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116 戦場の名はレガリオス ③

俺はリリオスの屋敷に居た負傷者達にもシオの石を飲ませた。

 彼らは見る見るうちに回復し、俺に感謝して「忠誠を誓う!」と大声を挙げる者までいた。

 リリオスは「セイ様に付き従うなら、支度金を弾んでやらねばな」とまで言い始める始末だ。


 治療に当たっていた四名の僧侶は、口をパクパク開けて現実を理解できていない様子だったが。

 今まさに死の淵に居た火傷だらけの男達が文字通り甦ったのだから当然か。


 しかし、人の命には代えられないとは言え、シオの石も半分を切ってしまった。

 もしこの石を使い切ってしまえば、いずれ仲間を失うかもしれない。

 その考えに俺は背筋がゾクっとした。


 手が震え、持った石を取り落とした。

 それを拾ってくれたのはアーリエスだ。


「セイ殿、この秘石は『賢者の石』か何かか?」

「いえ、どういった物かは知りません。シオと言う神様が最初の試練突破時に下さったんです」

「そうか。しかし本来であれば無暗に使う物では無い事くらい分かるだろう? これは我々の生命線と言っても過言ではないぞ?」

「ええ……ですが……」

「ですがも何も、あるかっ!! このタワケが!!」


 アーリエスの怒号は、可愛らしい声とは裏腹にその部屋全体に響き渡り、皆が唖然とした。


「これはあたしが預かる。セイ殿は優しすぎる。だが、時としてその優しさが仇となる事もあろうぞ」

「ちょっと待ってください」

「あたしはお前の為に言うておる。これから戦いが始まるかもしれん。そこで負傷した兵士に次々と飲ませるのか? それは構わん。だが、この石を失った後はどうする? お前を助けてくれる仲間達が傷付いたらどうする? お前が死の淵に立った時にはどうするというのだ?」

「それは……」

「そこで言い澱むな。物事は深く考えよ。考えた上で行動せよ。あたしは人を救う事を悪くは言いたくない。だが、優先順位をはき違えるな」

「……」

「そこで思考を止めるな!! そこからの一歩が大事なのだ」


 アーリエスの言葉が俺に突き刺さる。

 彼女は服の襟を引っ掴むと俺を無理やり引き寄せた。


「いいか? あたしが思うにお前はこの世界で唯一の希望なのだ。お前が死ねばこのウィタス崩壊は確定するだろう。お前は、どんな方法を用いてでも、たった一人になろうとも、生き延びるのだと肝に銘じて動け」

「あ……ああ」

「お前に従う者達はお前の為にいつでも盾になるだろう。仲間を犠牲にしてでも、生き延びるのだ。だが、今はその時ではない」


 アーリエスは俺をドンと突き飛ばすと、シオの石を当然の如く自身の懐に入れた。

 俺たちのやり取りを見ていた者達は納得したような、ホッとしたような顔をしていたのが印象的だった。


「セイ様は誰にでも優しいのが取柄なんだけどね。ボクに一番優しくして欲しいんだー」


 イスティリが場を和ませようとしてか軽口を飛ばし、メアも慌てて「わたくしにも一番優しくしてください」と言ってから顔を真っ赤にしていた。

 フートックとイリダリンは顔を見合わせて、「あの堅物で有名なメア卿が……」と言った事を呟いていた。


「こちらにいらしたのですか」


 出入り口のほうからローブに身を包んだ若いヒューマンが入って来た。

 先程伝令に来た魔術師だ。


「うむ。報告を聞かせよ」

「はい。コレトー砦にて魔術師団、応戦準備中でございます。スーメイ党は『炎の姫君』ガデア、『紅蓮の君』ペリ、『燃えがら』ワピアが目視できましたが、党首『野火を統べる者』バルカラは確認できませんでした」

