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119 戦場の名はレガリオス ⑥

 最悪だ……俺はそう思わざるを得なかった。


 上空に居るのは五十に届きそうな魔術師の集団。

 そして、正面にはあのエルフの剣士、ラメス=オータル。

 

 しかし、俺がまともに思考できたのはそこまでだった。

 ラメスが動いた。


 彼女に最も近い位置に居た魔術師の心臓に「トッ」と剣を突きいれると、彼は瞬く間に絶命した。 

 返す刃を左右に振ると二名の者の首が落ちた。


 そのまま流れる様に、刃が蛇のような軌跡を描く。

 袈裟切りにされ、薙ぎ払われ、そして心臓や喉を狙った鋭い突きが次々にリリオスの配下を斃してゆく。


「な……」


 鮮血が煙の様にパッと飛び散ってはラメスの躰を濡らす。

 この間、時間にしてみれば僅か数秒だ。

 俺は最早思考が追い付かず、彼女の姿を正確に追う事が出来なくなりつつあった。


 シンとフートックが飛び出した。

 イリダリンが彼等に合せるように呪文を詠唱し始めた。


 アーリエスも呪文を詠唱すると、彼女とシンとの間に青白い糸が張り巡らされた。

 

「<思考の蜘蛛糸>!! 結束している間術者と同じ思考速度になる失われた秘術!!」


 メアが驚愕の声を上げる。

 しかし、その呪文の間、アーリエスは僅かに移動する事くらいしか出来ない様子だ。

 とは言え、この呪文の補助が無ければシンは死んでいただろう、と後でアーリエスに言われて俺は驚愕した。


 戦いは続く。 

 シンが短剣を突きいれる。

 右・左、そして触腕以外の小さな触手に持ち替えると突きを放つ。

 更に触腕に戻して切り払い、まるでジャグリングでもするように短剣は持ち手を変え、ラメスを攻撃する。


 合間を縫う様にフートックの細剣がラメスの首筋を狙い、手首を強襲した。


 しかし彼女は動じない。

 正確な剣捌きで斬撃を回避し、隙を突いてフートックの目を狙った。

 フートックは素早く避けたが、避けきれずコメカミからは鮮血が飛び散った。


 その間にも上空から炎や稲妻の呪文が殺到した。

 リリオス配下の魔術師達が次々にその呪文を打ち消すが、敵は数に任せて次々打ち込む。

 

 敵は見下ろす形で視界が取りやすいが、こちら見上げる形となってかなり視界が狭い。

 俺は着弾しそうになる呪文を次々と飲み込み。被害を抑えた。


 埒が明かないと悟った敵は俺たちとの間に黒煙をまき散らした。

 雷鳴が響き渡り、その黒煙から小さな雷が連続で放出される。

 更にはその黒煙を突き抜け、敵の呪文は容赦なく降り注ぐ。 


 味方魔術師も呪文を放つが、敵の落伍者は僅かに四名。

 しかも死の間際に彼らは火炎を抱き込み、自らが爆弾の体を成して死のダイブを敢行して来た。


「スーメイ党に栄光あれ!!」

「バルカラ様の御身の為に!!」

 

 死の火炎が床に着弾し炸裂した。

 その一瞬の間隙を縫ってラメスは高速で移動すると、リリオスの配下達の首を落としていく。


 イリダリンもシンとフートックに加勢するが、ラメスはそれをあざ笑うかのように縦横無尽に駆け、血の華を咲かせた。

 

 イスティリが強襲して来た魔術師の、最後の一人を打ち倒した。

 そこにラメスが神速の突きを差し込んだ。


 ギャリリリ!!

  

 イスティリは辛うじて受け止めたが、バランスを崩して転倒し、即座に横に転がった。

 ラメスの突きが床を削り取る。


 背後を取ったイリダリンがラメスを袈裟切りにする、が、彼女はそれを容易く避けると素早く逆手に持った剣でイリダリンの脇を刺した。


「があっ!」


 堪らず動きを止めたイリダリンの目に、高速で反転したラメスの親指が突きいれられた。

 イリダリンが昏倒したのか崩れ落ちる。


 フートックがその隙を狙ってラメスの胴を狙う。

 立ち上がったイスティリもラメスの持ち手側に斧を振り下ろした。


 ガリッ!!


 ラメスは横に軸移動して二人の攻撃を避けると、フートックの細剣とイスティリの斧がぶつかり合い、細剣の切っ先が折れ飛んだ。


 コモンとグンガルが左右から突貫するが、あっさりと避けられる。


「雑魚には用が無いんだよ!! 雑魚には!!」

「これでも雑魚だってか!!」


 コモンの渾身の振りがラメスの上体を掠める。

 

「はっ!! 私って巨乳だからねっ!!」

「馬鹿にしやがって!!」

 

 俺はモーダスを呼び出して黒煙を喰らわせる。

 そうしながらも骸骨に火炎を吸わせ、紫電を飲み込ませた。


『ギハはハハッははハッ』

『グフッ。グフフフッ。ゲッゲッ!!』


 骸骨は狂乱し、モーダスは笑い続けた。

 俺の思考を混濁しつつある。


 ラメスが上って来た階段から燃え立つ死者たちが緩慢な動きで登って来始めた。

 下は全滅したのか!?


