憶を取り戻した獣が、俺たちの行く手を阻むこととなったのだ。


 俺は変貌していく最中の無防備な彼女を、モーダスで喰うべきだったと散々に後悔する羽目となる。


「おのれぇ!!」

「ま、魔力が……くそっ」

「バ、バルカラ様!! お慈悲を!!」

 

 上空から落ちて来た魔術師達が恨みの声を上げた。

 そうだ、まだ戦いは終わっていない。

 俺たちは現実に引き戻された。


◇◆◇

 

「トラキお嬢様。上には行かなくても宜しいんですか?」

「ガパラさん、この血の海を見なさい。ラメス一人でも制圧できちゃうんじゃない? もう少し様子見てからにしましょ」


 私は破壊された門の近辺で敗残兵を狩ると言う任務に躍起になっていた。

 とは言え、まだ一人も倒してはいなかったが。


「だって痛い思いしたくないんだもの」


 私は後ろからノコノコ着いて行って予備役に少し<火球>を撃たせて『働いてるフリ』をした後、スーメイ党のナーガ達が上空へ向かうのを見送った。


 あの姿を見せない、バルカラとか言う者の<魔力供給>の凄さには驚いたが、それだけだ。


「私だって魔力ケチらなければ<隕石落下>くらい撃てますもんね」


 あんな一発撃ったら魔力枯渇で半日は寝込まなきゃならない呪文、死んでも撃ちたくは無かったけど……。 


 ラメスが連れて来た『壁』役の戦士たちは、焼け死んだ魔術師達から杖や腕輪を奪っては品定めしていた。

 結局一番得したのはアイツラなんじゃないかしら?


 そう思っていると狼の遠吠えに似た咆哮が木霊し、私が貯めた魔力を根こそぎ奪って行った。


「きゃあ!?」

「お嬢様!!」


 身の危険を感じ、慌てて防御呪文を唱えるが魔力不足で不発に終わる。

 仕方なく集中して周りの魔力をかき集めようとしたが……。


「え?」


 何と、何処を探しても魔力のひと欠片すら無く、私は目を瞑り耳をパタンと倒して「これは何かの冗談だ。あるいは夢だ」と言い聞かせてから片目を薄く開けた。


「何やってんだ? あの犬の嬢ちゃん」


 んっもう!!

 ラメスの連れて来た男達は鈍感なんだから。

 とは言え、冷静に考えて今の遠吠えは『魔力枯渇』系の能力ね。


 こうなってしまっては私達は只の脆弱なコボルド。

 一旦引いて策を練り直しますか。


「お嬢様?」

「一旦引きます。ガパラさんはそこに落ちている剣でイスティリを切り殺して来て下さい」

「無理ですから。しかし、今の咆哮は?」

「恐らく魔力枯渇系の能力と見て間違いないでしょう。無理はせず撤退しましょう。魔力が戻ってから、また対策を練ります」

「分かりました」


 そこに巨大な銀毛の狼が颯爽と現れた。

 ちょっと! どこにも貴方が通れる隙間なんて無かったでしょ!?


「うまそうだ、しかしなかまのようにもみえる」


 私は瞬時に臣下の礼を取った。


「わっ、私はト、トラキッ。貴方様の忠実なる下僕ですぅ」

「そうか。では、ついてこい!」

 

 私達はその日から銀毛の狼の下僕となってしまった。

 あーあ。




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