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118 戦場の名はレガリオス ⑤

 その日の夕刻、ドローマ率いるマルパレ勢の兵士たち千五百は、およそ二百ほどの手勢のスーメイ党と交戦状態に入った。


 いち早くスーメイ党に突撃したのは、傭兵集団『マディオリ団』の戦士四百。

 加えて、ディダス商会から派遣された弓兵と散兵が、彼らを援護した。

 それら以外に複数の組織から戦士や魔術師が派遣されてきていたが、彼等もまた自らの役割をこなしていた。


 しかしマルパレの兵達は後方で動きを見せず、彼等の不信感を募らせた。

   

 対するスーメイ党はガデア指示の元、散開して<火球>や<稲妻>を乱打した。

 マディオリ団は接敵するまでにおよそ半数の兵を失ってしまったが、無理やり乱戦に縺れ込み、その刃で魔術師達を切り裂いて行った。

 近接を避けて距離を保った魔術師達には散兵の投槍が襲い掛かる。


「ええい。一旦引いて立て直せ!」


 『紅蓮の君』ペリが指し示す方向に<転移>で集合したが、そこをディダス商会の弓兵が合わせた。

 

「おのれ!」


 ペリが弓兵の元へと転移し、彼等に放射状の火炎を放った。

 兵たちは死にこそしなかったものの、弓の弦が焼き切れてしまい、後方へと下がって行った。


 その弓兵達が後方へと下がり、マルパレの兵と合流する寸前で『燃えがら』ワピアが動いた。

 彼女は火炎で作られた巨大な鰐を複数作成すると、その集団に向かわせる。

 鰐は敵に体当たりし、地面を転げまわって所かまわず火を付ける。


 革鎧がくすぶり、マントや布製品が燃え、視界が遮断された。

 そこに<転移>で現れた魔術師達が<火球>を投げ入れては瞬時に姿を消す。


「おい。ガパラといったか? お前の主を呼んで来い。ここに居ても意味が無い。抜けよう」

「ラメス様。……かしこまりました」


 ラメス=オータルとトラキは合流し、ひっそりと撤退しようとしたその矢先。

 辺り一面の大地に幻の炎が燃え立ち、こと切れた戦士や魔術師達が、無言のままムクリと立ち上がって来た。

 彼らは全身に炎を纏い、さしずめ人で作られた蝋燭の体を成していた。


【ガデアよ。ペリよ。ワピアよ。死者を<燃えたつ者>とする。その力を持ってして砦を蹂躙せよ】

「はっ」


 彼らは自慢の火炎呪文を駆使して残りの敵勢力を打ち倒すと、幻の炎に触れた死者たちは、彼らの兵へと鞍替えした。


「み、見た事の無い呪文ですね。死霊魔術と火炎魔術の融合? 姿を見せない当主は何者なんでしょう……。あの魔族の手より、こっちのほうが気になります、正直」

「とは言え、あれだけ手勢が増えればもう少し居てやってもいいかな?」

「ですね」


 何とも身勝手なトラキとラメスであるが、その様子をワピアはじっと見ていた。


「退け! 撤退せよ!」


 瞬く間に戦力を失ったマルパレ側は、僅かな手勢を率いて撤退し始めた。

 マディオリ団は全滅し、ディダス商会の兵も半数を割っていた。

 そして、他の兵士たちも同様であった。


 最も被害が少なかったのはマルパレの兵。

 これが後々に禍根を残す事になったのだとしても、ドローマは己の保身を考えて行動した。


 そして、マルパレは自身の屋敷で朗報を待って居た。

 来るはずの無い朗報を……。


 彼は、これで良かったのだと言い聞かせた。

 自身の元に密使が来た時点で、勝敗は決していたのだと言い聞かせようとしていた。


 そこに『燃えがら』ワピアが<転移>で姿を表した。

 

「お前は!? スーメイ党の……確かワピア殿!? ちょっと持ってくだされ。これには深い訳が!! 実はリリオスが生きているとの情報がですね……」

「手土産を持参した」


 彼女がそう言うと、先程作成された燃え立つ死者が数体出現し、マルパレの体にしがみ付いた。


「ぎゃああぁあ!? ワピア殿! ワピア殿! ど、どうか命ばかりは、あああ。あふぁががが……」


 マルパレが焼死すると、燃え立つ死者たちはそのまま彼の屋敷を破壊し、徘徊し始めた。

 屋敷から火の手が上がり、騒然となる中、『燃えがら』ワピアは独り佇んでいた。

 炎が彼女を舐めるが、意に介さず、少し口角を上げると彼女は<転移>で戦場へと戻って行った。


「ワピア! 何処に行っていた!」

「マルパレの元に届け物を。リリオスは生きている」


 その言葉にガデアとペリは顔を見合わせて声を上げて笑った。


「流石はバルカラ様に見いだされた者! ペリ、恐らくはリリオスはあの砦だろう。セイ共々焼き殺してくれようぞ!」

「おう!」


 <燃え立つ者>達を先頭に砦へと進軍する。

 日は降りつつあった。


◇◆◇


「申し上げます! マルパレ勢とスーメイ党、交戦状態に入りました!」


 砦内で「おおっ!」という歓声が上がる。

 俺はアーリエスの読みが当たってホッとした。

 これで直接の戦闘は無いか、あるいは消耗した敵との対峙となる。


 しかし、その後の斥候の報告を聞いて愕然とした。

 