「ご苦労」

「また街中ではこのような告知が出ております」


 彼はリリオスの死で俺に出頭命令が出て居る事、生死不問で懸賞金が掛けられている事、それらはマルパレの名で告知されている事を報告していた。


「やはり、と言った所か。しかし私はこの様に健在なのだがな。セイ様のお陰でな!!」

「そのマルパレですが動きが慌ただしい様子です。詳細は不明ですが、幾つかの集団と交渉し始めて居る模様です」

「ふむ。私が生きている事に感づいたか?」

「よければあたしが指揮を取ろうか? リリオス殿?」

「ア、アーリエス様、本当でございましょうか? 先代勇者の知恵袋。天才軍師と呼ばれた貴方様がこの戦の指揮を執って下さると?」

「ああ。出来る限り負傷者を出さずに行かねば、セイ殿が泣いてしまうのでな」

「感謝致します」

「一先ず全員でコレトー砦まで行き、セイ殿の仲間も砦に収容する。まずはここまで迅速に行おう。それから先の算段は追って話そう」

「分かりました」


 アーリエスはそれからすぐ居合わせた僧侶たちと交渉し始めた。


「安全な後方支援のみと確約するし、危険な状況になれば魔術師に僧院まで送らせる」


 当初渋っていた僧侶たちも「ここでリリオスに貸しを作っておけるのはお主たちの『出世』に繋がるぞ?」の言葉で陥落し、彼等も着いて来てくれることになった。


「儂らも行こう」

「俺はそもそもレガリオスの監視員だしな」


 イリダリンとフートックも着いて来てくれるらしい。


 ◇◆◇


 私はコレトーという村で魔道騎士のギリヒム様と、近衛隊士のプラウダさんと一緒に、姉さま達が来るのを今か今かと待って居た。

 遠くに見える城砦の入口で徒歩や馬、それに多分<転移>か何かで人々が移動して来ているのが見えた。


「物々しいですね。軍事演習? 豪族同士の小競り合いでもあるのでしょうか」

「はい」


 ギリヒム様に相槌を打ちながら、村の外周に張り巡らせてある柵にもたれかかっていた。

 そこにあの四角い天使セラさんがフワフワと移動してくるのが見えた。


「あっ。セラさーん」


 セラさんは私の声に反応してこっちにまっすぐ向かってくる。

 唐突にセイさんとイスティリちゃんが飛び出してきて私達を手招きした。

 あれ、姉さまは? と思ったが私達は彼等に手を引かれ、セラさんの世界に入り込んだ。


「姉さまっ」

「レアっ」


 私達はお互いを抱きしめ合い、少し涙を流した。

 少し落ち着いてから辺りを見渡すと、セイさんがプラウダさんと肩を抱き合って喜んでいた。


「セイ殿!! お元気でしたか!!」

「プラウダさんも、お元気でしたか? 挨拶もそこそこにドゥアを出てしまったので、ここで会えてよかったです」

「私もです」


 ギリヒム様は髭のドワーフ様と仲良く談笑されていた。

 お名前は存じ上げないけれど、ギリヒム様と同じ魔道騎士様なのかもしれない。


「ひっさしぶりー、ハイレア!!」


 後ろからイスティリちゃんが抱き着いてきて、私をステーンと転ばせた。

 私達は柔らかい下草の上で転がりながらケタケタと笑った。

 ガルベイン様との対決の時にセイさんの仲間になった浮遊水母さんが、私の手を取って立ち上がらせてくれた。


「お久しぶりです。イスティリちゃん。それにクラゲさん」

「彼はトウワさんって呼んであげてー」

「はい。トウワさん、お久しぶりです」


 トウワさんは触手で私の肩をポンポンと叩いてくれた。


 ひとしきりはしゃいだ後で、セラさんの中に居る人たち全員が集まって簡単な自己紹介があった。

 セイさんと姉さま、イスティリちゃんとトウワさん以外は知らない方々だった。


 巻き角の魔族さんはウシュフゴールさん。

 少し照れ性なのか、あまり話さない方だった。


 少し離れた所に居る戦士の集団は、コモンさんという方が頭領であるらしかったが、配下の方々は名乗らずに静かにしていた。

 このコモンさんの奥様をドゥアにお連れする事が今回の私の任務だ。

 彼の奥様は、目が合うと柔らかく微笑んで下さった。


 髭のドワーフ様はやはり魔道騎士で、お名前はイリダリンと名乗られた。

 ゴブリン様は王都の魔道騎士で、姉さまの戦闘教練だったフートック様。


 フォーキアンの幼体はアーリエスちゃん。

 何と祝福持ちであるらしかった。


 そのアーリエスちゃんに影のように付き従うのは、スクワイの剣士ヒリスシンさん。


 ドゥアから出て一月も経っていないのにセイさんは沢山の仲間を得て、着実に前進しているように思えた。


 けれど、現状を聞かされて私はびっくりした。


「ええっと? 整理しますね。セイさんは魔術結社と豪商に命を狙われていて、姉さまはラメスというエルフに命を狙われていて、レガリオス領主のリリオス様とあの古城で籠城する、と?」

「うん。それで危険だからセラの中に呼んだんだ。だからそれらが解決するまではちょっとドゥアに戻れないと思う」


 私は現状を理解できなかった。

 いや、理解したくなかった。

 折角姉さまと会って、少し甘えて、姉様が居なくなってからの出来事を話し、同じベッドで寝て、姉さまと同じ朝食を食べて……ゆーっくり・ゆーっくりしてからドゥアに戻るつもりだったのに……。


「私も戦います! 姉さまを、姉さまを殺そうとするエルフなんてこの世からいなくなっちゃえばいいんだっ」


 私はその過激な発言を姉さまに窘められたが、それでも、私が珍しく自分で戦う意思を見せた事に、姉さまはびっくりしていた。

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