 コモン隊はラメスを避けながら移動すると、階段を死守し始めた。

 外に向けて円陣を組み、階段とラメスを見やりながら燃える死者たちを蹴倒し、足を切り落とし、体当たりして階下に叩き落とした。


 上空からボタリ・ボタリ、と炎で作られた鰐が数匹落下してきて暴れまわった。

 それをメアとハイレアが呪文で除去していく。


 そこでラメスがピタリと止まった。 

 新しい玩具を貰った子供の様に笑みを見せ、ただ一人の人物を凝視していた。

 狂気の笑みを浮かべたエルフは「片手間」に付近にいた魔術師を切り払った。


「はははははっ。天は我に味方せり! ハイレアよ。こんな所で会いまみえようとはな!!」


 ハイレア? メアでは無く彼女は今ハイレアと言った!?

 彼女には一応プラウダを付けてはいたが、近衛隊士になったとは言え、彼ではラメスには手も足も出ないだろう。


「セラ! 二人を頼む」


 俺は咄嗟にセラを彼らの方に投げると、セラはハイレアとプラウダを自身の中に招き入れた。


 そこに、ラメスの鬼神の斬撃が幾重もの衝撃波となって襲い掛かり、付近に居た魔術師の腕をかすめた。

 彼の腕は乱雑な輪切りとなって床に落ちてしまった。

 即死しなかった彼は部屋の隅に逃げ、そこでアーリエスが交渉した僧侶に治療してもらい始めた。


「ああああああああああああああ。ハイレア!! 『私の』ハイレアを隠したのはどいつだああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫が木霊する。

 その一瞬の隙を見逃さず、イスティリの斧が容赦なく襲い掛かった。


 ラメスの左手が宙を舞った。

 しかし、イスティリの腹にもラメスの剣が突き刺さった。


「イスティリ!!」


 俺は慌てて飛び出すとル=ゴでラメスの剣を狙う。

 危険を察知した彼女は飛び退り、距離を取った。


 そこに昏倒していたと思われたイリダリンが<転移>を合わせて来た。

 イリダリンとラメスはぶつかり合い、床に転がるとお互いに組みしこうともつれ合った。


 ル=ゴの蛇が追い付いてラメスの剣に食らいついた。


 フートックも加勢する。

 彼は腰の短剣を抜くとラメスの左腕を取った。

 そこで彼は「オリヴィエ様?」と呟いた。


 ラメスは初めて顔を顰めた。

 彼女はフートックに足払いをし、上体が泳いだ彼の短剣を奪う。

 それをイリダリンの脇下に突きいれると素早く立ち上がった。


 そんな状況になってもイリダリンは飛び退り、脇腹から短剣を抜くと素早く構えた。


「オリヴィエ様……。オリヴィエ=ソラン様ではありませんか!!」

「そんな名前はとうに捨てた! 私は全ての雛を抹殺する者!! 影への復讐を誓う者!! 名など無い!!」


 ラメスの背後から音も無くシンが歩み寄り、彼女の背骨辺りを刺し貫いた。


「ガハッ!? 貴様ぁぁああああああああああああああああああああああああああああ」


 彼女は残った右拳を握りしめるとシンに裏拳を放った。

 それをシンは短剣で受け止めると、ラメスの指が数本飛んだ。  

 

「イスティリ!! 今のうちに僧侶の所へ!!」


 俺は上空から繰り出される火炎を飲み込みながら指示を出した。

 しかし、魔力が枯渇し始めたのか、それとも様子を見ているのか、上空からの攻撃は緩慢なものになりつつあった。


「嫌だ!! ボクはセイ様の傍にいる!!」

 

 俺はアーリエスの事を少し逆恨みした。

 ここでイスティリにシオの石を渡せれば……。


 とは言え、一つの危機が去ろうとしていた。

 いかにラメスであろうと、単独ではここが限界なのか。

 彼女は咳き込むと、血の塊を吐いた。


 俺は生まれて初めて、人に「早く死んでくれ」と願った。

 しかし、ラメスは意思が折れていない。


 爛々と光る瞳をシンに向け、血塗れの右拳で彼の目を狙った。

 シンはその攻撃を短剣で受けるが、その短剣がガラス細工の様に砕け、彼の触腕も消し飛んだ。


「!!」


 ラメスの躰から異様な気配がし始めた。

 

「いかん!! 皆の者、ラメスから離れろ!!」


 アーリエスがシンとの結束を切って大声を上げる。

  

 ラメスに、ラメス=オータルに変化が起きようとしていた。

 急にアクセスが増えたのは感想を書いて下さった方のお陰だと思います。

 感謝致します。


 慢心せずに頑張ります。

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