「マルパレ勢、壊滅。それらの死者が甦り、炎を纏ってこちらへと進軍してきます!」

「なんだと!」


 アーリエスは大声を上げた。

 それから幾つかある尖塔に上ると目視してから帰還して来た。


「な……なんだ。あれは!? 死者が死鬼となって甦るにしても明らかに早すぎる。それに何故燃えている?」

「ア、アーリエス様?」

「交戦準備!! 火炎系は敵方を強化する可能性があるので禁ずる。門を死守せよ」


 アーリエスの号令の元、即座に戦いの準備が整えられる。

 そこに次々と轟音が響き渡る。

 

「敵方、超遠距離から門に向かって<隕石落下>を詠唱中!! 詠唱者の数は三!!」

「あたしとした事が!! しかし何かがおかしい!! <隕石落下>など連射出来る物では無い筈だ。恐らくはバルカラと言う奴の援護あってのものか」

「門を突破されます!!」


 ここに到達するには一階の門を突破し、その上で階段を登り、さらには最奥にまで来なければならない。

 だがそれでも時間の問題かもしれない。


「ウシュフゴール、メアを呼んで来てくれるか?」

「はい」

「リリオス!! 俺たちも戦う!」

「セイ様! どうぞご無理はなさいませんように」

「ああ」


 メアがセラの中から出てくると手短に現状を話しておく。

 彼女はすぐさま仲間達に防護呪文を掛け始めた。


 一階のほうから怒号と、轟音、それに悲鳴が聞こえ始める。

 俺は駆けだそうとしたが、アーリエスに止められた。


「こうなってしまったのはあたしの責任でもあるが、それでも、ここから立て直すためにはあたしたちはここを離れるべきではない」

「しかし……」

「分かってくれ! これは戦いなのだ。兵と兵とがぶつかり合い、主を守る。今ここで主とはリリオスと、お前なのだ」

「くっ」


 そこに敵の魔術師達が十数名<転移>で奇襲を掛けて来た。

 複数回、短距離の転移を繰り返して無理やりに近づいてきたのだ。


 すかさずシンが前に出て、一人の魔術師の首筋を切り裂いた。

 その移動と言い剣捌きと言い、余りの速さに目が追い付かない。


 ウシュフゴールが<睡眠>を乱打すると、敵の一人が<転移>に失敗し床に叩きつけられた。

 そこにコモンの大剣が振り下ろされる。


 敵が炎で作られた蛇を次々と落とすが、リリオス配下の魔術師達が、素早く除去していた。

 リリオスに向かって火炎が放たれるが、ハイレアが<結界>を張って守る。

 

 イスティリが何もない空間にフルスイングすると、敵がそこに丁度<転移>で現れてそいつはあっさり死んだ。

 相手の転移先を読んで動いているのだ。


 コモン隊のダルガとパルガの双子が連携を取ってもう一人、敵を切り刻んだ。

 双子ならではの息の合いようにほれぼれする。

 

 グンガルのすぐ横に敵が<転移>で現れ、彼はすかさず体当たりで打ち倒す。

 そこにトルダールの槍が素早く繰り出される。


 空中で停止し、火炎を放射する敵にペイガンがクロスボウを放つ。

 そいつは首筋に矢を受けて喉を押さえながら床に落ちて来る。

 それをフィシーガが止めを刺した。


 フートックはいつの間にか細い剣を携えており、それを左右に振るたびに敵は崩れ落ちて行った。


 イリダリンは敵の詠唱を<稲妻>で潰し、イスティリ同様、相手の転移先に<雷撃>を置き、無力化していった。

 瀕死の敵はレキリシウスに任せているようだった。


 レキリシウスのいつもの穏やかで丁寧な物腰は影を潜め、容赦なくフレイルで敵の頭骸骨を粉砕していった。


 戦いは優勢な様に思えた。

 直後、轟音が響き渡り、天井が崩落して来た。


「いかん、上から<隕石落下>を撃たれている!!」


 俺は咄嗟にモーダスを呼び出した。


「出てこい!! モーダス!! あの天井を全て飲み込んでしまえ!!」


 ザコンッ!! とい小気味よい音と共に天井は綺麗さっぱり無くなってしまった。


 月明かりが照らす中、宙に浮く魔術師の大群が見えた。

 そして、部屋の入口に、返り血を浴び真紅に染まったエルフが現れた。


「ラメス!!」


 最悪な事に、ラメス=オータルは魔術結社と手を組んで来たのだ。

何時も読んで下さる皆様に感謝を!

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